;歴史・東日本共同体

2018年4月29日 (日)

日・朝間の序列争い(遣唐使)

『善隣国宝記』読み下し文=集英社、()は塾頭注

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同(孝謙天皇天平勝宝)六年(754)

正月、遣唐使大伴宿禰古麻呂唐国より至る。奏して曰く。大唐天宝十二載癸卯(前年)、百官諸蕃朝賀す。天子(玄宗皇帝)、蓬莱宮含元殿に於て朝を受く。是の日、我れを以て西畔(班)第二、吐蕃(チベット)の下に次(ついで)し、新羅(朝鮮=統一新羅)使を以て東畔第一、大食国(東カリフ帝国=大イスラム国)の上に次す。

古麻呂論じて曰く、古より今に至るまで、新羅の日本国に朝貢すること久し。而るに今東畔の上に列し、我れ反りて其の下に在り。義得べからず、と。

時に将軍呉懐実、古麻呂の肯ぜざるの色を見知し、即ち新羅を引き、西畔第二、吐蕃の下に次し、日本使を以て、東畔第一、大食国の上に次ず、と。

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