マスコミ

2019年10月14日 (月)

公器・新聞の危機

 明日から新聞週間が始まる。それなのに今日が休刊日なので、明日の朝刊は配達されない。毎日新聞とか日日新聞などの社名が示すように、かつては休刊するのは、年に2日とか多くとも数日以内であった。

 休刊日は毎月あり、祝日など公休日がやたら増えたので夕刊のない日もふえた。それなのに値上げの声がちらほらする。

 消費税の上乗せのないのがせめてもの救いだが、皮肉の一つも言いたくなる。

 新聞週間は、戦後まもなくGHQの指示で創設されたものだ。民主主義と自由を定着させるため、新聞が果たす役割を高める啓蒙活動である。今年も、その線からの議論や分析が行われるものと思う。

 一方で、情報源は映像やネットという新メディアに押され、若者を中心に購読戸数減少からくる経営難も噂される。まさか、政府の助成を受けるわけにはいかないだろう。新聞には他のメディアでは果たせない機能と任務がある。

 新聞週間の行方が気になるところである。

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2019年10月 9日 (水)

米軍シリア撤退反対社説(毎日)

 日本のオピニオンリーダーとしては、なんとも不可解な社説である。多くの情報を整理・分析してその中からより正確な真相に迫り、読者にアピールするのが社説の役割だ。

 毎日の今日の第一社説のタイトルは、「米軍のシリア撤収方針 地域の危険招く無責任さ」である。

 要旨は、アメリカのIS掃討作戦でシリアのクルド族が地上軍として加わり、壊滅状態に追い込んだのに、米軍が撤退すると、国内にクルド族をかかえ、その独立志向(または自治権拡大)になやむトルコから越境攻撃され、米国の盟友が危機に陥る、というものである。

 さらに、IS戦闘員が復活したり、米軍の後ろ盾を失ったクルド人勢力が、ロシアやイランの支援があるアサド政権に接近、反米勢力を拡大させることになりかねない、という理由を挙げる。

 同じ新聞の国際面トップに、ワシントン特派員から送られた、米軍撤収、共和からも批判 シリア北部「クルドへの裏切り」、と題する記事がある。

 米国民や野党が、トランプ大統領の人気取りのために、これまで払った犠牲や戦費を台無しにしかねないような撤退に反対するのはわかる。

 撤退には、周到な環境整備や関係各国との合意を作っておくことも当然なことで、アメリカ国民が、傀儡政権のためにシリアやアフガン、イランからの早期撤退に反対しているわけではない。むしろ逆であろう。

 毎日社説は、ワシントン発の記事をもとに作ったのではないと思うが、「仮にこうなればこう」という話をつけたしただけ。

 クルド族が住む地域は、イラン・シリア・イラク・トルコ等にまたがっており、独立国を持たない最大の民族とされてきた。差別・貧困・弾圧などから解放されるため、自治権拡大への念願が強く所属国との抗争が続いていた。

 中東問題は、かつてはイギリス・フランスが手を汚し、そして現代はアメリカが取って代わっている。複雑化している中東諸情勢の中で、問題解決のカギを握るイラン・トルコは、日本は歴史的に友好関係にある。

 中東和平構築のために何ができるか、日本政府がアメリカのポチから脱却できる最大のチャンスであるというような社説であってほしかった。

 

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2019年9月21日 (土)

予見可能性、NHKが追及

 他のマスコミが報道しない事実の追及をNHKがしている。通常のテレビ報道番組では出てこないが、デジタル1番でNHKに合わせ、リモコンのdボタンを押すと地元の天気予報などが出てくる。ここでリモコンの青ボタンを押すと、見出し項目一覧が現れる。それを上下ボタンで選べば、内容の文字が読める。また、ネットでも見ることができる。

 分量が多いので、肝心なところを要約する。取材は「東京電力刑事裁判 取材班」が行っている。37回におよんだ公判からは、これまで知られてなかった”新事実”が次々に明らかになったということである。

⓵茨城県にある日本原子力発電東海第二原発では、東日本大震災が起きる3年前には、巨大津波への対策を進めていた。

⓶東京電力の現場担当者たちは、巨大津波への対策を進める考えで原子力設備をもつ他の4社との会議でその旨を表明していた。

⓷東電の最高意思決定は、いわゆる「ご前会議」で決まる。2008年2月の御前会議で津波の予測と対策案を提出したが、出席していた上司からは、「特に異論はなかった」と報告されていた。ただし経営幹部は、記憶にない、とする。

⓸その後被害を防ぐための予算と完成時期を提出するが、だれがどの場で意思決定するのか、社内で現場と幹部の意思がずれたまま、津波対策の具体化は進まなかった。

⑤日本原電は、国に対して、政府がかかわっていた地震調査会議の出した「長期評価」に基づいてとっていた対策を、他社(東電)との横並び意識から外部に漏れないようにしていた。理由は自治体などからの追及を避けるとか、経産省の意向を無視して独走できないということらしい。

 ここでも「忖度」万能だ。

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2019年8月28日 (水)

危機に立つ「コモンセンス」

 このブログをはじめて10数年になるが「コモンセンス」をサイト内で検索すると過去4、5回ほど使っている。今では「常識」と邦訳されてあまり注目を浴びる言葉ではなくなった。

 占領時代を知る世代にとっては、将来を予測するための良識、といった重い意味があった。

 この言葉は中学・高校の先生からたびたび聞かされた。戦後の軽薄な文化(安酒を意味する「かすとり」文化といった)や過激思想を批判する意味あいで使われた。

 長い歴史や文明が築き上げてきた知識に裏打ちされた平衡感覚のある、いわゆる「良識」である。もともとは、米独立戦争の頃に生まれた言葉で、米英語として定着したものらしい。

 日本に普及したのは、占領政策の一環だったせいかも知れない。「コモンセンス」を得るうえでよい手引きとされたのが、翻訳を主にした『リーダースダイジェスト』誌、後に国産の『知性』という題名の雑誌も生まれた。

 今回、なぜ、この題名を取り上げたかというと、現今の内外政治情勢である。トランプや文在寅の言動を見ていると、安倍首相の方がまだましに見えるほどのコモンセンス軽視だ。

 SNS言論も、目を覆うようなものだけに支配されているという。

 言論の自由を標榜するマスメディアも、どこまで「コモンセンス」を守り切れるか。まさに、祈るような気持ちになる。

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2019年8月10日 (土)

戦前の右翼メディア

 昨日のNHKニュースが伝えたことだが、大正末に発行され、戦前、最大の右派メディアとも呼ばれた日刊紙、「日本新聞」の紙面、およそ10年間分が元総理大臣、平沼騏一郎が設立した団体の、資料の収蔵庫に保管されていたことがわかった。

 この新聞はおよそ1万6000部発行され、決して多くはないが初期の数年分については発見できなかったものである。

 大正デモクラシーのあと、第1次大戦、朝鮮の3・1独立運動、中国の排日抗議運動、関東大震災などが続き、1924年(大正13)には、中国から孫文が来日、神戸で大アジア主義演説を行い、西洋に対するアジアの連帯を呼び掛けた。

 それが昭和初期になって、ロンドン海軍軍縮条約を問題視した右翼団体の統帥権干犯運動から、相次ぐ要人に向けたテロ事件、満州事変、連盟脱退など急速に軍国化への道をたどるのだ。

 同志の名簿には、後に総理大臣となる近衛文麿、右翼の源流と言われる頭山満などの実力者が名を連ねているが、頭山は、のちに清国を排し中華民国の基を作った孫文と親交があり、孫文亡命中の住居は総理となった犬養毅が提供していた。

 近衛は、日中事変が始まると「今後蒋介石を相手にせず」として戦線を拡大したり、太平洋戦争末期には、東条首相抹殺に動いたり、戦後、戦犯指名が明らかになると服毒自殺するなど、思想の遍歴が不明な点がすくなくない。

 名前のあがった戦前右翼は、現在のネットウヨ言論のようなワンパターン、単細胞的発想では成り立たない。力をつけてきた共産主義思想とどう立ち向かうか。それに必要な知見と教養が必要だ。

 そのあたり、発見された新聞が歴史資料としてどう役立つのか、今後の分析結果とその発表が待たれるところである。

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2019年6月27日 (木)

「唐揚げ」と「空揚げ」

 この書き方、あなたはどっちに違和感を持ちますか?

 現在、圧倒的多数が「空揚げ」だという。ネットで料理関係を検索で見ると、なるほど、ほとんど全部と言っていいほど「唐揚げ」である。

 塾頭は「空揚げ」派だ。自分で調理はしないが、軽い独特の味わいから、長年「空揚」に親しんできた。

 それを、毎日新聞の社内辞書(赤本)で空揚から唐揚に変更するという。(6/27、東京13面)

(前略)社内外の議論や識者の意見も踏まえ、今回6年ぶりに改定した赤本では「空揚」と決めていた表記を「唐揚げ、から揚げ」と変更しました。
 世の中の動向を見極めながら、機会あるごとに文字遣いを考え、検討を怠らない。そのほうが自然に感じる」という感覚も大切にしながら、ひとり善がりになることなく言葉と向き合っていきたいと思います。【幅真実子】

 「歌は世につれ世は歌につれ」と同じ論理だ。塾頭の持つ『広辞苑』はちょっと古く18年前のものだが、それには「唐揚げ」の表記がない。揚げ物はすへて中国伝来だからといって、調理方法まで「唐」をつける理由はない。

 つまり、「間違い」といってもいいほどだ。新聞は、世間の常識が間違っていればそれを指摘・是正する公器の役割がある。活字離れ、テレビ離れが言われるが、新聞がネットを後追いするようでは、存在価値がなくなる。

 「オピニオンリーダーいずこへ」のひとつである。

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2019年4月 2日 (火)

鳥取・島根は域外?

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  今朝の朝刊1面である。題字下に「新元号発表関連」記事一覧がある。広告面や株価・放送面を除いてあるが、そこにも記事以外で載っているので、ほとんど全頁といっていい。

 その下に、ベタ記事の切り抜きを写真に入れた。

全文を紹介しておこう。

■人口統計 鳥取と島根取り違え

 人口動態統計に関して200417年に出生数や死亡数などの報告漏れが39都道府県で敬2005件あった問題で、厚生労働省は1日、鳥取と島根の数字を取り違えていたとして、3月29日に公表した都道府県ごとの内訳の数値を訂正した。確認不足が原因としている。

 地元北日本新聞なら、大いに怒っているだろうと思ったが見当たらない。その程度の間違いならよくあることだ、で済ませているのだろうか。これで、地方交付金などを予算配分のもとにされたら、と考えないのだろうか。昔なら徴兵人数割り当てに関連する。

 本塾では、明治新政府発足と同時に、統計調査が天皇の責任に及ぶという通達が大久保利通大蔵卿からでていること書いたが、令和の世の中なら、こういったことを、簡単に見過ごしてもいいのか、が今日のテーマである。

 

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2019年3月31日 (日)

新元号発表と首相

 今日が年度末。会社員、学生、公務員にとっては、特別の日だ。明日は、新元号を発表する日になる……、そんなのは、おれたちに関係ない。はしゃいでいるのは、安倍首相とメディアだけだろ、ということにならないか。

 元号、もともとは宮廷内部だけ騒げばいいことだった。一般庶民は、干支、「ね、うし、とら、う、たつ、み……」だけで十分事足りていた。

 元号は確かに便利だ、明和9年(迷惑年)の大飢饉とか、元禄忠臣蔵などと、人の記憶に残しやすい。宮中で決めたことを一般が利用するだけのこと、それを日本会議など右翼が1978年(昭和53)頃から「元号法制化運動」として地方議会などにたきつけたのがきっかけになった。

 最初の適用新元号が「平成」だった。それを墨書した紙を当時の小渕官房長官がテレビに写しだされた。それがこのところ一日中何度も放映される。その当時、新元号を予測するとか、誰がどういう手順で決めたかなどの報道は、ほとんどなかった。

 今回も前例に従って、官房長官が発表する。ところが、そこへ首相がしゃしゃりでて、談話を発表するという。そんなことをすれば、見る人が「新元号は最高権力者である俺が決めたんだ」といわんばかりに受け取られかねない、ということに気がついていないようだ。

 つまり、首相の「幼児性」まるだしにならなければいいのだが、と、つい親心が働いてしまう塾頭だ。

 

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2019年2月 4日 (月)

行政責任・昔天皇今国会

 本塾が折に触れて指摘することに、大手マスコミの政府に対する優柔不断ぶりがある。特殊な権益を保護されているNHKならともかく、長年購読し引用も多い毎日新聞にも、それがないとは言えない。それを今日の特別編集委員・山田孝男氏が書くコラム「風知草」に見る。

まず「統計の論じ方について」という題の文頭に結論か書かれている。

野党も毎度不発のマンネリ当確ごっこにふけるべきではない。選挙対策で閣僚の首を狙うパフォーマンスからは、不正の根を絶つ変革は生まれない。

そして文末に、

政府統計の信頼性は保たなければならない。責任追及は当然だが、予算論戦の軸はあくまで政策に置くべきではないか。

とくくっている。

そういったスタンスが、同じ日の紙面に載った世論調査で、政府統計「信頼揺らいだ」が75%もあるのに、内閣支持率38%で前回調査より1ポイント上がっていることにつながっているのではないか。

明治維新で幕府が大政奉還し、政治の空白ができた。憲法も国会もまだない。外圧がある中で早急に国の体制を固めるための急務は何か。大久保利通が考えたことは、内務官僚が負う責任のあり方であった。

これは124日に「統計の責任は天皇だった」として書いたが、その一部をあえて再録をする。

明治七年(1874)一月十日公布せられた職制にによれば、「内務省ㇵ国内ノ安寧、人民保障ノ事務ヲ管理スル所」とし、課を勧業寮・警保寮(以上一等寮)・戸籍寮・駅逓寮・土木寮・地理寮(以上二等寮)および測量司(八月三十日廃止)の六寮一司に分かち、内務卿は、「全国人民ノ安寧ヲ謀リ、戸籍人口ノ調査、人民ノ産業ノ勧奨、地方ノ警備、其他土木・地理・駅逓・測量等」所管の事務について大臣の指示のもとに専決する権利をもち、「而シテ其事務調理スル二於テハ、天皇陛下二対シテ担保ノ責二任ズ」と、諸省卿よりは格段に重い天皇への直接の責任を規定し、いいかえれば諸省卿よりも一段高い権威を与えられ、「特旨解赦恩典ノコト」も内務卿が勅旨を奉じて行うこととした。

現行憲法では、そのあたりをどう引き継いでいるだろうか。

日本国憲法 第五章 内閣 

第六六条③ 内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負う。

というのが、天皇に代わる主権者の国民そしてその委任を受けた国会、という変化になったのだろう。官僚の仕事について国会は連帯責任を負うことになる。パフォーマンスにふけっているわけではない。国会が責任を果たそうとすればそうなる。

山田氏の専門家としての緊張を欠いた論調は、一般論として受け取られやすいこともあり、憂慮せざるを得ない。

 

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2019年1月11日 (金)

言うに事欠いて

2019_01110001 写真は吉田沙保里さんの引退会見を伝える毎日新聞(1/11)だが、sanspoは゛霊長類最強の愛称は「沙保里さん母、ゴリラみたいな感じ。一応、女性だし親としては…」゛を見出しに使っている。

レスリング12大会優勝を達成した男子のアレクサンドル・カレリン(ロシア)が「人類最強」と称され、それを上回る13連勝だから「霊長類」にしたらしい。

本人がゴリラでなくとも、「ゴリラと戦っても勝てる」という意味になる。失礼な話だ。

セクハラ・パワハラにはうるさいマスコミだが、昨日に続き、塾頭は「産経」を支持する。

 

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