石油・エネルギー

2009年11月 9日 (月)

鉄と核と人類

 佐賀県玄海原子力発電所で日本最初のプルサーマルによる発電計画が今月5日から始まった。順調にいけば今日あたりから発電が開始される。政権交代で核兵器に対する政府のスタンスは、表面的には大きく転換したように見える。

 しかし原子力発電については、前政権とどう違うのかよく見えてこない。鳩山首相の言葉を借りれば「工科出身閣僚が4人もいる」政権であり、温暖化防止・25%の排出ガス削減のためには、原発推進により比重を置くことが不可避という感触も見え隠れする。

 科学立国を目指さなければならない日本だが、この際、日本ではじめてノーベル賞を受けた故・湯川秀樹博士の言葉をかみしめておく必要がないか。これは豊田利幸著『核戦略批判』に寄せられた巻頭文の一部で、書かれたのが40年以上前の1965年、しかし根源はなんと紀元1世紀から人類に科せられた課題だと説く。

 人類の長い歴史の中で現代はどういう時代であろうか。あるいは、どういう時代となりうるであろうか。一九六五年という時点ににおいて、この設問に対するどういう解答を私たちは持ちうるであろうか。

 過去のいくつかの時点において、何人かの人が、同様な設問――ただし、それは地球全体ではなく、限られた地域に住む人たちの歴史についてではあったが――に解答をあたえている。例えば紀元一世紀のローマ人プリニウスは『博物誌』の中で 

「鉄は生活における最善にして最悪の道具である。鉄で土地を耕し、樹を切り、石を切り、家を建てる。しかしまた、鉄を戦争、殺人、強盗にも用い、直接殺しあうだけでなく、投げ道具にし、あるいは羽根をつけて飛ばせる。死がいっそう早く人間に達するように、死に翼をつけたのである。

 しかし、自然には責任がない。ポルセンナの市民は国王を放逐し、ローマ市民と講和を結んだが、その条件は鉄を農業以外には使用しないということであった。」
と言っている。(中沢護人著『綱の時代』[岩波新書]による)

 この解答が、二千年近くの年月をへだてた現在の時点において、私たちの考えていることと、あまりにもよく似ているのに驚かされるのである。彼のほかにも、古代人の中には、火と鉄とについて、今日私たちが原子力、核兵器、その運搬手段などについて持っているのと同じような考えを持っていた人が何人かあったであろう。

 しかし幸いにして鉄は、それだけでは人類の歴史を中断させうるほど巨大な力をもっていなかった。(以下略) 

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2009年1月27日 (火)

原油価格のこれから

 このブログで「原油暴落の日」という記事を書いたのは、去年の5月31日である。その時がWTI価格で131.03/blドル、すさまじい高騰ぶりに、これはいずれ劇的な暴落になるぞという予感がした。

 アメリカでは既にサブプライム・ローン問題が取りざたされ、逃避した資金が商品取引に向かったという解説があった。また、原油価格の30~40%が投機資金によるもので、実勢価格は55ドル前後ともいわれていた。

 それをあざわらうように、7月3日、ついに145.29ドルの最高値をつけた。そして中国・インドの需要増、中東などの不安定をいいはやし、200ドル突破も視野に、などと予測する経済専門家もでた。しかし、これは供給力にフレキシビリティのある鉱物資源の特性や、波動する市場原理を無視したものといえよう。

 それが一転、昨年末には30ドル台、現在も45ドル前後を低迷している。いかに予想が当たったとはいえ、まさか100ドルも下がるとは思わなかった。もちろん100年に1度のリセッションが響いているが、またこれも将来を占うベースにはなりえない。

 昨年11月に、2008年版『IEAエネルギー白書』が発行され、例年のように価格予測が掲載された。それによると、2030年に122ドルとある。これは、2007年版から60ドル上方修正されているが、昨年のバブル価格が実績として上乗せされているからであろう。

 誰が予測するにかかわらず、不自然な投機の要素が加われぱ将来の予想など不可能としかいいようがない。湾岸産油国における井戸もとコスト3~5ドル、米国陸上における10ドル台後半から、バブルで見た145ドルまで、どの点でも取り得る。

 さらにどうしても石油系でなくては(今のところジェット燃料、石化製品など)という用途のためにいくら出してもという需要があれば、石油枯渇までに何百ドルでも出現するだろう。しかし上述の白書によるエネルギー需要の伸びは、06年から30年までの間年率1.6%と予測しており、そのような事態は当分なさそうだ。

 結論はひとつ。究極の原油価格は市場で決まるが、思惑やマネーゲームでは決まらない。エネルギーの需要、供給は自然現象ではなく、節約とか新技術、代替エネルギー開発そして市場の監視などで人為的に決まる、ということになれば、去年のようなことは当分起こらないだろう。

 これまでのこのカテゴリは、雑誌『石油文化』から求めた資料が多かったが、2009年1号を以て同誌の休刊が決まった。総合雑誌の不振休刊が続くが、57年間業界の指針となってきた同誌の休刊は、惜しまれるものがある。なお石油・エネルギー関連記事は、同名のカテゴリでご覧いただきたい。

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2009年1月23日 (金)

ドバイがヤバイ

 「ドバイがヤバイ」ある地方紙のコラムでこんな駄洒落を目にした。ドバイはUAE(アラブ首長国連邦)の中で面積は2番目だが経済大国である。日本の原油輸入もここからが一番多い。海を埋め立てて世界一高いノッポ・ホテル(宿泊料も高いらしい)や金融・物流拠点を槌音高く建設する光景は、TV映像でよく紹介された。それが今や閑古鳥が鳴く有様だという。

 アラビア半島の大部分はサウジアラビアだが、ペルシャ湾側には、クエート、バーレーン、カタール、UAE、オマーンなど、日本でいえば小さな島から地方自治体程度の広さの国がある。いずれも王様というか酋長というか特定の家柄が支配する国々である。

 いずれも、過去は沿岸貿易の拠点として商業で稼ぐか、海賊をなりわいとしていた。今は石油である。最大の埋蔵量を誇るサウジアラビアは、どちらかというと原油は売りまくらなくてもできるだけ温存しておきたい方である。しかし先行き枯渇すると見る国々にも、去年前半までの原油高でとうてい使い切れないほどのドルが舞い込んだ。

 砂漠しかなかった所へ、ポスト石油にそなえて、それこそ地域に不釣り合いな「国土改造」を始めたのだ。その頃から、ドバイはヤバイのではないかなあという気がしていた。別に経済分析や投資効率などを精査したわけではない。

 これは30年ほど前、知人の日本人ムスリムでアラビアで仕事をしていた人から聞いた話である。最初はカタール。

 石油輸出で思わぬ大金が入ってきた王様が何に使うか頭を悩ましていた。そこへやってきた商社マンはジェット戦闘機を買ったら、と提案した。王様は早速それに従ったが、さしあたり何に使うかのあてがない。そこで、お妃やお姫様たちを庭に集め、アクロバット飛行を見せてみんなで楽しんだ。

 ややガセっぽい話だが、次のサウジの話はありそうだ。

 真水に乏しいサウジでは、大規模な浄化装置を設備し、首都リヤドは緑に覆われ噴水までできた。王様は、次ぎに国民のために何に使うかを先進国の要人に相談した。要人は国民の大部分を占める貧しい遊牧民のために、リヤドに立派な集合住宅を作り、無料で住まわせて新たな仕事、例えば石油工場の運転監視などをさせてはどうか、といった。

 早速それを採用し、豪華マンションを作った。そして、遊牧民も入居したがしばらくするとみんな出ていってしまった。遊牧民にわけを聞くと「同じ場所にいるとゴミがたまり、よごれも出て不潔だ。それより砂漠の上のテントでも、次々と新しい場所を求めて新天地を開くのが砂漠の民ベトウィンの魂だ」といった。

 そういえば、リヤドで働くサウジ人は自動車運転手がほとんどで、石油工場の計器を朝から晩までにらんでいるような仕事は、インド人とかフィリピンなど外国人だという。ドバイも自国民は人口の20%しかいない。 

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2008年10月24日 (金)

株と原油と相場

 前にもふれたが、当ブログの過去記事「原油暴落の日」への検索件数が依然として多い。それはそうだろう。今年7月3日につけた最高値145.29ドル(WTI)が、このところ70ドル前後になってしまい予想が当たってしまったからだ。

 当ブログの前身「反戦老年委員会」までさかのぼって、原油価格高騰関係の記事を探してみたところ06年4月21日が最初のようだ。そこには「遂に73.5ドルをつけた」と書いてある。それから約1年2か月かけて倍額近くになったのを、たった3か月余で元に戻したのだから暴落といっていいだろう。

 ことのついでに、失われているログの2編を再録し、9編ほどある関連記事を新カテゴリ「石油・エネルギー」として整理した。それらを振り返って見てすべて当たっているとはいえないが、実際の需給を無視した相場はいずれ妥当な額に戻すこと、あと何年あるかという可採年数は、原油価格、採掘・精製技術、代替エネルギー開発などにより変動するものであること、などの基本的な要因は変わっていない。

 それに、アメリカ発の金融不安の逃避先として上記の要件を顧慮しない安易なマネーの流入であるとすれば、ちょっとしたきっかけで暴落するともの思っていた。しかし3か月前は、中国・インドの需要急増とか、油田枯渇の日が近いような論調で200ドル突破は目前、といった予測が多く、楽観論の私は肩身が狭かった。

 一方の株の方である。世界同時金融不安・世界同時景気後退は原油暴落より深刻である。原油高価格を予想した論者は、もっぱら原油暴落の理由をこのせいにするだろう。私は石油については以前の職業に関連があるが、金融・経済については全く素人である。

 そこで、毎日新聞福本容子記者が今日のコラムに書いたこんな話題を提供したい。

 79年前のきょう、ニューヨークの株価が、取引開始直後に暴落した。世界大恐慌の始まりともいわれる「暗黒の木曜日」だ。
 東京日日新聞(現毎日新聞)の1面記事によると、あまりにも激しい下げ方だったので、証券取引所の仲買人12、13人が気絶し病院に運ばれたという。

 アービング・カーンさんは株のトレーダーとして働き始めたばかりだった。102歳の今も株関係の仕事をしている大恐慌の生き証人だ。そのカーンさんがBBCのインタビューで「あのころに比べ、今はマシもいいところだ」と断言していた。

 「でも、みんな不安がってませんか」。インタビュアーが聞くと、「違う。派手な見出しで悪い悪いと記事を書いて目立ちたい記者がおるだけだ」ときっぱり。「今は恵まれすぎ。全く甘えきってしまったもんだ」(以下略)

 経済部のベテラン記者である福本さんは最後に、――厳しい景気は続きそうだけど、平常心を失い恐怖の奴隷になるのが一番危ない。軽々しく「大恐慌」などと言うなかれ――としめくくっている。福本さんはそれ以上のことを言っていないが、カーンさんの記者批判は、メディアの本質を鋭く突いている。

 犯罪報道の扇情的な私的周辺事情暴露、劇場型政治への同調と追従、個人であろうと団体であろうと国家であろうと特定対象に集中した非難中傷報道など、至る所に見られる現象である。これが行き過ぎるといつのまにかファシストにとりこまれ、熱狂的昂奮の中で戦争へ突き進むなどという愚を犯すことになるのだ。カーンさんの教訓は重い。

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2008年8月 1日 (金)

エネルギーの将来

 このブログの過去4カ月で最も検索が多いのは「原油暴落の日」など、石油資源の先行きに関することで、全体の17%を占め、もちろんダントツである。戦争と石油は切っても切れない縁があるが、それとは関係なさそうだ。やはり将来の生活や経済への不安からであろう。

 本年4月、伝統ある石油メジャーズの雄であるロイヤル・ダッチ・シェルグループが、2050年のエネルギーシナリオを公開した。その原典は、www.shell.com/scenarios で見ることができるが、日本エネルギー経済研究所に在籍する角和昌浩教授が『石油文化2008Ⅲ』で解説をしている。

 それによると、シナリオは、各国政府の利害調整が困難でドラスチックな展開のもと世界の経済成長が鈍化する「スクランブルシナリオ」と、世界規模での強調が進み、リーズナブルな変化のもと、新たな成長が期待できる「ブループリンツシナリオ」の二つのシナリオに分かれるとしている。

 その前提として、今後確実なトレンドとして、エネルギーの①堅調な需要伸長、②供給能力への不安、そして③地球温暖化問題をあげ、産業・経済活動から生活全般に至るまで「エネルギーシステム革命」が不可避であると説く。

 そしてその変化に影響を与えるのはエネルギー価格や技術革新ではなく、政治的・社会的決断の帰趨によるところが大きいと解釈、それぞれのシナリオから生まれるさまざまな事態を予想している。その中味には、5年ごとにに想定される一利一害・一長一短が示されるが、最後に、グループの最高責任者であるジェロム・ファンデル・フィエールの次の言葉を紹介している。

 シェルグループは、伝統的にシナリオ作品を取り扱う際には、どちらのシナリオが自分自身にとって好ましいか、という見解を持つことを意図的に控えてきた。だが、わたくしは、シェルグループに投資しているひとびとや私たちの子孫たちのことを考えると、ブループリンツシナリオは、経済活動とエネルギーと環境問題のよりよきバランスをもたらすもの、と信ずる。

 

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2008年7月22日 (火)

バイオ燃料と空腹

 ガソリンの代替としてバイオ燃料生産を奨励している国がある。その影響もあって世界的な食料とか飼料不足を招き、途上国の深刻な飢餓対策や、インフレへの対処が必要だとする報道が繰り返されている。

 前回のエントリー「夏の色」にいただいた「虹色オリハルコン」さんのコメント、《うちの近所の奥様は、戦後しばらくかぼちゃばっかり食べていたので、もうかぼちゃは見るのもイヤだって言っていました》が、実は本題のヒントになった。

 「見るのもいや」なのは、カボチャ以上に馬鈴薯(ジャガイモ)、甘藷(サツマイモ)がそうだった。どれほど空腹であっても、苦みがありビチャビチャした食感では、とても米の飯の代わりにならない。ジャガイモなどすり下ろして澱粉にして食べたほどだ。

 甘藷は、赤い皮のついた甘い「たいはく」ではなく、大量生産向きで白い皮の「農林1号」などだった。馬鈴薯も、なかなか美味いものだと思ったのは、あとの時代になって「男爵」などを知ってからだ。最初は味より量の食料増産対策だと思っていたが、どうやらバイオ、つまり軍用機代替燃料生産対策によるものらしい。

 昭和12年(1937)、政府は早くもガソリン不足を見越して混用アルコールの生産・販売を国営化する専売法を施行した。目標は昭和19年度の予想揮発油消費量を216万㌔㍑に対し20%のアルコール混入を達成するというものである。

 しかし、この計画も主原料の甘藷、馬鈴薯の生産量に左右されざるを得なかった(『日本石油百年史』)。初年度実績は目標の74%、昭和16年度は資材不足と原料不足で生産設備拡充もできなくなった。軍人が酒屋を回り、焼酎などの瓶を徴発して回ったというからその焦りも極限に達していたのだ。

 終戦直前の20年4~8月の生産量が4625㌔㍑で航空燃料に32.4%使われてたと言うが、もう自由に戦場を飛べるだけのガソリンはなかっつた。また、このバイオ燃料は、エチルアルコールのほかメチルアルコールがあった。

 戦後、そのメチルアルコールが民間に出回り、お酒の代用に用いたため多くの死者が出たことは、当時を経験している人なら、誰でも知っている。ブラジルのバイオマスには長い歴史があり、唯一の成功例であろう。石化燃料より環境にやさしいと言う説の根拠は薄弱で、エネルギー節約を二の次にしたバイオ燃料大増産のもくろみは、必ずや失敗すると断言しておこう。

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2008年7月 7日 (月)

いつか来た道 2

 第2次石油危機は1978年、即ち第1次危機の5年後に起きた。同年1月、イランの宗教都市コムで起こった暴動が契機でイランの石油生産は次第に減少し、同年末には完全に停止した。親米パーレビー王朝が崩壊し、イスラム国家に変貌するいわゆるホメイニ革命である。

 原油はこの間に約3倍に値上げされた。第1次石油危機で石油価格が高騰したあとの3倍である。第1次の時と違って、この時は真剣に石油資源の有限性について議論する傾向が強くなった。世界の有識者を集めたローマ・クラブが資源の有限性と急速な人口増加、世界規模の食料不足、環境悪化を警告していたのは、2回の危機が訪れる前の1968年までさかのぼる。

 第2次の危機を迎えて、内外の識者がこれをどう認識したか、小山茂樹『石油危機は終わったか』(時事通信社、1984/10)でこう説明する。

 こうしして石油価格は今後もうなぎ登りに続騰していくであろうと思われた。日本でもほとんどすべての専門家はそのように語っていたが、欧米の専門家、専門機関も全く同様であった。代表的な例を引き合いに出せば、一九八五年の原油価格(名目)は高価格ケースで七一ドル/バレル(以下同じ)、低価格ペースでも五三ドル、もっともありうる中間ベースで六一ドルになろうと予測している(U.S.Dept.of Energy,1980 Annual report to Congress,1981)。
 またこれより先にイギリスのある予測会社(エコノミック・モデル社)によると、一九八五年の平均価格は五七・五〇ドル、一九九〇年には一一〇ドルになろうと予測していた。(AP=DJ一九八〇年一二月一一日)。

 ところがこれにより、世界経済は第二次大戦後最大と言われる深刻な不況に見舞われ、石油価格の割高感は石油離れ現象を引き起こした。この結果、一転して石油は供給過剰状態となり、1980年以降需要は年々大幅な減少が記録された。

 そのためOPEC加盟国の間でもダンピングに走るところが続出し、1983年3月には公式に5ドル値下げを決定、発表せざるを得なかった。この頃になると、石油経済界は原油価格のさらなる値下がりを予告する論者で満ちあふれた。ふたたび前掲書の引例を見よう。

 米国のエネルギー省をはじめ、石油アナリスト、欧米の金融筋は二五ドル以下への引き下げを予想し、なかには一八ドルを予測するものさえ出現した(米国の金融専門誌『バロンズ』によれば、何人かの石油アナリストは、一九八三年を通じて原油値下がりは持続し、間もなく一八~二〇ドルに値下がりすると予測したという――AP=DJ一九八二年二月二十六日)。

 以上長々と価格予測の話をしたが、実際は1980年代はほぼ30ドル前後で推移したものの、90年代は10ドル台で低迷し、湾岸危機の際を除けば30ドルに達することはなかった。したがって前述の強気見通しより弱気見通しの方が当たったことになる。

 過去の石油危機と現在の石油暴騰の違いは何だろう。何といっても大きいのは原油価格決定のシステムが変わったことである。石油危機以前は7大石油会社メジャーズがその決定権を握っていた。そしてその支配権を産油国の国営化政策や石油危機を通じてOPECが奪った。

 しかし消費の実態を無視した価格維持には無理があり、1985年頃より製品市場を勘案したネットバック価格を採用するようになった。これは製品需給を反映した安定かつ合理的な方法のように見えた。しかし、それらも世界最大の石油消費国であるアメリカでわずかに産出するWTY(West Texas intermdiate)という原油の取引相場が事実上の指標となった。今や原油価格の決定権は、生産者でも消費者でもなく、金融資本市場が握っている。

 それ以外の違いとは何だろう。過去、戦争や内乱など、突発的な原因があって価格が暴騰したが、そういった契機がなく構造的な理由だけで上げが続くという不自然さだ。よく中国・インド等の需要増加がいわれるが、鈍化することはあれ、これまでの伸び率が続くという保証はない。

 そのほか、生産のピーク説や資源枯渇説などいろいろあるが、以前からある話の蒸し返しで、石油危機の時と変わりない。したがって遠くない時期にまっとうな経済原則が働いて落ち着くところに落ち着くはずだ。

 ただ唯一の真理は、石油資源が有限だ、と言うことである。したがって石油は代替の利かない用途に限定される貴金属並みの物資となるだろう。そこに至るまでは、まだ気の遠くなるほどの長い期間、人類の英知を働かせる余地と余裕があるということだ。

2008_07070005_2 表は『今日の石油産業2008』(石油連盟)より。
実際の原油価格は08年半ばで145ドル、急角度に伸びて上の記事の下から3行目あたりに来ています。クリックで拡大。 

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2008年7月 5日 (土)

いつか来た道

 東証の日経平均株価は、昨日で12営業日続落している。これまでの最長は1954年5月18日までの15日続落だというが、来週これを突破して新記録なるかどうか。また、その株安の原因を作っているアメリカの原油先物相場の方は、それにおとらずはるかに異常である。

 04年まで20~30ドル台だった物が一昨日は145ドル台の新記録を達成した。第1次オイルショック(1973年)の時は、実勢価格が3年前の5倍近くなったが、絶対額にすれば2ドルから10ドルの8ドル前後の差でしかない。ガソリンの値上がり額はリッター40円ほどで、高いところではレギュラーガソリンを100円にのせたところもあった。

 すでに諸物価高騰の気配があったところへの石油ショックである。『石油インフレ』(朝日新聞社編)から引用する。

――「1時間半かけて、四軒目でやっと10個入りのトイレットペーパーを買えました。帰る途中『奥さん、それどこで手に入れたの』って三人の女の人に聞かれたわ。教えたら、目の色かえてとんでいくんですよ。買いだめがモノ不足の原因かもしれませんね。でも値段の上がる前に買うのはいけないんでしょうか」――川崎市の主婦(26)

 さらにこう解説する。

 危機がくる半年あまり前の昭和四八年二月、全国の生活協同組合の役員が集まった会合で、大河内一男元東大総長が「みんな高度成長におぼれすぎている。この際、モノを買わない運動をやったらどうか」と提案したが、「先生も年をとったねえ」という反応だけでだれ一人耳をかさなかったという。

 現在のNY原油先物は、金融すじによる買いだめである。オイルショック当時は、独禁法違反すれすれの石油2法を急造するなど、日本の政治が大きく動いた。現在、食料品を中心に生活必需品の値上がりラッシュが続いており、4日の日銀の生活意識調査によると92.1%の人が値上がりを実感している。

 しかし、凶悪な犯罪の報道はあっても、住民の物価に対する動きがクローズアップされることは、あまりない。35年前よりさらに飽食に慣れ、豊かさに馴れきっているということなのだろうか。そして政治は、世界要人会議で実効の伴わない共同声明を用意するぐらいで、何もしない。

 私は、現在の生活を脅かす世界的な危機状況は、象徴的にアメリカ・ブッシュ大統領によって作り出されたものだと思う。まず、世界でもっとも石油埋蔵量の多い中東で戦争をはじめ、いまだに治安回復の見通しが立たず、石油増産に支障を来している。その上、イランとの緊張状態継続で根本的解決を遅らせている。

 アメリカ国内のサブプライム・ローン問題で世界の金融の混乱を招き、石油・穀物市場への資金殺到に手がうてない。さらに、慎重さを欠いた穀物によるバイオマス生産の奨励が世界の食糧危機を誘発し、農業生産に関係の深い地球温暖化など環境問題への関心も低い。

 マハティール前マレーシア首相は、「食料や石油の世界最大の消費国であると同時に、世界最大の二酸化炭素排出国でもある米国が、自らの犠牲を払って問題を解決姿勢をみせていない」(毎日新聞7/4)と手厳しい。新聞論調も遠回しにアメリカの責任を指摘する程度である。現役の国家首脳となるとそこまでもいえないのだろうか。

 柳田邦男の書く『狼がやってきた日』という石油危機当時のドキュメントがある。そのあとがきで、ここで得た教訓は何であるかを次のように問うている。その教訓は生かされているだろうか。残念ながら答えはNOである。

 あのとき、マスコミは、「アラビア語も話せない」と外務省を批判し、「油買いに狂奔」と商社を嗤い、「出荷調整でパニック演出」と企業を攻撃した。首相田中角栄にしてからが、混乱の責任を企業のあくどさに転嫁しようとする発言を何度か繰り返した。中学生的な「正義感」と「勧善懲悪主義」が、社会を征服したかのようにさえ見えた。

 だが、日本の姿を、それ以前と以後とで大きく変えてしまった石油危機とは、そんな単純な「正義感」や「演出論」で割り切れるものだったのだろうか。石油危機とは、日本にとつては、もっと複雑な構造を持った歴史的な体験だったはずである。歴史的体験であるなら、そこには普遍性のある教訓があるはずであるし、その教訓を汲み取る作業をしなければならないはずである。

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2008年6月 2日 (月)

石油の真実

 前回のエントリー「原油暴落の日」の付録として、エネルギー白書から拾ったエピソードを書いておこう。

●需要の伸び1位中国、2位アメリカ
 原油高騰の理由に、発展途上国の消費拡大が叫ばれているが、91~06年の1日当たり需要増が中国490万バレル、アメリカ390万バレル、以下インド130、ブラジル60万バレルであり、中国とアメリカで世界の増加分1691万バレルの半分を占めるというダントツぶりである。発展途上国はやむを得ないにしても、昔から大消費国のトップにいたアメリカの浪費は罪が深い。西欧先進国や日本は、ほとんどゼロかマイナス成長である。

●産油地の政情不安、やはりアメリカ
 同白書は今後の供給に対する懸念材料として、低コストで生産できる油田地域における政情の不安定さを第1に上げ、その例をイラクとイランに求めている。いずれもアメリカが責任を負わねばならない地域で、サウジに次ぐ中東の大産油地である。

●アメリカの国内事情
 世界の需給バランスに大きな変化がなく、採掘可能な埋蔵量も増えているのに、アメリカにおける製油所能力の不足や油田開発コストの高騰、生産量の減退などで相場が変動し、高騰要因になっている。そもそも、昔からアメリカのメキシコ湾岸における原油価格が世界の原油価格の標準になっていたので、今に始まったことではないのだが。

●投資資金の中味
 やはり多いのが年金基金。インデックスファンドはスタンダード・アンド・プアーズのS&PGSCIは石油に65.6%を投入(08/01)。世界の債券市場や株式市場の数千兆円にくらべると原油先物は15兆円と小さいが、貴金属や農産物なども合わせ急増の様相を見せている。

●日本のガソリン輸出
 エネルギー白書には関係ないが、「とむ丸の夢」さんで「日本はアメリカにガソリンをいくらで売ったの」という話題があったのでひとこと。 いくらで売ったかは調べてない。だが日本製なら高いだろうなと思うのはまちがい。ガソリン税も消費税もかからないから、高くても日本の小売りの半値以下だろう。もっと安くする手がある。

 アメリカは最近サウジからの輸入がふえている。サウジのメジャー合弁会社アラムコが原油を積んでカリフォニアに向け出航、途中日本に寄って精製を頼み、できたガソリンだけを別の船で送る。これを委託精製という。

日本は人件費が高いから……と思うがさにあらず。中国に輸出する専門の会社があるくらいだ。 石油精製は装置産業で24時間稼働、火を落とせない。いつも装置の中を油が流れている。わずかな人がメーターを監視しているだけだ。だから能力に余裕があれば頼まれた原油も一緒に回わし、効率をあげて手数料だけもらえばいいということになる。実際には、それを紙上計算だけですませてしまう。

 重油から灯油を作ったり軽油からガソリンを作る装置、硫黄分を抜く装置、マンモスタンカーと受け入れ港湾、備蓄基地、そういった面で日本は優れた能力を持つ。原油高でそういった能力を活かす場面がひろがったようだ。

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2008年5月31日 (土)

原油暴落の日

 「石油の値段」というタイトルでエントリーしたのが3カ月前の2月28日である。以来、この題へコンスタントな検索が入るようになった。その記事にニューヨークの原油先物価格が「初の102ドル台に入った」と書いた。それが、5月28日の終値で131.03ドルとある。

 なんと毎月10ドルの高騰ぶりで、むちゃくちゃとしか表現のしようがない。この間、ガソリン価格は暫定税額の失効、復活などのさわぎなどを横目に、末端価格は170円を超えようとしている。2002年の年初に20ドル台だった原油が6倍以上になる理由は何か。

 経済産業省は、最近昨年度の「エネルギー白書」を発表した。その第1章は「原油高騰の要因及びエネルギー受給への影響の分析」で、A4で31頁(同省HP所載)を費やしている。ふんだんにグラフを使って丹念な説明を試みているが、価格要因のファンタメンタルズとして上げた需要・在庫・供給に大きな変化がなく、このところの暴騰を説明できる材料が見あたらない。その説明といえるのが、最後に付加された「先物市場」の影響で、膨大な投機資金が30~40%実勢価格を押し上げている、と分析している。

 ところが、このところちょっと気になるニュースが出てきた。以下は5月30日のNHKニュースである。 

 原油の高値推移が続くなか、アメリカの先物市場の監督を担う商品先物取引委員会は、原油の相場が操作されていないかどうかを確認するため、去年12月から調査を続けていることを明らかにしました。

 商品先物取引委員会は29日、去年12月に原油の取り引きに加えて、運搬や保管をめぐって問題がないかどうか全米の企業を対象に調査を開始し、現在も続けていることを明らかにしました。これについて、委員会は「継続中の調査は日ごろ明らかにしないが、現在の未曽有の原油高を踏まえて発表することにした。原油相場が操作されていないかどうかを確認するねらいがある」と述べ、異例の措置に踏み切ったと強調しましたが、詳細は明らかにしませんでした。一方、委員会は原油の先物市場の透明性の向上を目指し、イギリスの金融監督当局と協力して大手投機筋の取り引きに関する情報収集を強化するなどの対策もあわせて発表しました。原油をめぐっては、現在もニューヨーク市場で1バレル・120ドル以上の高値が続き、これを背景にガソリンも1年前に比べて30%以上値上がりしており、原油高はアメリカで大きな社会問題になっています。

 社会問題化しているのはアメリカばかりでない。このところヨーロッパその他各国での抗議が連日報じられ、バイオガソリン生産のため穀物価格が暴騰して発展途上国の貧困階層に飢餓状態を招き、日本でも深刻な影響がレポートされている。

 これまで、不透明さの多い原油先物市場の魔性が不問にされてきたことがおかしい。寺島実郎・日本総合研究所会長は、マネーゲームを抑制するため、国際機関が為替取引に課税するなどの構想を検討すべきだと、講演で主張している。しかし、ここに手を突っ込まれると、投機資金が先を争って引き上げる可能性がある。その結果、アメリカ経済は、サブプライムローン問題に加えて抜き差しならぬ混乱におちいるだろう。

 日本をはじめ世界各国も金融不安から逃れることはできないが、ドル安、ドル離れはさらに進み、金融資本はよりましな通貨に回るだろう。東証では、続いていた外国人の売り越しがここ8週間は買い越しに転じ、その額928億円にのぼると発表した。まさか原油暴落の前兆ではないとは思うが……。

この後の記事「エネルギーの将来いつか来た道 2」および「いつか来た道」も参考にしてくだざい。

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