戦争責任

2018年11月13日 (火)

ロヒンギャと日本

ASEAN首脳会議が今日から3日間の予定で行われる。開催地はシンガポールで日米中ロなどが参加する。安倍首相は南シナ海の緊張を取り上げるつもりだが、米大統領・トランプは代理出席となる。

ビルマのロヒンギャ難民問題も議題にあがる。しかし、日本の関心はあまり高くなく、その経緯についての知識も複雑でよそ事のようだ。そこでウイキペディアをのぞいてみた。

第二次世界大戦中、日本軍が英軍を放逐しビルマを占領すると、日本軍はラカイン人仏教徒の一部に対する武装化を行い、仏教徒の一部がラカイン奪還を目指す英軍との戦いに参加することになった。これに対して英軍もベンガルに避難したムスリムの一部を武装化するとラカインに侵入させ、日本軍との戦闘に利用しようとした。しかし、現実の戦闘はムスリムと仏教徒が血で血を洗う宗教戦争の状態となり、ラカインにおける両教徒の対立は取り返しのつかない地点にまで至る

ラカインとは、ロヒンギャも住むミャンマーの州の名前だ。11日の第一次大戦終結記念日に続き、安倍首相に戦争責任の自覚がどこまであるか、というよりないだろう。

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2018年8月 6日 (月)

日中朝韓関係のトゲ

  安倍首相は北朝鮮の金正恩、中国の習金平両首脳との接触・会談を盛んに模索している。しかし、トランプのようにうまくは進まないだろう。理由は、首相が相手を信頼していない以上に、相手からも信用されていないことによる。

のどに刺さった骨は「靖国問題」である。今年の終戦記念日の首相参拝は断念したとのことである。例により「私的に玉串料を奉納」とすることになるのだろう。

余計に悪い。自民党や「ゆ」党の一部議員たちのように、信念に基づくものなら理由を明らかにして堂々と参拝するべきだ。信念の内容正否は別として、中国・北朝鮮は安倍首相不信の理由を正面に掲げ、反論することになるだろう。

その上で、金・トランプ会談のように主張の違いを乗り越えて会談が実現するかも知れない。このままでは、いつまで経っても煮えきれない相互不信の関係が続く。

過去、ご存知のように友好関係を発展させる機会は、安倍首相以外の自民党内閣でもしばしばあった。小泉元首相も、靖国参拝を断念したり断行したりだったが、個人の信念というより、自民党に強い影響力を持っていた遺族会や、党内右派への配慮があった。また、当時A級戦犯合祀について国内で盛んに議論が行われていた。

国内議論に決着をつけ、平穏な慰霊環境をつくるための打開策もいくつか提案されていた。こういった環境の下で、小泉首相は訪朝し拉致被害者の何人かを連れ帰ることができた。北朝鮮も日本の国内議論を承知していたのだ。

その際の、日朝合意が破られたとする不信感が増幅し、現在に至っている。これを解消させるには安倍首相では無理だ。基本的に靖国問題は国内問題であり、日本で決着をつけなくてはならない。マスコミも靖国問題を再燃させる時期に来ている。

小泉時代までは、そういった議論が盛んに行われたが、戦争議論の風化が進み、今や嫌中・嫌朝、反日といった次元でしかものを見ない風潮になってしまった。

以下、関連する事項を列記しておく。

【安倍首相の歴史認識】

2015520日に行われた党首討論で、共産党の志位和夫委員長は安倍晋三首相に、ポツダム宣言に関する認識を質問した。

志位氏は「過去に日本が行った戦争は、間違ったものという認識はあるか。70年前に日本はポツダム宣言を受け入れた。ポツダム宣言では、日本が行ったのは間違った戦争だったと明確に記している。総理はこの認識を認めないのか」と聞いた。これに対し、安倍首相は「ポツダム宣言は、つまびらかに読んではいないが、日本はポツダム宣言を受け入れ、戦争が終結した」と述べた。

ポツダム宣言は、1945726日、ドイツのポツダムにおいて、アメリカ・イギリス・中国(のちにソ連も参加)が発した対日共同宣言。日本に降伏を勧告し、戦後の対日処理方針を表明したものだ。

【ポツダム宣言】

 吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ國民トシテ滅亡セシメントスルノ意圖ヲ有スルモノニ非ザルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戰爭犯罪人ニ對シテハ嚴重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ日本國政府ハ日本國國民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ對スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ言論、宗教及思想ノ自由竝ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ

【終戦の詔勅】

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

 朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

【東京裁判】

この裁判は連合国によって東京に設置された極東国際軍事法廷により、東条英機元首相を始めとする、日本の指導者28名を、「平和愛好諸国民の利益並びに日本国民自身の利益を毀損」した「侵略戦争」を起こす「共同謀議」を「1928年(昭和3年)11日から1945年(昭和20年)92日」にかけて行ったとして、平和に対する罪(A級犯罪)、人道に対する罪(C級犯罪)および通常の戦争犯罪(B級犯罪)の容疑で裁いたものである。「平和に対する罪」で有罪になった被告人は23名、通常の戦争犯罪行為で有罪になった被告人は7名、人道に対する罪で起訴された被告人はいない。裁判中に病死した2名と病気によって免訴された1名を除く25名が有罪判決を受け、うち7名が死刑となった。日本政府及び国会は1952年(昭和27年)に発効した日本国との平和条約第11条によりこの(the judgments)を受諾し、異議を申し立てる立場にないという見解を示している。

【昭和天皇の参拝中止】

昭和天皇は、戦後は数年置きに計8度、靖国神社に親拝したが、19751121日を最後に親拝が行われなくなり、今上天皇も親拝を行っていない。この理由については、昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感をもっていたことを理由とする主張と、1975年当時の三木武夫首相が同年の終戦の日の参拝の後、「総理としてではなく、個人として参拝した」と発言した事を理由とする主張とがあった。昭和天皇が合祀に不快感をもっていたことを記録した「富田メモ」や、内容を裏付ける『卜部亮吾侍従日記』に基づき、松岡洋右と白鳥敏夫の合祀が天皇の親拝を妨げていたと考える説もある。

【最高裁判決】

大阪地裁は、合祀に国が協力した行為は政教分離原則違反で違憲であると判決した。201111月、最高裁により確定した。

色々あった議論

A級戦犯だけを別の場所へ分祀する。
・一宗教法人として残し、国家の関与をなくする。
・靖国神社とは別に宗教を離れた戦没者慰霊施設を設ける。
など

 

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2016年12月 8日 (木)

オバマ、トランプ、真珠湾

 75年前の今日、日本は宣戦布告通知が米側に届かないままハワイ真珠湾の海軍基地を急襲した。これに関し、オバマ大統領と次期大統領になるトランプ氏は、それぞれ声明を発表した。(12/8毎日新聞・東京・夕刊)

 オバマ氏は「攻撃で2400人を超える米国の愛国者が命を失った」とし、犠牲者を追憶し、遺族らをたたえると表明した。

 そのうえで「(当時の)敵国が最も緊密な同盟国に変わった証左として、今月下旬に安倍晋三首相と戦艦アリゾナ記念館を訪れるのを楽しみにしている」と言及。「この歴史的な訪問は、和解の力と、75年前には想像できなかった同盟関係で結ばれた日米両国が、より安定した世界のために手を携えて働いていくことの証しとなる」と強調した。

 一方、トランプ氏は「(犠牲となった人たちが)分かち合った犠牲は、我々が享受している自由を守るために先人たちが支払った大きな代償を思い出させる」と指摘。「米国にとっての敵国は過去75年間で変わってきたが、レーガン大統領がかつて言った『平和を追求するには、勝利に代わるものはない』という事実は変わらない」と述べた。

 最後のトランプ氏の、レーガン大統領発言を引用した部分、戦争はいつも自国が正義で必ず勝つと思い込んでいるアメリカ――。塾頭の最も嫌いな面である。戦時中の日本そのまま、低レベルの俗論が支配して反省するところがない。

 今なお絶えることない戦火。アメリカがかかわっていないケースがどれだけあるだろうか。世界の警察官気取りはやめたのではなかったのか?。danger

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2016年8月15日 (月)

象徴天皇③

 8日に、天皇個人の思いという形で「おことば」が発表された。その核心は「既に80を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」ということにつきる。

 ほかに、摂政制度の採用を疑問視したり葬送行事などの煩雑さに触れた部分があるが本筋からはずれた話だ。やはり、象徴天皇のありかたを追求し、信ずるところを完遂しなければならないという点に比重がかかっているように思う。

 マスコミは一斉に「天皇退位の意向がにじんでいる」と報じ、手早く「退位に賛成か、反対か」などというアンケートを実施し85%が賛成などという結果を示している。塾頭は、おことばの中で退位には一切触れていないことから、勝手に「日本国民の総意」などと解釈されるのではないかと、はなはだ危険を感じている。

 簡単に退位というが、それが法的、とくに憲法がらみで実現できそうにもないということは、天皇が一番よく知っているはずだ。それを承知の上で何故?という疑問がわく。ネット論壇の中で、参院選の結果などから安倍右傾化路線まっしぐらという状況に、天皇があえて一矢報いるハードルを設けたのではないかとする説がある。

 にわかに賛成しかねる憶測だが、今日の終戦記念日の戦没者慰霊式の安倍首相の式辞と、天皇のおことばには、大きな差があった。この差はもう2年連続のことだとされるが、安倍首相の戦争責任の回避へのこだわりが大きく国益を損じていることに、全国民は早く気が付いてほしい。

天皇:過去を顧み、深い反省とともに……
首相:歴史と謙虚に向き合い……

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2015年10月 1日 (木)

買ってしまった『正論』

 先月29日の記事「アメリカ石油生産トップに返り咲き」で、日本の「敗戦の原因は、原爆やソ連参戦ではなく、精神論だけで科学的判断が下せなかったを軍部の責任である。開戦の段階で充分予測できたことなのに、見通しもなく突っ込んでしまったからだ」と、石油輸入ゼロのもとでの無謀な戦争だつたことを書いた。

 そしたら、今朝の新聞の広告欄で、雑誌『正論』――大東亜戦争は無謀ではなかった、とあるのを見つけた。「おもしろそう!」。ほかにも保守系雑誌御常連”西”トリオ(中西輝政・西尾幹二・西部邁)そろい踏みで、安倍首相談話の内幕をつく記事もある。

 塾頭の本棚には中西、西部の2~30年前の単行本があるが、たしか「歴史修正主義」などという言葉がはやり出したころ買ったものだ。その後はとんと御無沙汰しており、ご高説は拝聴していなかった。それもあって、つい駅の本屋まで行って780円を払う破目になった。

 早速、「無謀ではなかった」論の石油関連部分を紹介する。まず、題字脇にはゴシックでこう書いてある。

 開戦決定は、合理的な計算と判断に基づいていた――。
 戦後に消し去られた「真実」を解き明かす

 その内容は、開戦直前の昭和16年11月15日に大本営政府連絡会議で決定された「対米英蘭蒋戦争終結に関する腹案」に依っており、著者である林千勝氏は「科学的で合理的な戦争戦略」と形容している。

 研究リーダーは秋丸次朗陸軍中佐で、秋丸機関とも呼ばれ、石油に関する部分は、同機関の報告書「独逸経済交戦力調査」から抜粋している。以下それを引用する。

「(前略)持たざる国が最後の勝利を得る為には(中略)不足する生産力素材の確保を目指す」こと、「軍事行動によって占領した敵国領土の生産力をも利用し得る」こと、そして「長期化されれば、同盟国、友邦、更には占領地を打って一丸とする広域経済圏の確立も次第に可能となり、この広域経済圏の生産力が対長期戦の経済抗戦力として利用され得る」ことを明示します。日本にとり広域経済圏は大東亜共栄圏です。

 実際、蘭領東印度の獲得で石油は当初計画をはるかに上回る量を数年に亘り確保できました。だから連合艦隊は大海原を大いに動けたのです。以上は秋丸機関の報告書「独逸経済交戦力調査」(昭和十六年七月)に明記されています。

 戦争が起きた後のことを、起きる前の報告書に明記されている、というのはナンセンスで編集上の手違いかも知れない。事実は、翌年度が10,524千bℓが南方から送られ予想を上回ったが、19年度は半減、20年度はゼロになった。

 連合艦隊が大いに動けなくなり、輸送路の制海権・制空権が奪われ、船の多くが撃沈されたためだ。つまり、上記の報告自体、タラ、レバの多い希望的観測で、科学的でも合理的でもないお粗末な図上作戦であったことが、史実で証明されている。「消し去られた真実」とは、有力学者も参加していたということらしいが、本質的な問題ではない。

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2015年8月15日 (土)

「安倍談話」

 人間というのは、ここまで心にもない事を言えるものかと、思わず首相の顔を見つめてしまった。戦後70年の首相談話、こんなものは出さないでおくのが一番良かったのではないかというのが塾頭の結論である。

 この内容をほかの人が言ったら、自虐史観、東京裁判史観、反日、ブサヨなどと、幼稚な安倍首相信者からあらん限りの悪態をつかれただろう。立場上そこまで踏み込めない応援団の産経新聞や櫻井よしこ氏などは、評価し支持する立場だ。

 安保法案に反対するマスコミは概して批判的なトーン。しかし賛否いずれも用語がどうの、主語がどうの、村山談話と比較してどうのという枝葉末節の話ばかりで全体としては、庶民に判断のしようがないものだ。

 困っているのは中国・韓国も同様、公式の反応を示すのに時間がかかっているようだ。喜んでいる人がいるとすれば公明党の山口さんぐらいだろう。両方に顔を立て、党や創価学会内部の離反を避けられそうになったからだ。

 当塾で安倍路線について「潮目がかわりつつある」と書いたのは6月11日だが、安倍首相の談話にそれを押し戻す意図があったとすれば半ば成功かもしれない。その一方で、談話が「戦後レジームの脱却」の方針を放棄した宣言ともとれるのだ。

 憲法学者の大部分が集団的自衛権行使の憲法違反を指摘した事実は重い。これを公明党や野党がどう処理するか、凋落を続ける内閣支持率がどう動くか。そう大きな変化はない、と見るが、国民の戦いの正念場は8月15日が終わってからだ。

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2014年8月27日 (水)

「性奴隷」伝説

 縄文時代に見る豊富な女性土偶、天皇の始祖になる伝説の天照大神、魏書にしるされた倭国の女王・卑弥呼などなど。紫式部も和泉式部もどうしてどうして。まさに「女ならでは夜の明けぬ国」、「原始、女性は太陽だった」日本の国だ。

 女性の地位が低くなったのは中国、朝鮮伝来の儒教による影響が大。それでも、夜明け前の日本に来てその文化や言語を研究したヘボンなどは、日本の女性が軽視されていると思うのは偏見、と喝破した。

 その下地は明治以降も脈々と続いていたが、女性参政権が認められたのは戦後になってから。しかし、その少し前まで男性も一定額以上の納税がなければ、選挙権もなかった。人権保護も考慮に入れた公娼制度が廃止されたのも戦後しばらくたってからだ。それでも韓国で妓生(キーセン)外交などといわれた時期よりは早かった。それが、歴史だ。

 「性奴隷」などあるはずがない。あったとすれば、日本の法秩序の及ばない、軍隊がすべてを支配する最前線。そこは殺人を日常とする狂気の世界だ。自由も人の尊厳もすべて禁止。何があっても不思議ではない。つまり「戦争犯罪」の巣だったのだ。

 先の戦争による戦争犯罪は、アメリカにもソ連にもある。また、被害者は日本人、朝鮮人、中国人、東南アジア等すべての戦地に及ぶ。関係した犯罪者として、軍事裁判で裁かれ刑に服したのは、証拠を突きつけられた敗戦国の日本人だけである。負ける戦争を始め、やけくその戦争犯罪に走ったのは誰か。

 その戦争犯罪者を、靖国神社は神に祀って顕彰した。そこへ総理大臣が公式参拝をする。それはやはり、まずいんじゃないか。非業の死を遂げた日本人被害者の遺族としても許せない。天皇も参拝したくないというのは道理にかなう。

 朝鮮人を怒らせて戦争に支障をきたすことのないようにするのが当時の政策だ。それに反した慰安婦強制連行の新証拠がでることは、多分ないだろう。河野談話の「総じて本人の意思に反し」というのが当たらずといえども遠からずの表現だ。

 詫びなくてはならないのは、朝鮮人に大きな傷を残した戦争犯罪だ。そういった区別やけじめを、右も左もリベラル、そしてマスコミもあいまいにしたまま。 「河野談話は変えない」。菅官房長官……さすがは苦労人。「河野談話にかわる新談話を」。高市早苗……やけぼっくりに火をつける女国賊。この問題、そろそろお開きにしませんか?――。

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2014年7月12日 (土)

潮目の第一次大戦

 歴史の流れが変わる、世の中ががらっと変る、それを革命というか維新というか、言いかたはどうあろうと、明治維新、戦争そして敗戦、これが日本の近現代史において大きな画期であることを疑う者はいない。

 今年は第一次世界大戦勃発から100年目にあたる。ヨーロッパではこれを大きな節目として扱っているようだが、日本やアメリカではこれにスポットを当てているような動きはあまりない。ことに日本が参戦国であるにもかかわらず、日清・日露戦争以上に扱われることはまずない。今放映中の朝ドラ「花子とアン」でも触れずじまいのようだ。

 中国や韓国がいう「歴史認識」の歴史はいつからのことを指すのであろうか。中国は東シナ海や南シナ海に清や明といった国民国家成立以前の話を持ち出して自国だけに通用するルールを押し付けようとしている。

 国際関係をそれで律しようというのは、どこの国から相手にされない空論だと思われても仕方がないだろう。これがイスラエルやパレスチナの話になれば、全く解決のつけようのないものになってしまい世界は大混乱におちいる。力だけがそれを解決する手立てだと考えるのは、残念ながら為政者だけでなく、それぞれの国民もそれを支える力になっている。

 中国のことだけではない。安倍首相のいう抑止力も、中国の圧力も本質は同じで、超大国をはじめテロリストにまである。そこで、どこかで折り合いをつけなければならなくなり、それが歴史認識の共有という作業につながる。

 前置きが長くなったが、歴史認識は国際紛争の原因となった直近のことを当事国双方で深化させなくてはならないということで、遠い昔にまでさかのぼってあら探しをすることではない。そして、A国がB国に対してということでもない。

 自国だけを「美しい国」とするナショナリズムも、戦後レジュームの脱却などという逃げもそういった作業の邪魔をし、人類の永遠の平和に水を差すものでしかない。もちろん、戦争責任を雲散霧消させようなどという、歴史修正主義があってはならない。

 塾頭は、この歴史認識について、第一次世界大戦後を対象にすべきだと思っている。これは、当塾で下記に示すようにたびたび触れてきたが断片的でまとまりを欠き、またそういった論文をものする能力もないので、第一次世界大戦年表を計画してみた。

 その前に、このような区切りをつけることの、理由とその意義を述べておきたい。それは、世界的には帝国主義的植民地主義が抑制される方向がはっきりしてきたのに、第一次世界大戦以降、出遅れた日本がその逆の方向をたどったことである。

 日本は、大日本帝国憲法が発布された時、またそれをさかのぼる征韓論や、砲艦外交で韓国の開国を迫った日韓修好条規をもって、帝国主義的植民地拡大時代に入ったとするのがこれまでの定説で、塾頭もかつてはそう思っていたし、本塾への懇切なご指摘もいただいた。

 しかし、いくつかの日韓関係史や個人の伝記、日記、外交史などを断片的にあたると、日本は幕末、アヘン戦争の結末に驚き、欧米列強やロシアからの攻撃や侵略をいかにかわすかに腐心していたことが想像される。

 そのための最大課題が「富国強兵」であり、「文明開化」、「自由民権」の確立、「国際法」遵守を国策とし、植民地化は防がなければならないもの、東亜をそこから守る必要があると感じても、列強の尻馬に乗るということは考えていなかったと思う。

 もちろんこれに反した国粋主義は、すでに吉田松陰の頃からあり、明治期にも福沢諭吉の脱亜論など、「東亜の盟主たらん」とする言論の存在は否定できない。しかし他国と戦って勝つ自信はまだなく、冒険主義への加担はすくなかった。

 もうひとつの理由は既に述べたとおり、いたずらに歴史を過去にさかのぼらせ、最近見られるように元寇や倭寇の頃まで議論しだすことなど、自由研究ならともかく、不毛の民族対抗意識を増幅させるだけで何の益もない愚行と言わざるを得ない。

 以後、次回の「第一次大戦年表」に移行する。

【関連する過去記事】
2014年1月 2日 (木)
「戦争責任」はいつから①
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-c3d2.html
2014年1月 5日 (日)
「戦争責任」はいつから②
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-551a.html
2013年12月30日 (月)
日清戦争と日韓併合
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-2bec.html
2013年10月29日 (火)
「日本外交は野暮で間抜け?」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-2ac7.html
2014年2月 3日 (月)
明治から大正へ
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-ff3f.html

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2014年1月24日 (金)

2世紀前の事をいうのはやめよう

 はじめにこれを見ていただきたい。(jijiドットコム

島根県は1日、日本と韓国が領有権を争う竹島を日本領と初めて記載したとみられる日本地図2枚を発見したと発表した。いずれも江戸時代中期の1760年代作成で、県は「歴史的にもわが国の領土という主張を補強するものだ」としている。

 中国は、尖閣について、台湾と同じ色で塗られた林子平の地図があるとか、明の時代に島名を期した文書があると主張している。竹島は現在あるそれを指しているという証明はなく、幕末には幕府が朝鮮領と記した文書があるなど、この時代の実効支配を示すものは何もない。

 まだ、国民国家が成立しておらず、国境の概念もない時代だ。互いにそんなことを競い、遠い過去にさかのぼって抗争の種にしても、得るものは何もない。不毛なレイシズムや幼稚なナショナリズムを掻き立てるだけだ。

 今年は第一次世界大戦開始100年目である。安倍首相もダボス会議の演説で、日中の現状をふまえ、大戦前の英独関係にふれた。やや的外れのきらいはあるが、近代史をよく勉強するのはいいことだ。

 100年前(大正3年)に世界で何が起き、どう変化したのか。ゆっくりした変化なのでありまともに取り上げられたことがない。日本も参戦したが、なぜ、どこで、誰とどう戦っていたのか。その結果どうなったのか、ほとんど知られていない。

 塾頭は、その翌年の対華12カ条要求をもって、日本の大陸侵略の第一歩とすべきだという主張を持っていた。それを、第一次大戦開始に改めたい。この問題は、かねて鋭いコメントを戴いていた「ちどりさま」との議論で、日清・日露戦争および富国強兵を目標とした明治政権が、”帝国主義的侵略”の意図を持っていたかどうかなどを記事にした。

2014年1月 5日 (日)
「戦争責任」はいつから②
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-551a.html

2014年1月 2日 (木)
「戦争責任」はいつから①
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-c3d2.html

2013年12月30日 (月)
日清戦争と日韓併合
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-2bec.html

 塾頭の意見は、明治維新がアヘン戦争やアメリカをはじめ西欧列強の東亜進出・侵略に危機感を抱いたことから始まり、日清戦争は、不安定な朝鮮半島情勢を解消させたいということで始められ、すくなくとも東洋平和を願っても、侵略とか併合とかの目的はなかったということだ。

 「ちどりさま」から、日露戦争について質問され、改めて勉強し直してみた。その結果、外交、安全保障面では、依然としてロシアの南進、満州・朝鮮への野望には露骨なものがあり、気長な交渉で回避できた可能性はあるが、朝鮮内部も固まっておらず「自衛」の面が少なからずあった。

 しかし、日本政府、マスコミ、国民世論の中に、両戦争で多くの犠牲者を出しながら勝利したことや、依然として列強の利権・領土への野望が続いていることなどから、帝国主義的侵略への抵抗感が次第に麻痺し、列強に仲間入りする資格要件のような発想が巾を利かしはじめたのも事実だ。

 第一次大戦は、日英同盟の、それこそ「集団的自衛権」による英・艦船の保護という要請で始まった。日本は、清国が局外中立を宣言しており、英国が参戦要請を撤回したにもかかわらず山東半島に上陸、青島などドイツ租借地や利権の及ぶ範囲を占領する。

 駐英国大使出身で大隈重信内閣の外務大臣となった加藤孝明や長老の井上馨など、明らかに大陸進出の好機ととらえていたことが、諸史料に残っている。21カ条要求はこの線からでてきたことが明らかだ。

 戦争は4年後に終わり、パリ講和会議開催、国際連盟設立決定、ベルサイユ講和条約調印と続く。この間、西欧列強は国民を巻き込んだ戦争被害の大きさに愕然とし、植民地侵略競争への反省機運が高まる。

 軍縮、不戦への模索は昭和になっても続くが、日本は全く逆の方向へ走った。このあたりを後にA級戦犯として刑死した松岡洋介が、若き日の外交官として感じ取ったことは何だったのか。その発言は過去たびたび取り上げているが、そのひとつを改めて紹介しておきたい。

 
2013年10月29日 (火)「日本外交は野暮で間抜け?」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-2ac7.html

 日本はこの頃から道を誤まったのだ。そのことを無視して「美しい日本」とか「取り戻そう」などという権力者がのさばっている。この点の歴史認識は中国・韓国の言い分が正しい。また日本の中にでもそういった修正主義を批判する勢力が多かった。

 これが今危機的状況に陥っているのは、それぞれの国家権力に100%の責任がある。お互いに2世紀以上も前のことをほじくり合うことをやめ、「善隣国宝」の実をあげる為政者を、民衆の力で実現させようではないか。

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2014年1月 5日 (日)

「戦争責任」はいつから②

 前回、明治時代が文明開化、自由民権、富国強兵などバラエティーに富んだ国論の中で、隣の朝鮮情勢の緊迫を受け日清戦争がはじまったということを書きました。この戦争が帝国主義的な侵略戦争であるかどうかがまず問題になりました。

 そういった目的で開始した戦争ではないという点では、ちどり さまと意見の一致を見ました。ただ、ちどり さまは、明治政府に「その気がなかったとはいいきれないだろう」といいます。これにも賛成します。

 折から国会で激しい攻撃にさらされていた政府は、開戦により国民の耳目を集めることで、これを乗り切ろうとしたようにも見えます。また、仕掛けたのは日本、という清国・朝鮮側の主張に無視できない点が多々あるでしょう。

 日清戦争開戦時にはなかった朝鮮植民地化の発想が、どうしてに日韓合併という結果になったのでしょうか。また、ちどり さまからは「日清戦争はともかく日露戦争は帝国主義戦争ではないか」というご指摘もあります。

 帝国主義が「後進国を軍事的圧力で支配し、鉱業権、鉄道敷設権、市場独占、植民、治外法権などで相手国の主権を侵害し利益をえよう」という意味なら、日露戦争はむしろそれを排除しようという自衛的な意味の方が強かったと思います。

 日本が明治時代列強と肩を並べたい、と思っていたにしろ、帝国主義国として他国を蹂躙支配したいと思っていたとは考えられません。台湾奪取がその第一歩と考えられなくもありませんが、当初からの目的ではなく、賠償という結果論でしょう。

 天皇を隠れ蓑として大陸から南方に至る国々を版図に入れようとする粗暴な野心を抱く人が、当時いなかったとは言えませんが、それが表面にでてくるのは、中国への12カ条要求以後のことと考えています。

 もう一度話をもとに戻しましょう。現在「戦争責任」問題で軋轢を呼んでいるのは中国・韓国が主です。彼らは日清戦争に言及しても日露戦争を問題にしていません。香港はアヘン戦争で1842年に清国がイギリスに割譲し、返還が実現したのは100年以上もたった最近のことです。

 1900年には、義和団鎮圧のため英仏露米伊日等連合8国の軍隊が北京に攻め込みました。その後各国軍は協定に基づき撤退するのですが、ロシアは満州を占領したり旅順に砲台を設けるなど、露骨な南下政策を隠すことなく、日露戦争の一因になりました。

 
 こういったことが、今になって責任を問われるなどということはありません。日露戦争後、韓国宮廷の行動に不安を持った日本政府は、外交権や財政運営などの移譲を盛り込んだ協定を強引に結ばせ、実質的に属国化しました。宮廷側は1907年のハーグ万国平和会議で、日本に抗議するために派遣した密使が門前払いになります。この地域の安定確保のためには、日本がとった方針もやむを得ないという共通認識が各国にあったようです。

 このころまで、日本は比較的行儀のいい国と見なされていたようです(朝鮮の閔妃暗殺への関与など例外もありますが)。当時朝鮮の統監になっていた伊藤博文元首相がハルビンで安重根に射殺されたのは1909年10月26日で、その後1年もたたない翌年8月22日に日韓併合が決まりました。

 その間、朝鮮は大韓帝国と国名を変えましたが、併合に至る過程で韓国側が原因を作ったようなことがないのか、併合後独立復帰の可能性なかったのかなど検討してみる価値はあると思います。日韓で議論すれば大きな差が生ずると思いますが、それは両論併記すればいいので追及とか謝罪を云々する性格のものではないと思います。

 また、尖閣諸島の問題は日清戦争後に「日本盗み取った」という中国がわの主張になっています。これも侵略の一環かどうか双方の史料で検証すべきでしょう。日本が侵略国家として変貌するのは、1914年(大正3)の第2次世界大戦後というのが塾頭の主張ですが不当でしょうか。

 帝国主義戦争が大きく反省期に向かう中で、日本は他国もやっていたことだからといって逆の方向に進み始めました。次のようなさまざまな社会現象が、国民の意識に微妙な影響を与えたことも否めません。

 ①日清、特に日露戦争における日本兵の甚大な犠牲に見合う代償が必要と考えた。
 ②三国干渉、海軍軍縮、人種差別など列強の横暴は続いていくとみた。
 ③ロシア革命や中国辛亥革命の影響と不安定化。
 ④大逆事件、大正デモクラシー、治安維持法制定などが与えた影響。
 ⑤米騒動、関東大震災、恐慌など不安の連鎖。

 そういった中で対華21カ条要求は1915年(大正4)にだされ、中国政府は一旦受入れたものの、かつてのロシア以上に過酷な条件となり、その他の国でも例を見ない理不尽なものでした。そのため、国民はそれを国恥記念日とし激しい反発を示します。1923年には中国全土で排日運動が激化し、21か条条約廃棄を通告するに至りました。

 このあとの関東軍による謀略、国際連盟脱退、満州事変から支那事変などの戦線拡大、そして連合国との大戦突入などご存知のとおりです。安倍首相の「侵略の定義は定まっていない」発言など、どこを押せばそんな言葉がでてくるのでしょうか。

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