東アジア共同体

2017年7月15日 (土)

劉暁波氏の追悼ができない中国

「死せる孔明生ける仲達を走らす」。三国志に由来するこのことわざは、日本でもよく知られている。中国ではどうなのだろうか?。

民主活動家でノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏が国外での治療などを望んだが、拘束されたまま死去したことで欧米などからの批判が高まっている。

これに対して、中国当局は、国内向け報道は事実を秘匿、死体処理も消却して散骨するなど、のちに顕彰されるようなことのないよう遺族に干渉しているという。ネットも関連の検索ができないようにしており、海外へは「批判は内政干渉」と抗議している。

そこで、冒頭のことわざを思い出したのだが、中国当局の措置や弁明が苦し紛れなものであることが、中国人の中でも党関係者など一部の硬骨漢以外には常識として通るような気がする。

中国にも建前として言論の自由はある。国名も「人民共和国」である。しばしば言われるように、中国では政府機関より「党」が優先される。その党は「人民を教育」する任務を負っている。

だからそれに反することはしてはいけないのである。「国家反逆罪」ではなく党には逆らえない世界だということである。多くの市民は、党はここまで豊かにしてくれたのだから、「メンファーズ」漢字で書くと「没有法子(メイユーファーツ)」ということであろう。

この言葉は、戦中帰還兵などを通じてもたらされ、中国人のよく使う言葉として日本語化していた。「仕様がない、あなたに合わせよう」といった感じである。

秋葉原で「こんな人たちに私たちは負けるわけにはいかない」といった安倍首相の発言が批判を受けているが、中国に比べれば立派。ただし「議会やネットを通じて議論しよう」と続ければよかった。

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2017年5月29日 (月)

のんきな金正恩

可計学園もさることながら、これから反戦塾として目が離せないのがいわゆる「トランプゲート」事件である。トランプの娘婿がロシアと接触し、アメリカ当局につかまらないよう、ロシアの秘密通信ルートを使う相談をしたということが疑われている。その筋の調査が進むと、大統領弾劾にまでトランプが追いつめられかねない。

それを防ぐ奥の手は、戦争に突入し米国民の目をそこへ集中させることである。金正恩はアメリカに戦争する度胸がない、と軽く見ているかも知れないが、アメリカにも何とか戦争の口実が作れないかと、チャンスをうかがっている筋かあることを知るべきだ。

核にしろミサイルにしろ時間稼ぎをしてどんどん技術を向上させる。あとで「あのとき叩いておけば」という非難を浴びることのないよう、その筋は目を凝らしているのだ。

チャンスがないとなると、ベトナム戦争のきっかけとなったトンキン湾事件のように、アメリカ側から仕掛けた謀略だとされるようなことさえも起きる。

今日、北朝鮮はまたミサイルを発射した。日本の排他的経済水域(EEZ)すれすれに着弾したという。領海ではないが防空識別圏には確実に入るだろう。だが、自衛隊が打ち落とすことは憲法上問題がある。

しかし、予告なしの発射である。公海であるそのあたりに米航空母艦が航行していれば、「自衛のため」という口実はいくらでも成り立つ。もちろん日米韓に被害が及ぶかも知れないが、「あのとき自制さえしなかったら」などと言われないようにし、トランプの政治的危機を救うためには絶妙なタイミングなのである。

正恩くんは、次の実験エスカレートがどんなに危険か。テレビ画面で笑ってる場合なんかじゃないよ。

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2017年5月16日 (火)

ハングルとミサイル

 北朝鮮の新型ミサイルとやらで日本中大騒ぎである。その行動がけしからんことは世界の共通認識だが、これほど騒いでいる国は日本だけだろう。ソウルを火の海にするなどと言われている韓国、今回の弾道で韓国内に向けられたら大変、などとは思っていないようだ。

 

 北朝鮮は、今度のミサイルを「主体技術」と誇っていることに、日本はあまり注目していない。当塾はこれまで金日成の「主体(チュチェ)思想」とか「主体性論争」といった北朝鮮建国の根本理念に何回もふれてきた。

 

 朝鮮民族は、有史以前から周辺強国の圧力に蹂躙されながら、その強国に屈服をすることをもってよし、とする買弁階層も存在した。そのため絶えず民衆は苦難にさらされ、「恨」が国民性として根付いたともいわれる。

 その反面、自尊心や同族意識の高さも世界トップレベルである。多くの発明を自国のものとする我田引水、さらに、世界でここしか通用しない朝鮮発明のハングル文字優先で、自らの姓名の由来である漢字まで追放してしまった。

  塾頭は、朝鮮人を批判しようと思って書いているのではない。他国の影響・支配に対抗し、自らよって立つ独自のアイデンティティーをうち立てようという決意を建国の柱にしたのが、金日成のいわゆる「主体思想」である。

  この理念は、韓国人でも容易に共有できる。北朝鮮が誇るミサイルが韓国に落ちてくることはないし、その高い技術は同胞の誇りでもある。この矛盾に満ちた複雑な心情は、日本人に理解しがたい。ハングルとミサイルは根が同じなのである。

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2017年5月10日 (水)

韓国大統領に文氏

 フランスの大統領選にはしゃいで書いたのだから、隣国韓国をスルーというわけにいかない。別に書く義務はないのだが。

 

 親北朝鮮の革新系・文氏勝利も、フランス同様予想通りだった。フランスの場合、株式市場はEU安泰を歓迎して値上がりを見せたが、10日朝の日本市場は韓国の選挙結果を無視、各新聞は社説に掲げたものの、どこかよそ事のような書きぶりだった。

 

 ということは、誰がなっても日本にとっては同じ、ただ文氏の北朝鮮対策がどう展開するのか、各紙とも論説委員の意見がまとまらず、これまでの延長でしか先が見通せなかったということだろう。

 

 そこで、例により本塾なりの予想をしてみる。文氏の人柄、政治的立場もさることながら、アメリカ・トランプ大統領や、中国・習近平主席の対・北朝鮮政策にこれまでにない、そして金正恩主導下にある北にも微妙な変化があるという背景に注目する。

 

 残念ながら、日本の政治やマスコミはこの変化を懐疑的に見て、圧力強化以外に日本独自の平和構築策を持っていないということが災いしているのだ。

 

 米・中・韓・北の4カ国が連絡を取り合い、北の核実験・ミサイル開発の凍結、米韓同盟による共同訓練中止・北の現体制維持保証・核保有国黙認などの条件で折り合う可能性が出てきた。

 

 こうなると、残るのは南北統一までの両国の主導権争いだけである。そこで、両国による日本パッシング・日本ナッシングにますます拍車がかかることになり、慰安婦問題はもとより、拉致問題もますます手の届かないところへ行ってしまう。そして日本は世界の、そしてアジアの孤児のような立場に置かれる。

 

フランスの場合と違って、日本にとって最悪だ。よかったのは、半島の和平が実現し、日本へのミサイル攻撃など心配の種がやや減るだけということだけになる。米追随外交のつけが重くのしかかる。

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2017年5月 7日 (日)

中国・北朝鮮非難合戦

「共産圏の国々は、多少の違いはあっても底は通じているので西側諸国と対立する時は一体化する」と信じている日本人は多いのではないか。ソ連崩壊前は共産圏の中で骨肉相はむ激しい対立抗争があったのだが知っている人はすくない。

 「朝鮮(北朝鮮)側が新たな核実験を実施したら、中国はかつてない厳しい反応を示すことを平壌に知らしめねばならない」と論評したのは中国の『環球時報』である。

 石炭の買い付けストップとか、石油輸送の大幅削減など中国側の態度硬化がこれまでに見られない真剣度があるという見方はされていたが、国営の朝鮮中央通信の「朝中関係の柱を切り倒す無謀な妄動」などという発信を受け、激しい論争に至ったことをどう見るか。

 日本の一部マスコミも「堅い血の盟約」などと両国関係を評していた。本塾は、北朝鮮側にも「中国は信用するな」といった金正日の遺言があるなど、不離不側の関係ではないことを説いたが、それぞれが国、または党の公式機関同士である。

 両国関係にこれほどはっきりした亀裂があるとまでは思わなかった。中には中朝相互防衛条約の破棄にまで言及する向きがあるが、中国側にそこまでやる考えはないだろう。

それは、党機関誌的な『人民日報』ではなく、主に海外向けの『環球時報』を使っている点である。北朝鮮の場合の過激発言の目的が同国民向けと見られるのに対し、中国は「制裁に協力しているよ」という対外向けである。

中国の反対側を走っているのが、「環境が整えば金正恩と話し合う」とか「そうなれば光栄である」とうそぶくトランプ大統領である。北朝鮮になにか不測なことが起きた場合、各国はどう行動すべきか。

それを考えると、本塾が前から提唱する北抜き6カ国協議が、韓国大統領選以後にあり得るのではないか、という気がしてきた。

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2017年5月 4日 (木)

国名で考えて見る(中国)

 中国はその長い歴史から見ると最近できた国名だ。中華民国、中華人民共和国の略称で、できたのが大正元年、まだ105年しかたっていない。それまでは清国で、中国とは言わなかった。

 

 文献には、古くから「中国」という記載はあるが国名ではなく、「中華」というエリアを指している。それには、世界の中心といった意味合いがある。かつて東夷・北狄・西戎・南蛮といって周辺を蛮族扱いにした伝統的な発想だ。その中心が黄河上流あたりの「中原」で漢民族の本拠となる。

 

 そして、「中原の覇者」がつけた名が国名となった。伝説時代を数えなくても、夏・胤にはじまり清に到るまで優に20は超える。覇者は必ずしも漢民族とは限らない。元や清は蛮族が征服した王朝だ。しかし、結局漢文化を取り込まなければならなかったというプライドが漢民族にはある。

 

 中国を「支那」と言って喜んでいる慎太郎のような人種がいる。「英語ならチャイナで通用しているのだからいいではないか」と威張っている。たしかに戦中まではそうだったが、中国では「支那」は、国が多くに分かれることを意味するからそれを喜ばない。

 

 チャイナは、最初の帝国秦でも最後の帝国清でも音訳すれば同じになる。中国にも過去支那と書いた文献の例があるといって正当づけるが、なにも先方の好まない字を使ったり呼び方をする必要はない。前回書いた遣唐使の申し出に従った唐、それが大国の矜持だ。

 

 中国にしろ、朝鮮・韓国にしろ最近の日本とのつまらない摩擦は、二千年を越す国同士のものとは思えない。その大半は頭の弱い政治家どもが引き起こしている。

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2017年5月 3日 (水)

国名で考えて見る(日本)

 新興国であるアメリカなどをのぞけば、日本ほど国名が少ない国は珍しい。教育勅語ではないが、「皇祖皇宗国を肇むること宏遠に」で、開国以来、倭と日本の二つだけしかない。

 

 「倭」はおそらく中国人か朝鮮人がつけた呼称であろう。土地や人の呼称を問われ、「我」とか「吾」、つまり「わ」または「あ」と答えたのが固有名詞になったのではないか。同様な例は台湾近辺の島の名として存在する。

 

 倭は、当初日本語で話す人種を指すような使われ方だった。魏志倭人伝では、朝鮮半島南端を「到其北岸狗邪韓国」と書いており、半島南部は倭人が多く住むような書かれ方をしている。それは、諸文献や遺跡からも裏付ける証拠がある。

 

さらに卑弥呼の時代に邪馬台国に都を置く統一国家が実現し、「女王国」の名として「倭国」が使われた。「日本」がいつ頃から使われ始めたのかはっきりしないが、飛鳥時代には「倭」が文字としていい意味でないことを知り、律令制度を間近にした701年に派遣された遣唐使が、倭を改め日本とするよう先方に申し入れている。

 

 国内でも「倭」は「なごむ」とか「やわらぐ」の意味を持つ「和」と書き換えた。大和と書いて都が位置する「やまと」と読む。塾頭は、和服、和食、和歌などの和は、倭の名残ではないかと思う。

 

 日本の申し出を受けた中国がわも、「よく経史を読み、属文を解す。容姿温雅なり」と評された粟田真人の言い分に、「もっともだ」と回答。「日本」への改称を受け入れた。おかげで世界諸国は「Wa」ではなく、「Japan」国が通用するようになる。

 

 「にほん」か「にっぽん」か、という議論が最近また出ている。当ブログでも過去数回記事にしているが、「どっちにするか国で決めろ」ということをいう。最初に出てきたのが戦前の国際連盟脱退後まもなく。戦後はオリンピック、万博、日韓ワールドカップサッカー共催などのタイミングに現れる。

 

 国威発揚と「にっぽん」が結びついているようだが、おおかたの結論は「どっちも正しく、どちらでもいい」というようなことになった。最近、「和」にあこがれて来日する観光客が増えている。「Wa」も選択肢のひとつにいれてもいいのでは。

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2017年5月 2日 (火)

国名で考えて見る(朝鮮・韓国)

 北朝鮮問題が目下最大の関心事でなくてはならないのに、口で言われるほど世間には緊張感がない。一つは戦争体験を持つ人がすくなくなり、実感がわいてこない、もう一つは、国家が言っていることは、誇張したパフォーマンスであると高をくくっていることだろう。

 

 どうしてそうなるのか、本気なのかがよくわからない。いろいろな角度から考えてみることができるが、お国柄を国名で考えてみるのも手だ。そこで、隣国、韓国・北朝鮮から考えてみよう。

 

  北朝鮮という国名はない。正式には「朝鮮人民民主主義共和国」だ。これを同国民が略すときは「共和国」という。一方の韓国は「大韓民国」で、北朝鮮を言うときは「北韓」といい、北朝鮮からは韓国を「南朝鮮」という。

 

 同じ民族でかつては一つの国が言い方を変えたのはなぜだろう。英語では双方とも「コレア」になるが、これは昔の統一国家「高麗」以来の呼称を残したものだろう。

 

  一番古いのが「朝鮮」である。これは紀元前に主に半島の付け根あたりを支配した氏族に使われた。その後漢が四郡を設けて支配、日本古代と連絡のあった三国時代を経て新羅が統一、高麗となる。

 

  朝鮮の名が復活するのは15世紀、李氏の時代からで日韓併合直前まで続く。明治維新に日本が最初に結んだ条約が、日朝修好条規なのに、併合の時は「日韓併合」となった。

 

  「韓国」の名が存在したのはわずか13年しかなく、戦後独立してそれを復活させたわけだ。「韓」は、古来半島南部で多く使われており、それを半島全体の名称としたのはなぜだろう。

 

 日清戦争で清が負け、宗主国がなくなってしまった。「朝鮮」の名は中国と縁の深い名だからやめるが日本には頼りたくない。接近をねらうロシアを利用するにしても利権などを高く売りつけるためには国名に「大」とか「帝国」をつけた方がいい、ということからか。

 

 強い方について、そこからメリットを得ることを考える一方、プライドは極めて高いのがこの民族の特徴だ。トランプ大統領は、金正恩を「かなり頭の切れるやつ」といったようだ。そんなところを見抜いているのだろうか。

 

 しかし、戦争は道理の働かないところで起きる。油断禁物であることはいうまでもない。韓国でも大新聞に「朝鮮日報」という名を付けている。日本人が考えるような「北朝鮮にくし」で韓国が固まっているわけでないことを知らなければならない。

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2017年4月11日 (火)

北朝鮮と主体思想

 北朝鮮をめぐる危機が、アメリカのシリア空爆との関連と、米軍艦隊の急派で緊迫している。もとは、国連決議を無視してミサイル発射や核実験を繰り返す金正恩独走で、一触即発のように言い立てるものもいる。

 

 中でも、政府や東西冷戦思考の抜けない右派系論者は、中国やロシアが制裁に手抜きをしているからだと信じている。

ところが、先代の正日が「中国を信頼してはいけない」ということを正恩に遺言していることや、日本の敗戦後、占領していた北朝鮮からロシア軍が早々と撤退していること、さらに韓国政界の左派の一部に北朝鮮との融和を望む向きがあることには無関心だ。

 

 塾頭は、正恩の祖父・初代・金日成がうち立てた「主体思想」が今でも脈々と生きており、朝鮮人のプライドを支える大きな柱になっているからだと思う。

 

 ここで、日本敗戦直後、朝鮮を米ソが南北に分けて占領した当時、両軍の司令官の名で発せられた布告を比べて見よう(金達寿『朝鮮』)。

 

 アメリカ「――三八度線以南の強制権は余の管轄下にある。住民は余の著名のもとに発せられるすべての命令に絶対服従しなければならない。占領軍に反抗し、もしくは命令を破り治安を乱すものは、容赦なく厳罰に処するであろう。軍事的占領の期間中は、英語をもって公用語とする。」(ホッジ中将)

 

 ソヴェト――「朝鮮人民よ、朝鮮は自由の国となった。しかしこれは、新しい朝鮮の第一歩にすぎない。美しい果樹園が人間の勤労と丹精とのたまものであるように、朝鮮人民の幸福も朝鮮人民自らの英雄的なたたかいと不断の努力となよってのみ達成することができるであろう。幸福は諸君の手中にあるのだ。諸君の前には自由と解放があたえられた」(チッチャコフ大将)

 

 北朝鮮の現状は、ソ連大将の予言通りとは言い難いが、ソ連軍人の出である金日成は、主体思想(チュチェ思想)という国家のアイデンティティー創設に向かった。

 

 どこにも頼らない、影響も受けない民族自立の思想体系確立をいう。日本などでは、共産主義思想の一環であるという評価が主だったが、それまで朝鮮は有史以来大陸強国の支配、または影響下から抜け出すことはできなかった。

 

 李氏朝鮮末期には、事大主義(強大なものに仕える)を宗とする事大党が政権を支配し、時には清に時にはロシアにという自主性のない国家運営が続いた。

 

 明治維新で王政復古した日本が、政権交代を天皇の名で朝鮮に通知したのを、「皇帝」の名称を使えるのは清国だけ、という理由で受け取らなかった。日本は砲艦で威嚇して「日朝修好条規」を結ばせたが、その第一款に「朝鮮は自主の国であり、日本と平等の権利を有する国家と認める」とある。

 

 日本が「主体性」を強要したことになるが、そうはならなかった。それが今となって様々な悔恨を生む原因になっている。金日成信仰が今でも根強いのもそのせいで、南にも共感を呼ぶものがあるのではないか。

 

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2017年3月11日 (土)

憲法裁判所の威力

朴槿恵大統領は、憲法裁判所で弾劾裁判の結果失職することになった。結果だけ見ると、全会一致で反対意見がなく、具体的証拠より裁判に非協力的などの理由を挙げ、なにか世論におもねる政治的な判決のように見える。

 

 しかし、それは日本の憲法による三権分立とか司法制度で、最高裁の違憲判決と同じに見てしまうからだ。韓国の憲法裁判は憲法の解釈を審理し結論を出すことを目的としている。犯罪の立件は別で、これから別の裁判として始まる。

 

 日本で言えば内閣法制局の役割である。法制局は「行政」であり、「司法」ではない。安倍内閣が集団的自衛権の解釈を変えたければ法制局長官の首をすげ替えればいいということだ。

 

 これを、別の司法裁判所がやれば「安保法案は違憲」というような結論になるかも知れない。安倍首相流の発想は、選挙で多数を得た政党の内閣が解釈するからいいのだ、とする。

 

 ならば、日本も憲法裁判制度を設ければ違憲の疑いがある法律にストップをかけることが可能になり、三権分立の理想が実現すると考えるが、民意をくむ上でそう簡単にことは進まない。

 

 韓国の憲法裁判所で大統領弾劾の訴追をするためには、議会の3分の2以上の議決がなくてはならない。それだけで「そんなに支持されていないのなら、辞めた方がよさそう」という結論にもなる。政治的判断が加わることは、ある程度予想の範囲なのかも知れない。

 

 もちろん盧泰愚大統領のように、逆の結論が出されることもあるが、今回は情状の余地がすくないと判断されたのだろう。アメリカもそうだが、日本とは違う三権分立、民主主義、法の支配があることを心得ておかねばならない。

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