東アジア共同体

2009年12月19日 (土)

墨子と鳩山

 2009_1219鳩山首相のお祖母さん、つまり元首相・鳩山一郎さんの奥様は薫子(カオルコ)さんといいました。タイトルの墨子と似てますが間違って「スミコ」にしたのではありません。「ボクシ」と読んでください。中国の孔子・孟子と同時代の偉大な思想家をとりあげたかったのです。

 それがどうして鳩山さんと関係があるのか、というのは最後にしましょう。孔子より若いとされていますが紀元前4,5百年前、春秋戦国時代の人です。孔孟の教えは「儒教」となり、中国から朝鮮そして日本でも長い間道徳規範として尊重され、文化にも大きな影響を与えました。

 しかし、墨子にはそんな知名度がありません。その原因は、孔子がもっぱら王侯貴族を対象とした行政アドバイザーとして権力者の目線で語ることが多く、バイブルとなった儒教は科挙、つまり任官テストに欠かせないものとなったのです。

 それに反し墨子は、庶民の感覚・目線で説かれており、権力者に迎合することなく孔子とも鋭く対立していました。孔孟ややはり同時代の孫子のように、書物にとりあげられることもすくなく、どちらかと言えば埋もれた存在だったと言えましょう。

 孔子との対立点は、孔子が国家の秩序を保つ上で重視したのが礼法と音楽つまり「礼楽」で、墨子は「礼」のために宮廷の冗費が増え、人民はその負担に苦しんでいると批判しています。これに対し、墨子の思想の中心は「非攻」と「兼愛」の二つです。

 「非攻」は、戦争が有害無益であること、そして「兼愛」は自分を愛するように人も愛さなければいけないということで、これを駒田信二著『墨子を読む』では、次のように関連づけています。

 墨子はまず幸福な生活の根源は人々が互いにひとしく愛しあうことにあるとした。兼愛の説がそれである。愛の普遍を求めるならば当然平和を求める。そこから、侵略者を非とする非攻が主張された。兼愛の根拠として、墨子は主宰者としての天を認め、神の存在を認めた。そして、万物の主宰者として天があるように万民の主宰者としての君主を認め、天が万物を平等に育成するように君主が万民にひとしく福利をあたえることが、天の意志であり、神の心にそうことであると説いた。

 兼愛→博愛→友愛。そっくりというより同じなのですね。鳩山さんは『墨子』を見て言ったわけではありません。祖父一郎さんがオーストリア・ハンガリー帝国の貴族で日本人の血も入っているクーデンホフ・カレルギー伯の著書『自由と人生』を読み、その中の「友愛革命」の精神に感銘したことがもとです。

 鳩山首相の「友愛」を、中味のない甘っちょろいお坊ちゃん趣味などとけなす人が、いまだ有力者の中にもいます。残念ながら勉強が足りない人です。カレルギー伯は、第一次大戦、第二次大戦と欧州でもっとも悲惨な戦争を体験してきた人です。

 そもそもヨーロッパは何世紀にもわたって戦争の惨禍を繰り返し、どうして戦争を断ち切るかに悩んできたところです。カレルギー伯の提案が現在のEUに発展してきたことは、このブログのカテゴリ「東アジア共同体」でも書いてきました。甘さではなく厳しさからなのです。

 墨子も周が滅んでから300年も続いた群雄割拠の戦国時代の人です。甘っちょろくないから到達した信念でしょう。鳩山総理の心の中までのぞけませんが、こういった古典から学べることは少なくありません。中国では魯迅が取り上げた前例がありますが、現在こそ、中国人も日本人も墨子をより深く研究すべきだと思います。

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2009年11月23日 (月)

密約暴露の先にくるもの

 日米安保条約改定や沖縄返還の際の4件の密約について、外務省の調査が進んでいる。もう文書などは見つかっているらしいが、有識者の第三者委員会とやらで検証し、来年1月に結果を公表するのだそうだ。そんなに膨大な量とは思えないがなぜ第三者委員会なのか、なぜ調べるのに1か月以上もかかるのかわからない。

 ワーキング・グループ(WG)大好きの民主党だが、公開されない密室検討会ならやめた方がいい。密約があったことはもう明白な事実なので、その先をどうするのか、WGは結論に対する党内反対論を封じ込めるためのおまじないに過ぎないのだろうか。普天間移転の結論を出すためのWGもその国際版だ。

 問題は、密約の存在を明らかにしたあと、佐藤首相以来引き継がれてきた「非核3原則」をどうするかだ。核兵器を持たず作らず持ち込ませず、の3原則をそのまま堅持するのなら、密約は破棄しなければならない。と同時にだまし続けた日本国民に対して、さらに佐藤栄作にノーベル平和賞を与えた選考委員会に対して、日本政府としての「お詫び」をしなければならない。賞金はどうするのだろう。

 外務省筋などでは、核兵器を積んだ軍艦の日本寄港は認めるが陸揚げは認めないとする2.5原則案、アメリカはすでに軍艦から装備をはずしていることを公にしているので、「情勢に大きな変化がない限り」という条件付き3原則案、核を積んだ軍艦入港の事前協議許可制などを模索しているらしい。いずれも密約より始末の悪い弥縫策で、恥の上塗りをするだけである。

 民主党マニフェストには、「核兵器廃絶の先頭に立ち、テロの脅威を除去する」という項目があり、その冒頭は「北東アジア地域の非核化をめざす」とある。ということは、3原則撤回、自民欺瞞政治の弥縫策は、取り得ない選択になるはずだ。

 オバマ大統領と廃絶に向けての協力も約束した。最善の策は「北東アジア非核兵器地帯宣言」である。北東アジア地域に存在する国は、日本、韓国、北朝鮮、中国、ロシアで、中国、ロシアは国際法上の核保有国である。すると非核宣言の範囲は日本と南北朝鮮3国ということになる。

 その宣言は条約化され、6カ国協議の構成国も直ちに条約に参加、批准することになるだろう。それは核保有国の米・ロ・中国は如何なる場合においてもこの地域への核攻撃をしないという保証を与えることにもなる。

 そういった非核兵器地帯宣言は、トラテロルコ条約(ラテンアメリカ及びカリブ核兵器禁止条約)をはじめ、世界で数カ所にのぼっているが、日本にはなぜかあまり詳しく紹介されていない。その実情は外務省のホームページで知ることができるのでご覧いただきたい。

 さて、この「北東アジア非核兵器地帯宣言」が実現すればどんなメリットがあるだろう。

【日本】①核持ち込み密約を破棄するだけで、どこの国(イスラエル、インドなどは参加しないかもしれないが)からも核攻撃を受ける心配がなくなる。②日米安保はそのままで、国の安全を損なうことにはならない。また日米間が緊密になっても摩擦の原因にはなることは考えられない。③域内加盟国相互の強力で超国家的査察機関が成立すれば、アジア共同体への第一歩にもなりうる。⑤拉致問題解決の糸口になるかも知れない。

【韓国】日本とほぼ同じで核の傘はなくなるが、傘の必要性もなくなる。そのほか南北統一への障害がひとつなくなる。

【中国】①6カ国協議を成功裡に終わらせることができ、議長としてのプライドが保てる。②北東アジアの安定が大いに改善し国内の不安要因がひとつ減る。③米・ロとともにテロ組織への核拡散の心配がなくなる。

【米国】①北朝鮮の核問題が一挙に解決し、アフガン、中東等他地域への対策に専念できる。②オバマ核廃絶政策、外交政策に力を与える。

【北朝鮮】①米国からの核攻撃がなくなることで核開発・管理が不要になる。したがってその費用も他に転用できる。②制裁解除や国交正常化で、経済状態が劇的に改善する。③開国の父・金日成の遺訓でもある朝鮮半島非核化が実現する。

 ロシアのことは書かなかったが、すべていいことづくめのように見える。だがそうはうまくいかない。以前にも書いたことがあるが、北朝鮮の最終目的は韓国との「対等合併」にある。これは金正日の代では実現しそうにないが、後継者にすこしでも高価な遺産をのこしておかなければならない。

 経済では到底太刀打ちできない。そこで「核」という大ダンビラが必要なのである。それは、アメリカと対等に交渉する、つまり韓国にはできないこともやってのけるという道具にも使える。それをむざむざ捨てるようなことはできないのだ。

 日韓を軽視し、6カ国協議参加にもったいをつけるのもその表れである。ということは、まず非核宣言は無理ということになるが、それを発案すれば、これまでの核開発をめぐる北の大義名分が消えてしまうおそれがあるということにもなる。金正日は必死で次の口実を探さなければならない。

 もうひとつ大難関がある。日本と朝鮮半島を一帯として考えることは、北朝鮮だけでなく韓国国民にも「日韓併合」の悪夢をよみがえらせることになる。これは歴史認識の差もあって、感情的な問題だけでは済まされない。日本からの発案には慎重を要する所以であり、日本は金正日以上に知恵を働かさなければならない。 

 以上は素人の憶測というより妄想に近いものである。日本やアメリカには冷戦思考や悪の枢軸思考から抜けきれていない人がいて、「とんでもない」といって反対する人がすくなくないと思う。是非そういった人たちのご高説も聞きたいものだ。

 

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2009年11月17日 (火)

鳩山イニシャティブ

 鳩山首相は15日、シンガポールで太平洋経済協力(APEC)首脳会議が開かれた際演説をおこなった。オバマ演説は核廃絶、イスラムとの融和などで世界に大きな波紋を投げかけているが、鳩山演説もこれまでの日本の首相にはなかった大きな意味合いを持つ。

 鳩山イニシャティブというと、国連演説の温暖化ガス25%削減を言うようだが、シンガポール演説のほとんどを占める「東アジア共同体」もそれに劣らぬイニシャティブを示したものだといえよう。ところがオバマ演説もそのようだが、国内では必ずしも共感をもって迎えられているとは言いがたい。

 シンガポール演説についてもマスコミの扱いは小さく、依然として「具体性がない、抽象的である」あるいは「アメリカの反発を買う」とか、「中国との主導権争いだ」などという過小評価が多い。また「対象国に体制の違う国がある」とか、「言語宗教が多様である」など、ネット右翼の発想かと思ったら、自民党内閣御用達で自衛隊出身の森本敏拓大教授までが、そのようなことをNHKの番組で言っていた。

 そういった半端なことでなく、首相の真意をそのまま表明したのは、私の知る限りこれが初めてである。以下該当部分を外務省仮約で引用する。

(前略) 私の東アジア共同体構想の思想的源流をたどれば、私自身が大切にしている「友愛(yu-ai)」思想に行き着きます。「友愛」は「博愛(fraternity)」と訳されることもありますが、自分の自由と自分の人格の尊厳を尊重すると同時に、他人の自由と他人の人格の尊厳をも尊重する考え方のことです。「自立と共生」の思想と言ってもよいでしょう。

 私は政治家になって以来、「日本と他のアジア諸国、より広くはアジア・太平洋諸国相互の間に、友愛の絆をつくりあげることはできないものか」と考えてきました。と言うのも、この地域では、ほかならぬ日本が、多くの国々、とりわけこの地域では、ほかならぬ日本が、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた後、60年以上がたった今もなお、真の和解が達成されたとは必ずしも考えられていないからです。

 目を欧州に転じれば、悲惨な二度の大戦を経て、それまで憎みあっていた独仏両国は、石炭や鉄鋼の共同管理をはじめとした協力を積み重ねました。さらに国民相互間の交流を深めた結果、事実上の不戦共同体が成立したのです。独仏を中心にした動きは紆余曲折を経ながらその後も続き、今日のEUへと連なりました。この欧州での和解と協力の経験こそが、私の構想の原型になっています。(後略)

 そして最後をこのように締めくくっている。

 いかがでしょうか、皆さん? 本日、私の説明を聞いてなお、「鳩山構想の中では、誰が共同体のメンバーになるのか」と質問されますか?

 私の答は--、理想と夢を共にする人々--です。

 当塾では過去ずっーとEC/EEC/EUの生い立ちを含め、カテゴリ「東アジア共同体」を設けて取り上げてきた。それは、「反戦」がスタートであり、究極の目標であるからである。上述のような無関心や反対論はEUのたどった過去と努力に関する無知、無関心から来ていると言えるだろう。

 例えば、過去の侵略に対する反省も「村山談話」を確認しただけととらえられ、欧州統合を経済目的のブロック統合としか見ていないということに尽きる。EUの60年にわたる発展過程をつぶさに見れば、将来あるべき姿や参加国の範囲などを、当初から想定しないことが成功の鍵であることをさとるはずだ。

 そして軸となったのは、有史以来犬猿の仲だったドイツとフランスである。東アジアの場合は2千年前後の歴史の中で、日中が争ったのは、元寇などの一時期をのぞき、わずかここ100年に満たない。朝鮮を含め相互の関係は極めて緊密で高いものかある。ここを軸として動かなければ、永遠の平和も相互の経済発展も望めないだろう。

 当ブログの願いは、ヨーロッパを正しく認識するためマスコミ・言論界・教育研究機関が連動して動き、鳩山イニシャティブを後押しする国民世論を高めることだ。そして、NGOなど多くの組織がこれに加わり、個人の資格で動ける有力な鳩山サポーターを出現させなればならない。

 鳩山イニシャティブに対し、平和が党是となっているはずの公明党・社民党・共産党の動きがにぶいというか具体策がさっぱり見えてこないのはどうしたことか。それにくらべれば首相の方がよほど現実的である。ヨーロッパでは、首脳というより、NGOや政府高官などが共同体誕生に大きく貢献したことを知るべきであろう。

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2009年11月13日 (金)

オバマを救う鳩山外交

 イギリス『エコノミスト』の元編集長で、『日はまた昇る』などの著述で有名なビル・エモット氏が、、最近大きく変化した日米両国の政治情勢をどう観察しているか、「DIAMONDonline」がインタビュー記事にまとめている。

 まず、普天間基地の移設問題で日米同盟がギクシャクしているという見解について、国際政治という(冷酷な)世界では、どこに移設すればいいかというテクニカルな懸案だとし、「ワシントンの実務方は怒っているようだが、政権が交代すれば、外交の主要議題は仕切直しを求められるものだ」と、国際感覚からその怒りは正当化されるものではないという観点を示している。

 ということは、アメリカの怒りとは《これまではアメリカの方針に要望をだすことはあっても、最後はすなおについてきた》という従順さが、民主党政権になってなくなったということに対する怒りだろう。同氏はオバマ政権の中枢が、日米関係を冷え込ませるような行動に出るとは思えないとも言っている。

 日本のマスコミが「事務方」発言を報道するのはいいが、これを針小棒大にとらえ、「日本の将来を危うくする」調の社説までかかげたY紙、S紙の《自民外交ボケ》がいつまで続くのか、気になるところである。

 また、アメリカの中国接近が「G2」を目指すもので、ジャパン・パッシングとなる、という見解について、「それは見当違いだ」と断言、「米国が中国との対話により多くの時間を割くのは、中国との関係に確信をもてないから」だと観察する。

 アメリカのこれからの大きな課題は、人民元改革をどう誘導するかであり、鳩山案の東アジア共同体がそれにプラスの影響を与えるとすると、「願ったり叶ったり」でオバマ政権としては、それを「サポートしたいという感じ」ではないかという。

 これも「アジア共同体→反米」という、一部の論調とは全く逆だ。日本の進路を危うくするのは、むしろそういった偏屈な引きこもり精神ではないか。イギリスを本拠としてアメリカとの接触が多く、また日本支局長の経験を持つ同氏は、EUとアメリカの関係をつぶさに見てきている。

 東アジア共同体への展望については、「やや乱暴に聞こえるかもしれないが」と前置きしながらも、アジア版のEUを目指すべきで、通貨統合まで視野に入れて対話をはじめるべきだ、とアドバイスする。日本はより一層ヨーロッパに学ぶべきだということを痛感する。 

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2009年11月12日 (木)

「より実用的で大胆に」

 「より実用的で大胆なことからはじめて、より果敢に国家の主権を制限しようとしなければならない」

 これは、ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(CECA)を立ち上げることに貢献し、ヨーロッパ統合の父と称されるジャン・モネ(Jean Monnet,1888-1979)が『回想録』(近藤健彦氏による邦訳がある)のなかで述べている言葉である。

 フランスの外相シューマンに共同体の構想を持ちかけたのは、2度の大戦をくぐり抜け60歳に達していたモネで、当時、政府の設備近代化計画局長官を務めていた。この案はアデナアウアー独首相をはじめ、直ちに関係各国首脳の歓迎するところとなった。

 石炭と鉄鋼の生産を協同で管理するというこの案が実現すれば、フランスとドイツのあいだの戦争は、想像もつかないだけでなく、事実上不可能になる。それだけではなく、経済統合への発展などを通じて各国の利益に大きく還元されると考えられたのである。

 モネは、若い頃からよかれと思ったことは自ら果敢に挑戦するという行動派で、1951年8月には、ルクセンブルクに置かれた超国家機関である共同体の暫定本部初代委員長に就任した。しかし順風満帆とはいかなかった。ことにフランス右派を代表するドゴール将軍からは、「アメリカを愛する男」といわれ、何度も対立した。

 しかしモネの引いた路線が途絶えることはなかった。モネ退任の翌年1956年10月、アデナウアー独首相とフランス社会党出身のギ・モレ首相がルクセンブルクで会談し、独・仏国境近くの産炭地で約200年間帰属を争ってきたザール地方について、住民投票の結果も入れ西ドイツ領とすることに決定、歴史的な和解に合意した。これは共同体が築き上げた信頼関係の成果でもある。

 この和解がCECAの次ぎの段階EEC(欧州経済共同体)への橋渡しに積極的な役割を果たした。モネの目指した方向はこうして実現していくが、共同体の苦難はまだまだ続く。モネはさらなる統合をめざし、折に触れアイディアを提供していた。

 そしてEU(ヨーロッパ連合)設立が行き詰まった折りなどには、「あまり野心的ではない道」を選ぶなどという、モネの戦法が参考にされた。しかし、1992年のマーストリヒト条約調印を見ることなく、モネは1979年に没した。

 

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2009年11月10日 (火)

核を手放せない北朝鮮

 このブログでは、選挙を前にした8月17日に民主党の外交・安保政策について「鳩山代表の本気度」という記事を書き、新政権発足後の9月から10月にかけて北東アジア核非武装宣言構想などを中心に「オバマに提案して下さい」、「オバマの背中を押せ」、「新外交にギヤかかかった」というエントリー掲げてきました。

 まもなくオバマが来日します。マスコミや議会が騒いでいる沖縄基地問題は、小さな問題とはいいませんが、冷戦体制下で生まれ、半世紀も続いた日米安保体制のレビューをする中で考え、決着を先送りするという方向に向かいそうです。

 また、外交諸懸案もすぐ結論を出すというより両国が目指す方向を確認しあうという、セレモニー的なものになるでしょう。なぜならば、議論する時間がなく煮詰まった話などもありません。北東アジア核非武装宣言構想も「せいてはことをし損ずる」ことにもなりかねないので、そのあたりをすこし――。

 北東アジアで非核武装国といえば、核の傘は別として日本と韓国しかありません。その中で北朝鮮は自前の核兵器を持ち、核保有国を宣言しています。これを阻止し、また核を放棄させようとしたのが6カ国協議です。

 しかし、このところ北朝鮮は6カ国協議をボイコットしアメリカを対話に引き出すことに重点を置きました。最近は6カ国協議復帰も匂わせていますが、本当は韓国、日本には入ってもらいたくないのです。それはなぜでしょう。

 金正日の健康は相当回復したようです。そこで後継者にどうしても引き継がさなければならないことに力を入れ始めたのです。それは、朝鮮統一のあり方ではないでしょうか。ベルリンの壁崩壊から20年、東ドイツの二の舞だけはどうしても避けなければならないとの思いです。

 つまり、吸収合併には断じてさせない、対等かできれば上位で望みたい、それには国の「格」ならぬ「核」が必要なのです。世界一のアメリカと堂々とわたりあい、譲歩をひきだすのも「格」を高める仕掛けです。韓国からの1万トンの穀物支援をけっ飛ばすのも「武士は食わねど高楊枝」の心意気でしょう。

 それが「主体性理論」なのか、朝鮮人の国民性なのかはわかりません。朝鮮半島の非核化は北・韓国、日朝の共同宣言にもあり、6カ国協議でも1度はうたっています。すべてうまくいけば核を放棄してもいいと思っているはずです。

 その点、北・韓国・日本を区域とする非核武装地帯宣言をし、核保有国のアメリカ、ロシア、中国がこの地域に核を使わないという条約に調印すれば、6カ国の枠組みの中で安全を保証されるだけでなく、各国の交流や援助も盛んになり、東アジアの安定が一挙に進展するわけです。

 一見、北にとってもよさそうですが、朝鮮の統一にはプラスにはなりません。日本主導では昔の「大日本帝国」の区域を思い出すでしょうし、韓国との経済格差だけでなく日韓の連携があればますます孤立しかねません。つまりは、対等合併の切り札をなくしてしまうことになるのです。

 以上は独特な見方ですが、テレビのコメンテーターがいうような「ごね得外交」「専制孤立主義」だけの国で、経済制裁を強化すればいずれ参るだろうという考えとは、ちょっと違う見方をしてみたかったということです。

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2009年11月 5日 (木)

書評『ヨーロッパ統合』

 国会論戦が続いているが、防衛・安保、天下り人事、政治資金などに焦点がしぼられ、鳩山外交の目玉であった東アジア共同体についての議論はあまり聞かれない。その理由として、①鳩山首相から「友愛」という理念のほかは、その中味や展望について具体的に語られていない、②ASEANにおける中国との主導権争いのようなことなら、自公政権の時代から唱えられていた事柄で争点にならない、③「共同体」の定義がされておらず、モデルとされるEUについての知識が不十分、といったことが考えられる。

 ①については、当ブログでもEUの前身を創設する頃にあった「あらかじめ最終的な姿を想定して議論すべきでない」というタブーを紹介したことがある。また、激しい外交交渉を経ながら前進させるというテクニックが必要なので、交渉に不利をもたらすような手の内をさらすべきではない、ということもある。

 しかし②と③は、その本質を探る上でどうしても語ってもらわなければならない部分なのにそれが明らかにされていない。もっとも、今国会は仮免運転中のような所があるのでこれからの能動的な活躍に期待するとして、今回はEU発展の過程をカラフルな画像を駆使してまとめた好著を紹介したい。

ヨーロッパ統合――歴史的大実験の展望
バンジャマン・アンジェル/ジャック・ラフィト著
田中俊郎監修/遠藤ゆかり訳/創元社発行/¥1575

 私がこれまで見た類書は、学術研究書であったり、専門的立場から観察した解説書などで、たびたび告白するように、極めて難解・複雑そして問題が多岐にわたるためつかみきれない、というのが正直なところである。

 本書は、142頁にすぎないが、頁の少なくとも1/3以上をカラー写真・図版等に充てており、見出しと視覚だけでも役に立とうという編集方針であるように見受けられる。だから読みやすいか、というとそうはいかない。やはり、その歴史、組織、仕組みなどは複雑多岐で容易に理解するというわけにはいかない。

 ただ、同組織にたずさわってきた欧州人が書いているだけに、遠くヨーロッパの語源から書き起こし、長い抗争の歴史、戦争回避・平和希求に多くの頁を費やしていることと、組織発足からこれまでを発展の歴史というより、合意破綻、離脱、意見不一致、失敗など苦難の歴史という印象が強い。

 しかし、変化の要点は注釈などをふくめ網羅されているので最初の入門書としてはいいのではないかと思う。EUがECC(欧州経済共同体)からの発展であることはいうまでもないが、日米同盟がある日本としては、アメリカが加わるNATOとの関連が気になるところである。

 本書ではこのあたりも要領よく記述されている。その中で印象深かったのは、当初、ヨーロッパに恒久的な平和をもたらすにはどうすればよいかという課題に、どう答えたかについてである。その最初の答えとして取り上げられたのは、軍事同盟という「かなり古典的」な方法だったという。

 当時は第2次大戦の余燼もさめやらぬ時期で、チェコなど共産主義革命のクーデターなどもあり、不可侵条約、共同防衛条約などだけで防ぎきれないという不安があったようだ。そういった新たな冷戦の脅威からNATOが誕生した。同書は次のようにいう。

 軍事同盟とは、永続性のある平和を実現するための必要条件ではあるが、十分条件ではない。2度の世界大戦は、たとえ同盟を結んでいたとしても、各国が真の意味で融和してなければ、結局は紛争を広げてしまうことを証明した。そのため、より独創的な方法が求められたのである。

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2009年10月31日 (土)

星の数ほど“共同体”

 当塾のカテゴリに「東アジア共同体」を設けたのが福田内閣の頃、“反戦”の立場から欧州連合などを取り上げたのはその2年前、靖国で中・韓との関係が最悪におちいっていた年である。鳩山政権の誕生でこのところようやく“共同体”が広く論じられるようになった。

 しかし、どうも当塾が夢に描いていた共同体と、評論家先生などを含む世間のイメージが異なる。反対論の最右翼にあるのが「価値観を異にする国(中国)とは協同できない」というもので、ネットでは、言語体系が違うとか、宗教が違うとか、なかには「同じ通貨を使うなど身震いがする」などと嫌悪感をあらわにするものもある。

 マスコミに現れる好意的論調でも、ASEAN(東南アジア諸国連合)プラスをより促進させるという点で評価するものが多い。福田内閣発足後の07年11月にASEANと経済連携協定(EPA)を締結し、自由貿易協定(FAT)で先行していた韓国・中国にようやく追いついた。

 そこで日本が構想したのはASEAN+3とか豪州・インドなどを加えた「東アジア共同体」である。ASEANを足がかりにしたり、豪州などを加えるというのは、やはり中国へく敵対意識が抜けきれないからであろう。

 当塾では、ヨーロッパで不倶戴天の敵同士のドイツとフランスが手を握ってEUまで成長させたことなどを書き続け、直近では「共同体7つの誤解」とか「わかっていない共同体」という題で思いの丈をエントリーした。

 しかし、もうあきらめた。共同体に関する議論はこれからも盛んになるだろう。百花斉放、それでいいのだ。共同体は星の数ほどあり定義などない。卑弥呼にはじまる日本古代の「豪族連合」、アメリカ合衆国、国連、すべて「共同体」の一種だ。EUも最初の頃は石炭・鉄鋼カルテルであり市場統一であった。そして、アメリカ、ソ連の2強に対抗するためでもあった。

EU最初の共同体を成功させたフランスのジャン・モネによる「モネ方式」という原則がある。しかしEUの発展、時代の変遷にしたがってそれ自体も変化を遂げ、モネの想像を超えてしまった。しかし、最終形態を示さない、限定的な領域での国家主権の委譲、加盟国のアイデンティティーと合意の尊重、法による支配、そして最初のきっかけが欧州平和の確立であったことなど、今後も忘れられることはないだろう。

 東アジア共同体には「魂」を入れなくてはならない。それはかつて一番厳しく対立した日・中、あるいは日中韓が相互の行きがかりを捨てて協調し、軸となることだ。その過程で、当然厳しい議論があり蹉跌もあってしかるべきだ。

 そして、何がいいか何をすべきかを決めてオープンな共同体に持っていくことは可能だ。経済に限ることはない。安全、文化、教育なんでも大いに話し合うこと、つまり友愛の精神から発展していく。それを抜きにした単なる仲良しクラブなら意味がなく、共同体としては失敗するだろう。EUはその意味でいいお手本を示してくれるはずだ。

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2009年10月26日 (月)

わかっていない「共同体」

 2009_10260001 今日は1日雨との予報。つわぶきの葉・花が一段と鮮やかだ。半月前《「共同体」7つの誤解》を書いた。これから鳩山首相の所信表明演説が行われる。「アジア共同体」の議論も一段と活溌になるだろう。しかし、マスコミも一般社会もさっぱりわかっていない。 「アジア共同体を作ろう」という発想自体がまちがっている。「戦争をなくするにはどうすればいいか、そのためには何ができるか」というEUの発端になった精神がない。そこで、第2次大戦当時英国の首相だったチャーチルのチューリッヒ大学における1946年演説(再掲)と、最初の共同体鉄鋼・石炭プール計画にたずさわったドイツのアデナウアー首相の信条を引いておく。(小屋修一『欧州連合論』より)

チャーチル
 われわれが生きているこの時代に、平和を破壊し、人類の全ての未来に暗影を投じることになったあの恐るべき「民族の戦い」を二度も戦ったのは、この欧州においてであった。だが、欧州がこの不幸を癒すひとつの薬を用いるなら局面は一変し、欧州を短時間で今日のスイスのように、自由にして幸せな知に変容せしめ得る、そんな薬が存在する。

 その特効薬とは何か?それは欧州の家族を平和にかつ安全に生活させることができるように、再編成することである。つまり、一種の「欧州合衆国」を建設することである。その欧州一家復活の第一歩は、フランスとドイツの統合でなくてはならない。

アデナウアー
 ドイツは欧州全体のなかに、自分の居るべき場所を見いだすことによってしか、平和でいることはできない。

 さらに、単なるブロック経済と考えている人が多いことだ。1930年、世界恐慌が吹き荒れたあと、米ドル、英ポンド、仏フランなど統一通貨、域内保護貿易圏を目指したブロック化で日本などが孤立した。そのあせりから東亜新秩序、大東亜共栄圏などの円支配圏に活路を見いだそうとし、ブロック経済が第2次世界大戦の引きがねにもなった。EUは「反戦・平和」が作ったのだ。わかっていない。( ̄| ̄;)!……

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2009年10月12日 (月)

「共同体」7つの誤解

 鳩山外交の始動で急速に「東アジア共同体」という言葉が浮上した。言葉自体はすでに2005年、小泉首相の頃から使われ始めている。しかし、これまで意識されてきたのはASEAN+3などから出ている発想で、鳩山首相の「友愛」に源を発するEU型連合国家指向とは決定的な違いがある。

 それをごっちゃにして(首相自体もその違いや具体策を明確にしていないが、岡田外相の断片的発言からはEU型指向が読みとれる)議論しているため、さまざまな誤解があるようだ。以下、批判的意見に散見する7つの誤解をあげてみたい。

 なお、このブログが戦争防止策としての共同体を取り上げたのも2005年5月にさかのぼる。のちに“東アジア共同体”というカテゴリにまとめたが、日本ではEUをユーロー経済圏として意識する程度で、その歴史・発展・仕組み・実態などはまだまだよく知られていない。

 当ブログでそこらを解明できればいいのだが、上記の予断を含めて理解し切れていない部分も多く、とてもその任に当たる能力も自信もない。したがって今後も鳩山アピールやEUの動きを監視し、勉強を続けることにしたい。

①価値観を異にする国と共同できないという誤解
 おそらく共産圏と言いたいのだろう。中国は、今やかつての西側諸国以上に自由経済のメリットを駆使しており、今後ますますその方向を強め法整備・透明化を進めるはずだ。EUは共産圏にあった多くの国を吸収してきた。「価値観外交」などといって冷戦時代の感覚しかないようでは、確実に世界経済から孤立し脱落するだろう。

②歴史認識・国境など対立点が多いという誤解
 加えて、言語・宗教・文化などに欧州のような一体感がないという消極論がある。欧州では、過去2回の大戦、それ以前の長い抗争に明け暮れしたドイツとフランスがまず手を握らなくてはならないと言ったのはイギリスのチャーチルである。

 そういう深い対立こそ共同体の原動力になったと言える。ちなみに、最初の共同体・CECA(欧州石炭鉄鋼共同体)からEEC(欧州経済共同体)に発展するバネになったのは、独仏間で200年も争われていたザイール地方の領有問題の解決であった。なお、宗教、言語、文化等各国が違いに固執こそすれ一体化する動きはない。

③アジア共同体は反米になるという誤解
 朝日、読売、日経、産経各紙の社説は、そろって日米同盟との関係を懸念している。これに対し岡田外相は米国を加盟対象にする考えなどないと言い切る。当然であろう。EUにアメリカが入っていたらEUの意味がなくなる。

  EUも発足当初は米ソ2極支配から抜け出すという目的があった。今や経済、安全保障などさまざまなブロック共同体が世界を覆っている。アフリカ、南アメリカ、地中海、湾岸、中央アジア(上海協力機構)など枚挙にいとまない。

 東アジアだけ例外であっていいわけはない。一国支配体制から多国間関係に切りかえたアメリカは、共同体に同盟国日本が存在することを、かつてのようにうとましくする時代は終わった。むしろ日本の存在で鳩山首相の言う「かけはし」の機能に期待するようになる。

  EUにおけるイギリス同様、時には対立する問題が生じるのは当然だ。アメリカが機嫌を損ねる、そんな甘い仲良しクラブとは違う。しかしこれまでの日米関係の緊密さから、いい方向で解決する知恵がだせるだろう。

④地域経済ブロックであるという誤解
 冒頭に書いたASEAN(東南アジア諸国連合)には、EUのように相互の戦争防止という動機がない。もっぱらブロック経済圏としての機能が重視され、日中が主導権を争ったり、アメリカが日本の深入りを好ましく思わなかったのは、地域における経済支配の側面が強かったからだ。前述の各紙の論調もその線から抜けでていない。

⑤参加国の経済格差が大き過ぎるという誤解
 これに人口格差という問題もある。ちなみにドイツは人口でルクセンブルグの193倍(1998年)、GNPで118倍(1996年)ある。これは次の⑦中国に飲み込まれるという誤解にも関連するので次項で説明する。

⑥中国に飲み込まれるという誤解
 EC(欧州共同体)という言葉に長い間なじんできた。それがEU(欧州連合)に名称変更したわけではなく、それぞれの機能を分担しており、総称としてEUが使われている。このように決定機関・権限なども非常に複雑で欧州人にもよくわからないといわれている。

  ただ決議には、参加国全員一致でないと決定できないこととか、小国に不利にならないように議員定数や1票に人口その他の要素をを加味した格差を設けたり、国別に拒否権があったり、知恵を出し合った慎重な配慮がなされている。したがってそれぞれ格差のある国があれだけ多く集まっているのである。

⑦共同体がすぐにでも実現するという誤解
 欧州統合や合衆国の発想がでたのは、13世紀とも19世紀ともいわれる。しかし具体化の動きが出たのは第1次、第2次の世界大戦を経験した後で、鳩山一郎が取り入れた「友愛」を説いたオーストリアのカレルギー伯が具体案を提示し、チャーチルや今でいうNGOの運動もあって、最初の超国家組織CECA(欧州石炭鉄鋼共同体)ができたのが1958年の元日であった。

 それから半世紀以上もたった。当初あったむきだしな各国間利害のせめぎあいや離反などの危機を克服、試行錯誤の連続のなか、ようやく今のかたちにたどり着いたのである。CEACA発足当時、統一通貨とか、大統領職や外相を設けることなど、だれ一人予測した人はいなかっただろう。

 このように、理念・理想はあったにしろ、最初から加盟する国の範囲、共同する事業や事項が決まっていたわけではない。できること、共同の利益にかなうことをひとつひとつ積み上げてきたのだ。当然これからも試行錯誤は続く。

 東アジアも欧州の手法は参考にするもののその段階、結果は違う姿になっても不思議はない。戦略物資である石油エネルギーの備蓄や精製設備を、人口減少、消費減退で余裕のできた日本の民間企業が、中国の国営企業にかわって日本国内で受け持つなど、すでに実態が先行している。

 大陸棚共同石油開発は、過去に日韓間の実績がある。国境問題を保留してもできるし、国家主権委譲の進展があれば、国境紛争の比重もいずれは低下する。これらに加えて環境問題など、共通の利益に効果があり直ちにできるものから始めればいい。統一通貨など、今考えることではない。

 

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