東アジア共同体

2019年5月23日 (木)

日本山妙法寺

 スリランカの同時爆破テロから1か月以上たった。日本人1人を含む250人以上が犠牲となるような予想がつく場所ではなかった。スリランカで連想したのは「日本山妙法寺」である。

 本山ではないが近所にそのお寺があった。そして、黄色の法衣をまとい「南無妙法蓮華経」と唱えながら町を通る姿があったが、最近はそれを見かけなくなった。

 近所の知り合いのお婆さんもその信者だった。海外へ行かれると聞き、その行き先はスリランカだという。しかし、その理由が何かまでは聞かなかった。

 国内でも反戦、護憲などの集会には行進の先頭で、題目にあわせてうちわ太鼓をたたく姿を映像で見た人は少なくないはずだ。

 その要となる人が故・藤井日達師だった。藤井師は、ガンジーやインドのネール首相とも知見があったとされる。いずれも平和を真っ先に掲げる指導者で、世界でそれなりの影響力を持ち、複雑な宗教上の対立を克服する理想を実現しようとしていたことを思い出す。

 

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2019年5月13日 (月)

親日作家の校歌パージ

朝鮮日報5/12

(前略)光州市教育庁の関係者は「市内の中学・高校13校と大学4校が、親日人名事典に登載されている音楽家4人の作った校歌を採用しているが、このうち15校で校歌変更の議論が進んでいる」と話した。また、韓国にある17の市・道教育庁のうち仁川・全羅北道・忠清北道・慶尚南道など10の教育庁が親日校歌の洗い出しを進めている。ソウル市や京畿道などでも全国教職員労働組合(全教組)が「親日校歌を変更せよ」と圧力をかけている状況だ。ソウルのある高校の校長は「親日人名事典は左派団体が作った資料なのに、それを根拠に特定の音楽家に親日のレッテルを貼り、校歌を変更するとは、あきれるばかりだ」と疑問を呈した。

 日本の戦時中でもこんなことはなかった。

 戦前から童謡や校歌などを数多く手掛けている

♪青い目をしたお人形は 

アメリカ生まれのセルロイド……

の野口雨情をはじめ、山田耕筰、北原白秋、中山晋平など有名な作詞・作曲家が軒並み「親米作家」になってしまう。

 しかし、戦時中も誰ばばかれずに歌っていたし、通っていた中学の校歌の作者がそうだからといって、廃止されるようなこともなかった。

 名曲は名曲の扱いをする矜持と文化はあった。

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2019年5月 8日 (水)

怪・北との首相対話

 安倍首相が拉致問題について大転換を図ろうとしている。菅官房長官や河野外相は正面からそれにふれず政策に変わりはないように装っている。というより、そうせざるを得ないということだろう。

 そもそも拉致問題は、改憲と並んで、首相を際立てるキャッチフレーズであったはずだ。その方法は「対話と圧力」が口癖だった。経済制裁強化も、3月に国連人権理事会で11年間続けてきた非難決議の共同提出見送り後に言わなくなった。

 トランプ大統領の対・金正恩会話戦略進展から、右往左往が始まった。それが8日の毎日新聞によると6日のトランプ大統領との電話会談を経て、対話は、「拉致問題の解決に資するものにしなければならない」から「条件を付けずに向き合う」に変わった。

 解説を含めた新聞記事の中は、「手詰まり」「方針転換」「模索」「焦り」「前のめり」「置き去り」「賭け」「リスク」などの単語であふれている。

 北朝鮮は14年、再調査委員会の調査として、帰国した5人の被害者のほかに日本側が被害者として認定した12人について、「8人死亡」「4人未入国」と主張している。それを日本側が受け入れないので、調査委員会は解体されたままになっている。

 安倍首相が対談しても、「実は居ました」などという新事実を明らかにすることなどないだろう。北の肩を持つ気は毛頭ないが、北の調査に根拠がないとする証拠は、交流がないので不十分なままである。

 そして、いまさら「違ってました」などというはずがない。そんなことをすれば、国際的信用が一挙に崩壊する。

 拉致を続ける理由として、いまだに「北の最高秘密がばれるら」とか「対日・対韓工作に支障が出る」などという人がいる。長年にわたって人質外交を続ける理由も、成り立たない。

 つまり、費用を使って長期間拉致被害者を監禁していても、何の利益にもならないということである。安倍首相が拉致問題にこだわるのには理由がある。日本会議によるキャンペーンとの関連だろう。

 北朝鮮との対話に舵をきり、それが内閣支持率に貢献すると考えているのだろうか。だとすると浅はかな考えで、結果が命取りになりかねないと思う。

 それでも乗り切れるという「思い上がり」があるとすれば、上記の新聞にあふれた「単語」に、もひとつこれを付け加えておこう。

 

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2019年5月 3日 (金)

憲法を使う心

 憲法記念日とは変な日だ。祝日法によると、憲法記念日は、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する。」ためとなっている。

 しかるに、今日新聞に載った各党の談話を見ると、自民は改憲一色、公明が評価・礼賛と加憲。立憲が危機的状況の強調だけ。共産・社民は、それに護憲を加える。国民民主は、政府を非難するものの国民投票法にもふれる。維新の会、希望の党は独自の改定案。

 「お祝いの日」からは遠ざかってしまったようだ。

 日本は、憲政始まって以来130年、敗戦で現憲法に全面改定した以外は、一度も中身を変えていない。

 これに比べて韓国は、70年間に6回の大改定を含め9次にわたる憲法改正をしている。現大統領が12代目だから、その都度変更しているようにも見える。日本と違って、改定しやすい条文なのかと思ったが、発議や国民投票など条件は、日本とほぼ同じであった。

 改定は、大統領独裁を制限する中身が多かったようだが、前大統領が罪人になったり自殺したりする頻度も高く、大統領の地位低下は座視できないところまで来ているのではないか。その分だけ議会の権力が目立つようになり、政党間の権力競争も激しくなる。

 行政・立法・司法の三権分立も憲法上他の先進国と同じだ。しかし、こうころころ憲法が変わると、どうしても憲法の重みが軽くなり、立法が強くなる。その分、司法・行政に立法への「忖度」が働くのではないか。文大統領を見ているとそんな気がする。

 議会が力を持つことは、一見民主主義が進むように見える。ところが、選挙民が人の吟味をおこたり、慣習化した投票行動をくり返すようになると弊害が表面化する。

 最近の、韓国政府の日本に対する理不尽な態度も、そんなところからきているような気がする。

 

 

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2019年4月25日 (木)

6か国協議再開提案

プーチン大統領 キム委員長に6か国協議再開提案で調整

2019年424 536分北朝鮮情勢

ロシアのプーチン大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長による初の首脳会談は25日、ロシア極東のウラジオストクで行われる予定で、キム委員長は24日にも専用列車で現地入りするものとみられます。

首脳会談では朝鮮半島の非核化をはじめ2国間の経済協力など、幅広いテーマで話し合われる見通しです。このうち非核化についてロシア政府の高官はNHKに対し、北朝鮮の核問題をめぐる6か国協議について、キム委員長に再開を提案する方向で調整していることを明らかにしました。すでにアメリカや中国にも伝えているということです。

6か国協議は、中国を議長国に、アメリカと北朝鮮、日本、韓国とロシアの6か国が参加して2003年から断続的に行われてきましたが、核開発計画の検証方法などをめぐって米朝両国の対立が激しくなり、200812月を最後に途絶えたままです。

プーチン大統領は、北朝鮮の非核化に向けて、これまでも6か国協議の枠組みで話し合うべきだと主張していて、キム委員長との首脳会談で協議の再開を提案することで、非核化の議論でロシアの関与を強めたいねらいがあるとみられます。

 いつもの通り、NHKニュースだけに見られるロシア情報である。

 6か国協議中断から10年以上もたっているのだ。アメリカはオバマ大統領が就任前で、日本は麻生首相、首脳クラスで現在も続いているのはプーチン大統領だけである。本塾はこれまで6か国会議を再開すべきということを数回にわたって主張してきた。

 要点をいうと、北朝鮮は、金正恩は父が残した核保有国の地位をそうやすやすと手放すはずがない。しかしスイスで育った彼は、核兵器が実際には使えない武器であることを百も承知している。

 彼が狙いとすることは、アメリカと停戦協定を結ぶ上で対等の立場に立てるということと、協定が成立し、半島で同一民族が2国併存する場合、経済で勝る韓国と肩を並べる上で手放せないのだ。

 最低限できることは、存在する理由がなくなる米韓国駐留軍が撤退し、米韓同盟はそのままでも半島を非核地帯とする。日米安保も同様に考える。核の傘のもとにあるとしているが、非核3原則(核兵器をもたず、つくらず、もちこませず)があるのを発展させ、これに加わることである。

 条約化して、米ロ中も調印、国連が担保することで事実上、非核兵器保有国となる。最初、被爆経験のある日本が言い出せばいいと思っていたが、半島と日本をひとくくりにすることは、日韓併合を思い出させ、北朝鮮経済制裁を最後まで言い続けた安倍政権では、乗ってこないだろう。

 それがロシアの提案ならばどうなるか。もしトランプがこれに乗ってくれば……だが、夢想ともいえないのではないか。

 なにか、安倍さんが「そうなっては困る」といいそうな気がする。

 

 

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2019年4月18日 (木)

特使では解決しない

 産経ニュースによると、慰安婦問題について天皇陛下による謝罪で問題が解決すると発言した韓国国会の文喜相(ムン・ヒサン)議長が、日韓関係の修復を図るために日本に特使を派遣する意向を日韓議員連盟(額賀福志郎会長)側に示していることが17日、分かった。

 あまりひどすぎて日本側に譲歩する余地が全くない。

 何度相談して決めても、どうせほごになるのだから、やめといたら。

 

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2019年3月10日 (日)

中国と北朝鮮の国会

 中国は、全国人民代表会議(全人代)を、5日から14日まで開催し、北朝鮮は、今日、最高人民会議の代議員選挙が行われる。日本も国会(参議院)開会中だが、国の最高決議機関といってもまるで違う。

 中国の場合は、各地方や軍の代表ら約3千人で構成し、任期は5年。憲法の改正や法律の制定、政府活動報告や予算案を審議する。年に1回、10日間ほど開かれ、代表のほとんどは各地の共産党が選び出す。

  行ってみたことはないが、全人代に出席する少数民族などは、固有の民族衣装をまとって出席するなど、ややお祭り的雰囲気がただよう。

 日本のように「声を荒げて発言するようなこと」はなく、決められた議案は満場一致で決まるシャンシャン大会だ。運動方針や予決算、そして人事なとで激しい議論や駆け引きなどがあるのは、この前の段階である中央委員会だが、その内容は明らかにされない。

 国名に「人民民主主義」がつく北朝鮮も、党独裁となるか首領独裁となるかは別として外形は同じである。実質は伴わないが形式は厳守しているのである。

 こういったことは、かつての日本の労働組合にも見られた。過激派に組織を乗っ取られたような組合は別として、最下組織の職場委員は大体入社数年で仕事にも慣れたような人を選ぶ。進んでやりたいという人はまずいないので、たいていは持ち回りとなる。支部の役員も全員投票であるが、職場では人の名前も顔もわからないので、候補者は支部執行委員が単数または複数の推薦候補を決めて職場に連絡する。

 同様に、中央委員は各支部の協賛を得て支部役員の中から候補選ぶ。大会代議員も同様にして役員の中から候補者を決める。緊張感があるのは、スト権確立と上部団体加盟を決める時ぐらいだ。

 上部団体は、総評・同盟・産別・中立労連などいろいろあり、政治とのかかわりも強かった。最近は組織率激減ですっかり社会的地位を失った。これも民主主義の沈滞と危機を招く要因にならなければいいのだが……。

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2019年3月 4日 (月)

大アジア主義

本塾のカテゴリーに「東アジア共同体」がある。ECからEUへの発展により、欧州の平和構築が完成段階に進むと見えた頃、日本・韓国・北朝鮮・中国を念頭に置いて新設したカテゴリーである。

検索によるアクセス数は、今でも「ECとEUの違い」が最も多い。最近は、イギリスのEU脱退問題など、共同体の理想に逆行する動きが目立つ。それどころか、今や歴史となった「大アジア主義」や「大東亜共栄圏」構想と混同されかねない危険すら出てきた。

カテゴリー名はそのまま続けるが、「大東亜共栄圏」が日本の第2次大戦突入後、南方進出を合理化するためのあと付け名称だったことは知られている。しかし、明治中期からある「大アジア主義」は一般的ではないので以下に解説する。

【大アジア主義】

戦前のアジア諸民族解放を掲げた共同体論で、日本帝国主義の侵略政策を理論づける主張。欧米列強の東アジア進出によって深刻な危機感を抱いた自由民権論者は、アジア諸民族の連帯を主張しアジアの解放を説いた。1880年代には玄洋社(遠山満)をはじめ朝鮮・中国への進出を企てる動きが表面化、日清戦争を経てアジアの指導者としての位置づけをするようになった。

その使命感を理論化した岡倉天心らのアジア文明論や近衛篤麿らの同文同種論が登場、黒龍会(1901)浪人会(1908)なども組織された。

西欧主体の帝国主義によるアジア侵犯排除というのが最初の動機であった。しかし、ロシア革命や第一次大戦を経る中で、戦勝国の中には帝国主義による植民地競争を反省する機運もでてきた。国際連盟結成はその成果である。

その中で日本は人種差別をいうだけで、植民地増加そのものには関心が薄かった。孫文による中国革命への支持も、大陸浪人の宮崎滔天など個人レベルを越えることはなかった。

同じ共同体論理でも、欧州共同体との抜根的な違いは、各国が対等な権利を持ち、定められたルールに従って評決したことを実行するのと、帝制憲法のもと飾り物の民主主義しか育っていなかった日本が、「指導者」になるのとでは雲泥の差がある。

大アジア主義は、その後の満州進出で軍部と結びつきファシズムやテロリズムで北一輝など行動右翼の温床にもなった。日本は、先の戦争を正当化し、現憲法も旧に復したいという勢力に牛耳られている。

その中で、共同体構想の復活は、木によりて魚を求むの類で、到底無理と言うべきだろう。しかし、夢は持ち続けたい。

 

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2019年3月 1日 (金)

激動のなかったことが激動

前々回のタイトルを「激動の1週間となるか」とした。昨日のベトナムにおける米朝首脳会談、今日の朝鮮31独立記念日100周年を迎えるに当たり、東アジアに大変化をもたらす事態が起きないか、と思ったからである。

ところが、前者は両首脳とも予想に反してお土産なしの手ぶらで帰国せざるを得なかった。今日1日は、反日キャンペーンが頂点に達するのではないかと思ったが、ネットを見渡しても静かなものだ。本塾の予測が全く外れてしまう事態、「これが激動なのだ」といえば詭弁になるが、歴史はこういったことでも動いていく。

ハノイは、まるで「おれおれ詐欺」舞台のようだった。「おれおれ」でハノイまで金正恩を呼び出した。そしてATMの前まで連れて行ったが金正恩は話がやや違うことに気づいた。トランプ・金は気心が知れているので受け子役だったが、話は壊した方がいいと金に耳打ちした。

北はアメリカに戦争で負けたとは考えていない。それなのに、一方的に全面武装解除をしろといわれても応ずる筋合いはない、という北の心情をトランプは知っている。ただ、金正恩が今回の顛末をどう見ているかは不明である。

三・一については、韓国における参考記事を2つ紹介しておく。

(朝鮮日報)

北朝鮮は「三・一運動」(独立運動)100周年を翌日に控えた28日、「三・一人民蜂起は『請願』と外勢依存に染まった上層人物たちの間違った指導により、その光を見ることなしに苦い失敗の教訓だけを残した」と主張した。

(連合通信)

【ソウル聯合ニュース】日本の植民地支配に抵抗して1919年に起きた三・一独立運動を記念する韓国の「3・1節」の記念式典が1日、ソウル市内の西大門刑務所歴史館(旧刑務所跡)で開かれた。

これまで式典はソウル中心部の世宗文化会館で開催されてきたが、今年は初めて、植民地時代に独立運動家が収監された西大門刑務所の跡地で開かれた。

文大統領は演説で、「三・一運動の最も大きな成果は、独立宣言書に基づく大韓民国臨時政府の樹立だった」と評価し、「韓国を国民が主(あるじ)の民主共和国にしたのが三・一運動」と強調した。

(中略)また「われわれはこれから光復(1945年の植民地支配からの解放)100年に向け、朝鮮半島の平和・経済共同体を完成させなければならない」と述べた。

行政安全部が開催したこの日の記念式典には、文在寅(ムン・ジェイン)大統領夫妻のほか丁世均(チョン・セギュン)国会議長、金命洙(キム・ミョンス)大法院長(最高裁長官)、独立功労者の子孫、各界の代表、市民など約1300人が出席した。

 

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2019年2月27日 (水)

激動の1週間となるか?

昨日、2度目の米朝首脳会談を前に、金正恩・トランプ両首脳がハノイ入りした。今夜、少人数の夕食会で顔合わせ、明日、いろいろな形での会談を進める。すでに外相レベルの接触は始まっているが、結果の予測は不可能だ。

その結果を待つ間もなくその翌日は、韓国・朝鮮の三・一独立運動100周年記念日だ。韓国は反日機運のピークにこの日を据え、建国の柱としたいと考えるだろうが、北朝鮮には金日成による建国という動かしがたいプライドがあり、関心は薄い。

文在寅政権の三・一声明文はどうなるのだろう。米・北会談の結果次第では、ピント外れになる可能性なしとはいえない。すでに国内では、対日外交に批判も出ており、大統領の不支持率は支持率を越えている。

安倍政権も影響なしではすまない。トランプが拉致問題に触れたとしても、北の前向き姿勢を引き出すのが精いっぱい、「あとは日本が交渉して……」という程度だろう。核問題もカヤの外だ。

「対話と圧力」一本やりだったのが、屋根に上ってはしごを外されたという形になり、外交上の失敗がより鮮明になる。全方向外交も失速を余儀なくされるが、これで内閣支持率が動くということはない。「島国」がいい場合も、悪い場合もあるということだ。

 

 

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