戦争とは

2019年10月16日 (水)

戦争と米国民の意識

 ネットを手繰っていたら、『アメリカはなぜ戦争に負け続けたのか』と題する図書(中央公論新社・刊)の紹介が目についた。著者は、米戦略国際問題研究所シニアアドバイザーで元軍人のハーラン・ウルマン氏である。

 本書では、歴代大統領の資質不足をその原因としており、「ケネディ、レーガンにも十分な資質があったとはいいがたいが、カーターにはそれがほとんどなかった。そしてさらに深刻なのは、1992年当選のクリントン以降の4人の大統領である」と訳者の中本義彦氏が解説する。

 気になるのはトランプ大統領だが、著者が「常識」の持ち主と評価するマティス国防長官とマクマスター国家安全保障補佐官はすでに事実上解任されている。本書の米国での刊行予定が、トランプ大統領の就任から間もなかったこともあり、十分な記述はないが、最近の4人の中でも「トランプほど政治経験の乏しい大統領はいない」とシビアだ。

 それで、我が本棚に、油井大三郎『好戦の共和国アメリカ』岩波新書、というのがあるのを思い出した。

 この方は、対先住民戦争にはじまり、植民地戦争、独立戦争からイギリス、メキシコとの戦争、南北戦争など内戦から2度の大戦を経て、冷戦とパクス・アメリカーナ、対テロ戦争とほとんど切れ目なく続いており、いつも「デモクラシーを守る」という口実が戦争の口実として使われてきたことを説明する。

 その一方でアメリカには、クエーカーのように戦争を原理的に否定し、徴兵を拒否する反戦派や、防衛戦争などは肯定しつつも、戦争は「最後の手段」として自制しようとする「状況的非戦派」が多数存在する。

 好戦国であったがために、同国で最も多いのがこの層であるというのが油井氏の結論で、軍隊の組織・編成や指揮命令系統、戦意の有無から、対戦相手との装備・戦力比較に至るまで、専門的知識のレベルは想像以上に高いという。

 そこが大戦前の日本との大きな違いで、アメリカ国民が議員選出や大統領にだれを選ぶかにかかってくる。

 前掲書は、そういった選択を豊かにするための参考類書リストに大きなスペースを割いて、負ける戦争再発に歯止めをかけようとする意図を明確にしている。

 安倍政権が強行採決した安保法制のように、アメリカについていればいい、というのとアメリカ国民のレベルには雲泥の差があるようだ。

 防衛大臣、外務大臣にはお友達でなく、すくなくともアメリカ国民並の見識を持つ人材を配してほしい。

| | コメント (0)

2019年9月24日 (火)

サウジ攻撃はイラン?

 ニュースチェックは日課である。今日は、下記の「時事ドットコム」全文を拝借して、見出しのつけ方によって意味が大きく違ってくることと、国際問題や戦争にもかかわってくる問題になることを指摘しておきたい。

【時事ドットコム】
■見出し
英仏独首脳「イランに責任」=サウジ石油施設攻撃で声明
■本文
【ニューヨーク時事】ジョンソン英首相とマクロン仏大統領、メルケル独首相は23日、共同声明を発表し、サウジアラビアの石油関連施設への攻撃に関し「イランが責任を負うのは明白だ。他に妥当な説明はない」と主張した。また、対話に応じ、挑発行為は控えるようイランに求めた。

声明は攻撃を「最も強い言葉」で非難し、イランに核合意を再び完全履行するよう促した。また「ミサイル計画などを含む地域の安全保障問題や核計画の長期的な枠組みに関する交渉をイランが受け入れる時が来た」と述べ、交渉に応じるよう呼び掛けた。

 この前半の「」内の声明文の主張は各マスコミで一致している。その点、時事の見出しや、本文全体も客観性があり、正鵠を得ていると思われる。

 これに対してAFPは、「サウジ攻撃はイランが実施 仏独英首脳が一致、対話呼び掛け」という見出しだ。国内のマスコミも、見出しのつけ方では双方に分かれている。

 「実施」と「責任」では全く違った意味になる。「イランが攻撃を実施」ならば、即、開戦の口実となり、米国人の犠牲者でも出れば、米国会による宣戦布告決議もあり得る。

 しかし、犯行宣言を繰り返しているイエメンのフーシー派が仮に噛んでいるとすれば、背後で支援をしているイランにも「責任がある」という表現となり、イランも特にそれに反対する理由がない。

 つまり、英・独・仏の声明はアメリカの肩を持つことではなく、国連総会を前に話し合い解決へ持ち込むため、目を見張るような仕掛け花火を打ち上げたということである。

 各紙の見出しにとらわれないよう、注意が必要だ。

 

| | コメント (2)

2019年7月17日 (水)

EU人事と米国人事の鍵

 「ヨーロッパ連合のトップ、ヨーロッパ委員長の後任にドイツの国防相、フォンデアライエン氏を充てる案がヨーロッパ議会で承認され、ことし11月に初めての女性委員長が就任することが決まりました。ただ、4割を超える議員が反対票を投じ、いかに求心力を高められるかが課題となります。」と、17日朝のNHKニュースが伝える。

 本塾へのアクセス分析によると、入口回数が最も多いのは、当然ながら最新の記事となる「反戦塾」であるが、2位が「ECとEUの違い」3位「ECとNATOの違い」と続く。

 多分、検索からのお客様で有難いのだが、日記スタイルのブログなので、そこには上記引用にある「ヨーロッパ委員長」とか「ヨーロッパ議会」のほか「ヨーロッパ理事会」など、その後新たに加わった機構には触れていない。

 当初の目玉は、単一通貨ユーロ―の採用で、スタート当時から続いた経済共同体の延長線上にあった。しかし、議会制度などの導入により、ひとつの巨大国家のようになってきた。これがイギリスを脱退に向かわせた大きな要因になっているのだ。

 上記報道は、4割の議員が反対した、とあるが女性であることがその理由ではない。イギリス以外の国でも移民増加反対という市民の声が高まっている。

 EU創設の前後、NATOというアメリカも加わった反共軍事同盟とは別に、EUも独自の軍隊を持つべきだ、という意見が内部にあった。

 フォンデアライエン氏が独・防衛相からの横滑りだからEU軍創設――という発想につながるとは思えない。しかし、アメリカの反イラン有志国構想は、日本に参加の意思がないことや、イギリスも国内世論が一致するとは限らずトランプの目論見が遠のくのはたしかだ。

 そのアメリカでは、トランプと意見が合わず国防総省長官が辞任した後、半年以上にわたってそのポストが空席となる異例の事態が続いている。

 そういった不安定さは、戦争を招く原因にも回避される原因にもなり得ることを、肝に銘じておいた方がいい

| | コメント (0)

2019年3月24日 (日)

帝国軍人の反戦

甲は曰ふ、軍閥のあまりの暴状見る時は戦へよ而して敗れよとさへ思ふ
乙は曰ふ、軍閥の暴慢如何に激しきも 国破れよと我は思はじ
僕は曰ふ、甲と乙是非は言はねど軍閥の 驕れる国は必ず敗る
戦へば必ず勝つと己惚れて いくさを好む軍(いくさ)びとあり
真相(わけ)知らぬ民をおだてて戦ひの 淵に追ひ込む野心家もあり
侵略の夢を追ひつゝ敗独の 轍踏まんとす民あはれなり
国のため世のためなどと口にいへど 何れは自己の為ならぬなし
 以上は、軍人作家・水野広典が昭和8年頃世に問うた三十一文字である。
  水野は、日露戦争の経験を題材にした『肉弾』いう著述で有名になり、続く『この一戦』などの印税や友人の補助をもとに、第一次大戦中と戦後の2度、欧州の視察旅行をしている。
 昭和8年といえば、日本が満州事変を起こし、満州国設立に関わった後、国際連盟の扱いを不満として脱退を決めた年である。また、近く譲位が決まった今上天皇の生まれた年でもあった。
 水野の著述は、直ちに発禁となり、講演会には右翼の妨害などを名目に解散を命じられるなど、言論は一切封殺されたが、後備役とはいえ将校の肩書を有する陛下の軍人である。
  最近の近くのどこかの国のように、「国家反逆罪」で逮捕・処刑されるようなことはなかった。猛威を振るった「治安維持法」も、水野の言論にそのま適用できるような条項がなかったということであろう。
 戦争の本質を知る人、第一次大戦の悲惨な結果に触発された欧米指導者が主導する「戦争放棄」への誘導を信奉する人、そういった人の声は、今なお世界の政治や指導者の中に薄い。
 水野は、私信やパンフレット配布など、あらゆる手を講じて、反戦を訴えた続けたのである。

| | コメント (0)

2019年2月 7日 (木)

「パワーポリティクス」

 米上院は5日、トランプ米大統領に対し、アフガニスタンとシリアのテロ組織が壊滅するまでは米軍撤退を急がないよう求める法案を可決した。法案は与野党双方から幅広い支持を受け、賛成77、反対23で可決された。(CNN)

米国防総省は4日、シリアに駐留する米軍が撤退した後、過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」は同国内で支配地を奪還し、勝利を宣言する可能性があるとの報告書を発表していた。

5日、トランプ大統領は一般教書演説で、911の犯人をかくまったとしてせん滅を期したアフガニスタンのタリバンと和平協議を開始、アフガン政府をそっちのけにして18年続いた米軍派遣から撤収する意欲を示した。(毎日)

これらの報道を見て、これまで一強といわれたアメリカだが、第2次大戦後、勝てた気分になれた戦争は一度もないのではないかという気がしてきた。

トランプ・金正恩会談をべトナムで、という話もあるが、ベトナム戦争では苦戦のあげく勝ち目もなく、サイゴンから撤退する米軍機に難民が殺到するという場面のあったことを思い起こす。北朝鮮も「負けた」という姿勢は絶対にとらないだろう。

その後アメリカは中東方面で様々な戦争に関わるのだが、「ならず者」を駆逐したという姿を見たことがない。「世界の番犬」という言葉とともに「パワーポリティクス」という言葉を思い出した。

このブログで最初に使ったのが10年4月、何度も使ったが16年3月に中国に対して使ったのが最後でその後は一度も使っていない。口先の応酬や武器開発競争は盛んだが、今の状態がそうかというと、違うような気がする。

政府・軍部・世論がばらばらだ。トップはどこも本腰が入っていない。だから安全かというと、それも違う。むしろ不安定さが予期しない危険を呼び込むこともある。

敗戦を経験している日本は、その戦争に突っ込んだ理由も知っている。政権・軍部・議会・政党の主導権争いのほかに国際世論がある。日本はこれに背を向け、国際連盟を脱退して道をあやまったのだ。

平和憲法を持つ日本は、局外に立って平和を模索する先頭に立たなければならない。ただし現政権下では無理、とせざるを得ない。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月25日 (火)

輜重兵と陸軍潜水艦

 輜重兵(輜重輸卒)を読める人がどれでけいるだろうか。読みは「しちょうへい」だが、書けと言われれば塾頭も書けない。「輜重兵が兵隊ならば、トンボや蝶も鳥のうち」というざれごとは、戦中の小学生なら誰でも知っていた。

 この兵の任務は、前線で戦う部隊のため必要な消耗品や重量物を届けることである。トラックも使えないような所では馬を使う。

 戦うことが目的でないため、自衛のための装備はほとんどなく敵から見ると格好の餌食だった。また、それを避けるため道なき道を長行軍することになる。中国大陸では、腰まで泥につかって荷物を担いで運ぶ姿の絵や写真をよく見た。

 軍国少年でも、これだけはしたくないなと思ったものだ。供給が途絶えて直ちに影響するのが食糧である。生きることを優先するなら住民から略奪するか虐殺に走ることまで考える。それもできない場合は、捕虜になれない皇軍には「玉砕」しか残っていない。

 今日の毎日新聞のコラム「火論」に「陸軍の潜水艦」という記事があるのを目にした。それは、第2次大戦中に陸軍が潜水艦を所持していたという内容で、あまり知られていない事実だ。日露戦争の英雄・東郷元帥を検証する「東郷会」機関紙にある、「陸軍潜水艦始末、陸海軍確執の極致」という調査記事が出典である。

その概要は、

南太平洋戦線で米軍の反攻が強まり、日本軍へ補給する輸送船が次々に沈められた。

海軍は駆逐艦や潜水艦など戦闘艦艇による輸送を試みたが、量に限りがあり、被害も多い。海軍は、戦闘艦艇が本来の目的以外に使われることに消極的だった。本来の目的とは、伝統的な「艦隊決戦」一本やり。地道な輸送保護へは認識が薄かった。近代戦は補給こそ勝敗を分ける。

陸軍は初め海軍に内密に補給用潜水艦開発を始めた。(中略)41隻が完成したという。だが、技能的な要員教育もままならない。故障・不備も多い。届けたい貨物を甲板にも積んでいて、それを沈めまいと潜航しなかったらしい艦は撃沈された。(後略)

 地味で犠牲の多い点など、輜重兵とまったく同じ話だ。しかし、それが戦争の勝敗を分ける決定的な位置を占めていることを示している。

 インド洋における洋上給油や空中給油、イラクへの兵員輸送などを「戦闘地域でないから後方支援だ」などと言ってのける政治家が存在する日本。このことが、まさに「平和ぼけ」なのである。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年11月11日 (日)

100年目の夢

1918年11月11日、フランスなどの連合国とドイツが休戦協定に調印した第一次世界大戦終結から今日が100年目に当たる。また、明日12日は、東京裁判の判決が出た日から70年。この二つに何の関係があるのか。

それはあとで触れるとして、(大きな扱いではない)今日付けの毎日新聞記事・東京朝刊を引用しておこう。

【パリ賀有勇】フランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相が10日、仏北部コンピエーニュを訪れた。同地は1918年11月11日にフランスなどの連合国とドイツが休戦協定に調印した第一次世界大戦終結の場所。両首脳は記念式典に出席し、平和への決意を新たにするとともに欧州統合の深化に向けた結束を演出した。  

大戦では仏独両軍340万人が犠牲となったといわれる。(中略)84年にはミッテラン仏大統領とコール独首相が激戦地となった仏ベルダンで手をつないで慰霊し、欧州統合推進につながる出来事として記憶されている。

マクロン氏とメルケル氏は11日、パリで開かれる大戦終結100年記念式典に、米露など約70カ国の首脳とともに出席する。

そして、この惨禍を繰り返さないよう誕生したのが1920年の国際連盟、28年には今の日本国憲法9条の基となった「パリ不戦条約」が締結された。当初はアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本といった当時の列強15か国で発足したが、その後ソ連も加わって63か国となる。

この一連の動きの中で、1933年、日本は満州事変の扱いを不当として国際連盟を脱退し、戦争への道をひた走る。その結果が第2次大戦に敗北、そうして「東京裁判」となる。

安倍首相に代表される右派勢力は、いわゆる東京裁判を「戦勝国が一方的に裁く不法のもの」とか憲法9条は「日本が再び戦争できないようにするための陰謀」といい、その結果を受け入れたものを「東京裁判史観」などと非難する。

ここで間違っているのは、裁判を起こしたのはアメリカでなく、連合国、つまりできたばかりの「国連」である。そして押し付けたとされる憲法の草案をGHQが示したのも同じ時期だ。国際連盟が自衛を名目とした戦争に機能しなかったことなどを反省、終戦の年にようやく「国際連合」に組みなおした。

その理想とするところが、日本国憲法にそっくりなのだ。もちろんアメリカが大きな力を発揮したことは言うまでもない。好戦国・アメリカが――と思うがその時により、大きく平和志向で世界を主導する面があることもまぎれのない事実だ。

上述の記念式典に70か国の首脳が集まる。トランプがどうのこうのとは言わない。現在向かっている人種差別・軍事的緊張・国粋主義・右傾化傾向などに一石を投ずる機会にならないかという、はかない夢を今夜見ることにしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 7日 (火)

戦争を開く「鍵」

1月前の7月7日、「天皇命令を断った大将」と題して昭和12年1月の衆院議会で起きた「腹切り問答」がその発端であったことを書いた。

時の首相は広田弘毅である。広田は東京裁判でA級戦犯となり、軍人以外で唯一絞首刑に処せられた。彼は外交官出身で、こじれた対外折衝を平和指向でさばき、その面での高い評価は、裁判の過程でもよく指摘されていた。

このブログで東京裁判を正しいものと位置づけている点に関し、広田判決の不当性をあげ「一方的でずさんな裁判だった」という評価が正しい、とする書き込みをいただいたこともある。

今、個々の裁判官の心証が判決にどう影響したかを判断する材料はない。広田の出自が福岡で、戦前の政界に有形無形の影響をもたらした最大の右翼組織「玄洋社」の影響を幼少時代から受けていたとする見方や、軍部大臣現役武官制を復活させ、軍部への妥協がその後の結果を招いたとする解釈など様々だ。

82年前の今日昭和11年8月7日、広田首相は外務・大蔵・陸・海軍の5相会議を開き、「国策の基準」を採択した。それにより軍事の重点を、南北併進(東南アジアとロシア)へ向けることになった。

これは、翌年7月7日の廬溝橋で始まる日支事変、4年後の大戦突入への路線がこのときに引かれたという解釈もできる。

昨今の政治の動きから見て、終戦記念日や原爆投下記念日だけではなく、昭和11年・12年にあったことを、今だからこそ精査して再発防止につなげるようにしなければならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月11日 (月)

あとを引く戦争

日露戦争、第二次大戦の10万、100万単位の膨大な犠牲者に比べて、第一次大戦は戦死者の数に触れられることが少ない。日本の第一次大戦参戦は、1914年(大正3)8月23日から1918年11月11日まで4年強にわたる。

今日6月11日(1917年)は、戦争による戦死者415人(Wikipedia)の1割を越える59人を一挙に失った日である。地中海に出撃していた駆逐艦「榊」が独潜水艦と交戦した結果である。

この事実はほとんどの史書に出てこない。大戦に参画したのは、同盟国イギリスの要請で極東を往来する船舶を保護するため、ドイツ軍艦への攻撃依頼を受け入れたものである。中国への権益拡大の機会をうかがっていた日本は、好機到来とばかり、黄海に突きだした山東半島の根本にあるドイツの租借地に設けた海軍基地を攻撃、一帯を占領した。

井上馨は、「今回欧州の大禍乱は、日本国運の発展に対する大正新時代の天佑」であると述べた。この方針を知ったイギリスは、即座に参戦要請を撤回したがあとの祭り。中国に21か条要求を押しつけるなど、日本が大陸侵略の露骨な野望を隠さなくなったのは、この時に始まる。

一方、ドイツは大きな犠牲と、過酷な賠償要求を背負ってこの大戦を終結した。その後の苦難の歴史が第2次大戦を導く理由にもなった。第一次大戦の反省は国際連盟を生み、さらに第二次大戦終結に当たっては、国際連合に組み直して新たな戦争抑止を図った。

戦争犠牲者の多い少ないは次の戦争勃発に関係しない。地球より重い人の命に優先する国益などあるわけがない。戦争の教訓をどうあとに活かすか、それが最大の国益と思わなくてはならないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月18日 (水)

戦争の裏に陰謀あり

今月13日の金曜日、「シリア化学兵器使用、真相は」で書いたシリアでの化学兵器使用の子供を使った映像、やはり!やはり陰謀だったか。本塾予見が当たった。

AFP=時事】シリアのシリア化学兵器使用、真相は首都ダマスカス近郊にある東グータ(Eastern Ghouta)地区で、市民ボランティアでつくる救助隊「ホワイト・ヘルメット(White Helmets)」が化学兵器攻撃を捏造(ねつぞう)する現場を写したとされる一連の写真が、実際には映画の撮影現場を写したものだったことが分かった。AFPの事実検証ブログ「ファクチュエル(Factuel)」が明らかにした。

3000人のボランティアから成る人道団体のホワイト・ヘルメットは、シリア政権やインターネット上の陰謀論者らによって偽情報を流される被害に繰り返し遭っている。

(後略)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧