戦争とは

2019年3月24日 (日)

帝国軍人の反戦

甲は曰ふ、軍閥のあまりの暴状見る時は戦へよ而して敗れよとさへ思ふ
乙は曰ふ、軍閥の暴慢如何に激しきも 国破れよと我は思はじ
僕は曰ふ、甲と乙是非は言はねど軍閥の 驕れる国は必ず敗る
戦へば必ず勝つと己惚れて いくさを好む軍(いくさ)びとあり
真相(わけ)知らぬ民をおだてて戦ひの 淵に追ひ込む野心家もあり
侵略の夢を追ひつゝ敗独の 轍踏まんとす民あはれなり
国のため世のためなどと口にいへど 何れは自己の為ならぬなし
 以上は、軍人作家・水野広典が昭和8年頃世に問うた三十一文字である。
  水野は、日露戦争の経験を題材にした『肉弾』いう著述で有名になり、続く『この一戦』などの印税や友人の補助をもとに、第一次大戦中と戦後の2度、欧州の視察旅行をしている。
 昭和8年といえば、日本が満州事変を起こし、満州国設立に関わった後、国際連盟の扱いを不満として脱退を決めた年である。また、近く譲位が決まった今上天皇の生まれた年でもあった。
 水野の著述は、直ちに発禁となり、講演会には右翼の妨害などを名目に解散を命じられるなど、言論は一切封殺されたが、後備役とはいえ将校の肩書を有する陛下の軍人である。
  最近の近くのどこかの国のように、「国家反逆罪」で逮捕・処刑されるようなことはなかった。猛威を振るった「治安維持法」も、水野の言論にそのま適用できるような条項がなかったということであろう。
 戦争の本質を知る人、第一次大戦の悲惨な結果に触発された欧米指導者が主導する「戦争放棄」への誘導を信奉する人、そういった人の声は、今なお世界の政治や指導者の中に薄い。
 水野は、私信やパンフレット配布など、あらゆる手を講じて、反戦を訴えた続けたのである。

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2019年2月 7日 (木)

「パワーポリティクス」

 米上院は5日、トランプ米大統領に対し、アフガニスタンとシリアのテロ組織が壊滅するまでは米軍撤退を急がないよう求める法案を可決した。法案は与野党双方から幅広い支持を受け、賛成77、反対23で可決された。(CNN)

米国防総省は4日、シリアに駐留する米軍が撤退した後、過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」は同国内で支配地を奪還し、勝利を宣言する可能性があるとの報告書を発表していた。

5日、トランプ大統領は一般教書演説で、911の犯人をかくまったとしてせん滅を期したアフガニスタンのタリバンと和平協議を開始、アフガン政府をそっちのけにして18年続いた米軍派遣から撤収する意欲を示した。(毎日)

これらの報道を見て、これまで一強といわれたアメリカだが、第2次大戦後、勝てた気分になれた戦争は一度もないのではないかという気がしてきた。

トランプ・金正恩会談をべトナムで、という話もあるが、ベトナム戦争では苦戦のあげく勝ち目もなく、サイゴンから撤退する米軍機に難民が殺到するという場面のあったことを思い起こす。北朝鮮も「負けた」という姿勢は絶対にとらないだろう。

その後アメリカは中東方面で様々な戦争に関わるのだが、「ならず者」を駆逐したという姿を見たことがない。「世界の番犬」という言葉とともに「パワーポリティクス」という言葉を思い出した。

このブログで最初に使ったのが10年4月、何度も使ったが16年3月に中国に対して使ったのが最後でその後は一度も使っていない。口先の応酬や武器開発競争は盛んだが、今の状態がそうかというと、違うような気がする。

政府・軍部・世論がばらばらだ。トップはどこも本腰が入っていない。だから安全かというと、それも違う。むしろ不安定さが予期しない危険を呼び込むこともある。

敗戦を経験している日本は、その戦争に突っ込んだ理由も知っている。政権・軍部・議会・政党の主導権争いのほかに国際世論がある。日本はこれに背を向け、国際連盟を脱退して道をあやまったのだ。

平和憲法を持つ日本は、局外に立って平和を模索する先頭に立たなければならない。ただし現政権下では無理、とせざるを得ない。

 

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2018年12月25日 (火)

輜重兵と陸軍潜水艦

 輜重兵(輜重輸卒)を読める人がどれでけいるだろうか。読みは「しちょうへい」だが、書けと言われれば塾頭も書けない。「輜重兵が兵隊ならば、トンボや蝶も鳥のうち」というざれごとは、戦中の小学生なら誰でも知っていた。

 この兵の任務は、前線で戦う部隊のため必要な消耗品や重量物を届けることである。トラックも使えないような所では馬を使う。

 戦うことが目的でないため、自衛のための装備はほとんどなく敵から見ると格好の餌食だった。また、それを避けるため道なき道を長行軍することになる。中国大陸では、腰まで泥につかって荷物を担いで運ぶ姿の絵や写真をよく見た。

 軍国少年でも、これだけはしたくないなと思ったものだ。供給が途絶えて直ちに影響するのが食糧である。生きることを優先するなら住民から略奪するか虐殺に走ることまで考える。それもできない場合は、捕虜になれない皇軍には「玉砕」しか残っていない。

 今日の毎日新聞のコラム「火論」に「陸軍の潜水艦」という記事があるのを目にした。それは、第2次大戦中に陸軍が潜水艦を所持していたという内容で、あまり知られていない事実だ。日露戦争の英雄・東郷元帥を検証する「東郷会」機関紙にある、「陸軍潜水艦始末、陸海軍確執の極致」という調査記事が出典である。

その概要は、

南太平洋戦線で米軍の反攻が強まり、日本軍へ補給する輸送船が次々に沈められた。

海軍は駆逐艦や潜水艦など戦闘艦艇による輸送を試みたが、量に限りがあり、被害も多い。海軍は、戦闘艦艇が本来の目的以外に使われることに消極的だった。本来の目的とは、伝統的な「艦隊決戦」一本やり。地道な輸送保護へは認識が薄かった。近代戦は補給こそ勝敗を分ける。

陸軍は初め海軍に内密に補給用潜水艦開発を始めた。(中略)41隻が完成したという。だが、技能的な要員教育もままならない。故障・不備も多い。届けたい貨物を甲板にも積んでいて、それを沈めまいと潜航しなかったらしい艦は撃沈された。(後略)

 地味で犠牲の多い点など、輜重兵とまったく同じ話だ。しかし、それが戦争の勝敗を分ける決定的な位置を占めていることを示している。

 インド洋における洋上給油や空中給油、イラクへの兵員輸送などを「戦闘地域でないから後方支援だ」などと言ってのける政治家が存在する日本。このことが、まさに「平和ぼけ」なのである。

 

 

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2018年11月11日 (日)

100年目の夢

1918年11月11日、フランスなどの連合国とドイツが休戦協定に調印した第一次世界大戦終結から今日が100年目に当たる。また、明日12日は、東京裁判の判決が出た日から70年。この二つに何の関係があるのか。

それはあとで触れるとして、(大きな扱いではない)今日付けの毎日新聞記事・東京朝刊を引用しておこう。

【パリ賀有勇】フランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相が10日、仏北部コンピエーニュを訪れた。同地は1918年11月11日にフランスなどの連合国とドイツが休戦協定に調印した第一次世界大戦終結の場所。両首脳は記念式典に出席し、平和への決意を新たにするとともに欧州統合の深化に向けた結束を演出した。  

大戦では仏独両軍340万人が犠牲となったといわれる。(中略)84年にはミッテラン仏大統領とコール独首相が激戦地となった仏ベルダンで手をつないで慰霊し、欧州統合推進につながる出来事として記憶されている。

マクロン氏とメルケル氏は11日、パリで開かれる大戦終結100年記念式典に、米露など約70カ国の首脳とともに出席する。

そして、この惨禍を繰り返さないよう誕生したのが1920年の国際連盟、28年には今の日本国憲法9条の基となった「パリ不戦条約」が締結された。当初はアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本といった当時の列強15か国で発足したが、その後ソ連も加わって63か国となる。

この一連の動きの中で、1933年、日本は満州事変の扱いを不当として国際連盟を脱退し、戦争への道をひた走る。その結果が第2次大戦に敗北、そうして「東京裁判」となる。

安倍首相に代表される右派勢力は、いわゆる東京裁判を「戦勝国が一方的に裁く不法のもの」とか憲法9条は「日本が再び戦争できないようにするための陰謀」といい、その結果を受け入れたものを「東京裁判史観」などと非難する。

ここで間違っているのは、裁判を起こしたのはアメリカでなく、連合国、つまりできたばかりの「国連」である。そして押し付けたとされる憲法の草案をGHQが示したのも同じ時期だ。国際連盟が自衛を名目とした戦争に機能しなかったことなどを反省、終戦の年にようやく「国際連合」に組みなおした。

その理想とするところが、日本国憲法にそっくりなのだ。もちろんアメリカが大きな力を発揮したことは言うまでもない。好戦国・アメリカが――と思うがその時により、大きく平和志向で世界を主導する面があることもまぎれのない事実だ。

上述の記念式典に70か国の首脳が集まる。トランプがどうのこうのとは言わない。現在向かっている人種差別・軍事的緊張・国粋主義・右傾化傾向などに一石を投ずる機会にならないかという、はかない夢を今夜見ることにしよう。

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2018年8月 7日 (火)

戦争を開く「鍵」

1月前の7月7日、「天皇命令を断った大将」と題して昭和12年1月の衆院議会で起きた「腹切り問答」がその発端であったことを書いた。

時の首相は広田弘毅である。広田は東京裁判でA級戦犯となり、軍人以外で唯一絞首刑に処せられた。彼は外交官出身で、こじれた対外折衝を平和指向でさばき、その面での高い評価は、裁判の過程でもよく指摘されていた。

このブログで東京裁判を正しいものと位置づけている点に関し、広田判決の不当性をあげ「一方的でずさんな裁判だった」という評価が正しい、とする書き込みをいただいたこともある。

今、個々の裁判官の心証が判決にどう影響したかを判断する材料はない。広田の出自が福岡で、戦前の政界に有形無形の影響をもたらした最大の右翼組織「玄洋社」の影響を幼少時代から受けていたとする見方や、軍部大臣現役武官制を復活させ、軍部への妥協がその後の結果を招いたとする解釈など様々だ。

82年前の今日昭和11年8月7日、広田首相は外務・大蔵・陸・海軍の5相会議を開き、「国策の基準」を採択した。それにより軍事の重点を、南北併進(東南アジアとロシア)へ向けることになった。

これは、翌年7月7日の廬溝橋で始まる日支事変、4年後の大戦突入への路線がこのときに引かれたという解釈もできる。

昨今の政治の動きから見て、終戦記念日や原爆投下記念日だけではなく、昭和11年・12年にあったことを、今だからこそ精査して再発防止につなげるようにしなければならない。

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2018年6月11日 (月)

あとを引く戦争

日露戦争、第二次大戦の10万、100万単位の膨大な犠牲者に比べて、第一次大戦は戦死者の数に触れられることが少ない。日本の第一次大戦参戦は、1914年(大正3)8月23日から1918年11月11日まで4年強にわたる。

今日6月11日(1917年)は、戦争による戦死者415人(Wikipedia)の1割を越える59人を一挙に失った日である。地中海に出撃していた駆逐艦「榊」が独潜水艦と交戦した結果である。

この事実はほとんどの史書に出てこない。大戦に参画したのは、同盟国イギリスの要請で極東を往来する船舶を保護するため、ドイツ軍艦への攻撃依頼を受け入れたものである。中国への権益拡大の機会をうかがっていた日本は、好機到来とばかり、黄海に突きだした山東半島の根本にあるドイツの租借地に設けた海軍基地を攻撃、一帯を占領した。

井上馨は、「今回欧州の大禍乱は、日本国運の発展に対する大正新時代の天佑」であると述べた。この方針を知ったイギリスは、即座に参戦要請を撤回したがあとの祭り。中国に21か条要求を押しつけるなど、日本が大陸侵略の露骨な野望を隠さなくなったのは、この時に始まる。

一方、ドイツは大きな犠牲と、過酷な賠償要求を背負ってこの大戦を終結した。その後の苦難の歴史が第2次大戦を導く理由にもなった。第一次大戦の反省は国際連盟を生み、さらに第二次大戦終結に当たっては、国際連合に組み直して新たな戦争抑止を図った。

戦争犠牲者の多い少ないは次の戦争勃発に関係しない。地球より重い人の命に優先する国益などあるわけがない。戦争の教訓をどうあとに活かすか、それが最大の国益と思わなくてはならないのだ。

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2018年4月18日 (水)

戦争の裏に陰謀あり

今月13日の金曜日、「シリア化学兵器使用、真相は」で書いたシリアでの化学兵器使用の子供を使った映像、やはり!やはり陰謀だったか。本塾予見が当たった。

AFP=時事】シリアのシリア化学兵器使用、真相は首都ダマスカス近郊にある東グータ(Eastern Ghouta)地区で、市民ボランティアでつくる救助隊「ホワイト・ヘルメット(White Helmets)」が化学兵器攻撃を捏造(ねつぞう)する現場を写したとされる一連の写真が、実際には映画の撮影現場を写したものだったことが分かった。AFPの事実検証ブログ「ファクチュエル(Factuel)」が明らかにした。

3000人のボランティアから成る人道団体のホワイト・ヘルメットは、シリア政権やインターネット上の陰謀論者らによって偽情報を流される被害に繰り返し遭っている。

(後略)

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2018年2月15日 (木)

今、国家主義全盛

トランプ大統領の「アメリカン・ファースト」。日本のメディアは、「外国から見た日本」企画が氾濫。西欧の難民増加にともなう国家アイデンティティー追求。そして英国のEU脱退の動きなど、戦後長く続いてきた「国際化時代」の反動ともとれる「国粋主義」の時代になった。

今朝、新聞の投書欄に、憲法9条維持の署名簿が回ってきた家庭の主婦が、20歳になった息子に協力を求めたら「僕、戦争に行くもん」と拒否され、愕然としたという内容があった。

安倍首相の内閣支持率が不支持を上回り、自民党が最高位を占める世論調査も固定化しつつある。その傾向は若者に顕著だとされる。なぜそうなのか、日本の場合、北朝鮮・中国関連報道で日本が敵視されているという印象ができあがったのだろう。安倍周辺がことさらそれをあおっているせいもある。

日本の戦争参加や敗戦は、国家主義または国粋主義がもたらしたというのが、かつての常識だった。それが今、完全に忘れ去られたようだ。その典型が明治時代に作詞された戦時歌謡である。これは過去4回取り上げたがも一度見てほしい。

敵は幾万ありとても
すべて烏合(うごう)の勢なるぞ
烏合の勢にあらずとも
味方に正しき道理あり

(じゃ)はそれ正に勝ちがたく
直(ちょく)は曲(きょく)にぞ勝栗の
堅き心の一徹は

石に矢の立つためしあり

石に立つ矢のためしあり
などて恐るる事やある
などてたゆとう事やある

 まず、敵はカラスのように声が大きいが弱い、そうでなくとも、味方には「正しき道理」つまり「正義」がある。邪道は誠心誠意の正義には勝てないし、奇跡が味方してくれることもある。だから疑いを持たず突っこめ!という趣旨だ。

「敵は弱い」、太平洋戦争はこれを見誤った。「正義」、これは敵にもそれに劣らぬ「正義」がある。北朝鮮の「正義」は、日本人拉致や人権問題なども、完全に覆い隠す。ISの自爆テロも正義の行為だ。彼らの「堅き心の一徹」はいうまでもない。

この際「国」単位でものを考えるのはやめよう。国家はいつでも正しいことをいうとは限らない。むしろ、党利党略や権力維持のためならあえてうそをつく。それを、若い人はしっかりと身につけておかなければならない。

【追記】そういえば、10年以上前の07年12月1日付けで「希望は戦争」という文章を雑誌に発表した赤木智弘さんについて記事を書いたことを思い出した。

安倍首相が「何もかもうまくいかなくなっていやになっので辞めい」といって内閣を投げ出した年である。

若い赤木さんは、若者の内でも日の当たる人、そうでない人の格差は歴然としており、それを劇的に変えてくれるのは戦争しかないといった論旨だったように思う。

今日書いた塾頭の観測とは、大きな開きがある。しかし、10年間に顕著な時代の変化があったことも否定しがたい。いずれにしても、健全な社会からかけ離れていることだけは確かだ。

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2018年2月13日 (火)

心的外傷後ストレス障害

戦争に参加して精神病にかかる患者がふえ、アメリカで今問題になっている。心的外傷後ストレス障害、略号ではPTSDという。どちらにしても覚えにくい言葉だ。

PTSは、ポスト・トラウマ・ストレス・障害の略とある。トラウマは、精神的ショックによる「病みつき」のような意味で日本語化しかかっているので、これを覚えておけばいい。

その中で、戦争に関するものを砲弾神経症(シェル=砲弾ショック)と区別することもある。この研究は、第一次世界大戦当時の塹壕戦の影響から始まったようだ。日本では塾頭の地元にあった国府台陸軍病院が専門に受け入れていたが、「痴愚」などの病名で治療と言うより拘禁永続のような扱いが戦後も続いていた。

アメリカでは、ベトナム戦争後、その戦争自体への懐疑からもストレス症状が起きた。戦闘ストレス反応は、戦争において精神的に崩壊する兵士が驚くべき多数に上ったことから認知されはじめた。

敵兵に限らず女子や子供、さらに友兵たちの手足が一瞬にして吹き千切れるのを見たり、捕虜となって孤立無援状態におかれた恐怖が精神に異常をきたすことになる。兵士たちがヒステリー患者と同じ行動をし始めたり、身体的には金縛りで動けなくなる、震えが止まらないとか健忘症に陥る病状が現れる。

日本では、このような臆病者は皇軍にいないと結論づけ、外部と隔離する必要があった。処罰と脅迫が唯一の対処だったのである。アメリカなどでは、これを士気の高い兵士にも起こりうるれっきとした精神障害であるとして、人道的治療が始まりPTSDという名称がつけられた。

近年は、兵士を戦場に出すケースが減り、無人機爆撃ばやりである。ところがこの操縦者にPTSDを発症する率が高いことが分かってきた。衛星経由でアメリカから遠隔操作が可能であるため、操縦員は戦地に派遣されることもない。

任務を終えればそのまま自宅に帰り子供と遊ぶこともできる。このような無人機の運用は操縦者が人間を殺傷したという実感を持ちにくいという意見があるが、敵を殺傷する瞬間をカラーTVカメラや赤外線カメラで鮮明に見ることが無人機の操縦員に大きな精神的ストレスを与える。PTSDを発症するのは現地に派遣される兵より高い割合になるとも言われ、社会問題化は避けられない。

 

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2017年12月25日 (月)

目前にきた超近代戦

「近代戦」という言葉を最近も何気なく使っていた。定義を知ろうと『広辞苑』を見たら出ていないのである。どうやら公式熟語として認められていないようだ。アルフレッド・ノーベルが無煙火薬やダイナマイトを発明したあとの、重・軽火器による殺傷能力を主力とする戦争、近代国民国家間の軋轢が原因の戦争、日本で言えば日清・日露戦争以降の戦争といった感じになったのだ。

兵器の近代性が争われ、それで勝敗が決まることも多い。機関銃から戦艦、そして飛行機から原爆まで進んだ。戦争とは人が人を殺すものという一貫した立場から反戦塾は「戦争」を批判し続けてきた。

それが近々「人が人を殺さない」戦争になるとすれば、反戦塾の論調も変えなくてはならない。近代戦の時代は1世紀で終わり、これからは「超近代戦」の時代になるのだろうか。

無人機の空爆、サイバー攻撃など、その第一歩はすでに踏み出された。生物・化学兵器も、殺人より人の能力を奪う性能があればいいと言うことになる。特殊波長の大音響発生装置(LRAD)で人の能力奪ったり、高層大気圏内で核爆発を起こして強力な電磁波を発生させ、通信網や電子機器を攻撃する電磁パルス(EMP)兵器などの投入などは、すでに目前に迫っている。

バイオテクノロジーの発達やIoT(物のインターネット化)が急速に世界を覆うようになったことが背景にある。後者は、発電・配電から携帯電話などほとんどの家電器具が使用不能となり、被攻撃地域からの退去を余儀なくされる。

戦争で、こういった超近代兵器を攻撃に使っても、それだけでは戦争に勝てない。相手は「負けました降伏します」とは言わない。どうしても、首都や相手の拠点を制圧し、施政権を奪取(占領)しなければならないからだ。

その役割は、超近代兵器ではなく、陸軍とか海兵隊ということになり、ここで殺し殺されという白兵戦や虐殺が起きることになる。

しかし、その兵士たちも、すぐれた人工頭脳(AI)を持つロボットに取って代わられよう。感情を持たない彼らは、見事にその任務をこなす。しかも、彼らは指揮系統のソフトがダメージを受けない限り、いかなる兵器に対しても生身の人間よりはるかに強靱である。仮に破壊されても大量生産するので低コストで補給が利くのだ。

もちろん、守る方も守備ロボットで応ずるだろう。こうして、人と人の殺し合いはなくなる。その反面、難民が激増するため新たな戦争が起きる。

以上は、人類の発展なのか退歩なのか、塾頭の能力ではとても判断できない。

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