戦争とは

2021年1月 8日 (金)

本当の兵法

 パブリック・ディプロマシーという言葉は、ギリシャ・ローマ時代からある古い言葉らしいが、最近は各国の対外文化外交政策用語としてよく使われる。

  中国では、紀元前5世紀頃の有名な兵書『孫氏』に、「戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」とある。

 これは、1年前の01/07に「中国の対日世論」と題した本塾記事の書き出しであるが、今日の毎日新聞コラム余禄には、コロナ禍対策として旧日本軍の兵法というべき「作戦要務令」を引用している。

 「戦闘を実行するにあたり、所要に充(み)たざる兵力を逐次に使用するは、大なる過失に属す」(作戦要務令)と戒めている。逐次投入は主動の利を失わせ、むだに損害を招き、ついには軍隊の士気を挫折(ざせつ)させると説いているのだ。

 ガダルカナル戦などで、強力な米軍に対し兵力を小出しにして次々に撃破された。中途半端な策を小出しにするのは兵法では禁物とされる。敗戦は、これに反する行動に走ったからだ。

 孔孟の教えをはじめ、中国では古代戦国時代からこういった儒者の教えを尊び、諸侯は競って儒者を招き入れた。

 日本に流入した文化もその線上で発展し、「作戦要務令」に生かされているのではなかろうか。

 今回報じられているアメリカの大統領交代の混乱である。トランプ大統領が暴徒を仕掛けて議会に乱入させ、4人の死傷者を出したあげく、同志から離反者続出で敗北宣言をせざるを得なくなった。

 やはり兵法を知らない文化で育ったのだ。アメリカ民主主義の底の浅さを暴露してしまった。

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2020年12月10日 (木)

スタンドオフ能力敵基地攻撃能力

 前回、この夏ごろまで政府・与党を中心に盛んに議論されていた「敵基地攻撃能力保持」は、国内で新型コロナの感染が再拡大した秋以降対応に追われて下火になったほか、安倍首相退陣、米国の大統領選の結果もあって、自民党内でも「バイデン政権の発足後に日米間の安全保障政策をすり合わせた上で与党協議などの環境を整えればいい」など先送り論が強まった、と書いた。

 なんと、これは1日で撤回しなければならなくなつた。こんなことは本塾開設以来初めてである。

 岸防衛大臣は、防衛力の強化として、開発中の地対艦誘導ミサイルの射程を長くし、敵の射程外から攻撃できる「スタンド・オフ・ミサイル」を新たに保有する方針を明らかにした上、9日に開かれた自民党の会議で、同ミサイルの開発費を来年度予算案に計上する方針を明らかにし、了承された。

 スタンド・オフ・ミサイルといっても、前回も指摘したように素人にはピンとこない。敵基地攻撃能力とどこが違うのか。

 「我が国への侵攻を試みる能力が向上した艦艇等に対し、相手方の脅威圏外から隊員の安全を確保しつつ対処が可能」な能力という説明になっている。

 どうやら、敵の射程距離圏外から長射程・高精度で攻撃できる能力を有するミサイルを今後5年内に開発する、ということのようである。早く言えば巡行ミサイル同様、どこからでも発進できどこへでも行ける能力を持つ優れものだ。

 つまり、「敵基地攻撃能力」という具体的な攻撃目標を日本語で示した言葉と、一般的な能力を英語で言った違いだけである。

 こういった「まやかし」政治に、日本の民主主義はどこまで耐えられるのだろうか。

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2020年9月 2日 (水)

コロナ不況を戦争で

 読売新聞によると、新潟県燕市教育委員会の遠藤浩教育長(55)が市教委の定例会で、「コロナ禍を短時間で解消する方法は、どこかで大きな戦争が発生することではないだろうか」と書いた文書を配布していたことがわかった。

 それには、「戦争が始まれば武器という商品で経済は回復するだろう」などと書かれている。遠藤教育長はコメントの中で「(コロナ禍の閉塞(へいそく)感を)打開する方法として戦争や紛争を始めてしまうのではないかという、人間の愚かさを憂えた」と説明しているが、文面だけでは軽率といわざるを得ず、市教委は31日、遠藤教育長の謝罪コメントを市ホームページに掲載した。

 昭和大恐慌を脱却できたのは、日本の大陸侵攻による軍需増大にあることはよく知られている。

 やや前に、米占領軍が日本国から撤退し、自衛隊が生まれた頃は、戦車の事を特車といったということを書いた。

 それとは、直接関係がないが、米占領の後ろ盾を失ったのちの経済落ち込みを救ったのは朝鮮戦争である。これは「特需」といった。

 こういった意識は、表面には出てこないが、大国間ではなかば常識である。教育長はそれを言おうとしていたのだろう。コロナ禍打開の方途として採用される危険性をあらかじめ指摘しておくこと自体は間違っていない。

 世界には、戦争の種をたえず探し求めている手合いがあまたいる。これを阻止するのは、戦争放棄の憲法を持つ日本政府の役目でもある。

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2020年8月27日 (木)

ナチスの犯罪

 「戦争はなぜ起きるのか」という質問に、サ・ケ・ヵ・ナ・シと5項目を掲げたのは、もう忘れるほど前の事なので再掲しておく。サ=差別、ケ=経済、カ=介入または干渉、ナ=ナショナリズム、シ=宗教の5項目である。独立戦争や侵略戦争もあるが上の5項目がその背景にあるとして省いた。

 今回、これをテーマにしたのは、13日に「人種差別と戦争」という項をあげ、第一次、二次ともに二つの大戦は人種差別がおおもとにあると書いたことに、やや不足があると感じたからである。

 第二次大戦については、アメリカにおける「黄禍論」などもあげて、日本の非を掲げるだけでは不十分なことを書いた。当時の同盟国ドイツについては、ナチスによるユダヤ人虐殺など、弁護の余地がないと取られているが、あらゆる戦争・紛争は一方の非をそのすべてに帰すことは公平を欠くと思うので書きたしておく。

 ナチス政権がユダヤ人(1100万人)の殺害を決定したのは1942年1月である。ドイツによる財産侵害への補償問題は、第2次大戦中から連合国間の懸案事項であった。

 1943年1月5日、連合国17ヶ国およびフランス国民委員会(フランス語版)は「敵国による支配・ 占領地域での強奪行為に対する連合国共同声明」(ロンドン宣言)を発し、枢軸国とその占領地域で行われた財産の取引を、略奪か表面上合法であったかを問わずに無効化する権限を留保することを宣言した。

 1944年の第2回ケベック会談ではモーゲンソー・プランによる徹底的な工業設備徴収で賠償を行う案が検討された。1945年2月のヤルタ会談でアメリカ・イギリス・ソビエト連邦の三大国が対独賠償請求で合意した。しかし第一次世界大戦の賠償で発生したトランスファー(振替)問題、すなわちドイツが賠償支払いを実行するための外貨調達が困難であった事例を回避するためと、ドイツの戦争能力を弱体化するために、賠償は通貨ではなく工業設備、資源、工業製品、労働者の徴用などの現物で行われることが定められた。

 ユダヤ人による請求

 1939年9月のポーランド侵攻によって第二次世界大戦が勃発して間もない10月10日には、ソロモン・アドラー=ルーデル(英語版)によってユダヤ人財産補償を具体化した覚書が策定され、世界ユダヤ人会議をはじめとするユダヤ人団体が補償を強く求めるようになった。

 また1944年11月のアトランティックシティーで行われたユダヤ人会議では、損害に対する返済と補償を求めること、そして民族集団としてのユダヤ人には集合補償の請求権があるという決議が行われた。

 これは敗戦国が補償を行う対象は戦勝国のみではなく、迫害された少数民族にも及ぶという国際法上初めての例であった。

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2020年8月20日 (木)

人種差別と戦争

 8月13日に「黒人・白人の区別」を掲げた。民主党の副大統領候補に黒人女性ハリス上院議員が決まったことを受けたものだが、ハリス氏が「黒人に見えない」という感想を述べたものである。

 両親がインドやジャマイカ出身だから黒人というのなら、非白人の塾頭も黒人に分類されるというようなことを書いた。

 人種差別と戦争に関する文献を見ていたら、第2次大戦に関してこんな文章を目にした。

19世紀に登場した新しいユダヤ人迫害の理由は、民族主義である。迫害の対象が宗教ではなく、人種の問題となった。すなわち、「 白人は世界で最も優秀な人種であり、ユダヤ人との混血で汚してはならない 」という結論に達したのがヒトラーで、ユダヤ人迫害もこの理由からである。

1933年のナチ党の権力掌握以降、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の政権下のドイツでは、ユダヤ人、身体障害者、ロマなどのドイツ国民が迫害対象となり、アーリア化などの措置で財産も収奪対象となっていた。

 この区別からすると、アーリア民族、つまり、インド、ヨーロッパ語族以外はすべて「非白人」になってしまう。

 第一次大戦後、日本が国際連盟で主張した人種的差別撤廃提案に対して、他国を上回る勢いで強硬に反対したのがアメリカである。

 さらにアメリカ国内でも、日本人移民が多いカリフォルニア州などを中心に、黄色人種に対する人種差別を背景に日本に対する脅威論が支持を受けた他、これに後押しされた人種差別的指向を持つ諸派が「黄禍論」を唱え、その結果、排日移民法によって日本からアメリカへの移民が禁止されたりした。

 これが第二次世界大戦における両国の衝突に繫がる伏線となっつたことは、知られるとおりである。トランプに、その気がないと言い切れるかどうか心配である。

 

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2020年7月 7日 (火)

国のトップは交渉下手

 昔と違って、戦後処理や領土問題などを平和処理できる「大物政治家」が払底し、末永い友好関係に目を据えた戦後処理や国境処理交渉ができるトップがいなくなった、という趣旨の記事をこのところ続けている。

 そういえば、昔は第一線を受け持つ軍人トップがそんな役割を果たしていた。日本でいえば、戊辰戦争の最終局面である箱館戦争停戦の幕軍・榎本武揚と官軍・黒田清隆である。

 両者手打式を前にして、榎本が手に入れていた「海律全書(国際法全書)」が戦火で失われるようでは、日本の損失になる、といって黒田に託し、黒田はその返礼として解散の祝宴用にといって酒を贈った。また、榎本や大鳥圭介など幹部を処刑から守り、明治政府の高官として迎えている。

 また、旅順要塞を陥落させた後の明治38年(1905年)15日、乃木は要塞司令官ステッセリと会見した。この「水師営の会見」は教科書にものっていた。

 乃木は、ステッセリに対し、極めて紳士的に接した。すなわち、通常、降伏する際に帯剣することは許されないにもかかわらず、乃木はステッセリに帯剣を許し、酒を酌み交わして打ち解けた雰囲気の中でおこなわれた。

 最後の例として、太平洋戦争緒戦で英軍がマレー半島で日本に降伏、シンガポールで山下奉文大将と英・陸軍中将パーシバルが会見した模様が広く伝えられたことである。

 この時、「イエスかノーか」と強圧的に降伏交渉を行ったと言われるが、実際は「降伏する意思があるかどうかをまず伝えて欲しい」という趣旨を、菱刈隆文の通訳が分からないことに苛立って放った言葉であり、これが新聞等で脚色されたといわれている。

 話が一人歩きしていることに対し山下本人は気にしていたようで、「敗戦の将を恫喝するようなことができるか」と否定したという。また、同席していた関係者も、全員この威圧を否定している。

 このところの、朝鮮停戦交渉など、トランプなど国のトップが何度もあっても、話が一歩も進まないのとは、相当様相を異にする。

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2020年6月20日 (土)

中国西域2題

 今日の毎日新聞(東京版)6面と8面のいずれもトップ見出しである。

・米「ウイグル法」成立

     中国の民族弾圧に制裁

・インド、広がる反中

     国境衝突膨らむ愛国心

 本塾で「中国」というと通常カテゴリ「東アジア共同体」に入れるのだが、この場合当てはまらない。

 それはさておき、前の記事は、米議会が可決した「ウイグル人権法案」にトランプ大統領が一部をのぞいて署名、発効したというもので、中身は、米政府が180日以内に弾圧に関与した中国の当局者や個人のリストを作成し、議会に報告するよう求めており、対象者にはビザの発給停止や米国内資産の凍結などの制裁を科すよう要請する。

 中国の歴史を見ると、イスラム教徒であるウイグル人は「回族」として漢民族と共存してきた。建前として信仰の自由はあるのだが、イスラムの指導者は、唯一の神の言葉を伝えるモハメッド以外になく、それを否定して「党」だとされても困るだろう。

 また、新疆ウイグル自治区に、大量の漢民族を移住させる政策もとっており、米中関係にとって香港問題と似た軋轢の要因となる。

 もう一つは、インドとの関係である。

 インドは、ガンジー、ネールの時代から、第三勢力として平和の使途としての顔があった。ただし、「ヒンズー至上主義」と衝突するとそれが国境紛争となり、戦争状態にもなる。パキスタンとの間がそうだ。

 今回は、珍しく中国と国境を接する部分で起きた。死者がでたのは1975年以来だという。インド側に20人、中国側にもあるようだ。

 二つの紛争に共通するのは、いずれも宗教がらみだということである。ご承知のように、チベット仏教の指導者ダライラマは、弾圧を受け中国チベット自治区を逃れてインドに亡命政権を立てている。

 中国からすると、インドに反乱分子が保護されているということになる。かつてAA諸国と呼ばれた両国の歴史はこれで断絶したと見ていい。

 砂漠や山岳が多いが、チベット自治区は、新疆ウイグル自治区に次いで2番目の広さがある。漢民族にとって西の要衝であり、文化導入の玄関口としての古い歴史があることも共通している。

 記事にあるような対立は、習近平の唱える「一帯一路」政策の一環を受け、インド洋に進出する海軍の実態を目の前にして、インド政権がこれまでにない警戒心を強め、現政権がナショナリズムをかき立てるような方向を容認しているということであろう。

コロナ禍の裏側で、もう一つの危機がアジアを襲いかねないことに目を向けなければならない。

 

 

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2020年6月13日 (土)

暴論化する香港

 香港では12日、中国による「国家安全法制」の導入が迫る中、中国政府や香港政府に反発する市民が各地で抗議活動を行い、これまでに30人以上が警察に逮捕されました。

 香港では12日、中国政府が導入を決めた香港での反政府的な動きを取り締まる「国家安全法制」に反対しようと各地で抗議活動が行われ、夕方から中心部の商業施設や郊外の住宅街周辺に市民数百人が集まり、「香港の独立を」とか、「悪法を撤回せよ」などと声を上げました。(NHKオンライン・06/13、以下略)

 香港市民の抗議活動はやや下火になったようだが続いており、「独立」という極論がでてきた。本塾では、香港問題について、5月29、30日と6月30日に記事を書いた。

 イギリスおよび同帝国連邦のもとにあるオーストラリア・カナダとアメリカの4か国が市民の要求に沿う共同声明を作成、日本政府も参加を打診されていたが、拒否していたという内容である。

 香港エリアの旧宗主国であったイギリスは、中国へ返還するにあたって協定を結んでおり、その解釈について発言する権利があっても、その他の国が共同して発言すると内政干渉ととられかねないとして、日本政府のとった措置は妥当であると見ていた。

 そこへ、冒頭の報道である。市民の要求に「独立」が入っている。これはヤバい。中国に公然と逮捕、厳罰する口実を与えることになる。

 アメリカは、1775年から8年半にわたってイギリスとの間で「独立戦争」で戦い、勝利して建国を果たした。暴論を承知で言うと、アメリカが香港市民の肩を持ちたくなる理由にはなる。

 暴論・極論が戦争の引き金となった前例は幾多もある。日本は、よほどしっかりしていないと巻き込まれる恐れがある。局外に立つだけではすまされない。安倍政権に、それを避ける手立てや心構えはあるのか。

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2020年6月 5日 (金)

父よあなたは強かった

 前回に続いて記憶に残る歌詞から戦時歌謡をひとつ。

 歌いだしは ♪ 父よあなたは強かった――である。

 続けて、炎熱のもと、敵の屍(かばね)とともに寝て、泥水をすすり草を食べながらいく千里もの行軍に堪えた父をたたえる。

 戦後米軍がこれを聞いて、「反戦歌か」聞きただしたといわれるほどの悲惨さだ。日中戦争開始後まもなく、新聞社の懸賞募集に当選した歌詞である。

 この強行作戦は軍内でも評判が悪く、兵士の不満が南京事件につなかったという説もある。

 新聞社も荷担した「総力戦」。この先再び起きないという保証はない。

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2020年1月13日 (月)

決戦戦争と持久戦争

 石原莞爾の『最終戦争論』という本がある。その冒頭に「決戦戦争と持久戦争」という対比を掲げている。この最初の論文は19409月に発表されており、ちょうど近衛文麿による新体制運動が推進され、日独伊三国同盟へと進んだ時期に当たる。

 この右翼論客は、この時点で日米決戦を必至のものとして予言していた。決戦戦争と持久戦争の違いは日本の古代史のうえでも歴然としており、戦士の構成、戦法・戦略など根本的な違いがあることを指摘している。

 決戦戦争の前提には、国民皆兵、徴兵制度、国家総動員といった体制が必要で、持久戦争が多くは雇い兵による守備が主となり、集団的総攻撃には機関銃が有力な武器であるとする。

 石原は続けて「(前略)戦争がなくなり人類の前史が終えるまで、即ち最終戦争の時代は二十年見当(1960年とすれば岸信介による新安保条約可決の年)であろう」とする。

 石原の預言は、原爆投下や、冷戦まで見越すことができなかった。その後もいくつか戦争があったが、決戦戦争と持久戦争に区別すると、ほとんどは持久戦争に当たるのではないか。

 今にも戦争になるのではないか、とされている国は、イランとアメリカ、北朝鮮とアメリカである。

 それぞれの国のトップは、「戦争を望まない」と繰り返している。アメリカの徴兵制度は撤廃されており、中東へ派兵し続ける論拠も弱くなっている。

 イランの反政府デモを見ると、戦争を控えている国には見えず、どこに対立軸があるのかあいまいになってきた。

 持久戦争が続くとしても、決戦戦争、つまり第2次大戦後75年、決戦戦争が消滅したとしてもいいような気がする。

 持久戦争だからいいとは言えない。特にアメリカは、紛争介入を口実に、どれだけの人命を損ない、国を分裂させ、避難民や生活困窮者を生んできたかを、深刻に反省すべき時だ。

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