戦争とは

2018年11月11日 (日)

100年目の夢

1918年11月11日、フランスなどの連合国とドイツが休戦協定に調印した第一次世界大戦終結から今日が100年目に当たる。また、明日12日は、東京裁判の判決が出た日から70年。この二つに何の関係があるのか。

それはあとで触れるとして、(大きな扱いではない)今日付けの毎日新聞記事・東京朝刊を引用しておこう。

【パリ賀有勇】フランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相が10日、仏北部コンピエーニュを訪れた。同地は1918年11月11日にフランスなどの連合国とドイツが休戦協定に調印した第一次世界大戦終結の場所。両首脳は記念式典に出席し、平和への決意を新たにするとともに欧州統合の深化に向けた結束を演出した。  

大戦では仏独両軍340万人が犠牲となったといわれる。(中略)84年にはミッテラン仏大統領とコール独首相が激戦地となった仏ベルダンで手をつないで慰霊し、欧州統合推進につながる出来事として記憶されている。

マクロン氏とメルケル氏は11日、パリで開かれる大戦終結100年記念式典に、米露など約70カ国の首脳とともに出席する。

そして、この惨禍を繰り返さないよう誕生したのが1920年の国際連盟、28年には今の日本国憲法9条の基となった「パリ不戦条約」が締結された。当初はアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本といった当時の列強15か国で発足したが、その後ソ連も加わって63か国となる。

この一連の動きの中で、1933年、日本は満州事変の扱いを不当として国際連盟を脱退し、戦争への道をひた走る。その結果が第2次大戦に敗北、そうして「東京裁判」となる。

安倍首相に代表される右派勢力は、いわゆる東京裁判を「戦勝国が一方的に裁く不法のもの」とか憲法9条は「日本が再び戦争できないようにするための陰謀」といい、その結果を受け入れたものを「東京裁判史観」などと非難する。

ここで間違っているのは、裁判を起こしたのはアメリカでなく、連合国、つまりできたばかりの「国連」である。そして押し付けたとされる憲法の草案をGHQが示したのも同じ時期だ。国際連盟が自衛を名目とした戦争に機能しなかったことなどを反省、終戦の年にようやく「国際連合」に組みなおした。

その理想とするところが、日本国憲法にそっくりなのだ。もちろんアメリカが大きな力を発揮したことは言うまでもない。好戦国・アメリカが――と思うがその時により、大きく平和志向で世界を主導する面があることもまぎれのない事実だ。

上述の記念式典に70か国の首脳が集まる。トランプがどうのこうのとは言わない。現在向かっている人種差別・軍事的緊張・国粋主義・右傾化傾向などに一石を投ずる機会にならないかという、はかない夢を今夜見ることにしよう。

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2018年8月 7日 (火)

戦争を開く「鍵」

1月前の7月7日、「天皇命令を断った大将」と題して昭和12年1月の衆院議会で起きた「腹切り問答」がその発端であったことを書いた。

時の首相は広田弘毅である。広田は東京裁判でA級戦犯となり、軍人以外で唯一絞首刑に処せられた。彼は外交官出身で、こじれた対外折衝を平和指向でさばき、その面での高い評価は、裁判の過程でもよく指摘されていた。

このブログで東京裁判を正しいものと位置づけている点に関し、広田判決の不当性をあげ「一方的でずさんな裁判だった」という評価が正しい、とする書き込みをいただいたこともある。

今、個々の裁判官の心証が判決にどう影響したかを判断する材料はない。広田の出自が福岡で、戦前の政界に有形無形の影響をもたらした最大の右翼組織「玄洋社」の影響を幼少時代から受けていたとする見方や、軍部大臣現役武官制を復活させ、軍部への妥協がその後の結果を招いたとする解釈など様々だ。

82年前の今日昭和11年8月7日、広田首相は外務・大蔵・陸・海軍の5相会議を開き、「国策の基準」を採択した。それにより軍事の重点を、南北併進(東南アジアとロシア)へ向けることになった。

これは、翌年7月7日の廬溝橋で始まる日支事変、4年後の大戦突入への路線がこのときに引かれたという解釈もできる。

昨今の政治の動きから見て、終戦記念日や原爆投下記念日だけではなく、昭和11年・12年にあったことを、今だからこそ精査して再発防止につなげるようにしなければならない。

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2018年6月11日 (月)

あとを引く戦争

日露戦争、第二次大戦の10万、100万単位の膨大な犠牲者に比べて、第一次大戦は戦死者の数に触れられることが少ない。日本の第一次大戦参戦は、1914年(大正3)8月23日から1918年11月11日まで4年強にわたる。

今日6月11日(1917年)は、戦争による戦死者415人(Wikipedia)の1割を越える59人を一挙に失った日である。地中海に出撃していた駆逐艦「榊」が独潜水艦と交戦した結果である。

この事実はほとんどの史書に出てこない。大戦に参画したのは、同盟国イギリスの要請で極東を往来する船舶を保護するため、ドイツ軍艦への攻撃依頼を受け入れたものである。中国への権益拡大の機会をうかがっていた日本は、好機到来とばかり、黄海に突きだした山東半島の根本にあるドイツの租借地に設けた海軍基地を攻撃、一帯を占領した。

井上馨は、「今回欧州の大禍乱は、日本国運の発展に対する大正新時代の天佑」であると述べた。この方針を知ったイギリスは、即座に参戦要請を撤回したがあとの祭り。中国に21か条要求を押しつけるなど、日本が大陸侵略の露骨な野望を隠さなくなったのは、この時に始まる。

一方、ドイツは大きな犠牲と、過酷な賠償要求を背負ってこの大戦を終結した。その後の苦難の歴史が第2次大戦を導く理由にもなった。第一次大戦の反省は国際連盟を生み、さらに第二次大戦終結に当たっては、国際連合に組み直して新たな戦争抑止を図った。

戦争犠牲者の多い少ないは次の戦争勃発に関係しない。地球より重い人の命に優先する国益などあるわけがない。戦争の教訓をどうあとに活かすか、それが最大の国益と思わなくてはならないのだ。

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2018年4月18日 (水)

戦争の裏に陰謀あり

今月13日の金曜日、「シリア化学兵器使用、真相は」で書いたシリアでの化学兵器使用の子供を使った映像、やはり!やはり陰謀だったか。本塾予見が当たった。

AFP=時事】シリアのシリア化学兵器使用、真相は首都ダマスカス近郊にある東グータ(Eastern Ghouta)地区で、市民ボランティアでつくる救助隊「ホワイト・ヘルメット(White Helmets)」が化学兵器攻撃を捏造(ねつぞう)する現場を写したとされる一連の写真が、実際には映画の撮影現場を写したものだったことが分かった。AFPの事実検証ブログ「ファクチュエル(Factuel)」が明らかにした。

3000人のボランティアから成る人道団体のホワイト・ヘルメットは、シリア政権やインターネット上の陰謀論者らによって偽情報を流される被害に繰り返し遭っている。

(後略)

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2018年2月15日 (木)

今、国家主義全盛

トランプ大統領の「アメリカン・ファースト」。日本のメディアは、「外国から見た日本」企画が氾濫。西欧の難民増加にともなう国家アイデンティティー追求。そして英国のEU脱退の動きなど、戦後長く続いてきた「国際化時代」の反動ともとれる「国粋主義」の時代になった。

今朝、新聞の投書欄に、憲法9条維持の署名簿が回ってきた家庭の主婦が、20歳になった息子に協力を求めたら「僕、戦争に行くもん」と拒否され、愕然としたという内容があった。

安倍首相の内閣支持率が不支持を上回り、自民党が最高位を占める世論調査も固定化しつつある。その傾向は若者に顕著だとされる。なぜそうなのか、日本の場合、北朝鮮・中国関連報道で日本が敵視されているという印象ができあがったのだろう。安倍周辺がことさらそれをあおっているせいもある。

日本の戦争参加や敗戦は、国家主義または国粋主義がもたらしたというのが、かつての常識だった。それが今、完全に忘れ去られたようだ。その典型が明治時代に作詞された戦時歌謡である。これは過去4回取り上げたがも一度見てほしい。

敵は幾万ありとても
すべて烏合(うごう)の勢なるぞ
烏合の勢にあらずとも
味方に正しき道理あり

(じゃ)はそれ正に勝ちがたく
直(ちょく)は曲(きょく)にぞ勝栗の
堅き心の一徹は

石に矢の立つためしあり

石に立つ矢のためしあり
などて恐るる事やある
などてたゆとう事やある

 まず、敵はカラスのように声が大きいが弱い、そうでなくとも、味方には「正しき道理」つまり「正義」がある。邪道は誠心誠意の正義には勝てないし、奇跡が味方してくれることもある。だから疑いを持たず突っこめ!という趣旨だ。

「敵は弱い」、太平洋戦争はこれを見誤った。「正義」、これは敵にもそれに劣らぬ「正義」がある。北朝鮮の「正義」は、日本人拉致や人権問題なども、完全に覆い隠す。ISの自爆テロも正義の行為だ。彼らの「堅き心の一徹」はいうまでもない。

この際「国」単位でものを考えるのはやめよう。国家はいつでも正しいことをいうとは限らない。むしろ、党利党略や権力維持のためならあえてうそをつく。それを、若い人はしっかりと身につけておかなければならない。

【追記】そういえば、10年以上前の07年12月1日付けで「希望は戦争」という文章を雑誌に発表した赤木智弘さんについて記事を書いたことを思い出した。

安倍首相が「何もかもうまくいかなくなっていやになっので辞めい」といって内閣を投げ出した年である。

若い赤木さんは、若者の内でも日の当たる人、そうでない人の格差は歴然としており、それを劇的に変えてくれるのは戦争しかないといった論旨だったように思う。

今日書いた塾頭の観測とは、大きな開きがある。しかし、10年間に顕著な時代の変化があったことも否定しがたい。いずれにしても、健全な社会からかけ離れていることだけは確かだ。

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2018年2月13日 (火)

心的外傷後ストレス障害

戦争に参加して精神病にかかる患者がふえ、アメリカで今問題になっている。心的外傷後ストレス障害、略号ではPTSDという。どちらにしても覚えにくい言葉だ。

PTSは、ポスト・トラウマ・ストレス・障害の略とある。トラウマは、精神的ショックによる「病みつき」のような意味で日本語化しかかっているので、これを覚えておけばいい。

その中で、戦争に関するものを砲弾神経症(シェル=砲弾ショック)と区別することもある。この研究は、第一次世界大戦当時の塹壕戦の影響から始まったようだ。日本では塾頭の地元にあった国府台陸軍病院が専門に受け入れていたが、「痴愚」などの病名で治療と言うより拘禁永続のような扱いが戦後も続いていた。

アメリカでは、ベトナム戦争後、その戦争自体への懐疑からもストレス症状が起きた。戦闘ストレス反応は、戦争において精神的に崩壊する兵士が驚くべき多数に上ったことから認知されはじめた。

敵兵に限らず女子や子供、さらに友兵たちの手足が一瞬にして吹き千切れるのを見たり、捕虜となって孤立無援状態におかれた恐怖が精神に異常をきたすことになる。兵士たちがヒステリー患者と同じ行動をし始めたり、身体的には金縛りで動けなくなる、震えが止まらないとか健忘症に陥る病状が現れる。

日本では、このような臆病者は皇軍にいないと結論づけ、外部と隔離する必要があった。処罰と脅迫が唯一の対処だったのである。アメリカなどでは、これを士気の高い兵士にも起こりうるれっきとした精神障害であるとして、人道的治療が始まりPTSDという名称がつけられた。

近年は、兵士を戦場に出すケースが減り、無人機爆撃ばやりである。ところがこの操縦者にPTSDを発症する率が高いことが分かってきた。衛星経由でアメリカから遠隔操作が可能であるため、操縦員は戦地に派遣されることもない。

任務を終えればそのまま自宅に帰り子供と遊ぶこともできる。このような無人機の運用は操縦者が人間を殺傷したという実感を持ちにくいという意見があるが、敵を殺傷する瞬間をカラーTVカメラや赤外線カメラで鮮明に見ることが無人機の操縦員に大きな精神的ストレスを与える。PTSDを発症するのは現地に派遣される兵より高い割合になるとも言われ、社会問題化は避けられない。

 

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2017年12月25日 (月)

目前にきた超近代戦

「近代戦」という言葉を最近も何気なく使っていた。定義を知ろうと『広辞苑』を見たら出ていないのである。どうやら公式熟語として認められていないようだ。アルフレッド・ノーベルが無煙火薬やダイナマイトを発明したあとの、重・軽火器による殺傷能力を主力とする戦争、近代国民国家間の軋轢が原因の戦争、日本で言えば日清・日露戦争以降の戦争といった感じになったのだ。

兵器の近代性が争われ、それで勝敗が決まることも多い。機関銃から戦艦、そして飛行機から原爆まで進んだ。戦争とは人が人を殺すものという一貫した立場から反戦塾は「戦争」を批判し続けてきた。

それが近々「人が人を殺さない」戦争になるとすれば、反戦塾の論調も変えなくてはならない。近代戦の時代は1世紀で終わり、これからは「超近代戦」の時代になるのだろうか。

無人機の空爆、サイバー攻撃など、その第一歩はすでに踏み出された。生物・化学兵器も、殺人より人の能力を奪う性能があればいいと言うことになる。特殊波長の大音響発生装置(LRAD)で人の能力奪ったり、高層大気圏内で核爆発を起こして強力な電磁波を発生させ、通信網や電子機器を攻撃する電磁パルス(EMP)兵器などの投入などは、すでに目前に迫っている。

バイオテクノロジーの発達やIoT(物のインターネット化)が急速に世界を覆うようになったことが背景にある。後者は、発電・配電から携帯電話などほとんどの家電器具が使用不能となり、被攻撃地域からの退去を余儀なくされる。

戦争で、こういった超近代兵器を攻撃に使っても、それだけでは戦争に勝てない。相手は「負けました降伏します」とは言わない。どうしても、首都や相手の拠点を制圧し、施政権を奪取(占領)しなければならないからだ。

その役割は、超近代兵器ではなく、陸軍とか海兵隊ということになり、ここで殺し殺されという白兵戦や虐殺が起きることになる。

しかし、その兵士たちも、すぐれた人工頭脳(AI)を持つロボットに取って代わられよう。感情を持たない彼らは、見事にその任務をこなす。しかも、彼らは指揮系統のソフトがダメージを受けない限り、いかなる兵器に対しても生身の人間よりはるかに強靱である。仮に破壊されても大量生産するので低コストで補給が利くのだ。

もちろん、守る方も守備ロボットで応ずるだろう。こうして、人と人の殺し合いはなくなる。その反面、難民が激増するため新たな戦争が起きる。

以上は、人類の発展なのか退歩なのか、塾頭の能力ではとても判断できない。

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2017年11月 8日 (水)

「軍法会議」を知ろう

  アメリカ大統領トランプは今日中国に渡った。首脳会談で何が話されるか注目される。しかし、その内容の肝心な部分は公表されないだろう。その留守中、アメリカ国内の不安定さは依然として続いている。

アメリカ南部テキサス州で5日、男が教会で銃を乱射し、1歳半の幼児を含む26人が死亡した事件で、容疑者の男はアメリカ空軍に在籍していた時に妻子への暴行容疑で除隊処分を受けましたが、空軍は犯罪情報を司法当局に伝達していなかったことがわかりました。伝達されていた場合、男は銃を購入することができず、空軍は経緯について調査を始める意向を示しました。(中略)

ケリー容疑者はアメリカ空軍に在籍していた2012年に妻子に暴力を振るったとして軍法会議で有罪となり除隊処分を受けましたが、その後の調べで、空軍はケリー容疑者の犯罪情報を司法当局に伝達していなかったことがわかりました。(NHK11/7)

この中に「軍法会議」という言葉が出てくる。日本にはない制度で知識のない人もすくなくないと思う。さきの総選挙が改憲も争点の一つと言われながら、具体的な案文がないまま自民党を圧勝させてしまった。

安倍首相は憲法9条をそのままにして、自衛隊を書き込む加憲論を突然持ち出した。集団的自衛権を拡大解釈し、ほとんどの憲法学者が違憲と見なす安保法案を強行可決した安倍内閣が、自衛隊を9条に明記することで合法を装うとするずるい手だ。

その前からあった自民党の改憲案は、戦争放棄はするが自衛のための「防衛軍」を持つと明記している。「自衛隊」と「防衛軍」、事実上たいした違いでもないと見えるだろう。装備の面や、最近盛んに行われる米国軍などとの共同訓練や装備の点で、外国からもそう見られても仕方ない。

だがはっきり違う点もある。「軍」と「隊」の違い、英語にすれば同じという人もいるが、消防隊を軍隊という人はいない。早く言えば人殺しを職業とするのが軍隊だ。そのため一般国民と違う法制度を設けた方がいい、その代表例が前述した「軍法会議」である。

軍法会議は裁判であるが、軍内部専用で普通の裁判所とは違う。裁判官も軍人で法律専門家ではなく、判決も一般から見るとおかしなことが多い。旧日本軍人も、一般社会を「娑婆」といつて別世界扱いしてきた。【参考】「ゴーストップ事件

軍法会議の問題点について、ウイキペディア(11/8)にはこう書いてある。

軍という狭い組織の中で行われるため、どうしても「身内同士かばい合い」や「組織防衛」が起こりがちで、外部からの不信を招きやすい(ソンミ村虐殺事件、えひめ丸事故)。果ては占領中の沖縄で1945年、軍法会議の有罪評決をワシントンの本省が破棄し無罪とした事例があった事も確認された。

下士官兵などは厳格に裁かれることが多い一方、将校、特に高級将校に対する判決は寛大であることが多く、軍内部で上層部への反感が生まれること多い(富永恭次など)。

政治的な理由などにより、法や量刑相場にそぐわない恣意的な判決が出ることがある(チャールズ・ジェンキンス)。このような問題点があるため、現在のドイツ連邦共和国のように「軍刑法」のみ定め、「軍法会議」自体は廃止している国もある。

たとえば、戦闘中に怖いからといって逃げ出す兵は、撃ち殺してもいいということがある。仲間を殺しても無罪になるのだ。敵に加わるかも知れないという理由である。民間人でも、敵陣にいれば、便衣兵かも知れない。殺さなければ逆に殺されると判断すれば、殺しても責められることはない。

この、軍独特の制度を手放すことは、志気に関わるといって死守する。そして、軍の横暴さを助長させるもとにもなる。

沖縄の米軍基地では、基地外で米兵が犯罪を起こしても基地に逃げ込めば日本の警察に捜査権が及ばない、というようなことが度々あった。今でも米軍ヘリコプターが民間地に不時着し、火災を起こしても日本側は原因究明することができない。取り調べることも罰することもできないのだ。

これは、安保条約地位協定がそうさせているのだが、一般人にはない権限が「軍」なるが故に付与されているのである。自衛隊ではそうはいかない。一般国民と同じ目線で仕事をしなければならないのだ。国民は、この点をしっかり認識しておかなければならない。

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2017年8月15日 (火)

終戦記念日と人間喪失

今日は終戦記念日。マスコミが最近強調しだしたことは、「戦争の悲惨さ、過酷さを伝える人がだんだん少なくなっている」という問題意識だ。このブログを始めて終戦記念日は12回目に当たるがあまり触れた記憶がない。

「反戦塾」と銘打ち、「だんだん少なくなっている」ひとりに違いないが、ただ、ちょっと違うな、と思うことがある。戦中を生きた者は、当時から戦争の悲惨さ、過酷さはよく知っている。だからといって日頃反戦平和を唱えたわけではない。

もっともそんなことをすれば、ただちに特高が来て監獄入りだが、それはごく例外で、大多数は現在同様、喜怒哀楽を共にしながら日々を過ごしていたのである。徴兵は明治のはじめからある国民男子の義務で、よりよい地位や兵種を望む者は志願兵を選んだ。

もちろん戦争になることに反対する人はいる。しかし大多数は政治や国際情勢に詳しいわけでなく、強硬主戦論を書くと売れる大新聞以外に言論統制をかいくぐる論調を目にすることはできなかった。

とはいえ、家族の戦死は痛ましく身近な戦争体験だ。それをなだめる装置が「現人神・天皇陛下もお参りする靖国神社」である。神ではない首相が記帳し、稲田さんがお参りしてもなんの役にもたたないのである。

民間人が空爆死しても靖国には祀られない。それも、男は兵役前から競って志願し、特攻兵への抵抗をなくすことに役立っている。

だけど、戦争末期になるとそんな戦争の仕掛けや醜い実体が露呈してきた。大本営発表つまり天皇の官僚はウソ八百、軍部が隣組に向けた配給物資をかすめたり学校や会社まで支配する。塾頭が就職した会社の戦中の社長は、佐官級の軍人から軍刀を床に突きながら軍属を提供するよう脅されたという話を聞いた。

軍部の横暴は敗戦時誰でも知っている常識だった。殺し合いをする戦争は相手が敵だけではない。人が人でなくなることを意味する。悲惨を悲惨と思わなくなり精神の平衡感覚も機能しなくなる。

人間関係と心の潤いが失われ、ザラザラした砂で満たされたような感覚になる。つまり戦場では、人があらゆる動植物以下の存在と化してしまう。「悲惨」は自然災害でも「悲惨」だ。人でなくなった自らの心境や、命令への絶対服従にあなたはどこまで耐えられますか。

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2017年8月 4日 (金)

愛国者の行く手

安倍首相やそのお友達は、本当に明治維新以降の「国体」復活を願い、森元首相ではないが「天皇中心の神の国」と信じているのか。その実、逆ではないかと思うことが多々ある。

天皇譲位に関する「お気持ち」を理解していないこともそうだが、歴代の天皇の「平和主義」に反した国粋主義が愛国心だと思っているようだ。

ティラーソン米国務長官が北朝鮮に対話を求める考えを示したことについて、菅義偉官房長官は2日午前の記者会見「北朝鮮への圧力を強化していく考え方を説明する文脈の中で言われた」としたうえで、「今は圧力を強化することが必要な時期だ」との認識を示した。(朝日新聞デジタル8月2日)

昨今の東アジアにおける危機意識がまるでない。あの暴言王トランプでさえ顔負けする。

四方(よも)の海みなはらからと思ふ世に
など波風の立ち騒ぐらむ

これは、唱和天皇が日米開戦に傾いた御前会議の終わりに、明治天皇の御製を引用して自らの意志を示したものとして有名だが、明治天皇も日露戦争当時眠れぬ夜を過ごした日々を歌に託していたのである。

国のためうせにし人を思ふかな
くれゆく秋の空をながめて

はからずも夜をふかしけり
   くにのためいのちをすてし人をかぞへて

むかしよりためしまれなる戦いに
        おほくの人を失ひしかな

さまざまにもの思ひこしふたとせは
        あまたの年を経しここちす

お友達はずしで先陣を切った稲田朋美元防衛相は、幕末の国学者・橘曙覧の歌を「秀歌」として推薦した(『今昔秀歌百撰』)。

たのしみは蝦夷(えみし)よろこぶ世の中に
 皇国(みくに)忘れぬ人を見るとき

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