歴史

2021年2月23日 (火)

説教強盗

 最近目に付くの凶悪犯のうち、個人宅に夜間侵入、家人に発見されて刺殺の上逃亡するなどというのが多い。

 発見されたら居直って戸締まりの仕方、家具の配置など家人に不用心さ懇々と指摘してから去る強盗が、昭和のはじめに有名になった。「説教強盗」といい、その偽物も横行した。

 1929(昭和4年)の今日、その元祖が逮捕されためでたい日でもある。

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2021年2月 7日 (日)

ナチス研究の必要性

 以下は猪木正道『独裁の政治思想』角川ソフィア文庫からの抜粋である。

 ヒトラーはユダヤ人が寄生虫として宿主に喰い込んでゆく過程を詳しく描いている。はじめは宿主民族の言葉も解しない異国の行商人として入り込み、やがて次第に大商人となり、高利貸しにせいちょうしてゆく、そして宮廷に近づき、国王や政府の財政を牛耳るまでになる。(中略)

 ユダヤ人はジャーナリズム等のマスメディアを支配することによって世論を操縦し、議会制民主政治を通じて国政を左右するようになる。

 本書は88年前、議会制民主主義下にあったドイツが突如ナチス党支配のもとで欧州を席捲するようになる事態を詳述する。引用の後段を見ていただきたい。

 ユダヤ人に特定することなく、政治のマスコミ関与は、現在のアメリカでも日本でも当たり前のように横行している。

 これがナチスの再来につながるとは思わないが、忘れられた教訓として絶えず監視しておく必要を感じる。

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2021年1月14日 (木)

ポピュリズム

 毎日新聞のオピニオン頁に「ポピュリズム」という言葉が出てきた。随分昔の言葉のように思う。多分、講和条約成立後まもなくから使われ始めたのではないか。

 衆愚政治と訳されていたので、その点は変わりない。民主主義を取り違え、賛成が多ければ中身の善悪は問わずに採用するということだ。

 しかし、何をもってポピュリズムというかについては、別に定義されていない。前述の言葉は、「激動の世界を読む」という題をつけた北海道大公共政策大学院長・遠藤乾氏の論考の中に出てきた。

 遠藤氏は、その例として16年の英国民投票による  EU脱退や、トランプ米大統領選出、そして先進民主国が自滅行為を繰り返す悲劇としてフランス、ドイツ、イタリアなどの右翼政党が覇を競う状況に目を向ける。

 ドイツのメルケル宰相が秋に退陣、フランスのマクロン氏再選は来年5月の結果次第という不安定さをポピュリズムのなせる業ととらえる。

 昔のポピュリズムと何か感じが違う。昔は「左翼小児病」という言葉もあって、別に右翼だけを指していたわけではない。

 「実力行使最優先」は困ったポピュリズムに発するものだった。

 

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2020年11月27日 (金)

天皇陵取り違い

 日本史では、首都が奈良から京都へ移る時期をもって、古代から中世への転換点とする。いわゆる「古墳時代」が終わる時代とほぼ合致する。

 古墳というと、仁徳稜(大仙稜)の航空写真を思い出すが、大和朝廷を中心とした前方後円墳がなじみ深く、九州から東北まで散在する。

 天皇陵は、八角型とするという変革があった後、古墳時代は終結する。といっても、天皇のお墓がなくなるわけではない。エジプトのピラミッドをはじめ、中国・朝鮮でも支配者の権威を示すために巨大古墳や独特な形で築造された。

 26日の報道によると、中尾山古墳(奈良県明日香村、8世紀初頭)は墳丘が3段構造の八角墳で、石敷きが3重に取り囲んでいたことがわかり、村教育委員会と関西大が26日、発表した。

 天皇陵と天皇の親縁者の墓は、明治の初めから宮内庁が指定・管轄し、一般の立ち入りや学術研究は一切禁止されている。

 中尾山古墳の所在は知られていたが、宮内庁は村内の別の古墳を文武天皇陵に指定していた。

 飛鳥村は奈良県などと「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」の世界文化遺産登録を目指しており、同古墳の範囲を確定するため発掘していたのだ。宮内庁の指定がないので立ち入りも発掘調査も自由だった。

 宮内庁は学術的信頼度については「たとえ誤って指定されたとしても、現に祭祀を行なっている以上、そこは天皇陵である」とし、治定見直しを拒絶している。近年では、「治定を覆すに足る陵誌銘等の確実な資料が発見されない限り、現在のものを維持していく所存」としている。

 同村では、斉明天皇陵とされる牽牛子塚古墳と天武・持統天皇合葬陵が八角墳で周囲の石敷きも見つかっている。いずれも時代を画する業績を残した立派な天皇だ。

 上記古墳が「真の文武天皇陵では」との指摘は、前から研究者らの間であった。立ち入り禁止がなかっため、今回の発掘調査で宮内庁指定が誤っていたことが裏付られた。怪我の功名ともいうべき皮肉な結果だ。

 それにつけても、今回の日本学術会議メンバーの指名拒否問題だ。宮内庁にも学者の研究・意見は尊重しないという風習があるのだろうか、学者や研究者の意見を軽んじるとこういうことになる。

 現代考古学で明らかに別人と判明している墓を天皇陵として祀ることは天皇を侮辱していることになる。こういう官僚に公費を費やすの総理大臣に、どれほどの反省があるのだろうか。

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2020年11月11日 (水)

皇室典範見直しの時期

 立皇嗣の礼、秋篠宮さまの皇位継承順位1位を国内外に宣言。

 これは、2日まえのことだ。前例のない公事とされるが、古式に則り、華麗かつ粛々とすすめられた。内外の参列者、ことに海外の国を代表する高官の目に映ったのは、日頃の日本とやや違った独特の文化であり、印象深いものがあっただろう。

 この儀式は、現行憲法・皇室典範のもとで滞りなく行われた。

 だからこのままでいいのか。

 日本国憲法をこのまま続けるためには、皇嗣の安定を避けて通れない。それと、男女同権の憲法と皇室典範の間には齟齬がある。これを解消するためには皇室典範の改正がもっとも近道である。

 女性天皇を認めることである。ただし、前回記したように神道政治連盟が半数を占める現閣僚の内閣や保守議員の多い自民党中心の議会では議論が進まない。アメリカのような泥仕合をすべき問題ではない。

 日本の歴史は、文献上女王国卑弥呼から始まる。以後女性天皇は推古天皇に始まり10人をかぞえる。

 いわゆる「中継ぎの天皇」でもいいではないか。皇室典範を改定して皇嗣に問題を生じた場合は法で定める皇室会議の決定に従えばいい。

 象徴天皇は、憲法第6条で総理大臣などを任命する権限を持つが「議会が決めたメンバー通りに任命しなくてもいい」などとは言わない。

 立皇嗣の礼がすみ、いずれ総選挙もあるので、皇室典範見直しも話題にしてもいい時期にきているのではないか。

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2020年10月12日 (月)

トランプと福沢諭吉の主治医

 福沢諭吉は、当時他を圧する蘭方医の権威・緒方洪庵が大阪に設けた適塾に入門し、頭角を現す中で、洪庵からも特別に愛される存在となった。

 入門から1年ほどした頃、諭吉が腸チフスにかかった。その際洪庵に診てもらったが、その結果が、百瀬明治『適塾の研究』PHP文庫、の中にある。

「私はその時に今にも忘れぬことのあるというのは、緒方先生の深切。乃公(おれ)はお前の病気を屹と診てやる。診てやるけれども、乃公が自分で処方することは出来ない。何分にも迷うてしまう。この薬あの薬と迷うて、あとになってそうでもなかっと言ってまた薬の加減をするような訳けで、しまいには何の療治をしたか訳が分らぬようになるというのは人情の免れぬことであるから、病は視てるが執匙は外の医者に頼む。そのつもりにして居れ」

 と他の医者を紹介した。180数年も前の漢方医でも、伝染病の診察にはこれだけ配慮をした。

 トランプを診察したアメリカの医者の言動と比較して見たかったのである。

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2020年10月 6日 (火)

本邦初の銀行強盗成功

 88年前(昭和7年)の今日6日、東京市大森区にあった川崎第百銀行大森支店に拳銃を持った覆面男3人組が裏口から押し入り、床に向けて発砲した。

 犯人グループは中にいた行員たちを応接室の前に並ばせ、その間に31700円を奪って裏口から出て行き、用意していた自動車で逃走した。

 こういった形のピストル銀行強盗が目的を果たしたのは、日本で初めてのことであった。大森強盗事件とか、赤色強盗事件とも呼ばれる。

 赤色というのは、犯人が当時非合法化され、資金面でも底をついていた日本共産党員であったことによる。

 逮捕のきっかけは、右翼や暴力団も含む大量のピストル密売事件から本件実行犯の足がつかめたことによる。

 後に、共産党は「でっち上げ」と発表するが、犯人は治安維持法違反で逮捕、処刑されている。

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2020年9月30日 (水)

神話と歴史の重なる古墳

 以下は9月29日付の毎日新聞である。

福岡県苅田町教委は28日、古墳時代前期の前方後円墳、石塚山古墳(同町富久町、国史跡)が墳丘の6カ所を掘り返される被害に遭ったと発表した。行橋署が文化財保護法違反の疑いで捜査している。

町教委によると、9日午前9時ごろ、後円部の墳頂に直径10センチ~1メートル、深さ10~25センチの穴が六つあるのを、管理のため訪れた町職員が発見し、行橋署に通報した。

石塚山古墳は3世紀末~4世紀初頭の築造で、全長約130メートル。前方後円墳としては九州最大・最古級で、1985年に国の史跡に指定された。出土品には三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)(重要文化財)などがある。(後略)

 とんでもない行政の失態である。先ずこの古墳の位置づけをしておこう。

 古代遺跡といえば、奈良県をはじめ近畿に目が向く。しかし、九州にはこれに劣らない重要な遺跡がある。

 すでに何度か論じているが、古代、或いは前史時代の事柄を「歴史」とするためには、複数の物証、文献と照らし合わせて矛盾しないという確認がなくてはならない。

 日本には、『日本書紀』と『古事記』という貴重な古代の文献があり、日本書紀執筆には中国人専門家も加わるなど、中国古代史編纂の手法も取り込まれている。したがって、「一書に曰く」という当時現存したと思われる文献の引用が多く、史実かどうかある程度の吟味はしているようだ。

 ただ、その一書が言い伝えをまとめたもののような「書」であれば、物証がない限り史実とするわけにはいかない。

 その物証を支えるのが考古学であり、古墳の存在は大きい。日本書紀は神話で始まっている。考古学は神話を否定もするが、史実である証明になることも多い。

 石塚山古墳は、神話と史実を探るうえでその境目にある貴重な存在だ。特に天孫降臨伝説の宮崎県と神武東遷の経路に当たり、前方後円墳や三角縁神獣鏡の存在など大和朝廷との深い関連をどう解くか、鍵が隠されている可能性が高い。

 現在、政府は「天皇陵」かそれに準ずる古墳を調査のための立ち入りを禁止している。石塚山古墳は、国の「史跡」に指定されているが、「特別史跡」にはなっていない。その手入れ、現状維持はおそらく自治体の町教育委員会にゆだねられているのだろう。立ち入り禁止、そのための監視まではしていないはずだ。

 盗掘は当然あり得た。なぜ、防犯灯、監視カメラの常設ぐらいはしておかなかったのだろう。それぞれの部署が、いずれも自分の仕事ではないと思っていたのに違いない。

 文科省は、利権につながるような予算獲得には熱心だが、こういったことには無関心としか思えない。

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2020年9月16日 (水)

正しい日本史

 戦前の小学校の歴史教育は、いざなぎ、いざなみの「国生み神話」からはじまった。「歴史」という教科はないから、「修身」や「国語」の中の話だろう。

 縄文時代とか弥生時代というのは塾頭が戦後に知った言葉で、学校で習った覚えはない。考古学のいろんな知識は、大学の特別講座に参加して知った。現状について調べてみると、次のようになっている。

 2014年の『小学校学習指導要領解説 社会編』では、その具体的な内容として「貝塚や集落跡などの遺跡、土器などの遺物」について調べるという表記にとどまり、狩猟・採集の生活を営んだ日本列島における人類史のはじまりについての説明がない。

 そのため旧石器時代について、本文で明確に位置付けられた教科書はなく、年表でも旧石器時代の名称が記載されていないという状況にる。

 ところで、小学校の社会科教科書から旧石器・縄文時代の記述が大幅に削減されるようになったのは、一九八九年版小学校学習指導要領のもとで編集された教科書からであった。

 その八九年版では、「神話・伝承については、古事記、日本書紀、風土記などの中から適切なものを取り上げること」「天皇についての理解と敬愛の念を深めるようにすること」「我が国の国旗と国歌の意義を理解させ、これを尊重する態度を育てる」ことに端的に示されているように、日本の歴史を天皇中心に描き、「日の丸」と「君が代」の強制によって、小学校の段階で国民の思想統合をはかろうと意図したものである。

 そして、記紀の神話と考古学による歴史とは、たとえば記紀で第一代とされる神武天皇が橿原宮で即位した紀元前六六〇年は、まだ石器時代であったというように、真っ向から対立するものであることから、神話を教科書で取り上げさせるためには、考古学による歴史叙述を教科書からできるだけ締め出す必要があるからである。

 このように、小学校の社会科教科書から旧石器・縄文時代を締め出す意図は、天皇を中心に日本の国土が統一されたとの考えを押しつけ、日本の歴史を天皇中心に描くという、戦前の皇国史観への傾斜以外の何ものでもない。

 日本考古学協会では、社会科教科書問題検討小委員会で小・中学校の社会科教科書の中身だけでなく、その背景をも検証していくとのことであるので、その検証作業に期待をしたいとしている。(『赤旗』参照)

 そういった中で、旧石器時代を位置付けてきた認識を全く覆す遺跡群が発見された。

【毎日新聞9/14】

日本列島の文化の個性は、いつごろ芽生えたのだろう? 1万年以上も持続可能な社会が続いたという縄文時代はその候補と思うが、それよりはるか以前の「列島最古の個性」が姿を現した。縄文時代に先立つ後期旧石器時代の香坂山(こうさかやま)遺跡(長野県佐久市)である。

 日本神話にとって都合の悪い縄文文化、さらにそれ以前から日本に根付いていた石器の文化があったということは日本にとって誇りでこそあれ不都合なことはない。神話は神話として、最初の文献に載っていたことという科学的な扱いをすればいいのだ。

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2020年7月25日 (土)

不測の事態に警戒を

 夜の街の実態を把握するため、警察や保健所が現場に出向き、指導に従わずまた違反のある店は店名を公表するという。以前からそんな措置は、あって当然と思っていた。

 話は全く異なるが、1895年(明治28年)3月24日、日清戦争の講和交渉をおこなうために日本の山口県(現、下関市)を訪れていた清国の直隷総督・北洋大臣であった交渉全権大臣李鴻章が、同地において日本人青年によって狙撃され、重傷を負った暗殺未遂事件がある。

 李鴻章遭難の飛報広島行在所に達するや深く 聖聴を驚かし奉り、 皇上は直ちに医を派し下ノ関に来らしめ、特に清国使臣の傷痍を治療することを命じ給い、また皇后宮よりも 御製の繃帯を下賜せらるると同時に看護婦を派遣し給う等、すこぶる鄭重なる御待遇を与えられたり。(陸奥宗光『新訂蹇蹇録』岩波新書)

 この翌年には、韓国の閔妃暗殺事件が起きた。世上安定を欠く時期、とかくこのような国際的不祥事が起きやすい。当局はこういったことにもも意を用いてほしい。

 今上皇后陛下は、外交問題のプロでもあられた。今の皇室典範ではそういった皇室外交がどこまでできるのか、できないのか。

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