反戦・軍縮

2008年7月18日 (金)

クラスターと民主党 2

 同じ題名のエントリーを5月23日にあげたが、別にその続きではない。
 日本は、クラスター禁止条約にまがりなりにも賛成したし、条約交渉に参加しないアメリカも、今後10年間は使い続け、また輸出もするが、その後は小爆弾の不発率10%以下の爆弾だけにする、という国防総省の政策を発表した。不完全だがこれまでよりは前進である。

 毎日・社説(7/18)を見ると、アメリカ議会調査局が6月に議会に提出した報告には「将来の米国の軍事作戦でクラスター爆弾の有効性はほとんどないだろう」と指摘しているという。当ブログでも過去さんざん取り上げてきた(カテゴリ=データ・年表)が、これで日本の外交や防衛省は、北朝鮮問題同様アメリカからコケにされ、二階に上げてはしごをはずされのと同様と言っていい結果だ。

 日米同盟があるから、共同作戦上クラスター爆弾の保有は欠かせないものだったのではないか。沿岸の長い日本に敵が上陸してきた場合、その地点を制圧する有効な兵器ではなかったのか。平和憲法を持ちながら、かつ他の参加国から批判され続けても、条約作成の足を引っぱり続けたのは、何故か。誰のためなのか。

 過去のことだからといっても、国民はそんなに忘れっぽくない。安全保障は真剣な話なのだ。禁止条約賛成だった民主党をはじめ野党ははっきりとした当局の釈明を引き出してほしい。その民主党だが、同じ新聞にコラム「結党10年の民主4」が載っていた。その中から引用する。

 「小沢さんの『国連決議さえあれば自衛隊を出していい』は原則論。違憲ではない」「小沢さんはリベラルだが、世間が見る目はそうではないことを明確にするためにも代表選が必要だ」
 集団的自衛権行使に慎重な「リベラルの会」が15日に開いた北海道千歳市での合宿で、代表選を戦うべきかで激論が戦わされた。

 同会は結局独自の候補擁立を見送り、小沢氏の提唱する「国連中心主義」に矛盾しないよう、「国際協力隊」を新設し、平和維持や人道支援活動に派遣するとの政策提言を発表。代表世話人の平岡秀夫衆院議員は「次の衆院選は小沢代表の下で戦うことが前提」と明言した。

 リベラルの会の発起人で、今は落選中の生方幸夫・元衆院議員が主催する講演会があった。その時、横路孝弘衆院副議長が「今は離党中で自由が利かないが、時が来れば(9条堅持のため)じっとしていませんよ」と発言したことが今でも耳に残っている。

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2008年7月 9日 (水)

アフガンへは丸腰で

 福田首相は、サミットで自衛隊のアフガン派遣を他の首脳からせっつかれていることはないか。大いに気になるのは、ねじれ現象緩和のためこれを小沢民主党代表との話の糸口にしかねないからだ。欧米各国が「日本だけアフガンへの貢献をしていない」とせっつく理由ははっきりしている。

 ビンラディンは何年たっても逮捕できない、イラクも手が離せない、そこでアフガンをNATO軍に肩代わりしてもらいたいというのがこれまでの経緯だ。ところが、治安回復の目途もなく戦死者が増える一方で、欧州各国内でもさすがに評判が悪い。できるだけ治安のいい場所、本音をいえば早く引き上げたいのだ。

 アフガンのカイザル政権も外国軍がいなければ持ちそうもないし、いたらいたで、タリバンなど武装勢力の攻撃をかわすことができない。隣国パキスタンとの国境の無政府状態は、パキスタンの政情不安定で改善の目途が立たっていない。

 欧米は生き血を吸う最後のババを日本につかませたいのだ。この前、高裁判決がでたイラク以上の「交戦地域」である。福田首相は、恒久法検討などで時間稼ぎをしてお茶をにごすしかない。その間に、「新憲法制定促進議員連盟」などが息を吹き返すチャンスとばかり暗躍するのだろう。

 それ以前に、イラクやテロ特措法の延長問題がある。これも3分の2採決で時間稼ぎするつもりか。どうしてもアフガンへ自衛隊を行かせたかったら、攻撃兵器を一切もたず迷彩服やミリタリールックもやめて、丸腰の平和構築、民政安定活動に専念すべきだ。それで犠牲者がでたとしても、それはあらかじめ覚悟した上ということになる。

 そういったことで、NGO「ペシャワール会」の中村哲医師がいう「自衛隊が来れば活動を一時中止して引き上げざるを得ない」という状況を回避できるのかどうか、はなはだむつかしいと言わざるを得ないだろう。要はアフガン人から見て、たとえそれが国連組織であれ「軍」という暴力装置を国内に持ち込んでほしくない、ということにつきる。それが必ず抗争中の一方を利することなり解決を遅らせるからだ。

 日本の過去の戦争は、すべて邦人保護とか権益保護、あるいは暴徒鎮圧などの名目で外国に派遣した軍隊がきっかけを作っている。大量虐殺、テロリスト逮捕、独裁政権排除、理由はなんであれ現地から望まれないことには手出しすべきではない。現地のことはまず現地で、どうしても緊急なことがあれば周辺国連合、さらに国連という手順を踏むべきだ。日本に直接関係のない国に、日米同盟とか集団的自衛権を利かせようというのは、どう見ても時代遅れといえよう。

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2008年6月16日 (月)

漂流する安保 9

 1858年(安政5)、大老・井伊直弼は勅許のないまま、米英仏露蘭の5カ国と修好通商条約を結んだ。関税自主権がないほか、条約国民が犯罪を犯しても日本に裁判権がなく、いわゆる「治外法権」を認めた不平等条約である。

 明治政府は独立国としての威信を確保するためこの撤廃をめざして尽力、1894年(明治27)、日清戦争直前に妥結した「日英通商航海条約」調印により、36年ぶりの念願を果たした。米駐留軍の治外法権的特権は、戦後の占領時、旧安保の日米行政協定、新安保の地位協定と続いて、今年ですでに63年、政府はまだまだ続けるつもりである。

 アメリカがイラクとこの夏に締結を目指している安全保障協定(日米安保に相当)に関し、イラクのマリキ首相は、アメリカ側が米兵だけでなく米軍と契約する民間会社の社員にも刑事免責を要求、さらに△米軍のイラク人逮捕権△イラク政府の許可を必要としない軍事行動△領空、水資源の支配権などの要求があることに対し、断固拒絶すると言明しいてる(毎日新聞6/15)。

 アメリカ側が、交渉テクニックとしてふっかけている点もうかがえるが、「主権侵害」や「長期駐留」に対するイラク国民の反感を全く意に介さない提案だ。駐留軍の特権を維持しないと「士気」にかかわるといい、他国との契約上のバランスを主張する。

 「士気」とは何だろう。躊躇なく人を殺せる気概か、特権で優越感を持たせるための他国民蔑視政策か、そのようにしないと、志願兵を集められないということなのか。そんな「世界の警察官」などにいてほしい国はない。一方、ブッシュ大統領は、イランがウラン濃縮停止の見返りを拒否したことについて、「イラン国民は国際社会から一層孤立する」と次の標的に警告する。

 しかしイランは、イラクの現政権と連携する動きがあったり、日本人人質解放で、民俗・宗教上の対立が深かったパキスタン政権と水面下で協力しあったり、同様に革命以来疎遠だったサウジなど湾岸諸国と交流するなど、以前のような対立を前面に出す政策はとっていない。

 パレスチナでも、過激派ハマスと穏健派ファタ派の和解を進めようとする国際的な動きの中で、イスラエルに影響力を行使し得ないアメリカの方にむしろ孤立感がただよう。西欧各国をはじめ、アメリカ国民でさえイラク派兵に疑念を抱き距離を置くようになったことに、ブッシュはどれほど気づいているのだろうか。

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2008年6月10日 (火)

漂流する「安保」8

 遅々として進まないこのシリーズではあるが、その理由はある。半世紀前の諸条件下で締結した骨董品条約なのに、見直されたことがない。旧安保から引き継いでいる、憲法9条との相性の悪さ、米軍基地存在による負担の問題、さらに国権を侵害されかねない地位協定や行動範囲の不安を内在させたままで、アメリカの方針に盲従せざるを得ない日本の国際感覚の貧弱さである。

 さらに、それを複雑にし増幅させているのがアメリカ外交の二面性、プラグマチズム、あるいは変わり身の早さと、逆にアメリカの価値観、自由主義や宗教、原理・原則に固執し、妥協を拒む頑固さを共有させていることである。

 したがって、条約の中味、場合によっては双方で交わした交換公文でさえ意味を為さないような部分があるからだ。文書の解釈は、最終的に力関係で決まる。持たざるものは、それなりに知恵と努力でそれを補おうとする。アメリカに追随することだけが力の源泉だと信ずる政権が最近まで存在したことは、日本にとってまことに不幸なことだった。

 改めて安保条約を見てみよう。「国際連合」「国際連合憲章」「個別的又は集団的自衛」あるいは、それらを包括する意味での「国際」と言う言葉が、前文で4回、第1条で6回、第2条で2回、第3条で1回、第4条で1回、第5条で3回、第6条で1回、第7条で2回、第10条で1回、都合21回もでてくる。まるで国連憲章の付属文書のようだ。

 アメリカが国連をどうとらえるかは、国連がアメリカの支配下にある(U.N.under U.S.)と、国連とアメリカが敵対関係にある(U.S.versus U.N.)両方があり、それは時と場合により「それぞれに正しい」(最上敏樹『国連とアメリカ』)ということである。

 しかし、最初からそうだったわけではない。西崎文子『アメリカ外交とは何か』によると、国連憲章の書き出し部分「われら連合国の人民は(We the peoples of the United Nathions)」の「Nathions」を「States」と書き換えれば、そのままアメリカ憲法と同じになるというほどの入れ込みようで、「アメリカ社会が国連に寄せた夢と自信とを物語っていた」という。

 それから15年、東西の対立は決定的になり、冷戦たけなわの時代になって日米安保改定交渉が始まった。アメリカは国連での正統な地位を確保するため、日本が中立的立場に立つことを極力防がなければならなかった。そのため、日本の要求を最低限くみ取る努力をし、条文で国連憲章をフル活用させることになったのだろう。
 
 ブッシュ政権下では、国連をしばしば無視して事務局長を嘆かせ、また敵対関係なったことも多かった。アメリカは国連がなくても、集団的自衛権で同調してくれる国があれば何でもできると思っていたのだ。その反面、同盟国のために、米軍を同盟国の指揮下に入れるようなことは、アメリカの理念に背くこととして頑迷にこれを避けている。

 アメリカはそれが国連であっても、アメリカの支配下になければ拘束されずに行動するという、つまりunderであると同時にversusである関係が常態化している。この点、小沢民主党代表の「国連決議があれば海外派兵に道を」というのは、時代錯誤かご都合主義としか見えないのである。

 アメリカの外交は歴代「単独主義」と「孤立主義」の繰り返しである。これから展開される大統領選の結果、従来路線の大幅変更がないとはいえない、というより大きな転換がはかられると見た方がいいだろう。日本はこういったアメリカの大きく変わる点と変わらない点を見極め、安保をどうこの先どう導くか、遅れをとらないで主導権を得るための剣が峰にさしかかっている。

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2008年6月 6日 (金)

漂流する「安保」7

 ようやく今回で現行安保条約の中味に入る。旧安保との違いや、その本質をさぐってみたい。まず、名前が変わった。前は、日本国とアメリカ合衆国との間の「安全保障条約」、今度は「相互協力及び安全保障条約」である。

 これはスンナリ決まったが、アメリカ側は頭の片隅に軍事を置き「決して片務条約ではないよ」という国内向けのアナウンスがあり、日本側は、軍事というより経済も含めた幅広い条約、として国内の反対運動の過熱を抑えたい思惑があったようにもとれる。

 その経済条項は第2条にあるが、問題となるのは第3条である。
     第3条 締結国は、個別的に及び相互に協
        力して、継続的かつ効果的な自助及び相互
        援助により、武力攻撃に抵抗するそれぞれの
        能力を、憲法上の規定に従うことを条件とし
        て、維持し発展させる。

 これはうっかり読みすごしてしまいそうだが、アメリカの上院がおこなったいわゆるバンデンバーグ決議(1948)を下敷きにしている。その意味は、条約を結ぶ国は自ら国を守る能力を養成し、その上で協力・援助しながら双方の防衛力を高めるのでなければ、その条約は無効であるとする、という決議である。

 したがって、NATO条約、米韓条約など同種の相互防衛条約にもこの条文が入っている。最後に「憲法上の規定に従うことを条件として」という文言があるが、前文に「個別自衛権」「集団的自衛権」という国連憲章にある権利を認め合っていることから見ると、明らかに日本国憲法9条との間に矛盾がある。

 日本にその能力も意思もないと判断を下すのは、アメリカの上院である。そうなれば、そのあとの条項にある防衛義務、協力義務なども無効ということになる。このような決議がなされたのが、冷戦まさにたけなわになろうとしていた時期であることを思い起こせば理解できるだろう。アメリカは無条件で日本を守ってくれるわけではない。

 第5条は日本の領域に対する攻撃に双方が共同して対処することを宣言している。旧安保では米軍の駐留を認めただけで防衛義務までうたっていなかった。日本国内の「内乱鎮圧」と「外部からの武力攻撃」に寄与するために駐留軍を使用することができる、という範囲にとどまっていた。

 旧安保もそうだが、新安保も問題は駐留米軍配備の目的である。いずれも日本領域の安全以外に「極東における国際の平和及び安全の維持に寄与する」とあり、日本と関係のないことにも使う権利があることを忘れてはならない。ベトナムであろうが中東であろうが、日本の基地から作戦行動を起こせるということである。

 これには、条約とは別の「事前協議」の取りきめもあるが、核兵器搭載艦の日本立ち寄りなどを見てもわかるとおり、軍事機密や両国の力関係でしばしば空文化されていることは周知の通りである。以上のほか、基地問題の根底に横たわる旧安保の「行政協定」、新安保の「地位協定」による特権付与、あるいは、対象地域の「極東」をさらに拡大していく過程があるが、これらについては項を改めることにしたい。

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2008年5月28日 (水)

漂流する「安保」6

 60年安保をどう評価するかはたしかにむつかしい。現在、安保に肯定的な陣営も否定的な陣営も、締結当時の姿勢そのままで思考停止の状態にある。すなわち、同様な同盟関係にあるヨーロッパ各国は、対米関係で比較的フリーハンドを持つように見えるのに対し、日本は全く硬直的である。

 ヨーロッパは、ベルリンの壁崩壊という身近な体験から東西対立を過去のものとし、EUやNATOなどを構成する多くの国の中の1国という立場でアメリカに対応している。また、38度線という厳しい対立を背負ってきた韓国も決して平板ではなく、独自の位置づけをしている。

 これに対して日本は、東西対立といっても想像の範囲を超えるものではなく、アメリカ従属で安逸をむさぼってきた。これは左翼陣営とて同然である。また、北朝鮮の拉致問題に対する国民感情というのも、こういったことから国際的な理解を得ることを困難にしている。

 アメリカの大統領選の行方は不透明ながら、「9.11シンドローム」そしてパックス・アメリカーナ(米国独占支配)の終焉は間もないだろう。半世紀の間にこういった3段階の変化を迎えようとしているとき、いまだに東西対立の夢から抜け出せない、特に最も先駆的であるべき若い世代に少なくないのが問題だ。

 アメリカは日本が共産化することを恐れた。現安保はその「あかし」の意味であり、どんな場合でも自らの犠牲をいとわず、日本を守る「お友達の義理」などはない。それを自覚している政治家・国民はどれほどいるだろうか。

 太平洋をはさんだ隣国であるアメリカとは、当然仲良くしなければならない。孤立するアメリカは決して日本にとって利益ではないし、日米同盟を解消する理由もない。しかし、自衛隊活動の違憲状態を解消するために、今というか、これから為すべきことは、日米対等の立場に立った思い切った戦略目標見直しをすることである。そうすることで、ようやく60年安保の評価が定まってくる。

 その交渉のパワーを得るためには、岸首相がかつてそうしたように東南アジアへの影響力拡大、これからは、日中韓の緊密な連携を確保し、世界で軍縮、環境などに主導的役割を果たすことである。もはや札びらをふりまわす経済力の時代は終わった。そして最後まで残されている利器が、9条を持つ「日本国憲法」であることを忘れないことである。

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2008年5月23日 (金)

クラスターと民主党

 08年中の禁止条約作りをめざす軍縮交渉「オスロ・プロセス」がアイルランド・ダブリンで19日から開かれ、大詰めの交渉が進んでいる。当ブログではこの会議に参加している日本の消極姿勢を再三批判(カテゴリ=資料データ)しているが、民主党の鳩山由紀夫幹事長は次のように語っている。(5/23毎日新聞)

 オスロ・プロセスに参加しながら特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)を重視すると言ったり、「平和国家、唯一の被爆国として思いを伝えたい」と訴えながら、クラスター爆弾保有を正当化する。スタンスが定まらないことは非常に残念だ。平和の大切さを本当に痛切に感じるのであれば、福田康夫首相はもっと明確なメッセージを出すべきだ。

 オスロ・プロセスでは日本の主張を堂々と述べ、平和に貢献してほしい。米国による攻撃的武器としてのクラスター爆弾の使用を否定しにくいから中途半端な言動になる。日米安保に縛られたあいまいな態度は決して国際社会に評価されない。

 ブラウン英首相は21日、英軍が実戦配備しているクラスター爆弾についての「見直し」を国防省に指示した。これは、欧州における英国の孤立をさけるため、とも言われているが、このタイミングでの「見直し」は全廃への方針転換を示唆するものだと報じられている。

 国内でも、河野衆院議長を代表とする超党派のクラスター爆弾禁止推進議員連盟が発足したが、全国会議員の1割にも満たない。鳩山幹事長は「パワーアップが必要だ。国会決議のような何らかのメッセージが求められる」としめくくっている。

 それならば、社・共と民主で共同して決議案を出せばよさそうなものだが、自党内の都合でそれができないのが幹事長の悩みなのだろう。否決されてもいい。国民としては賛成議員、反対議員が誰なのかがはっきりする。しかしもう時間は残されていない。

追記
 公明党の浜四津敏子代表代行らが23日午前、副田総理大臣に会い「全面禁止に向けてリーダーシップを」と要請したのに対し「今一歩踏み込んだ対応が必要だ。軟着陸させるのでまかせていただきたい」と答えた。(毎日新聞、5/23夕刊)

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2008年5月22日 (木)

宇宙基本法の憂鬱

 宇宙基本法案が昨21日、参院本会議で可決成立した。問題は衛星と軍事利用の関係である。宇宙開発にしろコンピュータにしろ原子力開発にしろ、先端技術のほとんどは軍事利用から生まれてきた。日本がすでにこれらの開発に手を染めている限り、軍事と非軍事の境界を引き峻別することはあまり意味がないと主張してきた。

 無資源国日本は、やはり技術で身を立てていかなければならない。ただ敬遠するだけでは何も生まれてこない。当塾は核についても、平和憲法を持ち、核軍縮を進める上で必要な「核の研究」を口にすることさすらばかるような風潮を批判してきた。

 宇宙基本法では、軍事偵察衛星に道を開くという危惧がある。こういったことに慎重であるべきことには異論がない。しかし、アメリカの衛星に頼り、その情報をもとにしたミサイル防衛システムに組み込まれて、国際法違反の先制攻撃も辞さない国との共同作戦を強いられる体制が先行している。

 現在の違憲状態にある日米軍事協力体制を見直し、現行憲法を厳守できれば、宇宙基本法にはそれほど違和感を持たない。ただし日本のスパイ衛星が打ち落とされても、あるいはその情報でミサイル発射の危険を察知しても相手国に攻撃をかけることはできない。

 それでもいいのだ。日本の安全保障は、日本国憲法を堅持し、高い技術と日本国土を守る固い決意の自衛隊があれば、保てると思う。多くの犠牲を払って故なく日本を攻撃する国などないだろう。同法には第二条に「日本国憲法の平和主義の理念にのっとり」などと書いてあるが、「平和主義」というのは九条改編をねらう自民党の編み出した架空概念で、これはあてにできない。

 第四章では「宇宙開発戦略本部」を置くことになっている。また、その本部長には内閣総理大臣が着くことになっている。今のところ憲法九条を堅持し、国際緊張を遠ざけ、防衛族・防衛産業などの跋扈を許さない人を総理大臣にするしかないようだ。

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2008年5月19日 (月)

軍縮立国へ

 福田内閣は当初の予想(期待?)に反してこのまま秋口まで続きそうだ。ガソリン税暫定税率失効で25円も安くなったものを、1カ月あとに30円近くも高くしたら天下がひっくりかえるような騒ぎになると思われていたのが、平静そのものであった。

 中国、朝鮮との間柄も一時のとげとげしい雰囲気はいつのまにか様変わりしている。これらは、福田首相の功績だろうか。首脳会談より、バンダより四川省大地震救援隊の活動の方がはるかに大きそうだ。記録的な低空飛行の内閣支持率だが、国民は首相や各大臣が小泉時代のしりぬぐいに懸命なことをなんとなく肌で知っている。

 後期高齢者保険制度も緩和策などの採用で、なんとなく収まるところに収めた方がいい、という気分にもなっている。決して物わかりがいいというわけではない。適当な後継内閣や後継政権の姿が見えず、不安定になった国民生活をこれ以上政治にひっかきまわしてもらいたくない、ということだ。

 そうであれば、副田色を押し出さずに控えめにしていることが効を奏していると言えなくもない。一方、洞爺湖サミットで得意といわれる外交に力を割き、環境問題で主導権を発揮して支持率をアップさせるという解説がある。そんなことで支持率は上がらないことはうけあいである。首相にもそんな気はないだろう。

 環境問題よりもっと簡単な問題がある。それは今アイルランドのダブリンで開かれているクラスター爆弾禁止国際会議で、軍縮に向けた条約賛成に大きく踏み出すことである。これまでの会議では、不参加を決め込んでいるアメリカの立場に立ったブレーキ役でしかなかった。

 環境問題でアメリカの協力を引き出すのにも似ているが、我が国は憲法9条を持ち、唯一の原爆被爆国でもある。東京大空襲に使われたのも同じ発想に立つ大量殺傷兵器である。これを禁止する方向で軍縮を唱えることに何の遠慮もいらないし、国際的責務を負っているとさえ言える。

 国内政治の上では、河野洋平衆議院議長を代表とする超党派のクラスター爆弾禁止推進議連もできた。抵抗する防衛省の「日本は長い海岸線があり上陸した敵軍を壊滅するには効果的」という理論ほど滑稽なものはない。自国民が被害を受けかねないところでの利用を考えている国はないし、条約の主導国ノルウェーの国土はほとんどが海岸線で、アイルランドもニュージーランドも島国だ。

 同様な場面では、小渕恵三外相(当時)がアメリカ不参加のまま地雷禁止条約調印を決意した。福田首相にできないはずはない。軍縮立国への道を進むという長期目標を具体化する第一歩だ。そうすれば内閣支持は自然にあとからついてくるだろう。

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2008年5月15日 (木)

漂流する「安保」5

 60年安保の頃と現在の保守系政治家の間では、外交感覚に大きな違いがあるように見える。私は当時、安保そのものはともかく、岸首相が強引な国会運営を指揮し、戦後国民が手にした民主主義を破壊するという危機感からデモの後尾についた口であった。

 国会の混乱は、衆参ねじれ現象で3度も再議決をくりかえす今の方がひどいかも知れない。しかし、岸首相があえて強行突破をはかったのは、困難な日米交渉をのりこえ、今こそ妥結させる潮どき、とみたからではないか。昨今の国会混乱は、外国でもない国民でもない、全く政治家のみの責任である。

 ソ連崩壊で、保守陣営にとっては「結果オーライ」になったが、岸としては日本の国際的地位向上と国益確保のため渾身の力を振るったにちがいない。外交交渉の現場は見ることができない。しかし、アメリカ外交は長い歴史の中で、いつも国益を最優先させ、時には強硬に、時には柔軟に対処してきたことが知られている。

 岸には戦前からのキャリアがある。日本の国益とアメリカの国益が一致しないことは当然わきまえている。しかし、対等であることを前面にだして、主張すべきことは主張するのが外交であるという信念もあっただろう。前回は、条約に有効期限を設ける主張をしたことを例に挙げ、「無期占領ではない」という意思を示したことを言った。

 政治家の日米関係のありかたが大きくかわったのは、なぜかソ連崩壊後である。2強時代が終わってアメリカ一極支配の時代が来たので、世界の帝王にひれ伏すのが国益と考えたのだろうか。特に小泉政権以降それが顕著になった。

 日米安保の軍事同盟的色彩をぼやかすのが政府の方針だった。だから「日米同盟」という言葉は反対派の方で使っていたのだ。それを逆に「日米同盟」を強調、マスコミまでそれに乗ってこっちの方が一般に通用するようになった。北朝鮮の脅威まで持ち出す情報操作のこわさがある。

 それから、関岡英之氏の『拒否できない日本』を引くまでもなく、アメリカから日本政府あて「年次改革要望書」などという指図がましいレポートのあることもわかった。そして、安倍内閣に至るまで「アメリカと共通の価値観」などと、あたかも両国の国益が完全に一致するような姿勢さえ示すようになった。

 憲法改正に執念を燃やした安倍前首相は、祖父の遺志を継ぐつもりだったかも知れないが、根っこの部分の違いをどれほど認識していたか、はなはだ心許ないと言わざるを得ない。アメリカの一極支配構造はすでにかげりを見せている。これを先取りするような政治家を期待するのは、果たして無理なのだろうか。

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2008年5月10日 (土)

漂流する「安保」4

 このシリーズの3を書いてから半月近く間をあけてしまった。続けて書いた方が見ていただけるような気がするのだが、現・安保条約へのステップには非常に奥深い物があり、無手勝流の当ブログで簡単に要約するには手に余る問題だ。

 現在、安保を肯定する側も否定的に考える側も、単純に「日米同盟」と言うだけで、生まれる前から(祖父である岸総理の前で「安保、ハンタイ、安保、ハンタイ」とはしゃいだ幼児がこの前まで総理大臣だった)存在する与件、つまり、その出発点として議論の余地のないものという扱いを受けているように思える。

 岸が、駐留の事前協議を含め改定の3大要点とした中に、「条約の有効期限を定める」と言う1項があった。旧安保には期限が定めてない。つまり、国連がアメリカに変わって安全措置をとるまで、条約は無期限に有効ということになる。岸は、占領を無期限に続けるという印象になることを恐れていたのだ。

 米側は、これですらオーストラリアその他の各国との条約もそのようになっていることや、議会対策の困難などの理由をあげて当初は応じなかった。しかし、結果として10年の有効期間と、その後は1年の予告期間を置いて条約終了ができる旨変更された。

 岸は、旧安保を改定する理由に国連加盟と日本の国力アップをあげた。現在、その頃にくらべても比較にならないほど国際環境が変化しており日本の地位も高まっている。1970年を過ぎているので、38年前からいつでも安保の改定や終了通告ができるのだ。この点、岸の遺志が全然生かされていないことを、草葉の陰でどう思っているだろう。

 岸は、占領の継続とさして変わらない旧安保を、アメリカと対等な立場に立つ独立国にふさわしいものに改めるということに執念を燃やし、アメリカ国内の改定不要論に真正面から立ち向かって、現在の形のものにこぎつけたという功績者である。しかし、日本では歴史的ともいえる猛烈な締結阻止運動を受け、条約発効と同時に議会混乱の責任をとって岸内閣は総辞職せざるを得なかった。

 岸の戦後レジーム脱却(安倍のそれとは違う)の願いは、愛国的動機だったかも知れない。しかし、東西対立の中でアメリカが戦争をすれば、ただちに巻き込まれるという国民の恐怖心があったことと、岸が「いずれ自前の憲法を持ち、再軍備しなければ真の独立を達成できない」という考えの持ち主であり、開戦を決めた東条内閣の閣僚をつとめ、A級戦犯でもあったことから、「戦前回帰を目指すもの」として反対運動の火に油を注ぐことになったことも否めない。

 アメリカ側もそうだが、岸は当初議会承認に手間取る条約改正より、旧安保に付属させる協定を変更して条約改定と同じ効果を得ようと考えたことがあるようだ。つまり、官僚による手抜きである。しかし岸はあえて困難な途を選んだ。

 たしかに条約改定にはいろいろな困難が伴うことは事実である。そこで改定を棚上げしたまま、協定、共同宣言、指針、ガイドラインなどいろいろな形で安保を変容させ、自衛隊の憲法違反状況を作ってきたのだ。これも、岸の望んでいたこととかけはなれているように思えるのだが。

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2008年4月26日 (土)

漂流する「安保」3

 短命の石橋政権ですでに副総理・外相の地位を得ていた岸信介が、病気で総辞職した石橋のあとを受け、1957年2月に首相の地位についた。彼はかねての懸案である占領下の延長線上にある安保条約の不平等性を改善するため、それまでの政治折衝の経過にはずみをつける意図を持って渡米、同年6月19日に始まる日米首脳会談にのぞんだ。

 その第1回会談でアイゼンハワー大統領に対し、安保改訂問題を次のように切り出す。(原彬久『日米関係の構図』NHKブックス)

 当時在米日本大使館参事官として岸訪米準備に当たっていた安川壮によれば、岸はアイゼンハワー大統領に向かって、「安保条約はあくまで維持する」として、議論の前提を確認したあと、次のようにのべている。
 「しかし情勢は変化している。その変化とは、第一に日本の自衛隊が安保締結当時に比べてある程度の力をつけたこと、第二に日本が国連に加盟したことである。この情勢変化に鑑みて安保条約を再検討したい。在日米軍基地の使用についてアメリカは日本と事前協議をすること、および条約の無期限になんらかの期限をつけることを中心に条約の再検討をしたい」(安川インタビュー)。

 これに対するアイゼンハワーの応答はきわめて簡潔であった。彼は具体的なことには一切ふれず、ただ一言次のように答える。「安保条約を再検討することに異論はない」(同インタービュー)。岸の安保改訂提案は、ここにアメリカ側から原則的な同意を得ることになるのである。

 岸の提案にこれまで否定的な態度に終始してきたダレス国務長官の意向にもかかわらず、アメリカ側に改訂の機運が根ざしてきたのは、マッカーサー駐日大使(GHQ最高司令官マッカーサー元帥の甥)の、日本人の中立化指向(東西対立に対する)が強く、岸首相をその方向に追いやることのないよう配慮する必要がある、というレポートの存在がある。

 また、岸自身もそういったことを十分意識しながら、交渉力の裏付けとして利用したことは想像にかたくない。現在、情勢の変化は岸の頃とは比較にならないほど大きい。また世界は急速な変化を遂げようとしている。その中で「日本が対等の立場に立つ」という岸の理念は、今やむしろ後退しているといっても過言ではないだろう。

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2008年4月21日 (月)

漂流する「安保」2

 前回は、昭和26年9月、講和条約締結と同時に(旧)日米安保が締結されたことを述べた。その前文と第一条を掲載しておいたが、①武装解除をした日本には安全保障上の空白が生ずるため、米軍が占領軍に変わってその役割になう。②それは、米軍基地の存続とともに、日本側の希望によるものである。という前置きで始まる。

 その一方で、まだ日本が加盟していない国連憲章を引き合いにだして、個別自衛権と集団的自衛権の存在をうたいあげ、日本に「攻撃的な脅威」とならず、かつ「国際連合憲章の目的及び原則に従って平和と安全を増進する」ことに寄与可能な軍備を漸増させることを、「要望」という形でうたっている。

 そして第一条で米軍基地の設置を認めるのである。その最大の問題点は、米軍基地の使用目的が「極東の平和と安全」ということで、日本に直接関係のないことにも使えること、さらに「外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することができる」とあるように義務化されていないことである。

 また、内乱や騒じょうの鎮圧など内政への関与まで準備されていることは、ますます激化する冷戦の中で日本を含む極東アジアの赤化を防ぐということが日米安保の最大の眼目であったことを示す。そしてアメリカは条約締結後日本の軍備漸増を強圧的に迫り、昭和27年から29年にかけて警察予備隊→保安隊→自衛隊と肥大していく。

 自前の防衛力を高めたい、その一方でアメリカの軍事力依存を維持しておきたいと、いう日本の保守政治家の願望があったことは否めない。一方、それを巧みに利用しながら防衛予算増額への圧力を高め、折にふれ憲法や基地問題に対していらだちを見せるアメリカ――。それでいて、核武装やアメリカに匹敵するような他国攻撃能力を持つことには警戒心を持つ。

 この日米安保の構図、体質は60年(昭和35)に改訂された新安保を経て現在でも何ら変化していない。違う点はただひとつ、当時、吉田首相をはじめ岸首相に至るまで、この不平等な条件を改善し、国にとってより有利な結論を得るために外交上のつばぜり合いを繰り返していたということである。

 冷戦は終わった。共産主義の脅威はすでにない。革命の輸出もありえない。日本の経済力は世界第2位といわれるほどの域に達し、防衛費支出は世界で4~5位、突出したアメリカに次ぐ第2のグループに属し、第1級の防衛装備も保持するようになった。

 それなのにどうして旧安保の頃の政治家のように、アメリカと対等の立場に立とうとする意欲が見られないのだろうか。たしかに当時はアメリカが世界唯一の軍事大国ではなかった。日本も共産主義の脅威を逆手にとってものがいえた。 

ソ連崩壊を受けてアメリカは遂に世界を一極支配する軍事大国になった。国連すらも時により無視する行動をとった。日本は全面服従だけしか残された道がなかったのだろうか。アフガンやイラクの混乱の長期化、中東政策の手詰まりなどで、アメリカの単独行動主義は明らかに限界を見せ始めている。

 日本はアメリカとの同盟を解消する理由はないし、そのメリットもない。しかし現時点で、旧安保以来半世紀以上も続いている日米安保の構図と体質、いわゆる「安保体制」を見直し、新たに構築し直すことがあっていいのではないか。それは必ずしもアメリカが望まないことかどうか、友人としての日本のでかたひとつにかかっているはずだ。

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2008年4月19日 (土)

漂流する「安保」1

 空自のイラクにおける活動に、名古屋高裁が違憲の判断を示した。これに保守政治家が危機感を抱き、自衛隊海外派遣に恒久法という煙幕で憲法を覆い隠したり、一旦遠のいたように見える安倍改憲路線を、政界再編をてこにもう一度新規巻き直しをはかろうとする動きが出てくるであろう。

 私は基本的に、現行憲法に手をつけるな、という考えは持っていない。しかし問題なのは、極右が目論む戦前路線復帰や、世界平和実現への先行的な指標でありかつわが国の財産でもある9条を、改変、後退させようとする分子によって目論まれることである。

 このブログでは、以前から「改憲」や「解釈改憲」を推し進める前に、現行日米安全保障条約の見直し再点検を先行させるべきだと主張してきた。それは、占領下→冷戦の進行→旧安保→新安保→高度成長→冷戦終結→地域紛争続発といった半世紀以上にわたる客観情勢の変化にかかわらず、米軍駐留権優先などのいわゆる「安保体制」を規定の事実のように憲法の上に置くのはおかしい、ということである。

 そこで、最初に旧安保の前文と第一条を復習してみることにする。この条約がサンフランシスコで締結されたのは、朝鮮戦争が休戦となって2カ月もたたない1951年9月8日であることを念頭においてほしい。前年の6月には北朝鮮軍が韓国になだれ込み、韓国政府は釜山まで後退、北九州に警戒警報が発令されるなど「また戦争か」とおそれおののいたものである。

日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧安保)

 日本国は、本日連合国との平和条約に署名した。日本国は、武装を解除されているので、平和条約の効力発生の時において固有の自衛権を行使する有効な手段をもたない。

 無責任な軍国主義がまだ世界から駆逐されていないので、前記の状態にある日本国には危険がある。よって、日本国は、平和条約が日本国とアメリカ合衆国の間に効力を生ずるのと同時に効力を生ずべきアメリカ合衆国との安全保障条約を希望する。

 平和条約は、日本国が主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章は、すべての国が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することを承認している。

 これらの権利の行使として、日本国はその防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する。

 アメリカ合衆国は、平和と安全のために、現在、若干の自国軍隊を日本国内及びその付近に維持する意思がある。但し、アメリカ合衆国は、日本国が、攻撃的な脅威となり又は国際連合憲章の目的及び原則に従って平和と安全を増進すること以外に用いられうべき軍備をもつことを常に避けつつ、直接及び間接の侵略に対する自国の防衛のため漸増的に自ら責任を負うことを期待する。

 よって、両国は、次のとおり協定した。

第一条 平和条約及びこの条約の効力発生と同時に、アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍を日本国内及びその付近に配備する権利を、日本国は、許与し、アメリカ合衆国は、これを受諾する。この軍隊は、極東における国際の平和と安全に寄与し、並びに、一又は二以上の外部の国による教唆又は干渉によって引き起された日本国における大規模の内乱及び騒じょうを鎮圧するため日本国政府の明示の要請に応じて与えられた援助を含めて、外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することができる。
(以下略)

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2008年4月 3日 (木)

「平和原理主義」

 「軍縮問題資料」という雑誌が廃刊になって3年たった。主宰した宇都宮徳馬氏が亡くなってからやがて8年になる。やや長い引用で申し訳ないが、1994年の同誌6月号に掲載された宇都宮氏の巻頭言「真剣に守ろう平和憲法」の中に、まさに今こそ「真剣に」検討されるべき提言のあることを紹介しよう。(下線・管理人)

     私たち日本人は、この際みずからの平和
       憲法を世界政治の原理とする活動を、速や
       かに開始せねばならない。世界の諸国民
       は、日本が、その深刻な体験から得た平和
   主義に基づく発言を求めており、日本の民
   族はまた、そのような発言をする道徳的な
   優位がある。わが国が国連安保理の常任
   理事国に選ばれるとするならば、その最大
   の意義と使命は、まさにこの点にある。か
   りにも、野放図な大国意識を振り回した
   り、海外派兵を当然視するように姿勢は
   厳に戒むべきである。

 執筆した時期は、同年4月に細川首相が退陣の意をもらし、28日に羽田内閣となった頃であろう。1月の参議院本会議で社会党等与党の造反者により政治改革関連法案が否決され、両院協議会で施行期日抜きにして両院を通すなど政局の混乱ぶりは今と似ている。

 氏が「真剣に」といったのは、政治家がこういった平和構築のための施策を放り出して「権力抗争に血道をあげている」すがた、特に当時は大政党であった社会党に対する「歯がゆさ」からもきている。ちなみに、同氏は76年に離党はしたものの、自民党の出身者である。

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2008年3月23日 (日)

チベットに和解を

 チベットで暴動が起きて1週間、だんだんその姿が見えてきた。中国国営新華社通信(22日)によると、チベット自治区ラサで死者はこれまでの13人から6人増え市民18人、それに警官1人を加え19人に上ると報じた。負傷者は市民382人、治安当局者241人の計623人。暴動に加わったとして出頭した人数は183人に上るという。

 もうこれだけで十分、ちょっとしたこぜりあいなどではなく、周辺地域や海外におけるデモなどを含め市民蜂起であることに疑いがなくなった。天安門事件の全容が分かってくるのに、記憶によると1カ月近くかかったのからくらべれば早くなった。

 この国はどうせ分かることを小出しにするくせがある。日本でも、人のことは言えないが、その結果はダメージを大きくする。あらためて前の記事「チベットに真の解放を」を見直してみても、その方向を変更する必要はなさそうだ。

 また、中国共産党機関紙「人民日報」は22日、ラサの暴動に関する「法制を堅持し、人民を保護し、安定を維持する」と題した論文を書いた。その中で、暴動は「祖国分裂を企てる陰謀」と断定。鎮圧を「正義の行動」と位置付けた。(毎日新聞)

 この書き方は、最早当初言っていた単なる「国内問題」ではないことを、はしなくも露呈したことにならないか。ダライ・ラマ師は、自治の拡大という基本姿勢を変えていないようだ。前回も言ったとおり、中国にとって、武力制圧でない話し合い解決の道が幸いにも残されているのだ。

 この件について、どこであろうと外国が介入することに断固反対する。解決を困難にするからだ。昨日行われた台湾の総統選挙で、独立には距離を置く馬英九候補が当選した。これも中国にとって交渉に入れる有利なチャンスでないか。かりに、中国がよりチベットに対し強圧的な態度を続ける(その可能性は高いが)となると、台湾独立に消極的な国際与論の風向きが変化してくることも考えておくべきである。

 前々回、「選民意識と和解」という記事を書いた。1950年人民解放軍が蒋介石の残党を追ってチベットに攻め込み、チベットは共産党は宗教を抹殺すると聞いて人民解放軍と鋭く対立した。こういった故事は今が和解するいいチャンスではないのか。さもなければ、両民族の対立は未来永劫のものになるだろう。

 なお、このブログは週1回、更新お休みの日がある。たいてい日曜だ。そのこともあってか、先週は事件を無視したなどというコメントを含め、当ブログにしては天文学的か数のアクセスをいただいた。

 はじめてのことなので、一週間じっくり観察させてもらったが、だれかの作ったリストが元のようで、「団体」扱いにされている。これは間違い、戦時体験のある一個人のささやかなブログに過ぎない。

 前後を見ればすぐ分かるはずなのに、中を読んでいないと思えるコメントが多い。そういったことで他の方を誤解させたり、スパムなみの意味をなさないコメントはやはり削除すべきかなあ、と思ったりしている。

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2008年3月21日 (金)

選民意識と和解

 今月18日、ドイツのメルケル首相がイスラエルに行って国会で演説した。その中で、「ドイツ人はホロコーストを心から恥じている」と語り、「犠牲になった方々や生き延びた人を助けてくれた方々すべてに頭を下げる」と謝罪した。

 その一方で、イランの核開発問題やパレスチナ武装組織に対するイスラエル側の立場に同調、支持支援するという。和解には代償が必要なのであろうか。そうでなければ、かつてユダヤ人が受けた迫害には深く同情するが、土地を奪われ、故郷から追い出されたパレスチナ人の方は関心なし、というふうに聞こえる。

 私は、ヨーロッパの人々が、過去の大戦の苦い経験を再び起こさないため、国境を越え意見を交わし工夫を重ねながら今日のEUを築き上げてきたことを、高く評価するものである。それとの直接の関係はないが、ドレスデンの和解が想起される。

 ドイツ東部の古都ドレスデンは1945年2月、英米軍の無差別爆撃で街の85%が破壊され、死者3万5000人をだした。大戦の勝利を手中にした連合国側の報復だったという説がある。95年の追悼式典で、英女王の名代ケント公、米英両国の軍トップらが列席する中、ヘルツォーク独大統領は演説した。

 「死者への哀悼は文明の起源にさかのぼる人間感情の表現です。歴史全体を理解しない限り歴史を克復し安寧と和解を得ることはできない」。そして、ドレスデンの犠牲をナチスの悪行に対する「死者の相殺」とみなす考え方を退け、言外に連合国側の殺りくの責任を指摘した上で、半世紀ぶりの和解を宣言した。

 ユーゴスラビアから最初に独立を果たしたクロアチアをまっ先に承認したのは、ドイツである。クロアチアはナチスドイツと組んでセルビアと激しい戦闘を繰り返した因縁のある地域である。大量虐殺の噂が飛び交い、火薬庫バルカンといわれる地域におけるその後のNATOの行動を含め、問い直されなくてはならないものがある。

 ホロコーストの反省や謝罪は当然である。しかし人種血統でアーリアを優位に起き、ユダヤ排除を叫んだヒトラーを熱狂的に支持したのはドイツ国民である。つまり世界一「優秀なドイツ人」という選民主義に乗ってしまったことに対する評価はどうなっているのだろうか。まさか、同じ文化・価値観を持つところとは和解するがそれ以外のところは対象外、ということではないだろう。

 これは、ドイツに限ったことではない。最近、また北欧でマホメットを戯画化した新聞が出たとかで、ビンラディンを怒らせている。選民意識というとキリスト教徒に強いようだが、愚かなことである。ムスリムにはそれに劣らないアッラーへの帰依意識がある。つまり一神教内では避けられない衝突かも知れない。

 日本人も選民意識には無縁ではない。万世一系の天皇をいただく日本人、大御代に生を受けた幸せと感激、御稜威(みいつ=天皇の威光)を世界のすみずみへ、というモットーが支配していた一時代がある。もっとも、それを復活しようという人もいるようだが、まあ世界では受け入れられない。

 選民意識をなくしろ、といってもそれは無理だろう。選民意識で他民族を支配し、また蔑視、差別、排除を目的に攻撃するのでなければ別に悪いことではない。「和を持って貴しとなす」は、日本国家形成の頃、聖徳太子が憲法のまっ先に掲げた遺訓である。「和解」の伝統は筋金入り、今憲法9条を手にしていることこそ、日本の選民意識の中心に持ってくることがらではなかろうか。
  

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2008年3月17日 (月)

チベットに真の解放を

 チベットで暴動が起きている。中国の言論統制は過去よりマシなものの、実態を把握するためには十分と言いがたい。しかし、最近はテレビでチベットを紹介する機会も多く、また日本人観光客の人気もあって、昔のような閉鎖された世界ではなくなってきた。

 これからの中国当局の対応が注目されるが、極端な分け方をすれば、体制転覆をねらったとする天安門の時のように武力をもって制圧するか、香港返還のように交渉と知恵で平和裡に円滑な権限委譲の道をとるかの二つである。先行きはわからないが、日本にとっては境を接する隣国であり、あとを引かない形での安定が望まれるところである。

 中国では、清王朝という満州女真族の宮廷支配を打破した辛亥革命をもって、現代史の始まりとしている。それには、大陸浪人と称される日本の右翼もNGO?として協力していた。チベットにとっても漢民族同様、過去の中華王朝支配を脱するいい機会だったのだ。

 チベットのお釈迦様直伝に近い仏教は、中国経由の朝鮮・日本と違って全く独自に発展し継承されてきた。いわゆる中原から遠く離れた高地山岳地帯で、独自の文字、習慣、文化を持つ地帯である。そこを第2次大戦後の1950年、独立国として存在したチベットに中国人民解放軍が侵入し、占領下に置いた。

 古い因習や宗教の抑圧から、共産主義革命でチベット人民を解放する、という名目だっただろう。しかし、同時に「民族自決」というモットーもあったはずだ。広大な地域に、いくつかの少数民族をかかえ、少数民族の保護育成に努力している姿は現在なお続いている。

 しかし、チベットの人が「解放」されたとは思っていないことが、今回の事件で世界に発信されたのだ。毛沢東流にいえば「造反有理」である。中国人や現在の政府も、チベットが満州、台湾と違い、また天安門の騒動とも全く違う、ということも承知しているはずだ。

 幸か不幸か、チベットに関しては他国のバックや干渉がほとんどない。また中国政権が目の敵にしているダライ・ラマ十四世も、国境の変更や設定などを要求していない。より高度の自治権を民族として要求しているだけだ。それは、オリンピックを控えた中国としても僥倖なことではないか。

 冒頭に掲げた後者の方法で早急な解決を図らなければならない。そうしたからといって、中国の体制が崩壊するわけでも、威信が傷つくわけでもない。将来に向けてより安定した中国の体勢と度量を世界に示せることになるだろう。ただ残念なのは、日本がアメリカに対するのと同様、隣国に適切な助言・援助を与えられないことである。 
 

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2008年3月12日 (水)

戦争嗜好政治家

 まず、6日にエントリーした「原理主義」の一部をお読みいただきたい。

    アメリカの石油メジャーズは、昔からサ
    ウジ、イラン、イラクをはじめとする産油
    地帯の国情、民族、宗教などについて
    の深い研究成果を持っていた。したが
    って、イラク進攻がこのような結果をも
    たらす可能性は、アメリカ内部で十分
    予測がついたはずだ。

    にもかかわらず、ブッシュが突っ走った
    のはなぜか。アメリカの支配層に隠然
    たる勢力を保つユダヤ人の存在、ロビ
    イストの活躍がささやかれる。一方、
    キリスト教原理主義、なかんずくプロテ
    スタント福音派で、ユダヤ復興・千年王
    国到来の預言を信ずる一派がブッシュ
    の支持層であり、ブレーンになっている
    という説もある。

    前者のユダヤ人の支持や票を失いたく
    ない、というのはわかるような気がする
    が、原理主義の方はどうであろうか。ブ
    ッシュのとりまきにそういった信者がい
    たにしても、ブッシュ自身が盲信者でな
    いかぎり、予言の解釈で外交をし、戦
    争を始めることなどあるだろうか。中に
    は、そうとでも考えないととても説明が
    つかない、という人もいる。

 次に、今日12日の毎日新聞に、元米国務省職員で03年3月、イラク戦争に抗議して国務省を退職したジョン・ブラウン氏のインタビュー記事が載った。この内容が真正で反論の余地がないものとは思わないが、公式な手続き経て取材に答えたものであるだけに、内部告発の証言資料として検討の価値は十分ある。以下、その一部を引用する。

    ――なぜ米国は戦争へ突き進んだのです
    か。

    ◆ブッシュ大統領自身、国際的なことにほ
    とんど興味を持たず、知識もなかった。ホ
    ワイトハウスの取り巻き連中の関心は常
    に国内問題だった。つまり、共和党政権
    をどうやって維持するかが最大の関心事
    だった。02年11月の中間選挙に勝つた
    めに、取り巻きたちは大統領を強い指導
    者に見せかける必要があった。そのため
    にイラク危機を利用したのだ。

    ――政治家や国民も反対できなかった
    のは?

   ◆米同時多発テロ(01年9月11日)後し
   ばらく、米国民は正常な思考ができなかっ
   た。「フセイン政権は大量破壊兵器を保有
   しており、テロリストに渡すかもしれない」
   と大統領が語ると、反対は難しかった。だ
   が、今では多くの国民が大量破壊兵器保
   有情報がイラク侵攻の口実に利用された
   ことを知っている。

   ――政権は侵攻後のイラク混乱を予想し
   ていなかったのですか。

   ◆政権幹部はこんな結果になるとは全く予
   測していなかったはずだ。簡単に考えてい
   たのだ。中東に関する無知ゆえだ。米元外
   交官のピーター・ガルブレイス氏は著書の
   中で、ブッシュ大統領がイラクにイスラム教
   のシーア派とスンニ派の2宗派があること
   を知らなかったと暴露している。ブッシュ政
   権には外交感覚のある人物は見当たらな
   い。父のブッシュ元大統領も国際感覚に疎
   かったが、ジェームズ・ベーカー元国務長
   官ら外交に強い人物を要所に配した。今の
   政権にはそうした人物もいない。

 これを見て驚かない者がいるだろうか。アメリカ国民や世界各国のことよりも、自らの政治権力維持が最優先で、それがイラク戦争の動機だという。ブッシュは親族が経営する石油会社に就職した経験がある。それでいて中東の事情、さらにはシーア派やスンニ派についての知識すらなかったのだろうか、いかにテキサスのインデペンデント石油会社であろうとも、この程度の勉強もしていなかったのかといぶかられる。

 私たちには、アメリカが世界に冠たる民主主義国家、自由主義国家であるという幻想がある。それがこういう指導者にゆだねられるというのが現実なのだろうか。私はしばらく前から非武装中立の考えを捨てた。それは、全く自衛手段のないおまかせスタイルでは、このような戦争嗜好政治家による格好な餌食にされかねない、ということである。

 それには、過去の朝鮮王朝の事大主義依存失敗といういい教訓がある。「力の空白」状態がパワーポリティックスにとって、格好なえさ場になることも歴史的な事実である。したがって憲法9条は死守するが、自衛隊は存在しなければならないのである。

 たしかに世界の戦争嗜好政治家はこのところ勢いを失っている。しかし油断してはならない。特に大統領といおうが、首相といおうが、将軍様といおうが、世襲2代目、3代目の宰相には、ゆめゆめ注意を怠ってはならないのだ。 
 

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2008年2月29日 (金)

石破大臣の後任?

 一昨日の26日、「あたご事件と2.26」というエントリーを上げた。今日、午前、午後と衆議院予算委員会で防衛省関連の集中審議がこなわれたあと、与党だけの賛成多数で来年度予算を可決した。記事を書いたこともあり関心があったので、生まれてはじめて、1日中継放送につきあってしまった。

 その批評・解説とまではいかないが、印象を報告したい。その中で一番聞き応えのあったのは、午前中の自民党浜田靖一氏の質問である。通常、与党の質問はなれ合いで味気がないものだ。しかし、本ブログが指摘した問題点を、言葉は違うが本質的なものとして取り上げたのは浜田氏だけであった。

 その要旨は、一口で言うと法制や組織に致命的欠陥を放置したままでは解決しないという主張である。その点は石破大臣にも共通認識がある。まず、ここ数年の間に自衛隊の環境が大きく変化したということ、それは、インド洋など国外の活動がふえたこと、ハイテク技術の高度化、急速な採用の2点をあげる。

 重い規律を背負いそういった努力を払う隊員に与えられるのは、ただ「栄誉」につきる。そういった「栄誉」を持つ「軍」に警察が入って捜査するというのは、異常なことで世界でも例がない。「普通の国」なら、軍事法廷を開き軍法会議で短期間に結論を得る。一般と同じやり方ではとても戦争などできないという。

 さらに、制服組・背広組、内局と軍令・軍政のありかたなどの矛盾内在なども取り上げられた。どうすれば、いろいろ起きた自衛隊の不祥事が改善できるかへの議論である。石破大臣は、制服組・背広組の一本化などを含め彼自身の考えは持っている、と答えていた。

 また、同時に単に「普通の国」を指向することは考えていないようにもとれたが、自民党の過半は、憲法の改正による「普通の国」に向いていると見ていい。また、石破氏は軍事問題に精通しているだけに、かつて日本軍が犯した統帥権乱用に対する警戒や文民支配の重要性を強く認識しているようだ。

 これが、かつての安倍とりまき和製ネオコンなどの手に落ちることを考えると、ゾーッとする。戦前まっしぐらになりかねない。「石破さん、やめないで~」といいたくなる所以である。午後からは、民主党の軍事おたく前原誠司氏の出番である。 

 彼も現場の話になると調子があがって、石破氏と以心伝心をひけらかすような場面も見えたが、組織改革などに対するつっこんだ意見は聞かれなかった。防衛相に、この人の方がいいとはとても思えない。共産党、社民党はもっぱら新味のない情報操作、食言、偽装、隠蔽などの追求だけで終始した。

 ところで辻元清美先生、石破大臣がやめたあと、防衛相に誰を推薦します?。とても無理だろうとは思うが、社・共は「自衛隊は日本国憲法のもと、他国で戦争をしない専守防衛に徹した栄誉をになって任務に精励してください」「そのためには、日米同盟を構築しなおしてください」と、どうしていえないのだろうか。

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2008年2月14日 (木)

怒!高いおもちゃ

Sensha  なんだこれは。新聞(毎日新聞2/14)に出た写真は、イラクでもアフガンでもない。東京の隣(相模原市)だ。防衛省が公開した新型戦車。開発費用が約484億円、1両の値段は約7億円。世界最高レベルだと鼻高だかの由。

 じょうだんじゃないぜ。いまどきこんな無限軌道つき戦車などイラク、アフガンでさえ大げさすぎて、写真ではお目にかかったことがない。憲法があるから日本国内で使うしかないが、砲身は何に向けるのだ。警察が手に負えないような武装勢力のゲリラやテロどこから来るというのだ。

 使い道は、自衛隊自身のクーデターか、ガソリン税で作った道路を壊しまくるのか、それとも憲法改正を見込んでおいて、使うところをこれから探そうということか、または、アメリカさんのやらないことを請け負おうとするつもりなのか。議員さん――、しっかりしてくださいよ。

 さすがは産経新聞。一番くわしい。ゲリラや特殊部隊(注)による攻撃など新たな脅威にも対処できるのが特徴だと解説。ついでに、こんなことも。

      冷戦終結で日本本土への大規模な着上
     陸侵攻の可能性が低くなったため、16年
     に策定された「防衛計画の大綱」は戦車の
     装備数を大幅に削減。新型戦車開発の必
     要性を疑問視する見方もあるが、防衛省
     は「攻撃や防御、機動力のバランスの取れ
     た戦車の有効性は変わっていない」と意義
     を強調している。

(注)陸上自衛隊初の特殊部隊であり、現時点における主要任務は対テロ及び対ゲリラ作戦であるが、将来的には米陸軍特殊部隊(グリーンベレー、デルタフォース等)と同様、他国における特殊偵察や直接行動、情報戦などの多様な任務を遂行可能な世界水準の特殊部隊を目指しているといわれる。報道陣の間では特戦群、特戦とも略され、一般隊員からは“S”と呼ばれることもある。(Wikipedia)

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2008年1月29日 (火)

帰還兵の殺人

 読売新聞(1/14、電子版)は、米軍帰還兵による殺人事件が多発していることに関し、ニューヨーク・タイムズの記事を次のように伝えた。

     【ニューヨーク=白川義和】米紙ニューヨ
         ーク・タイムズは13日、2001年の米同
        時テロ後にアフガニスタンやイラクに派遣
        された米兵のうち、帰還後に人を殺したり、
       殺人罪で訴追された者が少なくとも121人
       に達していると報じた。

    同紙が警察や裁判所、軍当局などの記録
   から独自に調べたもので、対テロ戦争に参
   加した米兵の「心の傷」の深さや社会への
   適応の難しさを示した形だ。

    同紙によると、121人のうち4分の3は犯
   行当時、米軍に籍を置いていた。犯行の半
   数以上で銃が使われた。被害者の約3分の
   1は配偶者や恋人、子供や親類で、4分の1
   が軍の同僚だった。イラクの激戦地ファルー
   ジャで頭と足を負傷した20歳の男が、テキ
   サス州で2歳の娘を壁にたたきつけて殺した
   事例もあった。

    帰還兵の犯罪率の高さは過去の戦争でも
   指摘され、2000年1月の米司