エッセイ

2019年10月18日 (金)

災害と自治体の責任

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 前回、気象庁による竜巻の避難情報はお役所的で、「頑丈な建物」への移動など非現実的でむしろ危険、と書いた。水害による浸水や土砂崩れなどは別で、これらについては、自治体の出すハザードマップを最大限活用すべきだと思った。

 しかし、なかなかそうはいかない場合もある。写真は江戸川を隔てたところにある東京都江戸川区のハザードマップの表紙である。

 「ここにいてはだめです」、「浸水のおそれのないないその他の地域へ」というコピーと共に、同区の地図から赤い太い矢印が、千葉県、埼玉県、茨城県、東京西部、神奈川県方面に向けて、区民の全員避難を促すような絵が描かれている。各自であらかじめ避難先を決めておいて、という趣旨だが、これもまた、なんと無責任のことかと驚いた。

 しかし、実際にネットで中身を確認してみると、行政側では、被害が予想される1日前の情報提供に始まり、それに対する行動は、時間を区切って現実の行動がとれるように細分化したものになっていて、もろもろの選択肢も示されている。

 もちろん自己の判断にゆだねる部分は多いが、区が真剣にとり組もうとしている姿勢はうかがえる。

 これだけのものを区民が知悉しきれるのか、という不安も残るが、それだけに読んでもらおうという一念で、このショッキングな表紙を思いついたのだろう。

 

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2019年10月13日 (日)

虫の居所

 「C(シー)エレガンス」。この言葉を知らない人はこれから先、時代に取り残される。

 塾頭も目にしたことはあるのだろうが、物理学・科学・生物学・医学の中に学術用語と共に出てくると何のことかわからずに読み飛ばしてしまう。

 必要かつ大切な知識を、さりげなく補ってくれるのが新聞の一面下段のコラム欄である。毎日なら「余禄」、朝日は「青鉛筆」などと題している。

 そこで今日の「余禄」が、C(シー)エレガンスをわかりやすく取り上げ、問題提起の材料に使っている。それを要約してみよう。

 C(シー)エレガンスは体長1ミリの線虫の一種で、その泳ぐ優雅な姿から「エレガンス」の名が付いたという。

 分子生物学の泰斗、シドニー・ブレンナー博士は1963年、生物の発生過程を調べるため、この線虫を使うことを提案した。どの細胞がどう分裂するか、どの神経がどんな行動を担うのかを20年かけて調べて、精密な生命地図を作ったのだ。

 高等生物だが構造がシンプル。体が透明で観察しやすい。飼育が簡単なうえ、生きたまま凍結保存できる。謎の多い生命現象への答えが、この「生きた試験管」から次々と生まれた。

 オワンクラゲから発光物質を見つけた下村脩(おさむ)さんのノーベル賞にも、このCエレガンスが貢献した。

 来年には、この線虫の鋭い嗅覚を利用したがん検診が日本で始まる。がんの有無が、ステージ0でも高精度で分かるという。がん特有の尿のにおいを好み、近寄ってくるのだ。

 尿は1滴を提供するだけで済み、9800円で15種類のがんを一度に調べられるという。

 塾頭は、大腸がん摘出手術を経験しているが、血便検査で陽性なのに、がんの発見が遅れたこともあって内視鏡やCTの検査を何度も受けている。

 この先、医療費や検査費用の軽減と相まって早期発見による長寿化が進み、これまでにない社会現象を生みそうだ。

 虫の居所を気にしなくてはならない新時代が到来したのだ。

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2019年10月11日 (金)

台風と塀の文化

 明日の「記録的被害をもたらす可能性のある台風」接近に伴い、マスコミはさかんに事前の準備・対策を呼び掛ける。言われているようなチェックは一応済んだつもりだった。ところが昼前、意外なところに危険が見つかった。

 ブロック塀である。50年近く前のものだが、ブロック塀倒壊で倒壊による小学生の人身事故が起きた時も「うちのは、背も低く鉄筋・セメント・支柱など基準どおり作っているから、大丈夫で放置しておいた。

 今日見つけたのは、隣地と敷地に段差がある一面で、隣地から見れば大人の背を優にこす。

 上から3段目ぐらいまで続くヒビがあった。押してみるとぐらぐらする。やばい!。60mの風なら崩れてもおかしくない。

 早速、下段の風穴を使って麻ひもで括り付け、応急措置をとった。

 ブロック塀は戦後に普及した。それまでは板塀が主で、豪邸には大谷石を積んだ塀などが贅沢とされてきた。ブロックは安い材料を流し込んで大量生産が利く。重くないので工事も簡単だ。

 それに、当時はしゃれているという感覚もあり、石や煉瓦のように長持ちするはずだった。

 それが、古くなると黒ずんでもろくなり、表面がぼこぼする老化現象もあるのだ。東日本大震災程度の揺れがあればひびが入るのも当然だろう。

 ♪粋な黒塀見越しの松……は、お富さんの隠れ家。

 かつて塀は外からの目隠しに役割があった。蒸し暑い日本では家の戸障子は開け放し、縁台で夕涼みが必要だった。

 戦後は塀は低く、庭を見通せるようにするのがはやりだ。ブロックは使っても鋳物やアルミのしゃれた柵の土台として使う程度、つまりアメリカ風が主流になってきた。

 今度改造するときは、それにするのかなあ、などと考えている。自然災害と文化は切っても切り離せない。

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2019年10月 3日 (木)

新古今和歌集

  八十に多く餘りて後、百首歌召ししによみて奉りし 

       皇太后宮太夫俊成

1558 しめ置きて今やおもふ秋山のよもぎがもとに松虫の鳴く

  題知らず 皇太后宮太夫俊成

1584 老いぬとも又も逢はむと行く年に涙の玉を手向けつるかな

  世の中の常なき頃 大江嘉言

1786 今日までは人を嘆きて暮れにけりいつ身の上にならむとするらむ

  題しらず    八条院高倉

1841 うき世をば出づる日ごとに厭へどもいつかは月の入る方を見む

          清輔朝臣

1843 長らへばまたこの頃や忍ばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき

  千載集を選び侍りける時、古き人の歌を見て

       皇太后宮太夫俊成

1845 ゆくすゑはわれもしのぶ人やあらむ昔を思ふ心ならひに

  入道前関白家に、十如是歌よませ侍りけるに、如是報

         二条院讃岐

1966 うきもなほむかしの故と思はずはいかにこの世を恨みはてまし

(『新訂・新古今和歌集・佐佐木信綱校訂』準拠)

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2019年9月26日 (木)

最古のコマソン、秋田音頭

♪秋田名物 八森(村)鰰(ハタハタ)、男鹿(市)では 男鹿ブリコ(ワカメに産み付けられたハタハタの卵という説あり)、アーソレソレ、能代(市)春慶(ぬりもの)、桧山(桧山町)納豆、大館(市)曲げわっぱ(木製の伝統工芸)

 前に、秋田にはうまい日本酒が多々あるのに、ほとんど県民が飲み干してしまい、県の収益に貢献しない、と県庁の役人がこぼしていた、ということを書いたことがある。

 上の民謡は、()がうるさいかもしれないが、塾頭注を入れておいた。

 かつての呑み助ならだれでも知っている酒場の名曲だった。このコマソン、江戸時代中期には成立していたというから、秋田は宣伝下手どころではない。

 今でも、このコマソンを地場産業が銘柄として利用しているのを見ると、なかなかのものである。

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2019年9月19日 (木)

お辞儀からハグまで

 江戸時代まで日本人の挨拶の動作は「お辞儀」しかなかった。身分が違えば「平伏低頭」、神仏へは「柏手」「合掌」。明治に入ると軍隊中心に帽子のふちに手をやる「敬礼」や、外国人とのつきあいのために「握手」も出現する。

 高温多湿の日本では、身体を接触させる挨拶は、日本人同士の間で、あまり一般化しなかった。手に汗を握るのもテンション民族の体質である。

 「ハグ」は冷戦時代、共産圏の首脳同士がよくしているのを目にした。スラブなど寒い方の国では、お互いに温めあうという伝統があるのかも知れないと思った。

 それがこのところ、安倍さんなんかも国際会議などで当たり前のようにハグをかわすようになってきた。

 ハイタッチやハグはスポーツなどで、ともに勝利を喜びあう所作である。

 しかし安倍さんのは、なにかを「ハグ」らかしているようにしか見えない。やはりどこかしら不自然になるのはやむを得ないようだ。

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2019年9月18日 (水)

犬と猫

 猫がいないとテレビの画像が持たない――最近はそんな扱いだ。犬も登場するが猫には差をつけられている。

 野良犬、野良猫は双方に存在するが、その地位には雲泥の差がある。首輪もなく鑑札も受けていない野良犬は存在を許されず、当局の手で捕縛され、戦中は軍に食用や毛皮として殺処分された。

 いずれも「家畜」であるが、猫を散歩させる姿を見ることはない。かつては残飯整理という共通点があった。

 馬・牛・羊・豚などを家畜に入れるが、犬・猫とはやや違う。時代により移り変わりは、当然出てくるものなのであろう。

 「家禽」というのもある。鶏、土鳩、オウム、文鳥などだ。

 軍では「軍馬」が重用された。場所によってはラクダ、象もある。神武東征の「金鵄」や、漫画の「のらくろ」は別として、先の戦争までは、「伝書バト」が実際に活躍していた。

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2019年9月17日 (火)

ココログ回復

 ブログの管理サイトにログインできず、5日もお休みになってしまいました。勝手にくるくる変わる基本ソフト、プロバイダーのシステムソフト、メーカー新機種による機能の変化、通信機能発達による種々な環境の変化等々、パソコンも扱いにくくなりました。

 ブログの記事を書く上で、検索機能は欠かせませんが、時々思わぬエラーも。なるべく余計な操作はしないよう、スタート画面に戻すように注意しています。

 それでも、間違えてキィーに触れることは避けられず、機械の機嫌を損ねてしまいます。機械に分厚いマニュアルが付いてくる「パソコン通信」の時代が懐かしくなる日々です。

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2019年9月 9日 (月)

台風15号

 台風15号が上陸した。千葉市付近ということだが、テレビの進路図で見ると塾頭宅の南西20㌔ぐらのところか。激しい雨風の音はするが、5時は床の中、起きようかどうしようかなと考えていた頃だ。

 寝ている間とはいえ、台風直撃といっていいほどの近くを通っていたとは知らなかった。被害を受けた方にはお見舞いを申し上げるが、その割には、停電もなく、雨も風もほどなく過ぎ去った。

 ただ、新聞配達のお兄さん、今日が新聞休刊日でよかったね。

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2019年8月29日 (木)

て、に、を、は

 文章を作るうえで留意すべき助詞として「てにをは」という言い方をする。そのあとに「が、と、へ、で、も」をつけ加えてもいい。

 今日の新聞に森友学園の公判が開かれた記事が1段見出しで載っいていた。被告人質問などその模様と起訴状の内容を報ずる内容だが、中ほどに突然、「判決は来年2月19日に決まった」という15文字が挟まる。

 そそっかしい塾頭は、「えっ」と思い読み返してしまった。ここは「判決(の日)は、来年2月19日(と)決まった」すべきではないか。

 書く本人はわかりきったことでも、読者に抵抗なく受け入れてもらうためには、一字を入れ替えるだけでずいぶん違ってくる。

 塾頭も気を付けているつもりでいるが、読み返すと必ず出てくる。

 「てにおは」は、日本語を難解にしていが、その分、奥が深い言葉とも言える。

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