エッセイ

2009年12月11日 (金)

正式国名考

 麻生前総理の外交方針の中に「価値観を共にする」という発想があった。価値観とは、アメリカが主導する自由と民主主義のことであろう。この中には中国や北朝鮮は入っていない。民主主義国ではないという判断だろう。

 ところが中国は「人民共和国」、北朝鮮はごていねいに「民主主義人民共和国」というのが、正式国名に加わる。だいたい「共和国」というのは、Republic、公民が話し合って選挙で代表を決める政体を示しているから、それだけで民主主義的という意味だ。

 世界の圧倒的多数、ことに新興国は○○共和国がほとんどだ。その「共和国」の前に、人民だとか、社会主義だとか民主をつけたすのは、中味に自信がないからなのだろうか。冷戦中の新興国に多いようだ。また、イスラムを国教とするパキスタン、アフガン、イランは「イスラム共和国」である。

 北朝鮮は、フルネームが長すぎるので、韓国と区別する意味からか自らを「共和国」と略称する。ところが、大韓民国の英文表記は、Republic of Korea で北朝鮮の Democratic People's がないと全く同じ、つまり「民国」は「共和国」の意味だから区別にはならない。

 中国の場合は、国民党政権時代の「中華民国」に遅れて成立した共産党政権が区別するため「中華人民共和国」と「人民」をわざわざ入れたのだろうか。中国の正統政府を主張するなら入れなかった方がよかったのに、と思う。

 共和国の次ぎに多いのが日本のように、何もつけないそのものずばりの正式国名である。また、連邦、連合、合衆国とつくものもある。王国や公国なども20カ国以上ある。その最大のものは、「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」という長ったらしい正式名のイギリスである。

 さすがに「帝国」を名乗る国はひとつもなくなった。イギリスをのぞくベネルックス3国、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンなどの王公国は、概して平和主導先進国である。石原都知事がネット上で日本の正式国名を募集したところ、「日本皇国」、「大日本帝国」が1位、2位に入ったといって悦に入っている。こういう際に使うのが「品格」という言葉である。

 

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2009年12月 8日 (火)

眺望

 今日は大詔奉戴日である。辞書に出ていないので解説をする。1941年の今日、帝国陸海軍は米英と戦争を開始した。その日、天皇の詔勅が発せられ「億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ達成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ」という大命降下があった。

 朝、開戦の第一報では「勝てるのか」という不安が大きく、先の「眺望」は何もなかった。その後の大本営の戦果発表に驚喜したものの4年後には被占領国になっていた。戦中は毎月8日を大詔奉戴日とし、学校では神社参拝、隣組(町内会)では金属回収、大日本婦人会では、出征兵士に贈るおまじないの千人針を作るなど、さまざまな聖戦支援のキャンペーンをした。2009_12040043

  さて、超高層ビルが林立し、携帯電話が行き渡った現今の「眺望」やいかに。昭和の半ばまで見られなかった光景である。

 多くは語るまい。

2009_12070001_2  縄文時代の「眺望」の方が、現今よりはるかに平和で豊で楽しい「眺望」が見られたに違いない。

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2009年12月 4日 (金)

こんにゃく問答

 【落語】こくにゃく屋の六兵衛がとある禅寺で和尚になりすます。そこへ旅の雲水・択善がやってきて問答を申し入れる。六兵衛、体よく断りたかったが逃げられず受けなくてはならない羽目に……。

択「大和尚。法華経の五字の説法は八遍に閉ず。松風の二道は、松に声あるや、松また声を生むや。この儀いかん」

六「…………」
択「しからば、有無の二道は禅家悟道の要諦にして、いずれが理なりや非なりや」
六「…………」

択「しからば、東海に魚あり。頭もなく尾もなく、なかの支骨を絶つ。この儀いかん」
六「…………」

択「書するときは方、画するときは円。この儀いかん」

 にわか和尚の六兵衛、問われても答えられない。択善、さては無言の行の最中か、とさとった。それではと、手話に切りかえた。

 それからしばらくして、択善が両手をつき「おそれいってございます。なかなかわれらの及ぶところではありません。ご免!」と叫んで、方丈をあとに玄関へ駆け戻った。八五郎という寺男がそこにいて、驚いてわけを聞いた。

八「どうなさった?」
択「愚僧が負けました」
八「エッ、お前さんが負けた?」

択「はい。大和尚にはじめ二、三問いかけましたるところ、お答えがござらぬ」
八「うんうん。その答えねえところにネウチがあるんだ。それがどうした」

択「さては無言の行かと心得、最初親指と人差し指で輪をつくり、日の本はと問いかけましたるところ、大和尚は両手をあげて輪を作り、大海の如しとのお答え。そこで両手の指で十方世界はと申しますると、片手で、五戒で保つとの仰せ。そして指三本をお示しし三尊の弥陀はと問いますと、目の下にありと答えられました。なかなか愚僧の如きの及ぶところではございません。よろしくお伝えのほどを」

  といって一目散に寺から飛び出した。八五郎、早速問答僧が逃げ去ったことを六兵衛に伝えに行くと、

六「俺の前にきやかって、いろいろのことを言いやがる。こっちはニセものだから黙っていた。するとあいつめ、おれの商(あきねえ)を知ってやがるじゃねえか。俺の面、ジロリと見やがって、やいやい、てめえんとこのこんにゃくはこれっぱかりだろうと言うんだ。

 そこで癪にさわるから、バカァいえ、こんなに大きいと言ったんだ。すると十丁でいくらだってえから、五百だってったんだ。ところがしみったれ坊主じゃねえか。三百にまけろと言うから、アカンベをしてやった」

落語「錦明竹」をご覧になりたい方はこちらへ↓
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_bb75.html 

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2009年11月18日 (水)

灯油ひと缶1360円

 タイトルと写真は何の関連もない。連想が連想を産んだまでである。

2009_1118hako  「虹色オリハルコン」さんの頁をのぞいたら、「冬になると我が家では、必ずミカンが箱買いされて、毎日よく食べましたっけ」という一文があった。どんな箱とは書いてはないが、ボクの脳みその中では「ミカン箱」といえば木箱である。

 今はほとんどが段ボールで「ミカン箱」を見ることがなくなった。ちなみに「ミカン箱」は「石油箱」同じ寸法(だと思う)で、石油箱ならブリキ製の18㍑缶(23.8㎝×23.8×34.9)が2個並べて入る大きさである。そのブリキ製石油缶も一般家庭ではとんと見かけなくなった。

 だから、それだけの大きさに入るミカンを腐らせずに消化するには、5人家族ぐらいが毎日相当セッセといただかなければならない。残った木箱は、犬小屋を作ったり、棚になったり、フロの薪になったりいろいろ。リサイクルには万全だった。

 そんなところへ「トーユ、ひと缶1360円」という灯油曳き売りの声がした。缶といえば金属製なのに「ポリ缶をご用意ください」という。そうか、今「缶」は18㍑という暗黙の了解のもとの取引単位なのだ。戦前まで石油の出荷単位は「箱」だった。

 それならば、なぜ中途半端な18㍑なのだ。石油缶は伝来もので、5ガロン入った。2個なら10ガロンである。また、日本の尺貫法では1缶が約1斗にあたる。だからガロン缶とか斗缶と称された。それがメートル法に直して1缶18㍑に当たるというわけだ。 

 灯油1斗いくら――といえば違法になるが「缶」ならばOK。「坪いくら」は、相当淘汰されてきたが自動炊飯器の目盛りは依然として「合」のまま。政権交代しても、生活に根付いてしまったことは、そう簡単にチェンジできないものである。ああ、また無粋なことをいってしまった。

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2009年11月16日 (月)

相撲・おでん・ミカン

 昨日から大相撲九州場所が始まった。幕内最年長の魁皇のファンだが、今回はご当地場所で応援がものすごい。JR博多から出身地の直方行きの特急に「かいおう」という愛称がついているとは驚いた。最近は懸賞ののぼりの数がいやに増えたが、土俵を回る時は、NHKのカメラがずーっと引いて字が読めないようにする。

 公共放送はコマーシャル無関係ということらしい。だが呼び出しさんなどが着ているはっぴ、背に「紀文」と書いてあるのが大きく写ってしまうのはやむを得ないらしい。伝統から来る特権であろうか。「紀文」といえばおでんのたね。どうして相撲とおでん……?。うんそう。ちゃんことねり物はつきも、相性がいいかも知れない。

 江戸時代の「紀文」は、粋人・紀伊国屋文左衛門である。

 沖の暗いに白帆が見える
 あれは紀伊国蜜柑船

紀伊の国屋文左衛門は、材木問屋を家業として、世にも聞こえたる富豪なり、活気の者にて、常に、花街、劇場に遊び、任侠を事とし、千金を抛ちて心よしとす、故に、時の人の紀文大尽と称して、其名一時に高し、寛永の比(ころ)までは、本八丁堀三丁目総て一町、紀文居宅なり。(上山勘太郎『実伝紀伊国屋文左衛門』)

 吉原大門を両手で〆、など大尽の風流話、真偽のほどはさだかでない。隠居後、俳人「千山」として名をなしたともいう。「おでん」の方は、初代が山形県出身だそうで、紀伊ではない。命名の由来は調べていないのでわからない。こういうとりとめのないことを書くのを無粋のきわみという。さりながら相撲は納めの場所。おでんもみかんも、これからが味わい時である。

 

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2009年11月 6日 (金)

「撃壌歌」(古代中国)

日出(い)でて作(な)し
日入りていこう
井をうがちて飲み
田を耕して食らう
帝力、なにか我にあらんや

日が昇れば起きて働き
日が沈めば帰って憩う
水は井戸を掘って飲み
田を耕して食を充たす
政治、自分にとって何のかかわりがあろうか。

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2009年10月 2日 (金)

朝青龍いびり

 朝青龍優勝から5日たち、そろそろほとぼりがさめる頃だが、またぞろ内舘牧子さんなどの「ガッツポーズ・品格論」がくすぶっている。相撲は好きな方で、用がなければ必ずTVを見ることにしている。両国には行ったことがないが、蔵前には何度か行ったこともある。

 しかし、朝青龍いびりは度をこしていないか。そうだとするとみにくいかぎりで心を暗くする。予想をくつがえす逆転勝利のうれしさが顔に表れ、観客の歓声に答えたバンザイがそんなに品格のないことなのか。高見盛の立ち合い前の所作、勝ったあとのパフォーマンスは一切おとがめなし、というのもわからない。

 あれは横綱でないからいいということか?。もし、横綱になれるような成績をあげたら、以後禁止するのか。そんなつまらない相撲を高い金を出して見に行くファンなどいない。観客が横綱の敗北に座布団を投げるのもマナー違反に違いない。しかし「ふとんが飛ぶ」というのは風物詩でもあり、実害のない違反だ。

 そうでない、というなら朝青龍は「再犯」だ。横綱審議会は自信をもって推挙を取り消し、角界から追放すべきではないか。外国人だから気にくわないのであれば、各部屋に1人などいわず全面禁止にして弱い日本人だけにすればよい。

 そうはできないところが「醜い」というのだ。ゴルフは、相撲におとらず品格を重んじるスポーツである。最近は世界のトップレベルで日本人選手が活躍している。ガッツポーズやへそだしルックは禁止すべきだと思うがいかがなものだろう。

 欧州貴族のスポーツが発展して一般化し、世界のスポーツになったのだ。相撲も国技の伝統を保ちながらここまで国際化した。韓国、モンゴル、ロシア、グルジア、ブルガリア、エストニア、アメリカ……。世界に誇れる喜ぶべき現象ではないか。

 以前、まわしの色がカラフル過ぎるということが問題視された。しかし黒一色にしたらどんなに味気ないものになるか。伝統も時代により少しずつ変化する。ちなみに、特にひいきのない力士同士の対戦で、それが外国人と日本人であった場合、私は、日本人に声援を送ることで、それもまた楽しみにしている。

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2009年9月17日 (木)

地獄極楽図

浄玻璃にあらはれにけり脇差を
         差して女をいぢめるところ

飯の中ゆとろとろと上る炎見て
         ほそき炎口のおどろくところ

赤き池にひとりぼつちま真裸の
      をんな亡者の泣きゐるところ

いろいろの色の鬼ども集りて
          蓮の華にゆびさすところ

人の世に嘘をつきけるもろもろの
        亡者の舌を抜き居るところ

罪計に涙ながしてゐる亡者
        つみを計れば巌より重き

にんげんは牛馬となり岩負ひて
     牛頭馬頭どもの負ひ行くところ

をさな児の積みし小石を打くづし
        紺いろの鬼見てゐるところ

もろもろは裸になれと衣剥ぐ
        ひとりの婆の口赤きところ

白き華しろくかがやき赤き華
       あかき光りを放ちゐるところ

ゐるものは皆ありがたき顔をして
        雲ゆらゆらと下り来るところ

【明治三十九年作『斎藤茂吉歌集』】

 2009_09170002 地獄図は小学生の頃、大阪の四天王寺の庭で見た。息子は幼稚園卒園式の日、経営するお寺の庫裏から本堂に行く渡り廊下で見たという。30年、70年の昔のことである。強烈な印象がいつまでも抜けない。しかし、最近はとんとお目にかかることがない。

 教育上好ましくないとされているのだろうか?。もっと好ましくない画像が携帯の中まで入ってきている。昨今、親殺し、子殺し、放火、詐欺。地獄志願者が多いのはこれを見ていないからではないか。    

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2009年9月16日 (水)

4年前の種

 2009_09160002 ブログは、日記のようなものというのが最初の知識だった。だからできるだけ毎日更新するようにしている。題名にこだわっているわけではないが、マンネリ打開のため、たまには反戦ネタや政治ネタに無関係な内容にしたいと思っている。

 今日がその日である。写真の芽を出した大根の苗をご覧いただきたい。本葉をだした大きなものと双葉だけの小さなのが混在している。実は大きいのは4年ほど前に買った残り物の種。去年それでも育ったので、今年も、と思ったら芽をだしたのは3、4本だけ。

 あわてて去年買った種をその上に筋まきし、芽が出てきたのが小さい方。もう3、40年家庭菜園をやっているが、近所でも名高い惰農である。それでもそこそこ収穫があるというところが、素人農夫の醍醐味なのだ。

 4年前の種、といったところで……いけない!、政治に連想が行ってしまった。ブログを始めた年である。またその年小泉首相の靖国参拝がクローズアップされ、中国で反日デモが吹き荒れた。今日は、歴史的と言われる鳩山内閣が誕生する日である。

 ことさらの感想はないが、報道される閣僚候補に原口一博氏がいることが気になる。彼は民主党の中の数少ない「靖国神社に参拝する議員の会」メンバーである。私は4年前の考えがいつまでも残るのがいいとは考えていない。

 小沢さんではないが「変わらずに生きようと思えば人は変わらなければならない」でいいと思う。彼は、参拝をやめた安倍から福田首相になった去年も参拝しているようだから、まだまだ芽のでる種だと思われる。

 それでもなおかつ、一介の国会議員として、あるいは私人として参拝するのなら、歴史認識の浅さはともかく、その行為自体は拘束されるべきではない。しかし、北東アジアでの親善関係に力点を置く鳩山・岡田外交を支える内閣の一員になるのだ。

 組閣後の記者会見でそれを聞かれたら何と答えるのだろう。あるいは、そんな質問もでないほど、この問題は風化した問題だろうか。中国では風化していない。なぜ風化しないのか、しつこいのか、その疑問を解明する努力が日本ではまだ不十分だ。

 あーあ、また政治ブログになってしまった。

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2009年9月 7日 (月)

お位牌

 数日前だったか、災害時に家を離れなくてはならないとき、まっ先に持ち出すもの、というアンケートの答えが、たしか1位財布、2位携帯電話だったように覚えている。あるいは違っているかも知れないが、若い人は圧倒的に携帯電話だそうだ。

 昔の常識、何をおいてもまず「ご先祖様の位牌」などどこへ消えたものやら、ランクにも上がってこなかったに違いない。戦時中なら鍋、釜だ。ヘルメットの代わりにもなる。防毒マスクが配給になったが世帯に1個ぐらいでは役に立たないから持ち出しても仕方がない。

 位牌は江戸時代以来だろう。先祖崇拝は東洋共通の文化だ。現代、どこまで残っているものやら。崇拝するなら「お金」ではあまりにも情けない。先祖を崇拝しなくても、自らのルーツに関心がないようでは困る。

 江戸時代なら系図だ。特に武家にとってはこれが命。崇拝しなくてもこれがなくては身分を保てなかった。平民の身分は、お寺の檀家として把握されていなくてはならない。それがないと関所を通過する際のビザがもらえない。過去帳、位牌はそれを支えるかけがえのない物的証拠だ。

 政治家も世襲が軽んじられる世の中になった。家族制度は戦後大幅に改変された。これからも、人権優先で戸籍法・民法などが変わっていく可能性が高い。しかし、先祖に対する関心やうやまいの心が失われるとなると問題だ。

 オバマがアフリカの先祖の地を訪問し、幼時のイスラムとの接点を語ったりして世界に親近感を持たれた。また、岡田外相候補の母方の先祖の家に、中国開放の父孫文が宿をとったなどということが、親中国のあかしとして期待されたり、ご先祖様が今も立派に活躍することはすくなくない。

 まあ、金輪際大統領や外務大臣になることはないけどね……(^^)。

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