エッセイ

2017年5月 1日 (月)

♪世界をつなげ花の輪で

 メーデーに集まる大群衆でほこりの舞う宮外苑広場。高らかに労働歌合唱し肩を組んで繁華街を行進したのは60年も前になった。

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  まさに花の季節、花の時代を謳歌できた世の中だった。5月1日は休日ではないが、多くの大手労組は、この日を休業日とする協約を使用者との間で結んでいた。

 弁当代が出るので、解散地の盛り場で同僚とビールを飲むのが毎年の楽しみだった。総評、同盟といった労働団体の別はあったが、少なくとも日本の労働者は、この統一メーデーに何の疑問も抱かず結集した。

 今、最大の労働団体「連合」は、人が集まらないという理由で、このメーデーから抜けた。その代わり4月最後の日曜日に会合を持つ。アメリカで8時間労働の権利を打ち立てた伝統あるメーデー(5月)の日と縁もゆかりもない。

 今日、集会を持つのは少数派になった共産党系と社民党系の労働団体だけである。かろうじて伝統のメーデーを維持するが、なにか寂しい。過労死防止で時間短縮に精力を注ぐのは、労働組合ではなく政府・自民党の役目になった。

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2017年4月18日 (火)

桜散る

今日は台風並みの大荒れ天気(今はそれほどでもないか……)。

   ♪若い血潮の予科練の7つボタンは桜に錨

     ♪咲いた花なら散るのは覚悟 

     見事散りましょう 国のため

終戦直前まで、大流行した戦時歌謡。前が予科練の歌、後は海軍兵学校用「同期の桜」だ。桜はその散り際が未練残さず潔いという意味でももてはやされた。多分咲き誇った桜なども今日で終わりだろう。

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  忠臣蔵の浅野内匠頭が自刃したのは21日だが、舞台でもその現場には散る桜が配される。武士道的美意識かも知れない。新渡戸稲造は、同じ封建制の下で育った武士道と騎士道だが、騎士道精神はキリスト教という背景の下で生き延びたのに対し、武士道には神道が支えになるという現象が見られなかったとしている。

 

塾頭は、「桜散る」には、むしろ仏教の「無常観」へつながるような気がする。

 

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2017年3月26日 (日)

「忖度」は医学用語?

 森友学園問題で飛び交う「忖度(そんたく)」。ネットでは検索の上位を独占、今年の流行語大賞は、これで決まり、と評判だ。記者会見で、英語通訳が翻訳できず立ち往生したそうだが、中国人記者ならどう伝えただろう。

 

気になったが検索では見あたらなかった。そこで、我が家の唯一の漢和辞典を見ることにした。以下はそこから得た知識の紹介である。

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【忖】おしはかる。他人の心をおしはかる。推測。寸(スン)の転音が音。一説、心(りっしんべん)と寸(手首の脈どころ)との合字、指を当てて脈を知るように、他人の心を推しはかる意。

 

単語は[忖度]のひとつだけ。[度]は「はかる」で前記の意と同じ。

さらに中国古典『毛詩・詩経』からの出典を示す。

「他人有心、予忖度之」

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「親中派」と言われるが、立派な中国語であった。

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2017年3月 6日 (月)

40、50は……

 「40、50は鼻垂れ小僧」と言ったのは、渋沢栄一である。天保11年(1840)武蔵国(埼玉県)の豪農の子として生まれた。

 実業家として名をなしているが、幕臣となり渡欧、維新後は大蔵省の役人、30台で退官。その後は財界で銀行、鉄道、海運、紡績、電気など主要業種を総なめ。70台半ばで引退したがその後も社会事業に従事した

 

40、50は……と言ったのは80台の頃らしいが、91で天寿を全うした。現在なら超高齢とも言えないが1931年(昭和6)没、昭和10年の平均寿命が男46.9歳だから、まさに怪物と言っていいほどの年だ。

 

そこから見れば、塾頭も洟垂れ小僧……にはならないか(*^-^)

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2017年1月23日 (月)

19年ぶりに日本人横綱?

実現すれば19歳の人にとって、生まれて初めての日本人横綱になる。相撲が「国技」だといわれても土俵入りをするのは外国人。これまで、「なんで?」という感じだっただろう。

 

外国人力士が現れたのは1967年、ハワイ生まれの米国人・高見山の十両入りに始まる。もう50年もたったのかという気がするが、国際化は最近の相撲人気をむしろ高めている。

 

高見山が優勝した際は、大統領から祝電が届いた。明るい性格で日本人からも愛されがトランプさんのように高い税金などかけなかった。アメリカ人はいなくなったものの、横綱を独占するモンゴルをはじめ、エジプト、ロシア、ジョージア、ブルガリア、メキシコなどにぎやかだ。

 

その中で幕内下位にいた蒼国来は、内蒙古出身といっても中国に入る。今場所星をかさねて前頭筆頭まで上がりそうだ。いずれは、中国場所復活が話題になるような活躍を期待したい。

 

今回優勝した稀勢の里は、いい意味でも悪い意味でも日本人らしいところが人気のもとであったかもしれない。稀勢の里が尊敬する力士は、と問われて朝青龍と答えた。いやがらずに稽古の相手をしてくれたからだという。

 

その朝青龍。かつて同じ質問に対し魁皇と答えた。理由は、けんか相手の力士と仲直りをするよう風呂の中でこんこんと諭されたこと、だとか。いずれにしても力士の間には国境はない。

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2017年1月13日 (金)

パソコン、苦戦

 新パソコンに思った以上の苦労をしています。

 便利になったのでしょうが、新機能が理解できない。私にとっては古く慣れた方が便利なので、新しい方に慣れるまで古い方を処分せず、当分は両刀使いで行きます。

 テーマを探す苦労の方が楽でした。トホホo(;△;)o

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2017年1月 6日 (金)

准高齢者

 どういう人の集まりか知らないが「日本老年学会」というのがあって、この度、高齢人口の増加に伴い、その肉体的・精神的能力を見直す必要から、高齢者を3段階に区別する提言をしたのだそうだ。

 それは、65歳から74歳までを「准老齢」、75歳から89歳を「老齢」、100歳以上を「超高齢」とするものだ。

 「後期高齢者」という言葉を当局が決めた時も、さんざん非難を浴びたものだが、今回提案した用語は、より無知・無感性というしかない。

 いつからそうなったのかわからないが、正看護士に対して准看護士、助教授は准教授になった。最初に聞いた時なんとなく耳障りな言葉だと思った。

 「准」とは「なぞらえる」というような意味で、「本当は資格がないのにそれに準じた扱いを認める」というとらえ方だ。昔の漢和辞典をひくと単語は「准后」があるだけだった。

 准后は、皇后以外の女性が皇子を生むと母親は「准后」と呼ばれた。どう見ても「正式ではない」という意味が込められており、呼ばれる方もなんとなく嬉しくないだろう。

 「超高齢者」もひどい。老齢者人口の1%ぐらいらしいが、高齢者のレベルを飛び超えた特別な存在で、「高齢者の枠外」にあると言われているような気がする。

 そういう分類は必要かも知れないが、呼ばれる人たちの気持ちもよく考えて名づけてほしい。パート・ワン、パート・スリーなどとした方がよほど気が利いていると思う。

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2016年12月26日 (月)

校正

 仕事として「校正」をしたのは60年以上前にさかのぼる。発行部数1000部程の新聞だが、いくつかの寄稿以外の執筆、編集、活版印刷の割り付け・整理、そして校正までを一人でやっていた。当然校正は3稿までやる。

 「校正(後世)恐るべし」という格言は、この頃知ったと思うが、若かったせいかあまり大きなミスは覚えがない。その後、単行本、会社・団体史なども手掛けたが、校正漏れが一つもなかったという例はなさそうだ。

 単行本などは、出版社で校正の専門家がいてこれに当たるが、そこでさえすり抜けてしまう。重要な校正漏れを発見するのは、校正作業中ではなく、なぜか発行後リラックスしながら読み下しているような時の方が多い。

 ブログも同様である。原稿段階で読み返すものの、印刷物と違い、アップした後でも簡単に訂正できるということから、どうしても安直になる。その反面、印刷でいう「誤植」はワープロ作業のため比較にならないほど多い。

 最近のワープロソフトは、単語で変換するより熟語で入力・変換する方が正しい文字になることが多いようだが、それでも信用は禁物だ。前段に使った「校正洩れ」は、何度やっても「公正漏れ」しかでてこない。

 相当後になって気が付いた例として、昨日、「最後」が「最期」になっていたのを発見した。なにか見かけは似ているようで意味する所は全く違う。

 「校正(後世)恐るべし」である。

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2016年10月27日 (木)

誰のための労組

 最大手広告代理店「電通」の新入女子社員が苛酷な長時間残業から来たと思われる自殺を遂げ、労災と認められた。また過去、支社を含め複数回労働基準監督署から是正勧告を受けていたことなど、続々と報道された。

 15日のエントリー「新潟県知事選&労働組合」は、民進党が知事選について連合の反原発反対の意を受けて自主投票に逃げこんだことを含め、今どきの日本の「労働組合」に疑問を感じ、電通のような事態をふせぐため、同社には労働組合がなかったのか……と書いたものである。

 塾頭が現役の頃は、労働省の出先「労働基準監督署」が会社の担当部門から鬼のように恐れられていた。なにしろ警察署・消防署と同じ「署」でよばれる強制力を持った役所だからだ。税務所や登記所、あるいは公共職業安定所とはわけが違う。

 同じ労働組合でも、今回の事件について役所側の労働組合のコメントを発見した。毎日新聞10月21日・東京朝刊によるものである。

全国労働組合総連合(全労連)の井上久事務局長は「労働基準監督官の人数が足りない。監督官は相当のオーバーワークで、お昼ご飯を食べる時間もないのが実態だ」と指摘する。厚生労働省によると、企業が時間外・休日労働に関する労使協定を届け出たのは14年度137万7705件で3年前から約18万件増えた。ただ、今年度の全国の監督官は3241人で、3年前から43人しか増えていない。

 「お昼ご飯を食べる時間もない……」。エッ?!、これでは取り締まる警官がコソ泥をしているようなものではないか。中央省庁再編で労働省が厚生省と合体し、さぞかし行政効率が上がりスリム化しているのだと思ったら、逆に監督官は増えているようだ。

 電通がこれほど何度も指摘を受けながら、旧態然としてお上を恐れぬしたい放題。疑いたくないが「接待」という2文字がどうしても浮かんでくる。役所の労働組合も業務の簡素化より、仕事量と身内にしか目を向けない官僚意識が先に立っている発言だ。

 塾頭……、ただただ「長嘆息」が結論です。

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2016年10月23日 (日)

続・差別語「土人」

 沖縄で基地反対運動をしている人に対し、規制にあたっている機動隊員が投げかけたこの言葉、塾頭が最初にこれを取り上げたのが19日の早朝だった。「琉球新報」の電子版からひいたものである。

 その後中央紙やTVも取り上げ、今日のニュースショーでも、先週のできごととして、論評も加え報じていた。塾頭は記事の中で 『「土人……」(どじん)、いや、懐かしい言葉を聞くものだ』と書いた。若い隊員がこんな言葉をなぜ知っているのかが不思議だった。

 これについて、戦中までは実際に本土の人間が沖縄の人に使っていた差別語だったとか、現在でもネットウヨが「シナ人」とともによく使うとか、政府・官僚が上からの目線で対応することが差別を誘発したなどという解説もあった。

 塾頭は、ネットウヨ言論は一時ほどではないのかと思っていたら、小林よしのりがブログにこんなことを書いている。

辻元(清美)氏は政治家として年季が入って来て、国会質問の追及も腰が据わっている。
言葉が重くなってきたので稲田朋美への追及のときは、とうとう稲田が震えだし、泣いてしまった。
これを稲田萌えのネトウヨおっさんどもは、「憂国の涙」なんて庇ってるのだから、馬鹿もど外れている。

わしのAKB萌えは意識して自分を馬鹿に見せてやっているが、稲田萌えは無自覚に馬鹿をさらけ出しているから脳髄まで馬鹿が浸透している。

 「馬鹿」と言うやつが「馬鹿」という。4回も繰り返す小林もどうかと思うが、アメリカのトランプ現象もネットにあふれる乱暴な言論が影響しているという。また、中国でさえ、ネットにあふれる対外過激言論が慎重論をおさえる役割を果たしているそうだ。

 世界総ネットウヨ時代――想像もしたくない世紀末的現象だ。これを止める大文豪がそのうちに出てくるだろう。それを期待したい。

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