エッセイ

2009年11月 6日 (金)

「撃壌歌」(古代中国)

日出(い)でて作(な)し
日入りていこう
井をうがちて飲み
田を耕して食らう
帝力、なにか我にあらんや

日が昇れば起きて働き
日が沈めば帰って憩う
水は井戸を掘って飲み
田を耕して食を充たす
政治、自分にとって何のかかわりがあろうか。

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2009年10月 2日 (金)

朝青龍いびり

 朝青龍優勝から5日たち、そろそろほとぼりがさめる頃だが、またぞろ内舘牧子さんなどの「ガッツポーズ・品格論」がくすぶっている。相撲は好きな方で、用がなければ必ずTVを見ることにしている。両国には行ったことがないが、蔵前には何度か行ったこともある。

 しかし、朝青龍いびりは度をこしていないか。そうだとするとみにくいかぎりで心を暗くする。予想をくつがえす逆転勝利のうれしさが顔に表れ、観客の歓声に答えたバンザイがそんなに品格のないことなのか。高見盛の立ち合い前の所作、勝ったあとのパフォーマンスは一切おとがめなし、というのもわからない。

 あれは横綱でないからいいということか?。もし、横綱になれるような成績をあげたら、以後禁止するのか。そんなつまらない相撲を高い金を出して見に行くファンなどいない。観客が横綱の敗北に座布団を投げるのもマナー違反に違いない。しかし「ふとんが飛ぶ」というのは風物詩でもあり、実害のない違反だ。

 そうでない、というなら朝青龍は「再犯」だ。横綱審議会は自信をもって推挙を取り消し、角界から追放すべきではないか。外国人だから気にくわないのであれば、各部屋に1人などいわず全面禁止にして弱い日本人だけにすればよい。

 そうはできないところが「醜い」というのだ。ゴルフは、相撲におとらず品格を重んじるスポーツである。最近は世界のトップレベルで日本人選手が活躍している。ガッツポーズやへそだしルックは禁止すべきだと思うがいかがなものだろう。

 欧州貴族のスポーツが発展して一般化し、世界のスポーツになったのだ。相撲も国技の伝統を保ちながらここまで国際化した。韓国、モンゴル、ロシア、グルジア、ブルガリア、エストニア、アメリカ……。世界に誇れる喜ぶべき現象ではないか。

 以前、まわしの色がカラフル過ぎるということが問題視された。しかし黒一色にしたらどんなに味気ないものになるか。伝統も時代により少しずつ変化する。ちなみに、特にひいきのない力士同士の対戦で、それが外国人と日本人であった場合、私は、日本人に声援を送ることで、それもまた楽しみにしている。

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2009年9月17日 (木)

地獄極楽図

浄玻璃にあらはれにけり脇差を
         差して女をいぢめるところ

飯の中ゆとろとろと上る炎見て
         ほそき炎口のおどろくところ

赤き池にひとりぼつちま真裸の
      をんな亡者の泣きゐるところ

いろいろの色の鬼ども集りて
          蓮の華にゆびさすところ

人の世に嘘をつきけるもろもろの
        亡者の舌を抜き居るところ

罪計に涙ながしてゐる亡者
        つみを計れば巌より重き

にんげんは牛馬となり岩負ひて
     牛頭馬頭どもの負ひ行くところ

をさな児の積みし小石を打くづし
        紺いろの鬼見てゐるところ

もろもろは裸になれと衣剥ぐ
        ひとりの婆の口赤きところ

白き華しろくかがやき赤き華
       あかき光りを放ちゐるところ

ゐるものは皆ありがたき顔をして
        雲ゆらゆらと下り来るところ

【明治三十九年作『斎藤茂吉歌集』】

 2009_09170002 地獄図は小学生の頃、大阪の四天王寺の庭で見た。息子は幼稚園卒園式の日、経営するお寺の庫裏から本堂に行く渡り廊下で見たという。30年、70年の昔のことである。強烈な印象がいつまでも抜けない。しかし、最近はとんとお目にかかることがない。

 教育上好ましくないとされているのだろうか?。もっと好ましくない画像が携帯の中まで入ってきている。昨今、親殺し、子殺し、放火、詐欺。地獄志願者が多いのはこれを見ていないからではないか。    

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2009年9月16日 (水)

4年前の種

 2009_09160002 ブログは、日記のようなものというのが最初の知識だった。だからできるだけ毎日更新するようにしている。題名にこだわっているわけではないが、マンネリ打開のため、たまには反戦ネタや政治ネタに無関係な内容にしたいと思っている。

 今日がその日である。写真の芽を出した大根の苗をご覧いただきたい。本葉をだした大きなものと双葉だけの小さなのが混在している。実は大きいのは4年ほど前に買った残り物の種。去年それでも育ったので、今年も、と思ったら芽をだしたのは3、4本だけ。

 あわてて去年買った種をその上に筋まきし、芽が出てきたのが小さい方。もう3、40年家庭菜園をやっているが、近所でも名高い惰農である。それでもそこそこ収穫があるというところが、素人農夫の醍醐味なのだ。

 4年前の種、といったところで……いけない!、政治に連想が行ってしまった。ブログを始めた年である。またその年小泉首相の靖国参拝がクローズアップされ、中国で反日デモが吹き荒れた。今日は、歴史的と言われる鳩山内閣が誕生する日である。

 ことさらの感想はないが、報道される閣僚候補に原口一博氏がいることが気になる。彼は民主党の中の数少ない「靖国神社に参拝する議員の会」メンバーである。私は4年前の考えがいつまでも残るのがいいとは考えていない。

 小沢さんではないが「変わらずに生きようと思えば人は変わらなければならない」でいいと思う。彼は、参拝をやめた安倍から福田首相になった去年も参拝しているようだから、まだまだ芽のでる種だと思われる。

 それでもなおかつ、一介の国会議員として、あるいは私人として参拝するのなら、歴史認識の浅さはともかく、その行為自体は拘束されるべきではない。しかし、北東アジアでの親善関係に力点を置く鳩山・岡田外交を支える内閣の一員になるのだ。

 組閣後の記者会見でそれを聞かれたら何と答えるのだろう。あるいは、そんな質問もでないほど、この問題は風化した問題だろうか。中国では風化していない。なぜ風化しないのか、しつこいのか、その疑問を解明する努力が日本ではまだ不十分だ。

 あーあ、また政治ブログになってしまった。

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2009年9月 7日 (月)

お位牌

 数日前だったか、災害時に家を離れなくてはならないとき、まっ先に持ち出すもの、というアンケートの答えが、たしか1位財布、2位携帯電話だったように覚えている。あるいは違っているかも知れないが、若い人は圧倒的に携帯電話だそうだ。

 昔の常識、何をおいてもまず「ご先祖様の位牌」などどこへ消えたものやら、ランクにも上がってこなかったに違いない。戦時中なら鍋、釜だ。ヘルメットの代わりにもなる。防毒マスクが配給になったが世帯に1個ぐらいでは役に立たないから持ち出しても仕方がない。

 位牌は江戸時代以来だろう。先祖崇拝は東洋共通の文化だ。現代、どこまで残っているものやら。崇拝するなら「お金」ではあまりにも情けない。先祖を崇拝しなくても、自らのルーツに関心がないようでは困る。

 江戸時代なら系図だ。特に武家にとってはこれが命。崇拝しなくてもこれがなくては身分を保てなかった。平民の身分は、お寺の檀家として把握されていなくてはならない。それがないと関所を通過する際のビザがもらえない。過去帳、位牌はそれを支えるかけがえのない物的証拠だ。

 政治家も世襲が軽んじられる世の中になった。家族制度は戦後大幅に改変された。これからも、人権優先で戸籍法・民法などが変わっていく可能性が高い。しかし、先祖に対する関心やうやまいの心が失われるとなると問題だ。

 オバマがアフリカの先祖の地を訪問し、幼時のイスラムとの接点を語ったりして世界に親近感を持たれた。また、岡田外相候補の母方の先祖の家に、中国開放の父孫文が宿をとったなどということが、親中国のあかしとして期待されたり、ご先祖様が今も立派に活躍することはすくなくない。

 まあ、金輪際大統領や外務大臣になることはないけどね……(^^)。

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2009年8月26日 (水)

遠くて近きもの

2009_08260002 遠くて近きもの
     極楽。

    舟の道。

   人のなか。

(枕草子167段)

遠くて近きもの
   政権交代。

  無料高速道。

  日米のなか。

(反戦塾無理算段)
           

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2009年8月19日 (水)

葉はしげり

夏枯れに 手入れせずとも 葉はしげり                      

2009_08190004_2 「不況対策」「ばらまき」、なんとなく空しくひびく選挙戦もあと10日。210日寸前、台風はこないんでしょうか。

 2009_08190005 今日は俳句(8ハ1イ9ク)の日だそうです。 塾頭

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2009年8月14日 (金)

2009_08140019  題がお題です。何と読む?。お父さん「……」、お母さん「??」。おばあさん「フルイ」。息子「古い?」。お父さん「辞書を引いてごらん」。

 ふるい【篩】粉または粒状のものを、その大きさによって選り分ける道具。普通、まげ物の底に、馬尾・銅線・絹・竹などを張ったもの(広辞苑)。

 「さすがは、おばあさん!。フルイことよく知っている(笑)」。「近頃あまり見かけなくなったわね」。
 
 ありました!!。100円ショップに。ついでにパワーショベルの先っちょのようなものも。

 下に敷いたファイル・ホルダーも、この型のものが百貨店にはなかった。百貨店は百[円硬]貨の店に名を譲った方がいい。売上げ低下に歯止めがかからないというのもむべなるかな。

 ちなみに、篩は、庭先の砂利が土とまじり、洗って敷き直したかったもの。ミニだがこれで充分間に合う。泥まみれにする前にビカビカのところを写真に撮っておきました。

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2009年8月12日 (水)

「イクサ」の意味

 前回、《「由来」の危うさ》を書いたら、テーマの連鎖反応が起きてしまった。書棚の中に大野晋著『日本語をさかのぼる』という岩波新書が見つかったのだ。原稿を書き、公表してしまってから参考になる資料が見つかるということはよくあることだ。

 きっと、書いたことでそこに関心が集中し、関連する事柄が目につきやすくなる、または、より突っ込んでみたいという潜在的意識がそうさせるのだろうか。前回は、コシノクニの「越」と中国古代の国「越」に関係があるかどうかだった。

 今回は、わが反戦塾の「戦」、イクサについてである。例によって『日本書紀』をめくると、神武東征の1、2頁だけで次のように多くの漢字が当てられている。
 兵→イクサ 介冑→イクサ 軍→イクサ
 師→イクサ 卒→イクサ
 
 ところが「戦」は、タタカい、タタカうには使うがイクサは見あたらない。前掲書はこういう。
「イクサという語がある。現代では戦争の意にこれを使う。しかし、イクサという語は、本来戦争の意を表すものではなかった」と。

 続けて、イクサはイクとサに分かれると解説する。イク(生)とは、生命力の盛んなことをたたえる接頭語で、サは朝鮮語のsalを取り入れた「矢」の意味だという。つまり勢いのあるするどい矢をを意味する。今ならミサイルそのものだ。

 それが『書紀』の持統3年になると「射(イクサ)習ふ所を築かしむ」とか、「射(イクサ)を観たまふ」と射→イクサに発展する。つまり、射撃という行動までを意味するのだ。さらに鎌倉時代に入ると、完全に合戦そのものを「イクサ」というようになる。

 現在のイクサは、広辞苑で見ると「軍」「戦」「兵」「射」とあらゆる意味をとりこんだ言葉になっている。さて、ややこしいことになったが、わが反戦塾は、専守防衛の自衛隊とその装備は認めているので、広義の「イクサ反対」ではなく、狭義の「たたき合い=戦い反対」ということになるのだろうか。

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2009年8月11日 (火)

「由来」の危うさ

 関西出身の考古学の大家、森浩一先生は、私の最も敬愛する考古学者の一人である。史伝・考古学に関連する自著を持つだけに、先生の著書から受けた影響はすくなくない。その一方自著には、00年に発覚した東北地方の旧石器発見捏造事件に関連して、次ぎのようにも書いている。

 〇三年五月に発表された日本考古学協会の最終報告によると「旧石器は旧石器、縄文は縄文という時代割り、東北は東北、関東は関東という地域割りの細分化された専門領域の谷間に落ちている研究者の現状を反映」しているのだという。

 これほどだとは思わなかったが、考古学に限らず、他の学会や官僚の世界に巣くう積年の病弊の現れで、もって他山の石とするべきことがらであろう。(拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』)

 しかし森先生のは違う。地域割り、時代割りはおろか、学問としてはとかく対立しがちな文献史学から民俗学の分野まで、奔放に名文を駆使される。しろうとにも取っつきやすく、探偵小説のように先へ先きへと読み進んでしまう。

 ことに文庫本は寝床の友とすることが多く、読みやすいだけに軽く読み飛ばしてしまう部分がでてくる。何度も見ているのに、今回「えっ?」と思うことに気がついた。それは、越洲(『日本書紀』でいうコシのシマ)と、中国南部の古代国家越(エツ)との関係である。

 先生の『古代史の窓』(新潮文庫)に「倭人と呉越文化」という項目があり、おいしいコメといえば「こしひかり」という書き出しで、中国江南の稲作起源や発掘される木胎漆器などの例をあげ、両者に「早くから交流があったのではないか」という予想を書いておられる。

 先生が、日本海側が今日考えられているような後進性を持った地域でなく、大陸から見て海運が高度に生かせる点で太平洋岸より重視されていたという結論は、拙著でも強調した点で同意見である。しかしその先、同様なこととして江南の「越=エツ」と伊予の有力氏族越智氏の交流を結びつけた話を展開されている。

 先生は、別に漢字「越」をコシとエツの共通点としてあげられたわけではない。しかし、越智は「越」の2文字化(呉音ではヲチ)で、由来を江南の「越」と推定されている。そのため、越洲もイメージとしては同じようににとられてしまう。拙著では「畿内からは険しい山にはばまれ、舟で海を越して(渡って)ゆく国」を越の国のイメージとして描いた。

 エツとコシは漢字の音読みと訓読みでである。コシは古志とも当て字されるれっきとした日本語に違いない。「越」はその日本語の意味をあてはめたものだろう。呉越の越には関係ないと思う。また、越智氏については、「小市国造小致」が越智氏の始まりとか、「小千」「小市」「乎千」などとも記され国造家に端を発するという説もあるので、直ちに中国の「越」に結びつかないのではないか。

 音が先なのか訓が先なのかの判定は、なかなかむつかいしい。ただ、漢字の音読が普及したのは奈良時代以降で、それまでは日本語を万葉がな風に表記するのが主流だったのではないか、というのが私流の勝手解釈である。

 『日本書紀』を通読された方はおわかりだろうが、地名由来説話が非常に多い。しかしいずれも後世にこじつけた民間説話や社寺縁起などの我田引水の類であてにならない、というのが常識になっている。いずれにしても「由来」話はあくまでも刺身のつまか、それ以下に考えておけばいいということになりそうだ。 

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2009年7月26日 (日)

宇野重吉

2009_07260005  購読している新聞の日曜版をめくっていたら、なんとも懐かしい顔がぱっと目に入ってきた。別に知人ではなく、とりたててファンという程でもない。今から40数年前、たまたま富山行きの同じ飛行機に乗り合わせただけである。

 その時も別に言葉を交わしたわけではないが、なぜか道中のいろいろな光景が思い出されるのである。私の用件は、新聞記者とカメラマンをその頃建設中であった立山の室堂トンネル現場に案内することだった。宇野は単身で、羽田空港待合室の3人前ほどに並んでいた。服装は写真にあるような軽装である。ちょうど今どきの季節だったと思う。

 乗った飛行機は、フレンドシップというフランス製(多分)の高翼(胴体をつり下げるように上部に翼があり前方や下界の見晴らしがまことにいい)機で、ターボジェットエンジンのプロペラがついていたように思う。

 晴天の飛行日和だったが、飛行高度は1万㍍に達しない。上越国境あたりに入道雲が現れると直線コースをはずれて雲塊を迂回する飛び方だった。富山空港はできて間もないひなびた空港である。成願寺川河川敷(今回調べ直したら神通川だった)にあり、着陸態勢に入ると地面近くのすぐ横を大きな石塊が走り過ぎるのでびっくりした。

 着くと田舎の鉄道駅を思わせるターミナルの平屋根屋上に、10人前後の人が手を振って迎えに出ている。迎えを出すという話だったがいやに多いな、と思った。そう、宇野重吉のことはすっかり忘れていたのだ。ただそれだけの話だが、亡くなって21年たつという。

 その後お目にかかるのは、NHK大河ドラマの脇役とかメーデーの会場とかであったが、今の政治屋タレントとは月とすっぽん。新劇で鍛えられた深みのある演技とにじみ出る知性や行動力など、戦後を代表する演劇人だったと思う。

 なお、新聞記事の内容は同じ演劇人である奈良岡朋子の回想談話である。奈良岡とは仕事で短時間話したことがあるが、その中味は覚えていない。多分、TVアニメ「ムーミン」のナレーションのことなどだったかもしれない。 

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2009年7月24日 (金)

挙句の果て

 「麻生首相は解散の時期をのばしにのばし、地方首長選・都議選の敗北を見たあげくの果て、麻生おろしをかわしながら7月21日解散、8月30日総選挙でけりをつけた」

 なんとなく使うフレーズだが、「挙げ句の果て」も「鳧(け)りがつく」も連歌・俳諧からきた言葉だそうだ。ということは、『万葉集』にも「けり」がつく歌があるからその頃すでにあつた言葉だろうか。

 「挙句」は、百韻なら100句目、五十韻なら50句目、歌仙ならば36六句目がそれに当たり、その果てということだから最後の最後という意味になる。辞書ひくと、鳧とはカモのことである。しかしなぜこの字が使われるのかわからない。「けり」は、一首一句の終わりの助動詞としてよく使われる。

 麻生さんは、これまであまり聞いたことのない業界団体巡りなどを始めたそうだ。もうひとつ、和歌からきた言葉をあげておこう。「腰折れ」である。

 和歌の五七五七七の3句目の五音、これを「腰句」といい、4句目の七音にぴったり続かぬ場合、腰の折れた老人に似ているとして「腰折れ」という言い方ををする。

 そこで、麻生総理渾身の努力も「腰折れ」となり、あげくの果て

      麻生さん ○○○○○○○ ○○○けり

という句ができるのだろうか。

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2009年7月17日 (金)

道と路

 2009_07170003 ミチとミチ、両方あわせると「道路(ドーロ)」。昔、日本人がアメリカを訪問し「英語と日本語では何でも逆になる。英語のロードは日本語でドーロ」。ジョークのつもりで言ったことを、通訳が翻訳できなくて困ったという話がある。

 さて、この両方の漢字、「意味はどう違うんですか?」という小学生の質問に、先生、はたと困ったそうだ。「調べておくから待ってね」。しかし先生は「ごめんなさい。やっぱりわからないの」というしかないだろう。

 国語辞典、漢和辞典、字源いろいろ調べてもよくわからない。「字は違うけど意味は同じなの」では、小学生は納得しないだろう。そこで、独断と偏見で有名な「反戦塾」塾頭は考えてみた。大きなミチと小さな、ミチ。違う。ヒントは「道」の「シンニョウ偏」である。

 ふにゃふにゃと曲がってすう~とカーブを描く。これは「けもの道」だ。つまりA地点から目的地Bへ行く。大木があれば避け、ぬかるみは回り込み、長い間かけて自然にできたミチである。人間の道も太古はそうだっただろう。その名残を持つ道は今や減り続けている。

 奈良の都、京都の都は中国にならって、坊城を碁盤目の通路で刻んだ。都大路でありなんとか小路である。これは「道」ではない。つまり区画整理や耕地整理でできたのが「路」だ。都市化が進めば進むほど「路」が増える。

 そうだ、これにしよう。道→英語ではロード。路→英語ではストリート。漢字でいうと、街道(かいどう)と街路(がいろ)の差、いいかえれば自然発生的か人工的か、都市か田舎かの違いであると。

 世のご両親、先生方。けっしてまともに受けないで下さい。

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2009年7月 9日 (木)

矮小化される「尼崎脱線」

 05年4月25日、JR西日本福知山線で通勤電車が脱線、ビルに衝突して106人の死者を出した。このブログの前身「反戦老年委員会」をスタートさせて10日目のことである。報道される現場写真は、過去に見たことのない過激かつ悲惨な様相をあらわにしていた。

 今日の各紙は、神戸地裁が事故当時子会社の社長だった現社長が、過去安全対策を担当する同社役員をつとめており、ATS(自動列車停止装置)を現場に付けなかった過失があるとして、過失致死傷罪で在宅起訴したことを伝えている。

 この法的措置に、なにか違和感があるのことを各紙が伝えているが私にもそれがある。そこで、当時のエントリーを確認の意味でCDから取り出してみた。今見ると、記事というより1日1題の短い断片感想文ブログで、2日連続してとりあげている(楽だったなあ(^^))。

005-04-27
職人肌
 職人肌の電車運転士は、ブレーキのショックを感じさせず停止位置の標識どおりにピタッと止める。また腕の立つ職人は、決して同業仲間の悪口をいわなかった。トラックやハイヤーの運転手の職業意識も高かった。「土日は、素人の運転が多いので事故がこわい」といっていたのが、昨今の事故はプロが運転する大型車両ばかり目立つ。

 失われた十年で、こういった職人気質も薄れてしまった。技能労働者の自信とプライドを奪い去ろうとする怪物、それは郵政民営化の中にもすんでいそうな気がする。

2005-04-28
労働組合
 昨日に続きJR西日本の大事故関連。

 労組の委員長がテレビで発言した。「運転士の日勤教育、これは刑務所ですよ、拷問ですよ」。同僚に自殺者を出し裁判沙汰にまでなっているのに、よくぬけぬけといったものだ。

 どうして「乗客の安全、組合員の人権と命をまもるため、ストをかけてでも戦います」といえないのか。こういうセンスも職人気質同様、最近はとんとお目にかからない。インタビュアーの質問もなかった。電車だけでなく世間のバランス感覚も崩れている。

 自分でいうのも気がひけるが、今日の世情からみて的を射た指摘だったと思う。国鉄分割民営化→労組弱体化→小泉改革→競争社会=いわゆる新自由主義が事故原因の背景となっていたことは否めない。しかし、これで国の責任や会社の利益優先労務軽視対策は不問にされる。

 主要各紙は、読売をのぞいて社説を掲げているが、会社の体質を糾弾するだけで国の政策がこのような企業体質を産んだ責任まで言及した社説は一社もなかった。ただ、産経だけが「幹部の過失責任だけではなく、なぜあのような大惨事が起きたかについても真相を究明してほしい」ということを結語に持ってきている。

 この点、珍しく当ブログと同じである。ただし、おそらく当ブログとは別なことを指しているのであろう。

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2009年7月 3日 (金)

にほん、にっぽん

 すこし旧聞になるが6月30日、民主党の岩國哲人衆議院議員が提出した「日本」の読み方についての質問書に、「どちらでもよろしい」という答弁書を閣議決定したという報道があった。その質問の一項に1970年の佐藤内閣時代に「にっぽん」に統一したということをあげたことに対し、「そのような閣議決定はない」むねの回答をしている。

 このテーマについて、過去2、3度このブログで取りあげたことがあり、「にっぽん」への統一が取りざたされるのは、1934年(昭和9)国際連盟を脱退して国威発揚に専念した頃、1970年、安保条約を定着させ万博ブームを演出した頃、そして最近では日韓ワールドカップサッカーの共催でニッポン・コールに湧いた年、などと書いている。

 その中で、政府が正式に関与したのは1970年、佐藤内閣の時だとばかり思っていたら、それを真正面から否定されたのだから驚いた。この事は、「7月14日」と日付まで入れて明記した有力出版社の年表があるほか、ネットで調べてもWikipediaなどに多くの記述がある。

 ということは、全く誤まった認識ではなかったはずなのだ。それにもかかわらず、マスコミは今回の回答書をただそのまま報道しただけで、そこらの矛盾を調査したあとが見えない。わたしの書いたブログが誤記だったら、訂正してお詫びしなければならない場面だ。

 たまたまこれについて、教科書を出版している東京書籍のHPを発見、その質疑応答欄で見ると、佐藤首相の意見があったものの、「にほん」もまちがいではないというようなあいまいな結論になって、結局正式な閣議決定に至らなかったらしい。

 マスコミは軽く考えたかも知れないが、やはり歴史の一こまになる事がらである。けっしてうやむやにすませてはならない。普段はなにひとつ評価することのない自公政権だが、今回の「どちらも正しい」の閣議決定は、日本文化をまもるうえで大賛成である。

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2009年6月22日 (月)

ティー・ブレーク2

 反戦塾はお茶の時間です。

 「早めし・早××」という言葉は、戦時体験のある人なら誰でも知っている。ゆっくり食事をしたり用をたしたりしていると、いつあるか知れない敵襲に身をさらすことになるということである。戦後は、ふかしいもなど人(兄弟)より早く美味しそうな大きいのに食らいつかないと満腹に遅れをとった。

2009_06210003  そのせいか、いまだに人より食事が早く終わってしまう。自然、お茶をいれる担当大臣は小生の拝命となる。おいしく出すには年期が入っているだけに自信があるが、ひとつ困ったことがある。写真右の急須、伝統的スタイルの名器?だが、注ぎ口から下辺に伝わる一本の白い線――。

 お茶の葉が目詰まりをすると吐出量が急に減り、お茶は茶碗に落ちず白い線を伝わってテーブルの上を洪水にする。「ふきん、ふきん!」と叫ぶ腹立たしさはいかんともしがたい。そこに、あるブログァーの方からお知恵をいただいた。

 写真左のタイプである。ありそうでどこにでもあるというわけでなもく、ようやく気に入ったものがあった。値段は3000ウン百円。容器と同じ口径の乳房形金属製網がぶら下がっているが底までは達していない。だからこした茶は一旦底に落ち、それが抵抗なく注ぎ口にでてくる仕掛けである。

 こうして、わが食後には平和が戻った。そういえば、戦後、昭和30年代ころまでの労働組合婦人部の要求定番は、「お茶くみ反対」、「生理休暇完全消化」だった。折しもニュースが失業率5%台の最悪水準に、といっている。

 かつて、首切りは文句なしのゼネラルストライキ突入だった。今はあまりそういうことを聞かない。労働組合の弱体化は、古い急須のように全く閉まらない話だ。茶化すわけではないが、正直、日本経済のためもっと強くなってほしい。

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2009年6月 9日 (火)

ティーブレーク

 「反戦塾」はお茶の時間です。以下は、すべて唐木順三『千利休』(筑摩叢書)からの引用です。

 --------◎--------

2009_06090002  わびは元来、対比においてなりたつものであった。豪奢に対し、また過剰にに対して、意識的に自己を対比するのがわびであつた。あるときはそれが失意の形をとり、落魄の感情をともなつた。あるときはみづからの閑居をたのしみ、俗人の知らない出世間の簡素を楽しんだ。

 然し対比である以上、そこに何等かの気取りをまぬがれない。わびた心によって、対比の対照を批評し、また評価するといふ性格をもつ。秀吉と利休との衝突もそこから当然に起きてきたものであつた。

 利休の場合、当の相手は関白であり、絶対権を握つてゐるものであつた。権力者への批判、評価は死を賭しての行為である。利休の茶が、また一般に彼の行為が、はげしく「たぎつた」ものであつたのはそのためである。生死を賭けての茶であつたわけである。

 ~~~~~~~~~~~~~~

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2009年6月 5日 (金)

カラスと戦う

2009_0605_2  ♪カラスのあかちゃんなぜ泣くの
  コケコッコのおばちゃんが……

 ♪夕やけけこやけで日が暮れる
  ……カラスと一緒に帰りましょ

 ♪カラスなぜ鳴くの……
  山に可愛い七つの子があるからよ
 
 お若い衆!、いくつご存じかな。昔のカラスはかくも愛された。しかるに昨今、石原都知事の大捕獲作戦のせいかこの地に跋扈する。楽しみにしていたナスやキュウリの初物、そろそろと思っていたところを食い荒らされた。誰かのセリフではないが「今どきのカラス、絶対に許せません!」。

2009_06050001_2 やはり自衛隊策じゃない自衛対策は必要だ(^^)。急遽ホームセンターに行ってネットと支柱を買ってきた。都合、1万円でわずかにお釣りがきただけ。固定資産税が上がるせいか小作料は25%も高くなっている。石破大臣殿、これでは、採算がとれず日本の農業が崩壊する(おおげさァ(^o^))。

 ただ囲っただけ、上はあいている。滑空しないと着地できないカラスはこれで近づけないだろう。それでも心配でテープを張って威嚇。CDもぶら下げたが、これは学習していると見えて効果がないこと実証済み。支柱はややぐらつく。その方がカラスが中継点として止まれないからいいのだ。

 さてこの戦い、采配の行方は?。 

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2009年5月22日 (金)

アーモンド

 アーモンド。フランス語で言うと「アマンド」。へー、知らなかった。アマンドは喫茶店かお菓子屋の屋号かと思ってた。漢字で書くと「甘処」なんて……。2009_05220001

 ついでにアーモンドの日本語を調べてみた。「扁桃」またの名を「巴旦杏」だって。これは意外。

 へんとうせん(扁桃潜)チョコレートとか、はたんきょう(破綻凶)菓子では絶対に売れないだろうな。ちなみにわが古里では、ピーナツのことを「づんもぐり(地もぐり)豆」という。これも全然美味しくなさそう。

 嗜好品は、やはり外来語のカタカナに限る。またひとつかしこくなった塾頭である。

  

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2009年5月15日 (金)

餞別

世の人のことになつますへつらはす
            おもふ誠を唯いひにいへ

今の世のほまれを得んとさかしらに
           きたなき名をは後にのこしそ

 これは、日本石油(現・新日本石油)の初代社長・内藤久寛が明治27年3月の総選挙で初当選し、上京する際に故郷新潟県政財界の先輩・山口権三郎から送られた歌である。

 選挙や政界の腐敗・混乱はこのころから日常的になっていた。歌は中学生に対する訓戒のようで素朴といえば素朴だが、反面、明治維新を生き抜いてきた指導者の気骨も感じられる。また、それだけの重みもあったのだろう。

2009_05150033  内藤はやはり政界の水が合わなかったのか、3年半でまたもとの実業にもどった。政党、議会が私利・私欲中心の政略に走り、軍部が独走を始めたのは、政治の世界で維新の元勲の影響がうすれた大正、昭和の初め頃からである。(明治35年5月、工場見学をする大正天皇<東宮時代>。右・有栖川宮威仁親王、左・内藤久寛;北澤楽天画『日本石油史』より)

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2009年3月23日 (月)

その名を九郎判官

2009_03230002_2  「その名を九郎判官義経(くろうほうがんよしつね)と申す」というのは、落語に出てくる大家の妻女のせりふである。筋は、偶然大家を訪れた長屋の八(だったかな?)に到来物の酒をふるまうのだが、つまみがない。そこで大家が「香の物があっただろう、あれをだしなさい」と言ったことに対する細君の返事である。

 細君は「その菜は喰ろうてしまった、よしときなさい」をしゃれ込んだつもりである。八はすっかりそのやりとりに感心して家に帰り、早速仲間を呼び込んで、かみさんにそのせりふを言わせようとする話である。もとは、勧進帳かなにかの芝居のせりふなのであろう。

 われわれが学生の頃、こんなのがあった。
「上越線の熊谷駅は、クマガイが本当なのに《くまがや》と書いてある。なぜ訂正しないか」。その答えは、「熊谷の次郎直実」。「クマガイ直さねえ、だから」。

 同じ乗り物関連で、「薩摩守平忠度」というのもあった。これは無賃乗車のことで「薩摩守」だけでも通じた。「薩摩守・ただ乗り」というわけだ。いずれも『平家物語』に登場する名将である。こういったギャグやジョークは、ものは付けにも生かされ、日本人の教養でもあり得意とするところだった。

 ところが最近、アメリカで恥をかくことが多いと聞く。多分無理な追従をしようとするからであろう。ライス前国務長官に対して、「これから私をマダムすしと呼んで」と言ったとか言わなかったとか。おやじギャグ顔負け、こちらが聞いても顔が赤くなる。

 外交にたずさわる大臣には、すくなくとも大家の奥さん程度の機知と教養がほしい。小池元・防衛大臣の「すし」では酒がまずくなる。 

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2009年3月19日 (木)

『丼』

 「親子丼」「かつ丼」「天丼」。丼noodle=どんぶり→どん。井の中の「ヽ」は石を表します。井戸の中に石を投げると何と音がします?。「ドブーンtyphoon」だから「ドンブリ」。昔は井の中に「石」と書きました。そんなの知ってるゥー。

 それでは、井の中に「木」と書くと……??。「ザンブリwave」と読みます。ウッソー!!wobbly。本当です。幕末に日本にやってきて日本語辞典やヘボン式ローマ字を作ったヘボンさん(本当は、大女優ヘップバーンと同じ名字だが、日本人の耳にはヘボンと聞こえる)が、どこまで本気なのか困ってしまいましたdespair

 少し前に「日本人の素養」という記事を書き、「経済」「政策」「投資」moneybagなどの漢字熟語は日本人の造語で、それがそのまま中国で使われている、ということを書きました。丼と同様な日本製漢字にはほかに「辻」「凪」「峠」「裃」「袴」「畠」「躾」など80以上にのぼります。

 幕末から明治にかけて漢字の読み方も目まぐるしく変化recycleしたようです。例えば図書=ヅショ→トショ、書籍=ショジャク→ショセキ、男子=ナンシ→ダンシ、女子=ニョシ→ジョシ、尊敬=ソンキョウ→ソンケイ、助言=ジョゴン→ジョゲンといったあんばい。

 当時の年寄りの嘆きが聞こえてきますね。「若いもんの、言葉の乱れは聞くにたえない!annoy」。いずれも仏教用語に多い呉音が「古くさい」といって嫌われたからのようです。こうして見ると文字も言葉も世につれ人につれ変化するのが当たり前。無粋な漢字検定協会などに頼らず、古い言葉はCDに採っておきましょう。

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2009年3月16日 (月)

倭、やまと、日本

 倭、やまと、ニホン、いずれも日本の呼称である。卑弥呼の時代、中国人は日本人種を「倭=わ」とよんでいた。なぜ「わ」なのかはわからない。多分「ここはどこか」「お前はだれか」と聞かれたて「我(わ)である」、と答えたのであろう。

 これは全く根拠のない俗説だが、台湾近傍の小さな島の土語の「I=アイ」がその島の名になったという例があるという。卑弥呼たちは、自らの国を邪馬台(やまと)と称していた。だから後の時代に漢字が普及して「倭」と書いても「やまと」という訓をつけた。

 ただ漢字「倭」は、矮小とかしなびたといった意味を想像させ好字ではないということで、倭=わ→和→大和に転化した。今使っている和服、和食、和菓子などの「和」は「倭」の名残である。さらに、聖徳太子が遣隋使に「日いずる国」という国書を持たせた頃から、「日没する国」の中国から見て「日のもと」の方角だという発想が出てきた。

 8世紀のはじめ、遣唐使を通じて国号を「日本」としたいという要望を出し、唐もこれに異議をとなえず認めた。しかし『万葉集』では「日本」と書いても、よみは依然として「やまと」のままであった。いつから「ニホン」が普及したのかはわからない。多分仏教典など音よみになれた平安末期から鎌倉時代であろうか。

 だから「ニホン」も「ニッポン」もやまとことばではなく、中国風音読みである。時代はずっと下って1934年(昭和9)、前年国際連盟を脱退して意気さかんな頃のことである。文部省の国語審議会が「ニホン」をやめて「ニッポン」に統一しようと政府に提案した。

 それを決定しないまま、昭和11年、2.26事件のあった2か月あと、外交文書の「日本国皇帝」を「大日本国天皇」とする旨の閣議決定をした。「大日本帝国」とくればやはり「ダイニッポンテイコク」となる。これを念押しするように「ニッポン」に統一すると決定したのが1970年、安保更新期を迎え、改憲の気運がではじめた頃の佐藤栄作内閣である。

 国威発揚やスポーツの応援には「ニッポン」がよさそうに思える。しかし、やまとことばには本来(っ)とか(ぽ)のような促音や撥音はなじまない。漢音の「日本」をやまとことば読みすれば、耳に優しい「ニホン」となる。戦前からうたわれている小学唱歌でも「♪ああうつくしい ニホンの旗は」「♪富士はニッポン一の山」などと両方ある。

 なにも国民精神統一をはかって、無理に統一することはない。両方あっても何ら不自由なことはないし日本文化の両面をあらわしている。政府決定が、言いならわした「ニホン国憲法」を「ニッポン国憲法」しようなどというような下心からであれば、大いに警戒しておかなくてはならない。

(以上は、前々回のエントリー「日本人の素養」に関連しするものとして書きました)

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2009年3月13日 (金)

日本人の素養

 すこし前のことだが「大軍の後 必ず凶年あり」という老子の言葉をとりあげ、ブッシュたちは老子を読んでいなかった、と書いた。これにあるコメントがつき、中国の古典などアメリカでは、特別の研究者以外に読む人はいない、とか、中国に対する幻想は棄てるべきだという内容だった。

 どうやら「媚中派をやめなさい」ということのようだが、ご忠告にしてはちょっと料簡が狭すぎる。ブッシュが『孫子』を愛読しているという記事をどっかで見たことがあるし、中国の古典文明は、地中海文明などと共に世界共有の財産になっているのだ。

 また、コメント氏は、「古代中国と現代中国は哲学的に断絶している」と指摘した。表現はともかく、この方は当たっている。むしろ日本に古代中国の文化が色濃く残っていて、現代中国から失われているものもすくなくない。これはむしろ「日本文化」といってもいい。

 次ぎに日本人なら誰でも知っている(と思うのだが最近は違うのかな?)歌詞、土井晩翠の「荒城の月」と島崎藤村の「千曲川旅情のうた」をあげよう。これは和歌系でなく立派な漢詩系である。まさに、杜甫・李白の世界だが、現代中国からは生まれそうにないという。

春高楼(こうろう)の花の宴(えん)
巡る盃(さかづき)影さして
千代の松が枝(え)分け出(い) でし
昔の光今いづこ

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
緑なすはこべは萌え
若草も籍(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺
日に溶けて淡雪流る

 われわれの若い頃は、ロマンチックな漢詩にあこがれたものである。明治の頃、四書五経の素読から学問に親しんだ武士社会出身者は、特別な人でなくても漢詩をあやつることができた。また、近代化に遅れをとった中国は、日本留学生を通じて日本製熟語を持ち帰り中国語とした。

 それは、「幹部」「政策」「経済」「投資」「社会」「経営」「自由」など1000を越すといわれる。「荒城の月」は、中国のカラオケの定番になっているそうだ。その中国語歌詞を紹介しておこう(王敏『日本と中国』中央新書、所載)。やはり、いいものには国境がない。

 春風吹来桜花弁 高楼的花宴
 挙杯激酒人影畳 笑声催人酔
 千年古松不寂寞 添枝湿芳華
 注日輝煌好時光 如今何処訪

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2009年3月 5日 (木)

中小企業

 昭和はじめの金融恐慌でまず最初にその荒波をかぶったのは今も同じ、中小企業であった。ところその当時は「中小企業」という言葉がまだなかつた。

 昭和3年1月「中小工業者運転資金特別融資」と名づけた大蔵省預金部資金5000万円が勧業銀行などを通じて融通されることになった。これは、担保条件などがうまく機能せず失敗だったらしい。

 その「中小工業者」が「中小企業」に変わったのは、お上の権威が地に落ちた終戦直後のことである。そのきっかけは漫談家・徳川無声の次のひとこ。

 「私はしゃべるのが商売ですが、チューショーショーコーギョーというのは舌かもつれますな」

 これを聞いた豊田雅孝氏は、新たに作る団体の名称を「日本中小企業団体連盟」とした。「中小企業」が一般化したのはそれからである。(『昭和経済史上』日経新書より)

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2009年2月28日 (土)

大軍之後 必有凶年

【『老子』道徳教】

以道左人主者、不以兵強天下。其事好還。
師之所処、荊棘生焉、大軍之後、必有凶年。

【以下は読み下し文】

「道を以て人主をたすくる者は、兵を以て天下に強いず。其の事はかえるを好む。師のおる所は、荊棘ここに生じ、大軍の後は、必ず凶年あり」

【そしてその解釈】

 道理をわきまえて君主を補佐する人は、武力で世界に強制するようなことをしない。そのようなことをすると、必ずその報いがかえってくる。軍隊を派遣したところはいばらやとげがはえて荒れはて、大きな戦争のあとには、必ず凶年がやってくる。

【老子の考えられる人物像】
(金谷治『老子』講談社学術文庫より)

 ほぼ紀元前300年頃の隠君子、世俗の外にあって超然としながら、しかも世俗の混乱と特に民衆の苦しみを救いたいと念願する憂世の哲学者であった、ということである。そのほかのことは一切わからない。

 ブッシュ取り巻きのネオコンたちは、『老子』を読んでいなかった。そのため100年に1度の不景気が世界を覆う。同盟国日本にも一半の責任なしとはいえない。そんなことは、2千数百年前の老子がすべてお見通しだった。 嗚呼。

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2009年2月11日 (水)

枕詞(まくらことば)

 もうそろそろ1年近く前になるが、近くのお寺が奈良の古寺を模して山門をあざやかな丹色に塗りかえたので、「あおによし」というフレーズの入った記事を書いた。そのあと、この語をキーワードにした検索がなぜかわがブログに殺到した。

 そのことをまた記事にしたら、とある学校の先生から、親切なコメントが入った。なんでも学生の噂では「万城目学氏の小説『鹿男あおによし』がベストセラーになり、今月からフジテレビのドラマとして放映されて人気になっている」とのこと。

 放送は終わったはずなのに、いまだにぽつぽつと検索が入る。検索の目的は、その意味が知りたいということのようで、当時、自分なりに、「こうともいわれているが、正確なところこれが本命という解釈はない」程度の記事を書いたように覚えている。

 このほど、それとは関係なく文献(池田弥三郎『日本故事物語』)をチェックする意味で Wikipedia の「枕詞」を開いた。そしたら、文献にある解釈は Wikipedia になく、Wikipedia が1100もあるとされる枕詞の中から選んだ代表例の中に次の3地名は入っていなかった。

【ひさかたの】の意味。もともとは、「あ」にかかる。「あ」は蟻で、蟻はヒョウタン形つまり瓢形(ひさかた)である。それが天(あめ、あま)の「あ」、にかかり、転じて「光り」など天にかかわる自然現象につながった。

【ころもで】常陸国の枕詞
【しらとほる】新治之国の枕詞
【みずよする】茨城之国の枕詞

 要するに、伝統にはぐくまれた枕詞ではあるが、どちらかというと落語に近いところもある。だから、気が向けば新作枕詞を誰が創作してもいい、ということになりそうだ。詩句には全く造詣がないが、そういった「新自由主義」ならば大賛成だ。

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2009年2月 5日 (木)

ネット暴力取締り

 ある男性タレントのブログに「殺人事件に関与した」などとの書き込みが数百件にのぼり、警察に被害届を出していたところ、このほど当局は、悪質な20代女性1人を脅迫容疑、その他の男女18名を名誉毀損容疑で書類送検する方針を決めたという。

 当ブログとコンタクトのある鳥居正宏さんのブログでも、関係のない1個人が執拗に虚偽の情報を各方面にばらまき、名誉毀損で刑事告発されている。これもいずれしかるべき措置が採られるものと思う。一口にネット暴力といってもその種類は多種多様で、これからどういう方向に進むのかが気になる。

 当ブログも昨年春、一度炎上といえる状態があった。1日7000余のアクセスがあり、書き込みも空前の多さに達したが、それほどの被害意識がなかったし、それも3、4日でほぼ平常ベースに戻った。しかしネット暴力であることには違いない。

 起因は、チベット暴動騒ぎで当ブログが弾圧を無視したということを右系サイトが掲載し、それが別の所にコピーされて一挙に増幅されたらしい。最初に「反戦」とか「平和」といった名を付けたブログを検索してリストを作っと見え、狙いははずれていたに違いない。

 書き込みは何れも貧弱な中傷・暴言の類で、明らかに団体の公式サイトと誤認しているようなものもあった。また、前後の記事などを読んでいないことも明らかであった。書き込みには応答しなかったが、虚偽内容がある1件を除いて削除もしなかったし閉鎖もしなかった。

 いわゆるネットウヨなのだろう。その名は知っていたが、その生態を知る上で大いに参考になった。ユニークといえる内容はすくなく、組織的なものがあるかどうかはわからなかった。仮にあったとしても騒ぐには100人もいらないだろう。それを機会に時々見に来ていただけば(実際にあるようだ)当塾の目的にもかなっている。

 今は、むしろ商売や露悪スパムTBの削除に手を焼いている。こういったネットの静謐を妨げる存在はなんとかなくして欲しいが、かといって物々しい防壁や内容監視で自由をさまたげられるようでも困る。理想的なネット環境を作る、これも自然や平和と同様に人類共通の課題としてもいいのではないか。

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2009年2月 3日 (火)

スイッチ式トイレに喝!

 電車に乗ってトイレを使うことは滅多にない。ところが驚いたことが起きた。扉の開閉、ロック、使用後のフラッシュバブル、すべての作動を別々のプッシュボタンで6回も押さなくてはならないのだ。急な時は間に合わないよ~。sad

 いつからこんな不便なトイレができたのだろう。JR東日本のE217系。よく確かめてないが、ごく最近のものでもなさそうだ。ボタンと小さなプレートに書いてある漢字と英語を確かめながら使う。

 幼児、外国人、なれないお年寄り、目の不自由な人は使うな、ということか。暗闇であろうと、体が不自由であろうと生理現象にあわせて作るのがトイレだ。当然あるべき位置にある取っ手、ノブの類がない、こんな人間工学無視、人権無視の設計に誰も文句言わないのだろうか。angry

 電気じかけであれば、人間の摂理に反していても近代的・合理的・新式と考える風潮は、明らかに退歩である。優先席を作ってしつこい車内放送を流し、点字ブロックを張り、エレベータ・エスカレータを整備する。その一方で過去には考えられないような人為的ミスを続発させる。

 公共交通機関だけでなく、これに似た例は社会全体に蔓延している。ああ情けない。think 

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2009年1月30日 (金)

品格ないのは横審委

 初場所で優勝した朝青龍が、土俵上で「ガッツポーズ」をしたといって、横綱審議委員が相撲協会に苦言を呈した。それで、協会の武蔵川理事長(元・三重ノ海)が、朝青龍の師匠・高砂親方(元・朝潮)を呼びつけて注意した。まるで、PTAの幹部が児童の親のしつけが悪いと校長にいいつけ、校長が児童いない留守を見計らって親を呼び注意したようなものだ。

 朝青龍のどこが悪いのかわからない。TV観戦していたが、あれは「ガッツポーズ」ではない。土俵を降りる際、観客からの割れんばかりの拍手・歓声に感極まり、両手を挙げて応えただけだ。誰も予想しなかったことを達成させた感激の場面、といってもいいだろう。

 横審委はそれが気に入らなかったようだ。3場所連続休場の上、けがの不安を残したままけいこ不足、場所前のけいこ総見でも頼りなさそうだった。これでは3日で連敗・休場、引退となるのではないかと、誰しもが思った。それが逆になり、最初こそかろうじて勝ったように見えたが、中日には一段と気力が加わって、最後は全く不安のない強さを発揮した。

 こうして、横綱の名にふさわしい「品格」を身を以て守り、大勢のファンに「やればできる」という勇気を与えて国技館は大にぎわいだった。それに対して横審委の行動には、なにか偏見を持ったこだわりがあるように感じられる。念押しのから振り、あれだって元横綱・曙は「それくらいの気構えがなければ相撲はとれない」といっている。

 狭量でどっしりと構えたところがなく、やんちゃな横綱の一挙手一投足にかまけている横審委の方こそ、日本の国技を守る品格に、どこか欠けているところがあるのではないか……。と思うのだが皆様はいかがです?。

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2009年1月28日 (水)

鳥インフルエンザこわい

 2009_01270011 この鳥はツグミです。窓ガラス越しで撮ったので白っぽいけと゛、本当は茶と黒に近い色です。いつも今頃でてきて収穫後のキャベツに群がります。この一角だけで100羽は優に超えるでしょう。4月にはシベリヤに帰る渡り鳥です。

 彼らは、彼女らはわが家のブロック塀をもって、公衆便所と心得ています。用をたすとしばらく休んでまた下のキャベツを食べにゆきます。それにしても緑あざやかのもあり、いつ消化するのだろう?。

2009_01270013  そう!、鳥インフルエンザ~。一応疑ってみるのかな、過剰反応かな、わかりません。鳥あえず、窓は絶対に開けず、バラにまく農薬の余りをかけて見ることにしました。

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2009年1月22日 (木)

中国政府の人権意識

 中国政府は、3月28日を「西蔵(チベット)100万人農奴解放記念日」とすることを決めた。これについて1月21日の「人民網日本語版」は、海外の一部の人々によって不断に訴えられてきたいわゆる「チベット問題」が、農奴解放を無視して過去に戻そうという間違った考えだという論文を掲載した。

 そして、欧州議会のチベット問題協調グループのトーマス・マン代表が記念日設定に対し「チベット人に対する最大の侮辱だ」という見方を示したことについて、人口の90%を占めていた100万人規模の農奴や奴隷を指していうならそれこそ逆に侮辱に当たると反論した。

 中国とダライ・ラマの会談の中味がサッパリわからないので、なんともいえない面があるが、ダライ・ラマ側の要求は、本文の中でも触れている「本当の自治」や「中間路線」で、農奴制の復活ではないだろう。

  もしそうであれば“人口の90%を超える農奴”の中からあれだけ大勢の人が“暴動”を起こすわけがない。たとえ農奴であろうとも犯し得ない思想信条の自由がある。それが封じられているからではないか。

 最後に次のように締めくくっている。こういった発想は、日本の侵略戦争に対する歴史認識問題、世界の少数民族問題にもかかわり、中国自体にも台湾や尖閣諸島の帰属に跳ね返ってくる。また、世界が持つ人権感覚とのズレが念頭にない。歴史問題で相互理解を深めようと意図する本塾にとって、中国政府のかたくなな態度は残念としかいいようがない。

 今日の欧州が500年以上前の中世の欧州に逆戻りすることはできない。今日の米国が南北戦争以前の米国に戻ることもできない。今日のチベットも同様に、政教合一の封建農奴制の旧チベットに戻ることはできないのだ。

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2009年1月12日 (月)

地球温暖化主犯

温暖化の主犯は?…2009年・成人の日

     (人間活動) VS (自然変動
学者)→  1人   VS   4人  
             ↓
エネルギー・資源学会 http://www.jser.gr.jp/index.html

地気雪と成る弁…天保六年乙未秋

越後塩沢(鈴木牧之
     ↓
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~
 凡(およそ)天より形を為して下す物・雨・雪・霰(あられ)・霙(みぞれ)・雹(ひよう)なり。露は地気の粒珠(りふしゆ)する所、霜は地気の凝結する所、冷気の強弱(つよきよわき)によりて其形を異にするのみ。

 地気天に上騰(のぼり)、形を為して雨・雪・霰・霙・雹となれども、温気(あたたかなるき)をうくれば水となる。水は地の全体なれば元の地に帰(かへる)なり。地中深ければかならず温気あり。地温(ちあたたか)なるを得て気を吐(はき)、天に向(むかひ)て上謄事人の気息(いき)のごとく、昼夜片時も絶(たゆ)る事なし。

 天も又気を吐て地に下す、是天地の呼吸なり。人の呼(でるいき)と吸(ひくいき)とのごとし。天地呼吸して万物を生育(そだつる)也。天地の呼吸常に失ふ時は暑寒(あつささむさ)時に応ぜず、大雨大風其余さまざまの天変あるは天地の病(やめ)る也。
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~
             ↓
      『北越雪譜初編 巻之上』

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2008年12月13日 (土)

枕草子

近うて遠きもの

 近うて遠きもの 宮の前の祭。
 思はぬはらから、親族のなか。
 鞍馬のつづらをり といふ道。
 十二月のつごもりの日、正月のついたちの日のほど。

                 清少納言

近うて遠きもの

 近うて遠きもの 隣に住む人。
 民主党の天下 小沢一郎首相。
 ブッシュ後の中東和平と北朝鮮。
 日頃コメントをいただく ブログの友。
 清少納言が 生きてた時代。
 
                塾 頭

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2008年10月23日 (木)

2008_10230006

 近所の池にくるカワウである。この池の定員は2羽まてでそれ以上は採飼にやってこない。

      (新古今251)前大僧正慈円
 鵜飼舟あわれとぞ見るもののふの
        やそ宇治川の夕闇のそら

          (蕉翁句集)芭蕉
 おもしろうてやがてかなしき鵜飼かな

 鵜飼の鵜は、ウミウである。中国ではカワウを使う。
鮎などを丸呑みしてはき出す習癖をあわれと見る歌だが、その顔や陸にいるとき大きく広げた羽を乾かすさまなどは、ひょうきんである。

 たしかに、鵜飼が日雇い派遣のワーキングプアーのように思えなくもない。人材派遣会社が鵜匠役をする。金儲けの方法を鵜の目鷹の目でさがしかせぎまくる。

 痛ましい事件があった。給食のパンをのどにつまらせ、小学校6年生が窒息死したそうだ。ご両親の無念はいかばかりだろう。ご冥福を祈るしかない。

 小学生諸君!。パンであろうとなんであろうと決して鵜呑みにしてはいけません。よく噛んで食べるのが一番です。その方が必ず幸せになれます。本当ですよ。

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2008年10月17日 (金)

「老」の字

 日頃拝見させていただく「狸便乱亭ノート」さんに、「一句鑑賞」という投稿があった。なんでも俳句の先生から、「老」と「孫」の詞は使うな、という指導があったそうで、以来忌みことばのような扱いをされていたらしい。

 私は、「老」についてはやや見解を異にする。なぜならば、このブログの前身に「反戦老年委員会」という名をつけていたからだ。ベトナム反戦の頃の「反戦青年委員会」をもじったものであることはたしかだが、別にそんな活動をしていたわけではない。

 また、韓国では「老」がいまだに権威を持ち続け、消極的、否定的な意味で使われることがすくないと聞く。儒教に権威のあった江戸時代、幕府では最高執政官が「大老」で、「老中」や「家老」があり「老」は尊称だった。

 漢和辞典を引くと、いい意味が半分、残りは悪い意味と中立が半々のように見えた。その私も「老人」という言葉は好きでない。なんとなく(人)種差別をするような響きがあり、老年や老齢とはすこし違う。できれば「老成」とか「老熟」を目指したいものだと思っている。

 保険制度で問題の「後期高齢者」には「老」の字が入っていない。しかし具体的な実年齢を、差別するために持ち込んだので天下をあげての不評判になった。桝添厚労大臣の右往左往ぶりは、決して「老練」ではない。

 私は考古学ファンなので、「後期古墳時代」などという言葉にはなじみがある。しかし、そのあとは「終末期古墳時代」なのである。それを判定する学者先生は、別に西暦何年以前・以後などと区切っていないし、およその時期にもいろいろな意見があって一定していない。

 保険制度を全くもとに戻せというのは、混乱に輪をかけることになり、いいのか悪いのか判断に苦しむが、やはり、政策目標の根幹、方向性が見えない限りいつまでたっても改善に向かわないだろう。自民党と民主党の若手政策担当が「中福祉・中負担」で意見一致したとどこかで見たが、どうも迫力に欠ける。

 ここは、故池田首相の「所得倍増」ではないが、「高成長・高福祉」または「高負担・高福祉」を目指すとうたいあげた方が、国民を奮い立たせ、経済回復にもいいのではないか。若手政治家に「老獪」はあっても「老成」は不要である。老婆心ながらつけ加えておこう。
 

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2008年10月16日 (木)

うそをつく

 「あなたはうそをついている!」。国会の委員会討論を聞いていると野党委員からよくこんな罵声が飛ぶ。「うそを・・つく」は、このところ相撲の八百長証言でも頻発されている。これは、総理大臣など地位の高い人に対する言葉にしては相当過激に聞こえるが、それは失言を引き出すためのテクニックで、うっかりこれにはまるようでは閣僚はつとまらない。

 中山成彬国交大臣など、予算委員会に出る間もなく軽率発言でたった5日でクビになった。彼は文相の経験があり始めての閣僚ではない。どうやら確信犯で自爆テロだったようだ。意図がどうあろうと、閣僚の器でないことだけは確かである。

 「うそを・・つく」というのが一番フラットで標準。さらに穏便にいえばは「うそを・・いう」で、以下悪質なうそに対しては、方言にもよるが「うそを・・こく」、「・・たれる」、「・・ひる」、「・・まける」などと下品な動詞をともなう。

 相手を非難する意味からすると「うそを・・つく」は、なんとなく衝動的で愛敬をこめたウソに聞こえるが、「うそを・・いう」というと、あらかじめ相手をおとしいれるため計画した物語があり、陰険な含みが感じられないこともない。

 「つく」は、息をつくなどもあり、首より上の感じだが、「こく」以下は、屁や糞など下半身の排泄物と同じ扱いだ。「まける」は、全部まき散らすや放り出すというのが原意だそうで、これまで「まける」総理大臣が2代続き、まける・・ものかとばかり中山大臣までそれに続いた。

 もう国民はうんざりしている。いいかげんに「まける」ことのないまっとうな政治家が国会で議論し、行政府を指揮するようになってもらいたいものだ。

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2008年10月11日 (土)

恐慌と清き一票

 昭和恐慌、金解禁当時銀行業務(三十四銀行)にたずさわった一瀬粂吉氏のメモ『銀行業務改善隻語』より。

 十八、他行を凌駕せんとし、若しくはこれと平行せんがために、急激なる拡張をなすときは、その間、所謂無理を生じ、之が根源となりて遂に困厄に陥ることあり、実例少しとせず。故に急がず、焦らず、休まず、進むを以て、最後の勝利者となす。

 四二、普通選挙において、清き議員は清き一票を叫べり。吾人は清き預金と、清き貸金と、而して清き経営者を絶叫してやまず。(以上第1章)

 七二、米国の繁栄は、何人にても、何時にても、何等の情実に囚われず、直ちに解雇し得ることによりて競争心を鼓舞し、以て能率を増進するにありと云えり。

 七三、米国は能率の増進を主眼として、最小の時間を以て、最大の効果を挙ぐべしと高唱しおれり。人の能率機能を発揮する処に合理化現わる。

 七四、合理化とは、度合いを計りて宜しきに処するの謂いにして、内的あり、外的あり、立体的あり、平面的あり。

 七五、なお詳言せば、政治の合理化、消費の合理化、経営の合理化、生産の合理化、分配の合理化を要求するに至れり、要するに結局は「人の問題」たり。(以上第4章)

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2008年10月 2日 (木)

陽光

 こう毎日、さきゆき暗い話題でグロブに向かうことには、つくづく飽きがきた。なにもかも退歩退行ばかりである。政治、経済、社会、生活、……。雨や曇りの日が何日続いただろう。悲観することはない。いつかこんな日もくる。

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【10月2日天気概況】本州付近は高気圧に覆われ、各地とも青空が広がる。快適な陽気となる。

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2008年9月27日 (土)

排外主義と相撲

 秋場所も明日千秋楽を迎える。相撲界では、相次ぐ不祥事にロシア人力士の麻薬事件が追い打ちをかけ、北の湖理事長が辞任した。けいこ中の暴行致死事件は別として、評判になるのは横綱朝青龍をはじめ外国人力士に関係するものが多い。

 マスコミを通じて聞こえてくるのは、マナーが悪いとか日本の伝統を無視するとか、果ては外国人力士を排除すべしと言う極端なものまである。そういった個々の行動は確かなことだろうが、一般の相撲ファンはそれほど不寛容ではないと思う。

 その証拠に、物価高、不景気のさなかにもかかわらず、けっこう人気はおとろえず「満員御礼」の日も多い。しつけが悪いとか教育がなっていないという言いぐさは、最近の新任某大臣の失言のなかにもでてくるが、なにか外国人力士だけを標的にした差別意識のような気がする。

 今場所からしつけを厳しくしましたというあかしを示すためか、仕切の両手つきを徹底して見せ、勝負審判「待った」を続発した。これが逆効果で、立ち合いの気合いをそぎ、力をつくせない稽古場の風景のような取り組みが多くなった。勝負になっとくできなかった力士もすくなくないはずだ。

 かつては、仕切制限時間前でも気合いが合えば立ちあがる人気力士がいた。だから見物人は土俵から目をはなせず力士との一体感を味わえた。そういった気合いの衝突こそ大切にすべき伝統ではないのか。ファンは、お行儀のよいしつけのきいた力士を見たいわけではない。

 国技の伝統を守るということは、力士個人の人格を日本風に矯正することではない。また、横綱や上位陣が外国人で占められることを阻止することでもない。相撲は古代から外国の賓客を接待する際に催されてきたことを忘れてはならない。

 現在でも、表彰式にどれほど多くの外国大使館の人が土俵にあがるかを見てもわかる。また、グルジアとかエストニアなど、知らない国や地方に目が向く効果も大きいし、それらの国民が日本を身近に感じさせる上で、優れた外交官の何人分にもまさる。

 その競技が感動的で外国人に理解されるものであってこその国技なのである。鎖国的な排外主義が日本の伝統であるかのようなかたよった発想はやめてほしい。詳しくは知らないが最近、皇太子夫妻や皇室のありかたについて批判をする向きが増えたようだ。それも、近視眼的な伝統主義や拝外思想から来ているとすれば由々しいことだ。

 

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2008年9月24日 (水)

「見た目」より「見る目」

 逝きし世の面影さんに「ダウインの進化論とアメリカの福音派」という記事がある。多様なアメリカと言うが、報道を見ている限りでは、高度な知的水準から低俗な政治的動向まで幅がありすぎて、どれが本当のアメリカかわからない事が多い。その意味で示唆に富んだ論考だ。

 民族学の権威・祖父江孝男さんの本に『文化人類学入門』(中公新書)というのがある。そこで目を引いた二つのケースをここで紹介しておきたい。

 アメリカの宣教師がはじめてハワイを訪れたのは一八二〇年のことであり、このころ他のポリネシアの島々をもあちこちの国からの宣教師が訪れることになった。ところが彼らの母国の教会への報告書を見ると、いずれもおなじように、ポリネシアというところはまさにこの世の地獄で、人びとは道徳を知らず、動物とおなじ状態にある等々、といったように書かれている。

 ところが一九世紀には大ぜいの画家たちがポリネシアを訪れたのであり、たとえばゴーギャンが一八九一年にタヒチ島へ渡っているのだが、彼らの書いたものをみると、これはまた宣教師とはまったくの正反対で、ポリネシアというところはまさにこの世の天国、人びとは純真無垢で心にけがれもない等々……と口をきわめて賞賛している。

 ここで宣教師の場合はキリスト教の立場だけを基準にして、すべてを判断したから、ポリネシアはまさに地獄だということになったのであり、他方、芸術家たちは、「自然にかえれ」というルソーの考え方の影響もあって、無文字社会こそ、そしてとくにポリネシアこそあこがれの地というロマンチシズムの気持ちに充ち充ちていたがために、すべてがよく見えてしまったのであった。

 宣教師が日本にやってきたのは16世紀半ばだが、フランシス・ザビエルにしろ、その後やってきたルイス・フロイスにしろ、初めて接する日本人を勤勉とか向学心に富むなどと口をきわめて激賞する一方、改宗を受け入れず布教を妨害する者には即座に「悪魔」の烙印を押して憎悪し戦いの相手とする。

 例えば『完訳フロイス日本史』(中公文庫)では、「当日本国における長い経験によれば、キリシタンの布教活動が好都合に発展すると、ただちにそれに逆らって、凶悪な敵(悪魔)、および日本では仏僧といった悪魔の助力者たちの悪意と嫉妬によって惹き起こされた反抗が続く」といった調子だ。

 そして、信者に対し「明らかに凶悪な敵(悪魔)の悪意と、我らの主なるデウスの無限の善意」が強調される。つまり、善良な日本人と悪魔の日本人の対立が、福音書の教義と重ね合わせになっているようにも感じられる。

 前掲書によるもう一つのケースは、宗教や職業には関係のない、専門学者によるフィールド・ワークの結果である。人類学者ルース・ベネディクト女史は、さまざまな文化の型をアポロ型とディオニゾース型とに分けた。

 そして彼女自身の調査により、プエブロ・インディアンは、互いに競争したりすることを嫌い、他人の上に立つことも好まず、つねにゆずり合う傾向の強いところから、これをアポロ型の典型だと結論づけた。しかし、同じ地域に数か月滞在して調査を行った中国の人類学者リー・アンチェの見かたは違った。

 黄色人種ゆえにインディアンから親近感をかちえて、彼らの生活の内面にまでたち入ることができ、別の結論に達したのだった。つまり彼に言わせると、プエブロ・インディアンのあいだでは、ベネディクトのいうように、人に先んじようとする野心、リーダーになろうとする野心がないのでは決してない。

 むしろそれらは強くもっていながら、自分からいいだせば仲間から非難されるので、表面は無関心をよそおって仲間から指名されるのを互いに待ち望んでいる。だからその意味では心のなかにこもった競争心はたいへん強いのであって、むしろプエブロはディオニゾース型の典型だと主張したのであった。

 以後、この調査は繰り返されたが意見は二つに分かれたままで統一されていない。やはり調査者の価値観や先入観念が作用するということはあり得よう。しかし、片一方が正しくて他方がまちがっているという結論を急ぐ必要はあるのだろうか。

 硬貨の裏と表があるように、いずれも正しい姿で、「見た目」より「見る目」をこやすことの方が正解なのであろう。

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2008年9月16日 (火)

月は無情?

                作者不詳

   月々に月見る月は多けれど
          月見る月はこの月の月

2008_0914  

 

 

            万葉集1074 

   春日山おして照らせるこの月は
          妹が庭にもさやけかりけり

               俗謡

月は無情と言うけれどコリャ主さん月よりまだ無情
     月は夜来て朝帰るコリャ主さん今来て今帰る

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2008年9月14日 (日)

国産って?

 およそ口にはできない毒入り輸入米が流通し、給食の赤飯になったとかで大騒ぎになっている。三笠フーズの社長は、不正競争防止法なんとやら違反などではなく、詐欺・殺人未遂罪で告発したいぐらいの気持ちだ。    

 昭和20年代まで庶民が口にするのは「外米」が多かった。東南アジア方面のもので、国内産より粒の寸法が長く水気、ねばり気がすくない「まずい」米の代名詞だった。それでも国民はこれで餓えをしのげたのだ。

 今、家電製品をはじめ日用品など“Made in Cina”以外を探すのが困難なほどだ。その一方、自然界では外来種侵入に神経をとがらしている。かつてのザリガニや食用蛙、西洋タンポポ、セイタカアワダチソウなどには、もはやあきらめの境地である。

 現在の闘争の対象はブラックバスとかカミツキガメ、それにペットからの野生化動物、地球温暖化にともなうクマゼミやサンゴ、大型クラゲなど。虹色オリハルコンの金木犀さん宅では今年のゴーヤ大活躍が見られたが、この近所でも栽培がごく普通のことになってきた。これも沖縄特産品の北上?。

 連想で蔬菜類にいくと、健康にいいとされ家庭菜園で増えたモロヘイヤ。これも暑さに強く成長が早いので食用の葉っぱが取りきれない。秋に移植が始まるブロッコリーも、最近はすっかり菜園の定番になった。

 ほかにルッコラーとかバジルなどサラダ向き野菜が、ほうれん草や小松菜類を駆逐する姿も見られる。最近、試みに買った種の袋に書いてある産地を見て驚いた。トウモロコシの種がアメリカから輸入されているのは以前から知っていたが、大根、春菊の類まで軒並みイタリア、オランダ、タイと多国籍化しており、国産はごくわずかになっている。地場の野菜で作付けが限られており、通常他の地方では入手困難な菜の種が「栃木産」から「イタリア産」に代わったのには、正直兜をぬいだ。喜ぶべき現象なのか悲しむべき現象なのか?。

 そういえば、日頃疑っても見なかったサツマイモ(からいも)、ジャガイモ、トウモロコシ、カボチャ、キュウリ(胡瓜)にはそれぞれ原産地の名前がついているし、トマト、ニンジンなども日本になかった作物だ。さて、これから日本はどこまで純粋性(国産)を保てるのか。話は飛ぶが、大相撲初日を迎えて考えこんでしまうことがらだ。

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2008年9月 8日 (月)

「目線」の乱用

 前から気になっていたことがある。「目線」という言葉が誤用されたまま市民権というかマスメディア権を得ていることである。私が「目線」という言葉を初めて聞いたのは、昭和30年代後半の頃だつたように思う。その頃は映画・演劇、テレビカメラマンなどが使う業界用語だった。

 「目線を取る」などと使う。カメラの位置や役者の配置などによく使っていたようだ。辞書には「視線」と同義に扱っているものがあるが違う。「視線を投げかける」とか「視線を感じる」というふうに、視線の主体はそれを発する個々の人間の目の作用で、位置は関係ない。斜視でも視線は視線である。

 それを、マスコミは「福田首相は国民の目線に立っていない」とか、「指導力がない」などという。その二つには矛盾があるが、同時に使って一向に気にする様子もない。国民の目線に立って指導力を発揮したら、それはポピュリズム、衆愚政治になるだろう。

 多分、「国民の視点・観点に留意し、それを反映した政策を強力な政治力で実現する」という意味に違いない。そう言わずに、「目線」に立って目の高さを合わせたまま、高い位置に立って指導することは、同時にできな相談だ。私は、元来ポピュリズムの方が独裁政治よりはいいと考えている人間である。

 しかし、外交、安全保障問題や財政、金融問題の扱いはむつかしい。具体的に言えば拉致問題や消費税の問題などで、為政者は「国民の目線」を超えたところで、つまり評判の悪いことでも、それが究極的な国民の利益に叶うと信ずれば、果断に決意・実行する必要がある。

 なにが言いたいかというと、ジャーナリストを自認するような人たちが、こなれていない流行語(目線はもう流行語ではないが)を吟味せずにまき散らし、政治の議論をイメージ競争にすりかえて政治報道の質を落とし、日本語の深みをないがしろにする日頃の行為を嘆くのである。

            柿本朝臣人麻呂  
 しきしまの やまとの国は ことだまの
     さきはふ国ぞ まさきくありこそ

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2008年8月20日 (水)

疑似体験

2008_08190022  孫から届いたプレゼントである。石膏の固まりを砕くと、恐竜の化石が6片ほど現れる。慎重に毛刷毛で付着物を取りのぞき、ボンドで組み立てて標本の完成。

 化石発掘の疑似体験おもちゃ。外箱に完成カラー写真がのっており、手軽すぎてちょっと夢がないのが残念。それでも1時間は楽しめた。

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2008年8月16日 (土)

送り盆に捧げる

 今日は送り盆。日本の古典より権力者に捧げる。
『平家物語・巻第一祇園精舎』

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらわす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。520daimonji_2

 遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の周伊、唐の禄山、是等は皆旧主先皇の政にもしたがわず、楽しみをきはめ、諫をも思ひいれず、天下の乱れむ事をさとらずして、民間の愁ふる所を知らざッしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。

 近く本朝をうかがふに、承平の将門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、此等は、おごれる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは、六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人の有様、伝へ承るこそ心も詞も及ばれね」

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2008年8月12日 (火)

高いのか安いのか

★100年前(明治41年)と現在の比較

bread 食パン1斤 10銭
   →190円(スーパー)=1900倍

bullettrain 駅弁 15銭(幕の内)
   →1000円(同名古屋駅)=6667倍

school 府立1中授業料 年30円
   →12万4000円(都立高校)=4133倍

sweat01 日雇人夫の日給 53銭
   →8500円?(土工日給)=1万6038倍

(100年前は『20世紀年表』小学館、参照)

  

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2008年8月 5日 (火)

擬態その後

 先月末、ちょっと骨休みに「擬態」というエントリをあげました。2、3日前、その続編になるような写真がたまたま撮れたもので……。

2008_0804  左下は収穫直前のゴーヤ。そして中央上の矢印にご注目。よくわからないと思うので写真をクリックして拡大してください。雌花にそっくりだった擬態カマキリの赤ちゃんも立派に成長。ただいまアリんこをかかえてお食事中です。

 以前、防鳥ネットにひっかかったツグミを惨殺するカラスの生態を見て写真に撮ったことがありますが、自然の摂理とはいえ厳しい生存競争の世界です。

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2008年7月30日 (水)

擬態

 -連載-、今日は一休みします。

2008_07300007  緑の庇、完成間近です。これは1株のゴーヤの「擬態」。

 2008_07300008 ところが擬態ではプロがいました。ゴーヤの赤ちゃん・雌花かと思ったらなんと若きカマキリ君ではないですか。

 昨日、東条さんを「擬悪」と書いてしまいました。正しくは「偽悪」ですが、あえて「擬」の字をあてました。その方が完璧に近いような気がしたからです。そういえば顔もカマキリ君に似ていませんか。coldsweats01

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2008年7月24日 (木)

北京、ハンセン病OK

 中国政府は、これまで各国の習慣に従ってという理由をあげ。ハンセン病患者の入国を認めなかったのを、オリンピックを間近に控えたここに来て、一転、家族を含めた入国を許可することに政策転換したということです。差別禁止の国連決議共同提案国になったことにもよるが、ここにきて人権問題に対するイメージアップを一段と進めようとする意図があった、と各紙が伝えています。

 ブッシュ米大統領は、多分このくだりを読んでいるでしょう。『福音書』第一章40-45(塚本虎二訳・岩波文庫)

 するとある日一人の癩病人がイエスの所に来てひざまずき、「清めてください。お心さえあれば、お清めになれるのだから」と言って願った。イエスはそのあわれな姿を見て悪魔(サタン)に対する怒りに燃え、手をのばしてその人にさわり、「よろしい、清まれ」と言われると、たちまち癩病が消え失せて、その人は清まった。イエスはいきり立ち、すぐその人を追い出して言われる、「だれにも何も言わないように気をつけよ。ただ、全快したことを世間に証明するため、エルサレムの宮に行って体を“祭司に見せ、”モーセが命じたものを清めのために捧げよ。」しかしその人は出てゆくと、宮には行かず、しきりにこの出来事を言いふらし、ふれまわったので、イエスはもはや公然と町に入ることが出来ず、町の外の人のいない所におられた。人々が四方から、イエスの所にあつまって来た。

 この話、前後に何の関連もありません。ただ管理人が暑さバテしているだけです。

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2008年7月14日 (月)

涼風に変わりなけれど

2008_07140004  17年前に買った扇風機と今年買い足した扇風機。効果と機能にほとんど差なし。

 購入・1991年。デザイン・メリハリが利いて力強い。タイマー・ゼンマイ式。スイッチ・ばね。重量4.7kg
 購入・2008年。デザイン・平板で目立たず軽い。リモコン・IC・発光ダイオード付き。重量2.9kg

 ここまでは、時代を反映した差のよう。決定的違いは、、いわずと知れたメード・イン・チャイナにてござい。

 さすがまん中の二つ、手動式は違う。ちょんまげ時代からの伝統にいささかの変化なし。殊勝。但し製造元表示はない。

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2008年7月 8日 (火)

波長が合う

 サンデー毎日(7/20号)にある「佐高信の政経外科」の書き出しである。

 テレビ朝日の「報道ステーション」をまともに見なくなって久しい。古館伊知郎の訳知り顔が身ぶるいするほど嫌いだからだ。なにもわかっていないのにわかったふりをする。「ニュースステーション」の久米宏は、わかっているのにわかっていないふりをして尋ねた。

 以下、「報道ステーション」の感覚がおかしい、という題の記事が続く。たしかにこれに器用で早口の口ふりまで付け足し、正直なところ私も古館が好きになれない。こういった共感は、意気投合でもないし、シンパシーともいえないし、感情移入というより、「波長が合った」ということになるのだろうか。

 波長が合うという現象は、私にとって思想信条、支持(所属)政党、性別、年代の別なくあり得る。もちろん全く波長が合わない人もいる。安倍前首相などとは、これからさきも決して合うことがないだろうと断言できる。

 佐高信なら、100%波長が合うかといえば、そうは言えない。冒頭の発言はやや感情過多の人身攻撃のような気がするし、聞く人をしてすべて正鵠を得た指摘とは言い切れない点もある。彼の著書『田原惣一朗への退場勧告』は現在発売中であり、77人の『抵抗人名録』を(金曜日)で展開するという。

 こういった仕事ぶりが、好き嫌い、波長が合う合わないで人を評価するのであれば、右翼誌御用達ジャーナリストと選ぶところがなく、私と波長が合うとは言えなくなる。ただしこれらの本を読んだ上でないことをおことわりしておく。

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2008年7月 1日 (火)

コピペ

 今朝のNHKTVニュースで、大学生のレポート提出に「コピペ=コピー&ペースト(貼りつけ)」を利用したものが多く、教授たちを悩ませているという報道があった。教授たちがこれを見破るのは難しいことでないという。

 これを聞いて、「アッ、そうか」と思い当たるふしがあった。当塾は検索による来訪者が比較的に多い方だと思うが、先月、エントリーした記事のうち、特定部分をそのまま連続した110字のフレーズで検索を受けた。最近、長いフレーズの検索はあるが、自からの文章をそのまま使って検索されたのは初めてのことだ。

 「なんじゃいな、これは」と思った。だけど教授が学生のレポートをコピーして、これを検索の窓ににペーストし、出所を突き止める作業だったとしたらわかる。最近は見破り専用のソフトもあるというから、学生さんご用心!。

 著作権法の解釈で「私的利用」に入るのかどうかわからないが、同じ大学内では他人のレポートとの競合関係が生じるので「私的利用」とは言えないだろう。せめて学術論文なみに出典のクレジットとか引用のルールを守ったコピペにしてほしい。

 秋葉原の無差別殺人に狂奔した男が、「宿題は親の作品、それで成績はトップ」などと過去の人生を述懐しているそうだが、そんなコピペでは精神衛生上よくないでしょう。当塾には無断でもいいから、堂々と出所を明らかにして、大いにコピペに励んでいただきたいものだ。

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2008年6月30日 (月)

独立行政法人

 独立行政法人国立国語研究所というところから、封書が届いた。表に「著作物利用許諾依頼書 在中」とある。そんないかめしいところから手紙がくる心当たりはないのだが、5年ほど前にだした本の一部を研究データとして使いたいので、著作権者の承認を得たいという手紙の内容である。

 「独立行政法人」という言葉は、ニュースにたびたび出てくるので、なんとなく「役人の天下り先」かな、といった感じで、TVに写る渡辺行革担当相の顔が思い浮ぶ程度の知識しかなかった。NPOやNGOなどとともに、年輩層には苦手の言葉である。

 家の近所に国立病院があり、一時民営移管の計画があったが、住民運動の結果(そればかりではないようだが)白紙撤回された。住民にもやはり「国立」の方が信頼できて安い、という幻想があったのかも知れない。いずれにしても知らないまま放っておけない性なので、「独立行政法人」の常識程度は持ちたいと調べてみた。かいつまんでいうとこういうことになるらしい。

 国が必要とする事業を間接的に実行する機関、団体を法律で法人化したものを「特殊法人」という。JRも「みずほ銀行」の前身のひとつ「勧業銀行」も以前は特殊法人だったわけだ。それが大小とりまぜて増えに増え、かぞえきれない数になった。

 国語研究所というのも来年で創設60年を迎えるという。実はこのたび初めてその名を知った。同所はこれまでも、日本語の話し言葉や書き言葉の変遷などを調べるデータペースづくり、漢字の使われかた、児童や外国人向け国語教育についての調査、そしてそのあり方などの研究を進めてきたようだ。

 こういった法人を行政改革の一環として分類整理を図ったのが、9年前小渕内閣の時にできた「独立行政法人」である。この中で「特定独立行政法人」と、そうでないただの「独立行政法人」にわかれる。特定の方は、役員・職員の身分が国家公務員となっている。いずれも特殊法人と違って資金調達に国が保証を与えることなく、その収入により民間と同じ納税義務を負うことになっている。

 まあ、この程度の知識でいいとして、その独立法人は07年4月現在で101もある。最も多いのが文部科学省の所管25、次いで国土交通省の20、以下9省にわたる。名前を見るだけでは中味がわからないが、まだまだ、廃止、民間移管、統合、業務縮小など改革の余地は相当ありそうな気がする。

 さて、冒頭の国語研究所であるが、地味な存在であり、票にもならないためこれからも存在価値を問われるようなことなしとはしない。しかし日本語を正しく人に伝える「ことば」の重要性は、どんなに強調しても強調しすぎることはない。

 税金の無駄遣いや、天下りポスト廃止は大賛成だが、わずかな費用をケチって国語研究の灯を消してしまうようなことはことだけは避けてほしい。ちなみに、拙著は『現代日本語書き言葉均衡コーパス』で1億語をデータベース化すため、無作為で抽出したサンプルだそうだ。著作権料は無料。お国のために、ここはご奉公することにした。

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2008年6月24日 (火)

錦明竹

 昔は「お笑い番組」といえばラジオのゴールデンタイムに放送される漫才と落語だけだった。私の好きな落語の一つに「錦明竹」がある。商家の主人が外出中に来客があり、留守番をしていた番頭と小僧が伝言を頼まれる。その伝言が上方訛りでおまけに早口、さっぱり意味が通じないのに帰宅した主人にそれを報告しなくてはならない。

 聞くだけで十分おもしろいのだが、実はこっちも半分は意味がわからなかった。それを活字にしたものがあったので書き留めておく。漢字がわかっただけでずいぶん違ってくる。以下、池田弥三郎『日本故事物語』からの引用である。

「私は京橋中橋加賀屋佐吉方から参じましたが、先だって仲買の弥市をもって取次ぎました道具七品、祐乗宗乗光乗三作の三ところ物(三所物とは刀の江頭、ふち頭、目貫をいう)刀身は備前長船の住則光、横谷宗珉四分一拵え小柄付きの脇差、柄前はたがやさんじゃと言うてでごわりましたが、ありゃあれ埋れ木で木が違うて居ますさかい、ちょっとお断わり申し上げます、自在は黄檗山錦明竹、ズンドの花活には遠州宗甫の銘がござります、利休の茶杓、織部の香合、のんこの茶碗、古池や蛙飛び込む水の音、これは風羅坊(芭蕉)の正筆の掛物、沢庵木庵隠元禅師張り交ぜの小屏風、あの屏風は、私の旦那の檀那寺が兵庫にござりますが、その兵庫の坊主の好みます屏風やさかい、兵庫へやって坊主の屏風にいたしまする、こないにお伝え願います」

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2008年6月21日 (土)

つゆのあとさき

 栗の木には強い匂いの花が咲き、柿の若葉は楓にも優って今がちょうど新緑の最も柔らかな色を示した時である。樹々の梢から漏れ落ちる日の光が厚い苔の上にきらきらと揺れ動くにつれて、静かな風の声は近いところに水の流れでもあるような響きを伝え、何やら知らぬ小禽(ことり)の囀りは秋晴れの旦(あした)に聞く鵙(もず)よりも一層勢いが好い。(永井荷風「つゆのあとさき」『日本の文学』中央公論社)

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 昭和6年、銀座の女給を題材にした荷風52歳の頃の小説である。満州事変が起き、これから15年間戦争が続く。世界恐慌はやや小康を得たが、農村や中小企業の苦難と危機には変化がない。昭和7年、神奈川県大磯で起きた坂田山心中事件がきっかけで心中20件が後に続き、翌8年の三原山では自殺男804人、女140人、1日平均3人という狂気の時代だった。

 なにか今の時代と重なるところがありそうな気がする。エロ・グロ・ナンセンスがもてはやされ、重苦しい現実が世を覆ったというが、荷風の描くプロの女性には梅雨時のような湿っぽさがなく、むしろさばさばした野鳥の勢いさえ感じさせるのである。

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2008年6月19日 (木)

将に五危有り

 『孫子』からである。

    故将有五危 必死可殺也 必生可虜也
    忿速可侮也 廉潔可辱也 愛民可煩也
    凡此五者  将之過也  用兵之災也
    覆軍殺将  必以五危  不可不察也

 こんな意味だろう。
 将には5つの危険がある。必死の覚悟では殺される。生き延びることだけ考えると捕虜になる。気短で怒りをあらわにすると侮られる。清廉潔白だけでは、はずかしめられる。民に愛されることだけに専念するのは、気苦労が多く煩わしい。

 およそこの5つは、将の過ちである。用兵がうまくいすず、指導力に災いをきたす。軍(権力)が覆り将が殺されるのはこの5危にほかならない。十分に注意すべきである。

 と、こんなふうに福田康夫首相は考えているのだろうか?。                  
 

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2008年6月18日 (水)

続・地震の命名

 前回のエントリーでは、Runner さまから補強のおもしろいコメントも頂いた。それに、震源地に近い奥州市のみなさまに「聞いたことがない」などと大変失礼なことも書いてしまった。その罪滅ぼしに同市の紹介をさせていただく。同市のホームページによると、平成18年2月に水沢市、江刺市、前沢町、胆沢(いさわ)町、衣川村の5市町村を合併してできた市で、人口は13万人余、岩手県では盛岡市に次ぐ第2位である。

 水沢は、友人の出身地でもあり以前から知っていた。最近、ポスターの絵柄で物議をかもした「裸の男と炎のまつり」蘇民まつりの黒石寺も同市にある。それより、かねがね一度は行って見たいと思っていた地名が、「胆沢」なのである。

 北上側の中流域を占めるかなりの広い盆地である。多賀城からはむろんのこと、北上側方面への前線基地である伊治城の地点から考えても、まさに文字どおり胆沢は蝦夷集団の「奥区」であった。胆沢の土地と人間を征服できれば蝦夷征伐は大半の成果をおさめたことになろう、というのが桓武とその政府の多年の思惑であり、執念でさえあった。

 胆沢の地域はゆたかな流水と土質に恵まれていた。蝦夷の集団は、あとでふれるような技術をもって、その労働力をこの原野の開墾に集中し、水田または陸田をひろげていった。この地域の山また森、あるいは河川は、かれらに漁撈・狩猟の対象を無尽蔵といってもよいほど豊饒に提供した。

 以上は、北山茂夫『日本の歴史4平安京』(中公文庫)からの引用である。大和朝廷が都を京都に移して最初に行った領地拡張政策はここでストップ、蝦夷の楽天地攻略に手間取った。ところが、ここにはもうひとつの不思議がある。それは日本最北の前方後円墳「角塚古墳」があることである。その築造が上述の桓武天皇の時代より300年以上も前の450~475年頃だという。

 前方後円のスタイルと発掘された埴輪類は、どう見ても大和王朝の息がかかった設計と見るしかない。おそらくこのなぞは永久に解き明かすことができないだろう。また、前記にある多賀城は、奈良時代に築かれ(仙台市の北東約10キロ)その跡に有名な石碑が現存する。

 多賀城 去京一千五百里
     去蝦夷国界一百廿里
     去常陸国界四百十二里
     去下野国界二百七十四里
     去靺鞨国界三千里

 これを一里560メートルで換算するとほぼ正確と言ってよく、蝦夷国界はまさに「胆沢柵」を指すと見られる。また私見では、靺鞨国はサハリン経由の沿海州岸と見ている(拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』)。胆沢は、日本人にとって「この先、夢いっぱい」の土地柄だったのである。

 

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2008年6月17日 (火)

地震の命名

 「東北地方で強い地震がありました。震度6強、奥州市、栗原市」などと速報で言われても、どこのことやらサッパリわからぬ。宮崎県がどこにあるのか知らない、というのはチョットひどいが、奥州市の正解率は一体何パーセントあるのやら。

 家のパソコンでも「押収し」と答える。でも市の名前は、地元民が選んで付けたのなら何をかいわんや。正式地震名は気象庁がつける。「岩手県・宮城県内陸地震」なんだそうだ。これもまたサッパリ位置が特定できない。市民感覚からかけはなれた官僚主義の命名だ。

 ちなみに、この前の新潟県の地震、「新潟県中越沖地震」「新潟県中越地震」だ。一字加わるかどうかの違いだけで区別しにくい。これも地元民の感覚から遠く、当時から非難ごうごうだったようだ。前者は「柏崎沖」「刈羽沖」「西山沖」とでもした方が地理的にも被害の実態からもピッタリくる。

 いったい気象庁は何を基準に名前をつけるのだろうか。また、マスコミも唯々としてそれに従うだけで能がない。今回も「栗駒山地震」と命名すれば、地域は特定され、映像で見る山崩れや孤立する集落など被害の実態や特徴がつかみやすく印象に残る。

 栗駒山は名を知ってはいたが、たしかに知名度は高くない。しかしこれで有名になることは誰にとってもマイナスではない。被害県は宮城・岩手・秋田の三県にまたがるのだからこの方が公平だ。地震の命名などそれこそ民間委託して、気象庁は本来業務に専念して欲しいものだ。 

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2008年6月 9日 (月)

端午節

2008_06090004_2   昨日8日は旧暦の5月5日、端午の節句である。日本では新暦で連休の「子供の日」にしてしまったが、中国は、地震後初の祝祭日になる昨日、各地で各人各様に例年通りの風習で祝ったらしい。日本でも菖蒲の葉をお風呂に入れると健康によいとしてスーパーなどで売っている。しかしそもそもの由来は忘れられている。

 端午の日には粽(ちまき)や柏餅(かしわもち)を食べる風習もある。粽を食べるのは、中国戦国時代の楚の愛国詩人屈原の命日である5月5日に彼を慕う人々が彼が身を投げた汨羅江(べきらこう)に粽を投げ入れて供養したこと、また、屈原の亡骸を魚が食らわないよう魚の餌としたものがちまきの由来とされる。(Wikipedia)

 そこで紀元前278年のこの日をしのび、屈原の「懐沙の賦」を一部掲げておこう。

 いっそうこのままふっと死んでゆこう
 恐らくはこの上なおも禍がくるかも知れぬ
 言いたいことを言いつくさぬままに淵に沈もう
 ただ君が耳目をふさがれて
 気づきたまわぬのがくちおしい
         (目加田誠著『屈原』)

 「端午の節句」については、韓国が起源を主張し、その風習「江陵端午祭」をユネスコの世界無形遺産に申請し選定されたという。それに対して中国のマスコミをはじめとする諸団体は猛反発したそうだ。日本でも最近奥州藤原氏ゆかりの、平泉・中尊寺などの世界文化遺産の申請が保留されたとか却下されたとかの報道があった。

 そもそも民俗や史跡・遺物・自然などは、それぞれ人の心の中ではぐくまれるものだ。それに観光地のキャッチフレーズや偏狭なナショナリズムを結びつけたお墨付きをほしがり、それを国際機関で審査するなどの愚行は、いいかげんやめにしてほしいものだ。

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2008年6月 5日 (木)

自作自演説

 毎日新聞の記事だが、「某中学校の先生が生徒に9.11の“自作自演説”の話をした。家に帰った生徒の話からそれを知った親族が、教育委員会にタレこみ、校長はPTAの席上でその先生に謝罪させた」という内容だ。これと似た筋書きは、ほかのことでもたびたび報道される。

 自らの経験では、中学生にもなると先生に対する観察眼や評価も鋭くなる。新任の先生でもすぐあだ名をつける。平板で指導要綱から一歩もでない先生より、多少トンデモ発言があっても生徒の興味・関心を引きつけてくれる先生に人気があり、その先生の話はいつまでも忘れない。

 上の記事だけでは、どんな話し方でどういういきさつだったか、詳細がわからない。したがってことの善悪は判断しないが、教師にたずねて見ようとせず、教師を信用せず、すぐ教育委員会に通報して言論封殺まがいのことしたり、教育現場を破壊するような行為を一部の親権者がとる。

 このような風潮の方がよほど教育に悪影響を及ぼすと思うのだが、どうだろう。校長がことなかれ主義、保身に汲々としているならばこれもまた問題だ。たまたま、前々回「古史、古伝、偽書」という記事を書いた。また、かつて旧石器時代の遺物が続々として発見され、世間はそれを真実だとして受け入れた。ところが、全く幼稚な自作自演であることが判明したこともある。

 もちろん、この逆もある。最大のものは地動説である。あり得ない言説を唱えたとして、天動説に固執する権力者から「社会を乱す」者としてガリレオ・ガリレイは処罰された。トンデモ言説はいつの世の中にもある。戦時中は、正統派皇国史観以外の古史の類が一斉に弾圧・検挙されるという悪夢の時代だった。

 世間にはいろいろ信じられない不思議なことがある。中には少々おかしなことをいう人もいる。それはそれでいいではないか。いろいろな知識を重ねることで、なにが本物に近いのか見えてくる。それまで、いろいろなことに関心を抱いたり、想像したり、議論したりする余裕が社会に欲しい。どういう動機があるのかわからないが、医療、警察など他の分野を含め、世間を萎縮させるようなことは、即、やめてほしい。

 

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2008年6月 3日 (火)

古史、古伝、偽書

 先月、日本語化した「原理主義」につてい書いた。私がブログを始めた05年4月から「原理主義」を何回使ったか検索してみた……暇だなあ(^^)。結果は31回、「共産主義」の36回とほぼ肩を並べる。原理主義の躍進と共産主義の凋落というわけでもないだろうが、改めて「原理主義」を考えてみたくなる。

 すでにいろいろ論じられているように、ファンダメンタリストすなわちキリスト教の原典を忠実に解釈し実践する信徒の考えから発し、中東におけるイスラムとの文明の衝突に妥協のない立場をとる人、転じてイスラム教強硬派にも「イスラム原理主義」など同じ言葉をつけたのが、「原理主義」流行の発端である。

 キリスト教の原典といえば新旧の聖書である。なにしろ古い古典なので「これが本物」というものはない。仏教はそれ以上で、仏陀の弟子達が作った多数の経典がいろいろな言語に姿を変えて今に残る。だから、「これが根本だ基本原理だ」といっても、幾通りものもの解釈がでてきて当然なのだ。要は、その思いこみが強いかどうかで決まってくる。

 日本にはそういった宗教的古典はないが、『日本書紀』と『古事記』という古史、古伝の集大成がある。両書とも江戸時代が始まる頃に活字化されるまで筆写するしかなかったわけで、幾種類もの異本がある。しかし『日本書紀』は国が編纂した正史である。720年の成立直後から精読、勉強会が継続して開かれ、これを偽書だという人はいない。その都合のいい部分だけをつないで軍国主義に役立てようとしたのが皇国史観だ。

 ファンダメンタリズムは対立するものがあってこそ、はじめて存在しうる。その点、一切の異論を封じ込めた皇国史観には原理主義の資格すらない。ただ、独善的な解釈で政治目的に利用する点が類似しているといえば、その通りだろう。

 日本にはこのほかに、いろいろな古史、古伝、偽書と言われる物がある。一時ブームだったこともある。曰く「竹内文献」「宮下文書」「秀真伝」「上文」「九鬼文書」「東日流外三郡誌」などなどで、日本独自の「神代文字」が存在したという説もあった。

 しかし現在は、ほとんどが後世になってねつ造された「偽書」であるという評価になっている。そして、そういった偽書が生み出された背景や目的に研究の目が向けられているようだ。そういった偽書には、氏族の神がかり的な伝承由来や未来の予言、暗示を含むものが多く、それぞれ不安定な時代背景負いながら、一定の支持、信用を獲得する要素を持っている。

 史書ではないが、前に記事にしたことがある「世界征服計画」と騒がれた『田中上奏文』も偽書である。その一方、海外の一部では依然本物と信じられている謎の文書である。そして現在、9.11をはじめさまざまな偽書・疑伝の類が横行してもおかしくない時代にある。はげしい思いこみがはた迷惑にならない限り、古史、古伝、偽書で想像の世界に遊ぶことは悪いことではない。

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2008年5月26日 (月)

白露

2008_05250023 松の葉の細き葉毎に置く露の
千露もゆらに玉もこぼれず

もろ繁る松葉の針のとがり葉の
とがりし処白玉結ぶ

若松の立枝はひ枝の枝毎の
葉毎に置ける露のしげけく

 正岡子規の「五月廿一日朝雨中庭前の松を見て作る 十首」の中にある句である。松と雨露だけで10首、短時間にすらすらとできてしまう天才わざだ。「露」だけでなく、玉、千露、白玉、雫、白露など表現にいろいろな使い分けがある。子規といえば、自然の描写・観察で一時代を築いた文人だが、天文、地理、動物、人事などと区分された句もあり、古代中国の多彩・多感な詩人、屈原の名を思い出した。

 そんな中から「猟官声高くして炎熱いよいよ加はる戯れに蒼蠅の歌を作る 九首」から2首を付け足しておこう。

つかさあさる人をたとへば厨なる
食ひ残しの飯の上蠅

馬の尾につきて走りし蠅もあらん
とりのこされし牛の尻の蠅

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2008年5月21日 (水)

原理主義

 「原理主義」、うかつながらこの言葉は古くからある言葉だと思っていた。ところが『広辞苑』第4版(1991年発行)には載っていない。類語である「根本主義」についても同然である。『現代用語の基礎知識』(自由国民社、1992年)にもなかった。ただし、同書巻末にある「外来語・略語年鑑」では、ファンダメンタリスト(Fundamentalist)として、次のように解説している。

 根本主義者、教条主義者。キリスト教では、20世紀初期の新教運動以後聖書の記述を正しいと主張し信仰する人をいい、イスラム教ではコーランの記述にある真実を信じる人をさす。イラン革命で主導権を握ったホメイニ師を仰ぐグループが「ファンダメンタリスト」。

 また、古いところで、1957年頃の『新ポケット英和辞典』(研究社)の“Fundamentalism”には、こう書いてある。

 原教旨主義者《聖書の創造説を固く信じ進化説を全然排する:cf.modernism》

 したがって1990年当時、日本語の「原理主義」はまだ生まれていないし、イスラム教に援用したのもイラン革命以後の1980年代からであろう。「原理主義」という訳語をいつ誰が使い始めたのかわからない。報道関係者だというが、今やマンガの世界まで、何かに入れ込む人を「○○原理主義者」と言うのがはやっているそうだ。

 私の調査で不完全だが、マスコミには「1998年8月7日のイスラム原理主義者によるケニア・ナイロビの米大使館爆破テロ」などというのがあった。そうすると「原理主義」が一般に普及したのはここ10年という感じになる。報道関係者の中には、イスラムに「原理主義」をつけるのは不適切、として「イスラム過激派」に変えている向きもあるが、まだ徹底はしていないようだ。

 相当権威のある学者まで、最近は「市場原理主義」などという。これは市場原理=主義なのか、市場=原理主義なのかわからないが、聞く方にとっては大して違わない。このあいまいさは、もはや「原理主義」が完全に日本語化してしまっているということで、そのうち外国の辞書に日本語「ゲンリシュギ」が載ることになるだろう。

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2008年5月12日 (月)

花の命は短くて

 林芙美子の詩の意味は全くない。シュロはなぜか観葉植物としてあまり花を愛でる人はいない。だけどなかなか堂々として色鮮やかで立派ではないか。花の命も決して短いとはいえない。2008_05110005

 ところが、造園業者などのプロは「花は早く切り落としなさい」という。観葉植物としての「葉」の成長を妨げるからだそうだ。

 そこでシュロの嘆きの一首……、

 花の命は短くて 葉のみ見る目の 多かりき 

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2008年5月 5日 (月)

そうだ!!子供の日だ

 聞くところによると子供の自殺など、社会問題になっているいじめの言葉は、

  バイキン くさい デブ
  キモイ  ムカツク 死ね

などらしい。明治時代の悪態を、夏目漱石が「坊ちゃん」に書いている。

ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫っかぶりの、香具師(やし)の、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴……

 こう言われて、自殺したなんて話は聞いたことがない。明るすぎて笑ってしまう。日本人は江戸時代から悪態・悪口・揶揄(やゆ=からかいなぶる)が好きな人種だったそうだ。強くなって、明るくなって、いじめ野郎と言って笑い飛ばしてしまおうよ。

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2008年4月17日 (木)

迫る巨大噴火

 昨16日付毎日新聞の「記者の目」は、非常にユニークな記事で、同紙の目玉であるこの企画の面目を遺憾なく発揮したものだと思う。記事は、九州・島原支局の山崎太郎記者の書いたものである。島原と言えば90年に噴火した雲仙・普賢岳だが、そんなことでもなければ、まず、全国向けの記事を書ける機会はないだろう。

 最近、テレビ画面にしばしば登場するのは、7月のサミットをひかえた洞爺湖畔に建つ会場と美しいバックの光景である。これが巨大噴火による陥没カルデラの縁にあたることは、一応の勉強をした人なら知っている。湖の中に火口を持った火山、水がなくても回りがお盆の縁のような外輪山、といった地形は日本のいたる所にある。

 NHKの大河ドラマで今年の観光は鹿児島に脚光、と言うことだが、桜島をとりまく鹿児島湾そのものが巨大カルデラのあとなのだ。九州は肥前・肥後、つまりヒ(火)の国である。中央部にどっかり腰を据えた阿蘇外輪山の内側も、鹿児島湾と同様直径20㎞の巨大カルデラである。

 こういった、カルデラを生むような噴火は、もはやあり得ないのかと思っていたら、必ずしもそうではないのだという。日本では数千年~1万数千年に1度おきており、「もうすぐ満期」だとこわいことをいう。もし阿蘇山クラスの噴火があれば、全九州は火砕流と火山灰で壊滅、地球温暖化どころか寒冷化の引き金にすらなりかねない。

 そんな火山列島日本で、山崎記者は「火山の防災力は低下する一方」だと警告する。噴火予知に携わる大学の研究者はわずか40人ほどで、それも先細りが避けられないという。国立大学の独立法人化で運営費交付金が年1%ずつ削減されているからだ。

 企業の援助が期待できる薬の研究やダイオードの研究とちがい、こういったことは、どうしても国が関与しなければ万全を期しがたい。外交・防衛はもとより宇宙開発や南極観測なども国の仕事だ。寿命がきた南極観測船は売りに出されるというが、道路など利権がからまなくとも、国民にとって必要か欠くべからざる事業や研究費は、しっかりと優先順位をつけ、ケチケチしないで欲しい。

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2008年4月16日 (水)

春のあらし

 チベット問題を取り上げないといって、当ブログにとっては「天文学的」(7684件)なアクセスが殺到してから1カ月たった。まずその数の推移を報告する。本当はグラフにすればいいのだが、面倒なのでピークの日を100人として換算した数字を掲げておく。

3/14金 3人(最初の暴動報道あり)
3/15土 4
3/16日 25 (ブログ休載日)
3/17月 100 (「チベットに真の解放を」)
3/18火 53
3/19水 42
3/20木 28

3/21金 15
3/22土 15
3/23日 10
3/22月 8
3/23火 6
3/14水 5
3/15木 4

 このようにピークの3日後には3/1以下に、10日後にはほぼもと通りになった。このブログでは、ニュースにできるだけ早く対応するように心がけているが、事実が把握できない、ことに突発的な事件の外電についてはその報道の出所を吟味し、複数以上の客観報道を見てから意見を言うようにしている。

 このブログは、通常週1回(ふつうは日曜日)は休載している。それにしても事件後3日目に「チベットに真の解放を」をエントリーしたのは極めて早い部類に入る。その後も関連テーマとして「チベットに和解を」3/23、「弁髪」3/26、「サブネーション問題」3/31、「逆恨み」4/10等をあげている。

 コメントも、ピークの前後には80件に達した。非常に驚いたが、リスポンスに値しないもの、答えようのないものがほとんどで、一部にだけ答えるのも公平を欠くようだし、読者を明らかに誤解させるもの以外は削除せずすべてをだまって見させてもらった。

 いわゆるネットウヨといわれる人が多いのだろうが、公序良俗に反するもの、スパムまがいのものがあれば削除しようと思った。だが結果としてそれはなかった。おかげで、この種の行動をおこす動機、発想、思考パターンなど、得難い観察をさせていただいた。

 それだけにとどまらず、その後のアクセス数の平均が100件ほど増えたように感じられ、右派系のブログからもトラックバックを頂くようになった。そもそも「反戦塾」に反戦の人だけ、護憲の人だけしか立ち寄ってもらえないようでは、開塾の本旨に反すると思っている。

 この騒動のはじまりは、2チャンネルのとある掲示板に、匿名投稿者が「チベット問題を無視する平和団体リスト」を掲げたことによる。当ブログはその10余りの団体の一つに上げられる光栄に浴したわけだが、中味をよく調べずに「団体」にさせられてしまったという誤認がまずある。

 ほかのリストの中にもすでに閉鎖されているもの、休眠中のもの、団体の性格から的はずれのものなどがあり、「反戦」と名のつくものをいくつか検索で導き出したのではないかと思えるふしもある。それに、注目度の高い右翼系ブログのいくつかが軽率に飛びつき、転写(コピペ)した結果と分かった。

 それにしても、数が多いのに驚いたが、何が彼らをそうさせたのか。産経新聞に「事件に対する平和団体の動きがにぶい」といったコラム記事があったというが、それだけでは説明がつかない。コメントなどに共通する底流は、反中、嫌韓、彼らの言う「特定アジア」への激しい嫌悪と反感であろう。

 度重なる謝罪要求、居丈だかな政府要人の声明、日本における悪質犯罪や粗悪輸入品など、キライになる要素は十分すぎるほどある。それをキライにならず、関係改善をはかろうとするのは「媚中派」ということになる。その代表格に、なぜか「護憲」を持ってくるのだ。コメントの中にはその不当性を指摘するものもあった。

 特に組織がふえている9条の会や、読売新聞の調査で護憲支持勢力が改憲を上回ったことに、中国への対抗力を削ごうとする媚中派がふえる、という危機感をつのらせるのだろうか。当塾のように、必要があれば専守防衛力を増強することも考えに入れる、という護憲派もある。

 結論は、右でなければ左、嫌中でなければ媚中という単純な発想、そして全部とは言わないが受け売りだけで自分の頭で考えない。早とちり、付和雷同、勉強不足、その三つだけはぜひ克服してもらい。

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2008年4月 5日 (土)

差別語

 後期高齢者なんとかという行政用語を、福田総理の一声で「長寿医療制度」に変えたようである。そう呼ばれる方にとってみて、たしかに考古学の区分じゃああるまいし、前期・中期・後期・晩期・終末期などをあてはめられたようで、気分は良くない。

 反面、言葉狩りかどうか知らないが「看護婦」とか「助教授」、「産婆さん」などという美しい日本語が消えていくのは残念だ。ついでながら、このブログは以前「反戦老年委員会」と名付けていたが「老」とか「翁」などは敬語であっても差別語とは思わない。

 先月、このブログにチベット問題で膨大な書き込みがあった。また、今回の「靖国上映問題」でもアクセスはあがっている。書き込みの中に、自称かどうかわからないが「ネットウヨ」云々と書いてあり、別のサイトには「それを見分けるには“支那”という言葉を使うかどうかでわかる」とあった。

 チベットも靖国も、そのこと自体より問題の核心は「反中」「反媚中」「反自虐史観」にあり、その裏返しとして蔑視と敵愾心をこめた「支那」になるのだろう。もっとも、私の子供の頃は「支那事変」であり、北支派遣軍の叔父に慰問袋を送り、シナは「支那そば」同様親しみのある語感であった。

 戦後それを使わなくなったのは、先方が「多くの国に分かれている」という意味にとれる当て字を嫌ったからだろう。そもそも「チャイナ」の語源は、シンとかチンとかの音からきており、漢字をあてない限りそうとられる要素はない。

 西暦800年頃、日本は中国語の「倭」の文字の意味がよくないので「日本」に変えて欲しいと申し出て、以後同国では「倭=わ」を使っていない。しかし、「ひのもと」と読ませるならともかく、ニホンもニッポンも漢語読みだ。だから、なにも相手がいやがる文字をことさら使う必要はないだろう。

 それより、若者言葉とされる「ださい」「きもい」「うざい」などという、身近にいるもの、隣にいるものに発する蔑視、いじめ、差別語と同根であることが気になる。朝日ににおう山桜の「大和魂」とは、全く相容れない。言葉狩りでなく、そういった土壌をなくするのが先ではないでしょうか。文部科学大臣さま。

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2008年4月 1日 (火)

和而不同

 由緒深い和室の欄間などにかかる揮毫によくあります。[和而不同]。明治時代の先祖の心意気、といった感じがします。「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」からとった言葉で、『論語』の子路篇にあります。

 その意味は、小人=つまらない人間は自分でよく考えることをせず、すぐ他人のいうことにそうだそうだと同調します。「付和雷同」の「同」です。これに対して、君子=キミ子ではありません、クンシといわれる人生の達人は、それぞれの考え、意見を持っています。

 それでありながら、ひとつの方向に調和して強い力を発揮することができるのです。似ているようで質的には全く違います。お互いの意見を知った上でそれを乗り越えたひとつの結論を身につけるからです。

 周の史伯という人は、またこういっています。――「和は実に物を生ず、同なれば継がず」。ただ「同」だけではそこで止まってしまう、「和」があってはじめて物事は前に進めることができるということですね。紀元前数百年、卑弥呼より前の時代の中国には偉い人がいました。

 漢文を習うことが少なくなって、日本人の教養から失われたもののひとつだと思います。国会とか地方の政治、マスコミ、選挙民、インターネット……それぞれあてはめて考えてみてください。そんなこと「同」でもいい、とおっしゃるのでしょうか。無政府状態に似てきた日本、君子が住みにくい世の中になってしまいました。

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2008年3月22日 (土)

そり歌

 江戸中葉の地方文人、鈴木牧之が『北越雪譜』でいう。

     そりをひくにはかならずうたうたふ、是
    をそり原文は車へんに盾)とてすなわ
    ち樵歌なり。唱歌の節も古雅なるものな
    り。

     親あるひは夫山に入り、そりを引てか
    へるに、遠くそり歌をきゝて親夫のかへ
    るを知り、そりに遇う処までむかへにい
    で、親夫をばそりに積たる薪に跨がせ
    て妻や娘がこれをひきつゝ、これらも又
    そり歌をうたうてかへるなど質朴の古
    風今目前に存せり。これ繁花をしらざ
    る幽僻の地なるゆゑなり。

     春もやゝ景色とゝのふといひし梅も
    柳も雪にづもれて、花も緑もあるかな
    きかにくれゆく。されど二月の空はさ
    すがにあをみわたりて、朗々なる窓
    のもとに書読むをりしも遙にそり歌の
    聞るはいかにも春めきてうれし。是は
    我のみにあらず、雪国の人の人情ぞ
    かし。

【以上『校注北越雪譜』、野島出版による】

 にわか雨に、妻か子供が傘を持って駅まで迎えにでる、という風景がなくなったのは、いつの頃からだったのだろう。

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2008年3月18日 (火)

彼岸

 円高・株安の経済指標は極寒の季節、国会や政治の混迷ぶりも底が見えない。昨日は彼岸の入り。陽気がすこしもどってきた。

 毎年よ 彼岸の入りに 寒いのは

 正岡子規は、母君のことばがそのまま5・7・5の句になっているのに気づき、それを前書きとした。これは毎日新聞から得た知識である。彼岸の中日はあさって20日の秋分の日、彼岸明けが23日の日曜日という飛び石彼岸になっている。

 暑さ寒さも 彼岸まで

 どんなに冷冬とか残暑といっても、不思議なことにお彼岸の頃にはすっと和らぎ、絶好の散歩日和が訪れる。2008_03180020

 「春眠暁を覚えず」
はもうすこし先。
 「蛙の目借時」
というのも同じ頃か。

 春先、盲目の座頭がひたすら眠りこけるのを見た人が、「どうしてそんなに眠るのだ」と聞いたところ、「蛙が忙しい時期を迎え、こんな盲人の目まで借りていくのだ」と答えたという。

 もう一説は、妻離(めかる)蛙である。相手を求めて鳴き交わした蛙が交尾を終えて鳴きやむと、あとは前後不覚で眠りほうけるのだろうか。いずれにしても、インターネットなどない昔は、自然の足音を聞きながら、ゆっくりと時間が過ぎていったのである。
 

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2008年3月10日 (月)

鳥害

  権兵衛が 種まきゃあ2008_03100007
  カラスが  ほじくる

 これは昔の話である。家庭菜園でも、枝豆やとうもろこしを直播すると鳥にほじくられたが、葉物の新芽を荒らすのが最近のはやりである。プロは広大な農地でも、ネットなどを張って防護せざるを得ない。

 それでも、このように網の上から体重を利用して堂々と食いまくる。最近は、カラスの生ゴミ荒らしがなくなったが、まさか、中国産食品の毒物混入を新聞で知り、安全な国産農作物に切り替えたのでは?。家庭菜園でも収穫ゼロの危機にさらされている。

 はげ鷹ファンドの農作物先物投資による相場の高騰にしろ、カラスにしろ、このところ鳥類の貧乏人に対する攻撃が目に余るようになってきた。

2008_03100006

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2008年2月15日 (金)

飛鳥と奈良と京都

 フジテレビのドラマ「鹿男あをによし」が放映される木曜日の夜10時台になると、当塾へのアクセスが異常にはねあがることは以前書きました。検索によるもので「あおによし」「あおによしとは」「あおによしの意味」などです。

 それだけであれば、辞書の検索や「枕詞(まくらことば)」、「万葉集」などをキーワードにして調べてもらった方が早道で、放映回数が進むに連れて当ブログへのアクセスは減ると思っていました。ところが逆に増え続け、昨日は「反戦塾」と題名を変更してからの最高を記録したのです。

 ドラマを見たのは、昨日が2回目です。まだその展開も筋もよくつかめていません。私とは縁の遠い話し、と思っていましたが、「黒塚古墳」「卑弥呼の里」「飛鳥」「奈良」「京都」「オカルト=三角?」となると自著(カテゴリ=既著)『海と周辺国に向き合う日本人の歴史~飛鳥の将軍阿倍比羅夫・中世の海と松浦党』に縁がないとはいえなくなるから不思議です。

 副題の「阿倍比羅夫」を書くため、卑弥呼の前から大和朝廷、古墳の数々、そして舞台になる飛鳥時代を中心に、「あおによし奈良の都」の建設大臣をつとめた阿倍比羅夫の息子の阿倍宿奈麻呂のこと、さらには、その子孫で中国で活躍した阿倍仲麻呂、ずーとあと、平安時代の陰陽師・安部晴明まで系列かな、と思える人を追ってみました。

 京都を舞台に霊界で腕をふるった、安部晴明も若い人に人気があるようですが、そういえば晴明のシンボルマークは、三角、△▽を重ねたユダヤのマーク(日本では六芒星というらしい)に似てますよね。最後に申し上げておきますが、こんなことや拙著の内容は、テレビドラマとは全く関係ありません。まちがって注文などなさらぬように。(^^)

「あおによし」のエントリー

http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_9d7e.html

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2008年2月11日 (月)

紀元節と天皇

 今日は「建国記念日」だという。私は昔の紀元節という呼び方の方が好きだ。もちろん、どちらさんかのように戦前の日本に帰れ!、などというケチな考えはもうとうない。神話時代の神武天皇即位の日を、むりやり2668年前の今日だ、と決めた人がいて、そういう大昔のことを考えてみる日でもいいのではないかという程度だ。

 「建国記念日」はよくない。どこの国でも「独立記念日」とか「国慶節」とか「建国記念日」があり、それと混同する恐れがある。だが、2600年も前などという国は世界中に日本しかない(もしかすると北朝鮮にはあるかも知れないがまだ調べてない)。

 そもそも、中国やメソポタミアのような文明発祥の地以外には、当時「国」という概念そのものがなかったのだ。日本で「国家」といえるのはせいぜい聖徳太子の頃から、と思えばいい。日本の「建国記念日」というのは、明らかに「にせ表示」にあたる。

 とはいったものの、「にせ」ではなく、正真正銘「真実だ」と信じている方がおいでのようだ。皇室典範改訂問題で、跡継ぎを男子、男系死守などといきまく「有識者」の周辺にはそんな方もいるのではないか。

 実は、日本の天皇制の将来を危うくするのは、そういった人達ではないか、と最近思うようになってきた。神武即位はともかく、「万世一系」を信じて疑わない系統の人々である。これをなくすると、日本帝国憲法、教育勅語など、彼らが信奉する路線が根底から崩れることを恐れているからのようだ。

 歴史研究や考古学の発展等で、かつての皇国史観が存続する余地は少なくなっている。また、若い人は皇室に関心があってもせいぜいゴシップを追う以上のものがない。戦後になってからは、なぜか美濃部達吉博士の「天皇機関説」のような本格的な天皇論がない。

 昭和天皇の「戦争責任論」はあるが、新憲法制定当時にはあった「象徴解釈論」や天皇、皇室の機能、役割、将来の展望などについてのベースになる議論が全くないのだ。このままでは、敗戦当時混乱防止に機能した「国民統合の象徴」も、やがては「天皇なんて本当に必要なの?」ということになってしまうだろう。

 天皇に対するタブーはたしかにこれまであった。しかし、自称「憂国の士」のアナクロニズムや、進歩的文化人の天皇アレルギーがぶつかるだけでは、なにひとついい方に向いていかない。天皇制護持を真剣に考えるなら、皇嗣問題の現実的処理や、なにが「日本国民の総意」で、天皇の役割は何かをいますぐにでも議論する必要があるだろう。

 関連する私見
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_7131.html
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_1777.html

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2008年2月 8日 (金)

相撲は憲法適用外?

 大相撲時津風部屋の序ノ口力士、時太山(当時17、本名斉藤俊さん)が昨年6月に急死した事件で、先代時津風親方ら4人が逮捕された。これに対して、相撲協会の北の湖理事長が記者会見で「長い歴史の中で力士が逮捕されたことはまことに遺憾で残念だ」という趣旨のコメントを読み上げたという。

 声明文の全文はわからないけれど、上に掲げた文言は各紙共通しているのでまちがいなかろう。この内容をおかしいな、と思ったのは私だけであろうか。

 まず、遺憾で残念なのは「力士が逮捕されたこと」で、協会や理事長としてのありかたや責任には全く触れず、「長い歴史」とか「力士が」などの修飾語をつけ、まるで「逮捕した警察がいけない」といわんばかりに聞こえる。

 また、力士が、と言いながら前の親方が逮捕されたことには全く触れていない。親方はすでに除名処分にして縁を切ったから、これも無関係と言いたいのだろうか。落語に出てくるせりふ「へい、当家にも息子がおりましたがあれは勘当しました者で、親でなければ子でもありません。煮て食おうと焼いて食おうとどうぞご自由に」を思い出す。

 ちょんまげを結ったことのある者以外に手を触れさせない社会、国技という特異な構造の中で、閉鎖的な利権や地位を得ようとする勢力が、なにかを必死で支えている。伝統が大事なことは当然である。しかし、国民と相撲ファンあっての伝統である。

 厳しい訓練としつけ、これも異議をさしはさむものではない。しかし人権を無視し、憲法の精神に違反するようなことまでは、誰も許していない。これは朝青龍の処分やバッシングの中にもひそんでいる。ちなみに憲法の条文をあげてみよう。

 第十三条 [個人の尊重]すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
 第十八条 [奴隷的拘束及び苦役からの自由]何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
 第二十二条 [居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由]何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。(②略)
 第二十七条 [勤労の権利義務、勤労条件の基準、児童酷使の禁止](①②略)③児童は、これを酷使してはならない。
 第三十三条 [法定手続の保障]何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

 伝統だから、しきたりだから、教育だから、特殊な社会だからといって、基本的人権を無視してもやむを得ないという風潮が、かりそめにもあるとすれば問題だ。横綱審議会委員や協会関係者の言動になにかそういった気配が感じられるのだ。

 自衛隊の存在にもそれが言える。日米同盟があるから、または、すでに現実が先に進んでいるから憲法は軽視していい、ということにはならない。それが通るようでは、法治国家の転覆を意味する。相撲とは全く次元の違う話だが、憲法改正をぶちあげ、途中で放り投げてしまうような政治が、そうした風潮にしたのでなければいいのだが。

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2008年2月 7日 (木)

年金と税金還付

 一昨日、全く身近なところで「ふりこめ詐欺」電話があった話を聞ききました。「ふりこめ詐欺」電話は、わが家をはじめ、うちにもうちにも、というほど社会現象化しているようです。その直近の話というのはこうです。

 税務署を名乗り「去年の年金現況確認はがきが未着で、調べたところ○万円還付することになりました。銀行振り込みの手続きをするので、携帯電話を持って駅のATMに行っていただけませんか。念のため携帯の電話番号も教えてください」、といった趣旨だったそうです。

 ところがところが、今日の新聞を見て本当にびっくりしました。6日(昨日)社保庁が発表した、税取り過ぎ推定4万人という記事です。まるで、詐欺実行犯がそれを知っていたのではないか、と思えるほどです。

 その内容は、年金の台帳の不備で、過去正当な年金が未払いになっていることがわかった人に、一括まとめ払いした場合の源泉徴収額が、高額のランクで計算したものだったため、納めすぎになっているというものです。

 社保庁のでたらめぶりは、もう10年以上も前のことですが、私が支給手続きに行った際、同じ会社の転勤先で支払った期間が未払いになっており、直ちに抗議をしました。そうしたら、たしか「調査願いを提出しろ」といわれた覚えがあります。

 お役所は、何か寄付したいと思っても「寄付願い」をださせ、何日か待たせた上、「右、許可する」などというゴム印を押して返すようなところ(今は違うかな?)ですから、しぶしぶ願書をだしましたが……。

 いくらなんでも、社保庁と詐欺犯がグルになってるわけはありませんが、今やまさに確定申告作成の時期です。年金と税務署は全く違う役所です。またどちらにしろ書面でなく、現金還付を電話でいってくることなどありません。

 もし電話があったら、「還付金支払い願い」とまではいわなくても、書面を出すように要求しましょう。それから携帯電話番号、家族の名前、銀行口座番号その他の個人情報は一切提供を拒否しましょう。それにしても、振り込め詐欺全盛時代、なんとかならないものですかねえ。

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2008年1月27日 (日)

残夢残月

 日曜はお休みの日だが予定を変更して昨日の続きをエントリーする。「残夢残月」は、枕詞ではなく俳句の季語で、まさに今の時候にぴったり。それはともかく、急に予定を変更したのはSolaさまから次のコメントを賜ったからだ。

<はじめまして。
 埼玉の中堅塾で英語講師をして居ります者です。いつもは拝読させていただいております。
さて、「あおによし」の件ですが、うちの生徒達の話で小耳に挟んだところでは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E7%94%B7%E3%81%82%E3%82%92%E3%81%AB%E3%82%88%E3%81%97
このような小説およびドラマが現在ヒット中とのことでして、そのからみから検索率が上がっているのではと推察されます。こういうところから関心を持ってもらえるのは、いいような、悪いような、複雑な心境ではありますが・・・・。>

 なんでも、万城目学氏の小説『鹿男あおによし』がベストセラーになり、今月からフジテレビのドラマとして放映されているんだそうだ。それが学生の間で人気を呼んでいるせいではないか、というお話。

 木曜日の夜おそくで、まだ見ていないが、視聴者の多くは中・高校生なのだろう。当ブログへの歩留まりはやや悲観的だと思った方がよさそうだ。しかし来ていただくことだけでも有難い。たとえ1%でも続けて見てもらえるなら、「鹿男」より退屈に決まっているけど……。

 さて話変わって、イラクに大量破壊兵器がなかったことは、アメリカCIAなどの調査ですでに明らかになっている。刑死したイラクのフセイン元大統領が核兵器の存在をあいまいにしておいたのは、敵対するイランを牽制するためだった、という証言をしていたことが明らかになった。

 ブッシュ大統領は、イスラエルやパレスチナに飛んで、中東紛争の根元的な問題の解決に向けて仲裁しようとしているが、封鎖されたガザ地区とエジプトの境界(壁)が破壊されるなど、むしろムスリムの反感が高まるばかりだという。

 パキスタンでは、アフガンとの国境地帯を根城とするアルカイダ討伐のため、アメリカが盛んに出兵したがっているが、仮にムシャラフ大統領が国民の反対を押し切ってOKしたとしよう。そして、そんな組織があることさえ疑問視されているアルカイダも、あるとしよう。2008_01270004_2

 その結果、にっくきオサマビンラディンを捕まえて、殺したとしよう。それでテロがピタッとなくなるなんて、世界中はおろかアメリカの国内ですら信ずる人はいないだろう。サウスカロライナ州では、オバマ氏が圧勝した。ネオコンとブッシュの時代はもう終わったのだ。ユニラテラレズムも一極支配もどんどん影が薄くなる。

 「グローバリズムに乗り遅れないよう改革の手をゆるめてはならない!」、テレビで叫ぶ女性閣僚とそれに声を添える田原惣一朗の声が、 空しく聞こえてくる。1月27日お昼前快晴。♪もーすぐ春ですよ~。

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2008年1月26日 (土)

ひなさかる

 11日ほど前に「あおによし」という題のエントリーをあげた。それからなんと、「あおによし」の検索が当塾に殺到しているのである。過去1ヶ月では検索450件中189件の54%、この1週間が235件中134件で57%というのは、どうみても異常である。その翌日、「とりがなく」という枕詞を題にしたが、この方はゼロ。古文の塾ではないのになぜ殺到するのか、理由はさっぱりわからない。

 昨年末、“小学生の検索1位「戦争」”を書いた。その後も「小学生」「戦争の歴史」などという検索が時々ある。これなら当塾の本命テーマだが、小学生向けはなかなかむつかしい。それをきのうやっと《はずかしながら》書いてみた。やはりプロにお願いした方がよさそうだ。 2008_01260002_4

 「あおによし」に敬意を表し、今日は「ひなさかる(鄙離る)」あずまの国の小禅寺の写真を追加しておく。下総霊場十八番札所。禅宗竺園寺との石柱があり、小さいながらも禅寺特有のたたずまい、風格がある。天竺(インド)行きを望みながらついに果たせなかった栄西(1141~1215)の夢が寺名の由来なら、臨済宗かも知れない。

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2008年1月16日 (水)

とりがなく

 「とりがなく」は吾妻の国のまくらことばである。つまり関東はこれでひとくくりにされる。昨日の続きだが、tani兄が訪ねられたお寺がある下野国毛野村(しもつけの国・けぬ村)は「け」=「食」の本場らしい。今の足利市といえば上野国(かみつけの国)も遠くなく、JR両毛線(上野、下野の両方という意味)通る交通の要衝である。

 けの国は、古代(3、4世紀)関東の中心地であった。ここから高崎の方にかけて、奈良の大王クラスの巨大前方後円墳が点在することは、知る人ぞ知るである。さぞかし、こしひかり級のお米がとれる大穀倉地帯だったのだろう。

 ついでに、わが方「とりがなく葛飾」は下総(しもつうさ)の国である。うさ=ふさは植物だが水生のヨシとかそんなイメージだ。東京の方から下総、上総(かみつうさ)と続く。上、下は都に近い方が上と決まっている。上野は東山道で信濃の碓氷峠が入り口になる。

 総の国だけ順序が逆のようだが、古代はそれでよかったのだ。相模国の三浦半島から船で房総半島で安房国に上陸、そこから回り込んで上総、下総の順となる。日本武尊も源頼朝もそのコースをたどった。東京湾岸コースは、川が多く低湿地帯なので道路未整備、歩行困難が敬遠の原因とみられる。

 ついでに、相模と武蔵。これは大昔「む」の国だったに違いない。相模=む(さかみ)、武蔵=むさしも。これは全く反戦塾のヨタ、うそである。今日はまた株式市場が大暴落しているようである。この原因は、テロ新法で給油再開、時代遅れのブッシュのあとをトボトボ付いていくだけで何の新味もなく、EUや中・印のような元気がない日本に海外投資家がそっぽを向いた結果、というのはヨタでないと思うのだが。

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2008年1月15日 (火)

あおによし

2008_01150037  「あおによし」というのは、奈良のまくらことばである。この意味について、「青丹よし」、つまり寺院仏閣の鮮やかな丹色が背景の緑の中で映える、という説を聞いたことがある。写真は、近くの国分寺の山門だが、暮れに丹のお色直しをしてひときわ鮮やかになった。

 緑の映える時期になってから撮ろうと思っていたが、「狸便乱亭」でtani兄のエントリー「親寺」を拝見、前倒しにした。後方に見える本堂とやや不釣り合いだが、この仁王門には「金光明四天王護国之寺」と書いた額がある。2008_01150039

 ちゃちい感じがするが、この寺名は聖武天皇の勅願で建てられた奈良の東大寺と同じである。つまりこの門は奈良時代を擬したもので、この寺創建時の門の半分か3分の2程度のレプリカ?といえるが、その心意気だけは買っておきたい。

 であれば国分寺の総本山・東大寺の末寺で華厳宗ということになるのだが、さにあらず。真言宗の国分山国分寺である。さらに近くに龍珠院と称するこれも由緒ありそうな寺がある。こちらは、門柱に「真言宗豊山派」と書いてある。

 そうすると、奈良も南へ行って大和朝廷発祥の地といわれる纏向(まきむく)、磐余(いわれ)と初瀬川をさかのぼった先にある長谷寺が総本山ということになる。これも天武天皇や聖武天皇とのゆかりがある古刹である。

 ある日、地元の史家と話していたら、龍珠院は国分寺の末寺だという。さあ、ややこしくなった。総本山とか大本山というのはよく聞くが、中本山とか、小本山というのはあまり聞いたことがない。大寺院から分かれた寺というか、協力関係にある寺を末寺と呼ぶことはよくある。

 「前寺」というのがある。これと似ているが「後寺」というのはないので、これは「門前の寺」の意味であろう。そうするとtani翁のいう「親寺」というのがあっても良さそうだ。こんど住職にあったら聞いてみよう。

あおよし」続編

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2008年1月 1日 (火)

謹賀新年

2007_12300003  わが家では「国内産」と「越後」が売り物のお手軽鏡餅。

 プラスチックの偽物重ね餅の中に丸い本当の切り餅が10個入っています。

 去年の一字漢字は「」。そのチャンピオンは、すべて「純国産」の名門ブランドでした。

 偽物文化全盛時代。あまり、目くじらをたてないでください。

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2007年12月29日 (土)

この一年

 「この一年をふりかえって」というような企画・番組は私の趣味に合わない。ふつうなら考えもしないのだが、今年だけは例外である。それは、やはり7月に行われた参院選の結果である。安倍内閣打倒は、ブログ管理人(当時は「反戦老年委員会」)の悲願だったからである。

 同ブログでは05年4月、中国における反日デモ発生に関する記事を最初に、日本の右傾化、戦前回帰の傾向に警鐘を鳴らす(といっても、どれほどの人に聞こえるわけではないが)つもりで、ほとんど毎日記事を書いた。

 タイトルのつけ方を見てわかるとおり、明らかに目的意識をもって出発したブログではあるが、昨年末から今年にかけて、自民党の無定見な改憲指向、米軍再編にともなう日米安保の変容などに、かつてない危機感を抱いた。

 その危機感の中には、対抗すべき野党第一党の民主党が、首相の選挙に向けた政策のトップに掲げた「改憲」に明確な対案を示さず、改憲阻止勢力となるべき参院3分の1以上の当選者が確保できるかどうかが甚だ心許ない状況だったことも含まれる。ブログだけではなく、野党民主党、社民党には質問や、意見、提案などの手紙をだして訴えた。特に社民党の某議員には、メールなどではなく私信の形で懇願したが完全に無視された。

 選挙の結果は、民主党の圧勝で終わった。しかし、ブログには「護憲派の敗北」という題の記事を書いた。「反戦な家づくり」さんこご尽力によるアンケートその他のアンケートデータなどを分析し、9条擁護を掲げる当選者がふえていないことを指摘した。これは、ブログ開設以来の反響を得たと自負しているが、念のためその部分を抜粋しておく。

       参院選の結果、アベ自民党の凋落を喜ん
        でいる向きは多いと思う。ご同慶の至りと言
    いたいところだが、わが委員会としては「護
    憲派の敗北」と評価せざるを得ない。その
    理由は、護憲を正面にかかげた社民党・共
    産党が改選議席を確保できず、9条ネットも
    泡沫扱いの票しかとれなかったことである。

          それに加えて、民主党(推薦を含む)は、
    わが委員会のカウントによると9条護持、
    集団的自衛権不可とするハト派議員39人
    を当選させた一方、安倍一派なみのタカ
    派議員9名が当選した。態度不明者も9
    名いるが、ハト派当選者は7割を切り、野
    党、そして公明党まで含め9条擁護派議
    員をふやしたことになっていないからであ
    る。

 しかし、9月に突然首相辞任の怪挙に出、自民党総裁選で良識派と目される福田氏が当選、安倍路線承継を目論んだ麻生氏が敗退して、与党の空気が一変した。この状態が続き戦後をふくめて公正な歴史認識が定着すれば、自民ばり改憲は一旦お蔵入りせざるを得ないと見たのである。

 そこで、年初来の臨戦態勢を解き「反戦老年委員会」に一応の決着を着ける意味もあって、「反戦塾」と名を変え、プロバイダーも変更した。こういうと一応もっともらしいが、他の同種ブログと同様に攻撃目標を見失い、一種の虚脱感があったことも告白しておこう。

 ともあれ、この変更によりバックナンバー検索が不可能になり、来訪された皆様にご迷惑をかけていることをお詫びしたい。ここで、変更以来2カ月を経過したが今後は肩の荷をおろし、フリーハンドを得たつもりでこれからもがんばりたい。

 それにしては変わっていないじゃないか、といわれそうだが、来年は安倍色復活を封じ込めるため、改憲反対という受け身のものではなく、安保見直し、平和貢献と自衛隊活用、軍縮先行、アジア重視といった前向き攻撃的戦略を野党が持つよう主張することかな、と思っている。 

 

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2007年12月24日 (月)

ニートと居候

   居候 三杯目にはそっと出し

 最もポピュラーな川柳である。居候は、別名掛人(かかりうど)ともいう。職につけず他人の家で徒食している人をいう。

   食うも憂し 食わぬも辛し掛人
   掛人 隣へ腹を立てに行き
   居候 角な座敷を丸く掃き

 よくあるのが、親から勘当を受けた若旦那が出入りの親方の家などに転がり込み、食っては寝、寝ては食うの生活。親方から仕事をみつけてもらって、慣れない仕事に出るが失敗の連続、「湯屋番」など落語の題材でおなじみだ。

 居候とニートでは重なる部分もあるが、印象が全くちがう。NEET(Not in Employment, Education or Training)で直訳すると「就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人」だという。それならば当管理人もニートの生活だが、次のように年齢制限があってはずされる。

 英国の定義では、16から18歳、日本のような「ひきこもり」とか「働く気のない若者」というイメージではなく、家事従事者やボランティアなども含まれており、言葉としては日本ほど普及してないそうだ。

 日本では、内閣府の研究会が労働政策や税収のからみから15~34歳と定義しており、「就職したいが就職活動していない」または「就職したくない」者をいうことになっている。それがなんとなく「ひきこもり」のマイナスイメージにつながって、「居候」のような余裕や洒落が利かない存在にしている。

 江戸時代のような、おおらかさ、大人の風流、洒脱が日本の社会から消えて久しい。(「居候」は『日本故事物語』河出書房新社、「ニート」は「はてなダイアリー・キーワード」などを参照)

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2007年12月23日 (日)

弁護士先生

 「三尺さがって師の陰を踏まず」。先生はたとえ陰であろうと踏まないよう三尺(約1メートル)間隔をおいて歩いた、という儒教の教えである。戦前の教育を受けたものなら、小さいときから身に付いていた常識である。

 学校の先生をはじめ、お医者先生、弁護士先生、すべて「師」である。その反面、「先生といわれるほど馬鹿でなし」という俗諺もあり、決して先生すべてが尊敬や信頼に値する人だといいきれないのは、今と同じである。

 「先生」と呼ばれる人には敬語を使い、権威を認める。つまり、その人格を無条件に信頼することで最善の給付を期待するという、素朴な社会的規範というか、約束事のようなものがあった。しかし、最近はその仕事ぶりが監視を受けようになり、委任者から訴訟を起こされたり、仕事そっちのけで人気番組のタレントになったり、政党の目玉候補になったりして、すっかり様変わりした。

 それらの先生の中で、もっとも庶民が直接接する機会が少ないのが弁護士先生である。私は仕事上で相談に乗ってもらったことが数回あるが、法曹界ということになると全く知識がない。ここ何年か前から、司法改革だとか弁護士の増員だとか陪審員制度だとか、あるいは法科大学院だとかいわれているがさっぱりわからない。

 アメリカの訴訟社会なんて、いやな社会だなあと思っていたら、日本もアメリカ人弁護士に門戸を開放せよ、なんていう要求があると聞いた覚えがある。また、著名な弁護士がいつの間にか悪徳弁護士になってしまった、などということも聞くようになった。これはどうやら、日本もアメリカ並になれということだったのだろうか。

 ここに『私の体験的日本弁護士論序説=司法改革の王道を歩んで』(日本評論社)という本がある。著者は、今井敬彌弁護士で私の出身高校の同窓生である。その「はしがき」から同書を紹介しておきたいと思う。

      私は、一九九〇年代初頭から始まった
         日本弁護士連合会の「司法改革」路線に、
         初めから危惧を持っていました。二〇〇五
         年秋に、アメリカンセンター・レファレンス資
         料室で、一九九四年以降、アメリカ政府が
    日本政府に送付した年次改革要望書の原
        文に接し、日弁連が九四年一二月からほ
        ぼ毎年開いてきた臨時総会の法曹人口問
        題や、行政改革委員会規制緩和小委員
        会、法曹養成制度等改革協議会意見書あ
        るいは司法制度改革審議会意見書等の人
    口増の数値が奇妙に一致していることに気
        づきました。(中略)

     また、この「司法改革」は、司法にアメリカ
       流の市場原理主義を貫徹させ、弁護士人口
       は市場にまかせよという簿記・会計を専門と
       称する商学者やアメリカ社会学を翻訳してこ
       れをわが国にあてはめようとするしか考えら
       れない法社会学者等によって主導されてき
       た感は否めないと思います。これらの人達
       は、果たして、われわれが営々と積み上げ
       てきた裁判と弁護の実務や、依頼者という
       国民との関係を正しく理解して発言し論述
        しているのでしょうか。(中略)

     わが国の実務家にも、徒らに市場原理主
      義の諸学者に追随するのではなく、わが国
      の裁判・弁護実務を体系的に整理するとと
      もに、わが国にとって裁判先進国の制度の
      何が好ましく、何が好ましからざるかを議論
    し、発言する責務が大いにあるのではない
    かと思います。

 述べていることばはやさしいが、アメリカの要望は別としても、これらがあからさまにされないまま、政府、国会をはじめ、自民党関係者への献金問題が明るみにでた日弁連の幹部や、諸審議会等に参画する国立大学教授等が、政府の考える方向に流されていく様子がえがかれており、事情にうとい国民のひとりとして背筋の寒い思いを禁じえなかった。 

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2007年12月 6日 (木)

補強が必要

2007_12050006_2  駅前総合開発に乗ってツインタワー建設中。そのうち1棟の鉄筋の本数が足りないことがわかって工事ストップ(右側)。左側は続行しているから高さが違ってくる。

 清水建設、日建設計いずれもしにせの中のしにせ、今年ほど名門ブランドの権威が地に落ちた年は聞いたことがない。やはり、名門は名門らしくあってほしい。

 売り出し予定のマンション407戸のうち約1割が解約したという。これを多いと見るか少ないと見るか。完工時期が遅れた場合、市は損害賠償請求をするそうだ。

 そういえば、鉄筋不足で政治問題にもなった元祖・姉歯先生も、この市に事務所を構えていました。こんなことがなければ思い出さなかったのに……。

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2007年12月 3日 (月)

地名あれこれ

 ふうてんの寅さんの発しますところ、葛飾は柴又。その柴又は正倉院の古記録に残る地名である。ただし古代は嶋俣(しままた)であり、江戸川(古くは利根川)の水が両側に分かれる三角州のまたにあたる場所であったらしい。

 その下流に当たるところが、現在の江戸川区小岩。これも同様に古い記録がある。この方は「かわわ」で砂州となった自然堤防で川の流れが輪のように大きくカーブするところである。ここの住民について養老律令による戸籍調べが残っている。

 その対岸に、千葉県市川市真間がある。

  葛飾の真間の入江にうちなびく
     玉藻刈りけむ手児奈し思ほゆ

2007_12020002_2   二人の男性に求愛されて悩み、投身自殺をした女性、いわゆる手児奈伝説がある地で、万葉集にはこのほか数首の歌がある。真間(まま)とはアイヌ語で崖の意味だというが真相はわからない。関東ローム層の台地を川や入江の水が裾を洗ったとみえて、確かに急な崖が多い(写真)。秋田、新潟あたりまではアイヌ語起源といわれる地名がいくつかある。

 そのほか日本各地には、意味のわからない地名はたくさんあるはずだ。それはアイヌ語であるかも知れないし、廃れてしまった日本語であるかも知れない。また、日本神話には地名説話というのが実に多いが、おそらくその半分近くはあてずっぽうのような気がする。

 谷川健一氏の『日本の地名』(岩波新書)によると、島根県には鵠(くぐい=ハクチョウ)にちなむ地名が多くあり、古代出雲の伝承に、沖縄で大正の頃まで使われていた表現に共通するものがあるという。九州には地名でなくとも、琉球や朝鮮と共通する言葉がある。たとえば長崎県にある、村や集落のあとにつく「面」などは南朝鮮と同じである。

 こう見ると日本は古来、北から南からそして西からいろいろの民族が混ざり合う中で、独特の民族、国を作り上げてきたという珍しい例ではないかと思う。

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2007年11月16日 (金)

はこ物

 箱物(はこもの)とは、行政が設置する公共施設のうち、特に中身(住民の利用や運営に必要な専門スタッフなど)が追いつかない状態のものを揶揄的に表現した言葉。(ウィキペディア)

2007_11100003  写真は近くの市立博物館の階段下のスペースである。全国の博物館、美術館のポスターやチラシなどのコーナーで、ほかにも階段の途中などあらゆるスペースにあふれかえっており、ここに写っているのは全体の3分の1程度である。

 全国の市町村にはほとんどと言っていいほど郷土資料館とか歴史博物館といったができたようだ。このほかホール、記念館、レジャー施設など、最近は利用者がすくないのと維持経費がかかるので厄介者扱いにされているケースも少なくない。

 そういった施設担当者にとっては、利用者を一人でもふやすことが至上命令になっているのだろう。その現れがコーナーかも知れないが、ここでも費用対効果の実があがっているようには見えない。

 「はこ物」といっても、一概に不要な設備投資、税金の無駄遣いとはいえない。教育施設、文化施設として恒常的に地域に根付いている施設も少なくない。また、旅行者などにとって、その地域を手っ取り早く知る便宜も提供している。

 そういったニーズを的確につかんで、綿密に計画された「はこ物」なら失敗はない。建設投資を増やすためとか、根拠のない地域振興策の皮算用で多額の借金までして作るから廃墟同然の施設になってしまうのだ。

 最近、地方財政の逼迫により、役に立つ施設でありながら「はこ物」なるが故に要員を減らしたり、経費を削減する傾向が見られる。これは本末転倒で、地方の衰退を促進することになりかねない。活かすも殺すも人次第である。行政をもうけ仕事にさせてはいけない。

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2007年11月13日 (火)

5W1H

 このタイトルは、本塾の前身「反戦老年委員会」で使ったものである。約800本のエントリーのうちなぜか検索ランキング第1位だった。そこで内容の大部分を採録(楽をしようとの魂胆?(^^ゞ)の上、加筆したものを本塾の教材として残しておくことにした。

 いつ(When)どこで(Where)だれが(Who)なにを(What)なぜ(Why)どんなに(How)――ニュースはこの6要素(5W1H)が原則として含まれる。
 この6要素のうちどれが一番重要性をもつかは個々のニュースによって違ってくるし、どんな記事にも6要素が含まれるというわけでもない。最大多数の読者の関心は何か、伝えるべき焦点は何かをまず判断することが大切である。

 以上のことは、手元にある共同通信社発行『記者ハンドブック』1981年版、「記事の書き方」という章の冒頭に書いてある。特に最初の4Wは欠くことのできないもので、読者もその要素を通じて記事の性格、信憑性、背景、展開などを理解する手がかりとした。

 たとえば「消息筋によると」という記事があれば、いつ、どこで、なにを、からWhoを想像するとか、外電の情報源によってニュースの信頼度を判断するなど、読者にとっても「記事の読み方」として、また情報を鵜呑みにするのではなく、自分の頭で情報を解析・整理する上で大切な要素だった。

 それが最近では昔ほど厳密でなく、きちんと守られていないという。なぜなんだろう。個人情報の規制がからんでいるのか、一種の流行なのかわからないが、あまりほめた傾向ではない。受け手の方も、レトルト食品のように、どういう材料、てかずの加わったものかを吟味せず、「チン」しておいしくいただけるならそれでいい、というのでは明らかに退歩になるだろう。

 「一億総白痴化」というのは古びたことばだが、活字の退潮が「劇場型政治」や安易なポピュリズムに拍車をかけている原因のひとつになっているようなら、もう一度考え直してもらいたい要素だ。これは科学性を欠いた歴史認識や歴史の評価についてもいえることである。(以上、投稿日 2007-01-12)

 さて、今日の新聞をチラッと見ただけで、肝心の「When」が全くない記事を目にした。某金融会社が、新型ファンドを売り出すというものである。「知りたければその会社に照会しろ」という事かも知れないが、いつ発表したかも書いてないのだからニュースとしては失格だ。

 それはそうと、ニュースと会社の宣伝との境目が、最近はないに等しいのが気にかかる。もちろん、厳密な区分はしかねるだろうが、宣伝費に換算すれば数十万から数千万円を下らないこともある。しかし社会的、経済的に影響をもたらすような新商品の発売や書評などは、記事から抜くことができない。

 逆に最近の食品会社の表示詐称スキャンダルなどのキャンペーンで、有力競争会社が消滅するようなことがあれば、残った会社に億単位の利益をもたらすかも知れないのだ。何をどう記事にするかは、記者と新聞社の胸先三寸で決まる。まさに「無冠の帝王」といわれる所以である。

 そういったことからこの種の記事に、どうしてこれを取り上げるかの「Why」は、欠かさないようにしてほしいものだ。

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2007年11月 7日 (水)

靖国神社を平和神宮へ

 神宮と名の付く神社は、非常に古いいわれを持つ神社か、天皇を祀った神社に限られる。その天皇といっても、歴史上存在が確かな天皇の神宮となるとそう多くない。近代になってからの新しくできた明治神宮は、遷座の場所の良さと外苑などを含めた広さなどからもっともなじみある神社だ。

 昭和16年、すなわち皇紀2600年に新しい神宮が3社誕生した。崇徳天皇と淳仁天皇を祀った京都の白峰神宮、天智天皇を祀った大津の近江神宮、それに安徳天皇を祀った下関の赤間神宮である。なぜか、天智天皇を除いてすべて非業の死を遂げた天皇だ。

 天智天皇も、直系の唯一の皇太子大友が天智の弟で後に天武天皇となる大海人と戦争になり、大友が負けて自殺を遂げた。説によっては遺志を弟に踏みにじられ、怨念を残した天皇にかぞえられることもある。

 国威発揚、戦意高揚のキャンペーンが華々しく行われた年にどうしてこういった神宮ができたのか、よくわからないが、もともとは恐るべき神、害をなす神の御霊の鎮魂することが神社古来の本旨だとすると、明治神宮のように顕彰ではなく、災いを避けるための「お札」のような役割を担って生まれたのかも知れない。

 靖国神社は、去年までの騒ぎをよそにすっかり静かになったが、考えてみると昭和天皇はいろんな意味で神宮に祀られてもいい天皇のような気がしてきた。それも新築するのではなく、靖国神社を平和神宮と名を変えて祭神に加え、その性格も他の神宮と同じようにすればいい。

 せっかく「昭和の日」もできたことだし、国民が昭和と戦争を振り返り永遠の平和を祈る神社にすれば英霊も遺族もやすらぐことができるだろう。また、A級戦犯問題や海外の批判も霧散するにちがいない。靖国で苦労した福田さん、いかがでしょう。

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2007年10月24日 (水)

マニュアル

 最近、公共施設の事故とか、官庁の書類取り扱いだとか、食品会社の品質管理などの不始末について「マニュアルがなかった」とか「マニュアルに反して」という報道に接することが多い。その中身を聞くと、昔では考えられなかった、子供でも犯すことのないような単純ミスばかりだ。

 就職してから数年たった頃のことだったと思うが、アメリカの経営学というのがドーッと入ってきた。アメリカといえばすべて新しく、合理的で見習うべきこととされていた。マニュアルという言葉もその時知った。

 早速、その現物を取り寄せて検討した。イラストが多く小学校低学年のテキストのように見えた。単純繰り返し業務の手引きである。率直に感じたのは、そのとおりやっているとすぐ飽きがきて作業が雑になる、創意工夫が生かされず責任感とか使命感も生まれないということである。

 したがって、最低限の規則とか既定をつくっておけばあとは現場に任す、といった方向でマニュアルという言葉も廃れていったような気がする。その後の高度成長について、終身雇用を含む日本的経営がアメリカでも注目されはじめたのだ。

 今の労働問題や格差の問題、いわゆるワーキングプアというのか、そういった環境では解決できない。人間尊重、個性尊重の中から輸入経営学に頼らず、新しい日本的経営が生み出せないものか。政治にのめり込んで、こけてしまった今の経団連幹部では無理のようだ。

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2007年10月18日 (木)

新造語

  このところ2回にわたって言葉に関するエントリーになったが、韓国の中央日報電子版のコラム(オピニオン「噴水塔」)におもしろい記事がのっていた。その書き出しはさすが中国古典を尊重する国だけある。老子の言葉を引いた。

  かつて老子は道家思想に即して望ましい君主の順位を付けた。最上位は「民たちの生活に直接干与せず、民たちにはいないに等しく感じられる王(帝力何有於我哉)」だった。次は民たちが親愛してほめたたえる王。3位は権力を振りかざして刑罰で治める覇権政治の指導者だった。これよりひどい「最低の王」は民たちによって蔑視あるいは嘲弄の対象になる王だった。

  続いて、いきなり日本の新語(私も知らない)が出てきてびっくりした。このごろ日本で入試シーズンを控え受験生の間で広がっている新造語が「“アタシ、もうアベしちゃおうかな”」というんだそうである。

  「試験をあきらめたい心情」う~ん、わかる。というより「受験を投げだしたい気持ち」も加味され、言い得て妙というべきか。安倍前首相が新造語を通じて嘲弄の対象になった「君主」である、と続けている。さらにもうひとつ‘KY’も紹介している。

  「空気」の頭文字である‘K’と「読めない」の頭文字‘Y’を結合した言葉で、「現実がどうなのかきちんと把握できない人」を意味すると言い、この発信源も安倍前首相だったと解説する。日本のネット右翼に猛反発を食らいそうだが、ちゃんと自国のことも言っている。

  最近韓国の国立国語院が新造語辞書に「ノムヒョンスロプタ」という単語を加えて発刊すると、青瓦台が「国家元首に対する冒涜だ」と言って熱くなった。意味は「期待を裏切り失望させることがある」だそうだ。本は回収されなかったが、青瓦台の抗議のためか、追加配布は中断した。新造語の対象になった当事者は悔しいかもしれないが、多くの国民がうなずけば、それで新造語が成立することは韓国も日本も同じだ。

 そして最後に再び老子の言葉を引き、指導者の最も重要な品性とは「民を信頼し、干渉しないこと」とであり、最も肝に銘じなければならない言葉として「貴言」を挙げ、言葉を惜しむという教訓を示した。さて、わが福田総理大臣「貴言」なのか「棄言」なのかやがてはっきりするが「最低の王」にだけはならないでほしい。

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2007年10月16日 (火)

漢字復権を

 このテーマを書くきっかけからまずお話ししたい。実は全然別のことを書くつもりで文案を練っている時、「トイレ」のことを書かなければならなくなった。ズーット端っこにいても、一応は「物書き」。「トイレ」という怪しい日本語を文字にすることになんとなく抵抗を感じて、とうとうそのテーマをやめてしまった。

 子供の時覚えたことばは「便所」である。そのうち占領軍が入ってきて、町中の便所が「WC」に書き換えられた。そして今や「トイレ」以外の言葉は使えない勢いである。なぜ、いつからそうなったのだろう。おそらく、「便」は大便、小便、便器、便通というから、排泄物そのものを指すと誤解されたせいではなかろうか。

 辞書を見ていただきたい。本来「便」は、通ずるとかくつろぐなどいう意味で、「ふん」「くそ」「尿」「いばり」とは違う。中国語の厠所、日本語の「かわや」はともかく、「雪隠」や「はばかり」よりはるかにいいと思う。

 と、言っても「便所」がそんなに簡単に復権することはないだろう。しかし、英語などの切り貼りはもうやめてもらいたい。今朝の新聞見出しに、「パワハラ」で労災初認定、とあった。パワハラは「パワーハラスメント(地位を利用した嫌がらせ)」のことだという。

 「セクハラ」が市民権を得たからだろうけれど、同じ新語を考えるなら漢字で考えてほしい。「性圧」とか「位攻」とかにすれば2字ですむ。中国の「電脳」と同じ発想で、カタカナ語大好き人間の安倍さんはいやがるかも知れないが、「経済」「社会」「哲学」「主席」など、明治時代日本で作られた言葉が、そのまま中国で使われているのだ。

 同様な経過をたどった韓国(朝鮮)では、ハングル尊重、漢字追放の影響で文化の断絶や交流に不便を生じ、このところ漢字復活論がでているという。日本の新聞で「盧泰愚」「金大中」などと書いていても若い韓国人には読めないし書くこともできない。

 電子空間では、「顔文字」が飛び交っている。これは漢字と同じ表意文字(象形文字)である。また、今や無数と言っていいコンピュータ画面の「アイコン」も、絵ひとつで意味を読みとらせようという工夫である。

 携帯電話とメールはもはや生活そのものである。あの小さい画面にカタカナ書きの外来語を連ねるより、気の利いた漢字表現をする方が入力も読みとる方もずっと楽だ。漢字は決して過去のものではないことをさとってほしい。

 ついでに新聞にひとつ注文しておきたい。縦書きなのに数字を100億5000万円などと書く。従って数字が次の行にまたがり読みにくい。これを百億5千万円とすれば字数は半分以下になり、読み違いもずっとなくなる。

 

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2007年10月 8日 (月)

お祭り

Photo_2  わが家のある部落から今年は盆踊りと秋祭りが消えた。理由はまだ聞いていないが、これまでは子供会に大人が協力するような形で続いてきた。

 土地柄は非常に古く、昨今開発された新興住宅地ではない。しかし、3代以上続く家は1割程度だろうか。似たような隣の部落がなかなか盛り上がっているので、単に少子化現象ともいえないようだ。

 盆踊りも秋祭りも、かつて全国どこにでもあったようなもので、特に守るべき伝統文化があったわけではない。最近は、阿波踊りであろうが七夕であろうが、良さそうと思えば全国どこでも採用する。

 クリスマスであろうがハロウィンであろうが、すぐまねしたがるお国柄だ。所在地や環境は特に関係ないだろう。これは、どうも親の世代の問題ではなかろうかという気がする。

 かつては、よほどの幸運に恵まれないと3連休などなかった。それでも、休日をつぶした勤め先主催の運動会や球技会なども盛んだった。今はどうなんだろう。

 日頃の残業、労働強化で休みの日は、家でぐったりなどということはないのだろうか。それに子供もお祭りや盆踊りよりゲームに興味、となれば率先して準備する人もいなくなる。

 こうして、「美しい国」、日本のふるさとが失われてしまうようなことがなければいいのだが。知力、体力それに情操まで下降線では、これから先えらい問題だ。

 

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