校正恐るべし
「校正恐るべし」は「後世恐るべし」の格言から来ている。特に著作、出版、編集にたずさわる者にとっては金科玉条だったが、最近はどうやら死語になった感がある。ワープロ、パソコンの普及で、漢字転換などの間違いもゲーム感覚で捉えられ、大目で見られるようになったからだろうか。
最近は、有名新聞でさえそれが目立つようになった。格言が意味するところは、麻生前総理の漢字読み違いではないが、誤記、誤植、事実誤認など、わずかなことでも「この程度のことを間違うようではほかも推して知るべし」で権威が疑われるからだ。
ブログの記事も、一応著作物だ。私も最低3回は読み返してから投稿する。にもかかわらず、ご存知のとおり間違いだらけだ。何年も前のエントリーを見て「アレーッ」と思うことも一再ではない。出版物などで、すくなくとも3人以上の人が10回は目を通したと思われるものでも、1万件に1回は見逃すという。
拙ブログの場合、「安倍晋三」を手が滑って「安倍晋太郎」としてしまったことがあった。最近では横浜開港150年イベントの入場者が予定の40%ではなく、4分の1つまり25%を勘違いしていたいた誤記があった。いずれも、リンクいただいている方から直接・間接的にコメントで教えていただき、丁寧に礼を言って訂正をした。もちろんそのまま見過ごされる方の数が多いと思うが、教えていただくのは有難いことだ。
保阪正康氏という昭和史では売れっ子の作家がいる。この人の所論には日頃敬意を払っているのだが、最近、『占領下日本の教訓』(朝日新書)というのを購入した。その中にこういう記述がある。
アメリカの教育使節団がとりまとめた報告書は、結局はGHQ将校の協力やマッカーサーのお墨付きを得て、日本の教育制度やその内容の改革にと至った。そのなかでも特徴的だったのは六・三・三制の採用であった。もともとアメリカの教育は小学校教育六年、中等教育三年、そして高等教育も三年となっている。つまりは日本もこれに準ずることになるのだが、日本は小学校教育六年(尋常科四年、高等科二年)と中学校教育が五年になっていた。
長い引用は文意の正確を期すためである。このなかで明らかな間違いがカッコの中にある。私が入学したのは尋常高等小学校だが、尋常科6年、その先に高等科2年が併設されていた。尋常科4年は明治末までの制度で、以後は廃止されている。
つまりカッコはなくてもいいのだが、カッコを残すなら(1941年に国民学校と改称)とすればより正確だった。この点を出版社気付で著者に私信を送り指摘したのだが、半月過ぎてもご返事がない。すくなくとも「昭和史教訓3部作」と銘打った「歴史書」である。 些細なことではあるが、「後世」に残る本である。増刷その他の機会をとらえて、しっかり訂正をお願いしたいものだ。
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