憲法

2017年3月 8日 (水)

軍事研究とミサイル防衛

タイトルの二つはこれまでも当塾で何度か取り上げているが、本日付け毎日新聞は、軍事研究に対する学術会議の姿勢の推移をトップに掲げ、昨7日の北朝鮮間ミサイル4発発射に関連した対応などを、各面に展開している。

 

トップ記事は、学術会議が1950年と67年の2回、「絶対」という文言で軍事研究に「従わない」「行わない」という声明を出しいること。それを、今回もそれを継承するとともに、民生技術へのメリットなどを含め、各大学が判断すべきことだとし、そのためのガイドラインづくりが必要、という案を総会に提示する見込みだと報じた。

 

この結論と、北朝鮮などからの日本国向けの弾道ミサイル防衛は当然なされてしかるべきだというのは、塾頭の考えと一致する。ただし、集団的自衛権優先、9条改正を至上命令とする安倍首相下では危なくてしょうがない。

 

発射が見込まれる敵基地への攻撃もそうだ。これが可能かどうかについて、「自衛の範囲」などとの見解が自民党筋に出回っているようだが、そんなことを触れて回るのは愚の骨頂。

 

「その能力がある」ということを、敵方に知られているだけで十分なのだ。日本自ら国土防衛に強い決意があることを知ってもらえば、それが最大の抑止力になる。核でも日米同盟でもない。憲法9条である。

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2017年2月15日 (水)

電通のお粗末な売り物

報道によると、広告最大手の電通は14日、新入社員の過労自殺問題を受け、3人で構成する「労働環境改革に関する独立監督委員会」を28日付で設置すると発表、外部有識者に検証してもらうという。

  うん、なるほどなるほど。この手は舛添前都知事が使ったし安倍首相がよく使う有識者会議とも似ている。電通は、企業の不祥事やコンプライアンスによるイメージダウンをどう回復するか、などの危機管理も営業目的にしている。

 記者会見の仕方とか、委嘱する外部メンバーは誰がいいかなどについて、官公庁や企業などが多く電通を利用し、アドバイスを受けているはずだ。つまり、売り物にする手を自分に使っただけの話。

労働問題については、連合ができる前の労働組合には事前にチェック機能があった。政府は新たな超過勤務時間の法制化を検討しているという。これまでも基準法には例外規定が多く、追加するにしてもその実効性は疑わしい。

 やはり「資本の恣意を監視するという労働組合本来の主旨、憲法上の団結権」などが活かされなければ、同じことを繰り返すだけだ。

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2017年2月 4日 (土)

安倍内閣の天皇政治利用

以下は、13/4/29付の本塾記事(写真)で、その前日開催された政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」について論じたものである。

 

昨日は「主権回復の日」と「屈辱の日」。

 安倍政権主催の式典で天皇退出の際に予定にない「バンザイ」。その天皇の表情の硬いこと。大相撲見物退場の際のにこやかに手を振る姿を見慣れているので、異様にうつった。(TBS・TVより)

 NHKのTVニュースはもっとひどい。首相が式辞を読み上げている間だろうが、口を「へ」の字に曲げたお姿だ。これでは、編集の仕方が悪いと言ってNHK幹部が呼びつけられ、圧力がかかるかもしれない

 

その理由が、毎日新聞の「考 皇室」という連載の昨年1224日「憲法と歩む」の記事でわかった。この日はサンフランシスコ講和条約が発効した日に当たるが、陛下に式典への出席を求める政府側の事前説明に対し、「その当時、沖縄の主権はまだ回復されていません」と指摘されていたのである。

 

この式典に対し、沖縄だけが占領から取り残された「屈辱の日」として記憶されていることをご存知だった。それもあって、陛下は何度も沖縄を訪問され歴史に正面から向き合い「象徴」としての務めを果たされたのである。

 

天皇の口が「への字」になるのはもっともだ。安倍首相は、天皇のお気持ちに反して行動を強制、あきらかに「天皇の政治利用」を図った「歴史上まれな不忠の徒」である。それは現在も進行している。

 

天皇退位の一代限定特別立法なるも、もその一環になりそうだ。

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2017年2月 1日 (水)

軽視される労働三法

  マスコミ各社は、東京労働局の過重労働撲滅特別対策班が労働基準法違反の疑いで、法人としての旅行大手エイチ・アイ・エス(HIS)と同社の関係者を書類送検する方針を固めたこと報じる。

 

  電通で自殺者を出した事件以来、名だたる大手が芋づる式に引っかかっている。昨今は、キャンペーン期間中で「特別対策班」の仕事なのだろうか。労基法は労働時間を1日8時間、週40時間までと規定。これを超えて労働者を働かせるためには、残業の上限時間を定めた労使協定(三六協定→通称サブロク協定・労働基準法第36条準拠)を結ぶ必要がある。
 

 協定を結ばずに残業させたり、協定した時間を超えて残業させたりした場合は違法となり、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金の対象となる。刑量とすれば車検なしで車を運転した場合と同じ。

 

 大企業にとっての30万円は安いもの、新卒社員初任給の1ヶ月半分程度だ。それですむのなら懲役はごめんだろう。しかし経営者の社会的責任は免れず、辞職は覚悟しなければならない。

 

 企業がいかに過重労働を軽く見ていたかに、塾頭は驚くしかない。労働基準監督署は警察と同じ「署」のつく官庁だ。告発も家宅捜査もできる。かつては労組が機能する大企業にそういう例がなく、税務監査と同様、中小企業が突然の査察を受けて摘発されるという例が多い恐ろしい役所だった。

 

 ここで言いたいのは、以前は労働組合という社会的存在が機能していたということだ。昨今はそれがないのだろうか。目に余るような職場環境があれば労働組合が駆け込み寺の役割を果たし、定期交渉などで会社に改善を求めた。

 

 会社もこれに気づいていない場合があり、組合の持つ機能をそれなりに利用していたということもある。御用組合と言われようと、持ちつ持たれつの関係が存在していたとも言えそうだ。

 

 報道では、それらの事情が一切説明されず、実情を全く知らない。塾頭の専攻は「産業経営学科」だったが、憲法の条項を受けて制定された労働三法は、必修科目として特に重視されていたことを思い出す。

 

 防衛庁が防衛省に昇格し、労働省は、厚生労働省として合併、そんな世情が影響しているのだろうか……と、ぼんやり考えている。

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2017年1月22日 (日)

逆シビリアンコントロール

「逆シビリアンコントロール」という言葉があることを書物で見た。日本国憲法第66条の②に、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」という規定がある。シビリアンコントロールを日本語で「文民統制」というが、欧米ではそれが伝統になっている。

 

ところが、実態は逆で、制服組から文民がいろいろ教わって判断を下すケースがすくなくないということだ。小泉元首相が自衛隊の海外派遣に関して、国会の野党質問に対し「戦闘区域がどこか、そんなこと私にわかるわけがないでしょう」という珍答弁をした。

 

これはギャグでも何でもない。首相の答弁は真実をついている。軍事についての判断を経験のない文民がくだして、国を危険にさらすようなことがあってはならない。小泉首相が文民統制を放棄したのは、実は正しいというべきかも知れない。

 

これを書き出したのは、トランプ政権がアメリカの軍事力をどう扱うかについて、閣僚をはじめとする人事が注目されていることによる。トランプ自身は、軍に関連のある学校にいたことがあるという程度で、軍歴や従軍経験は全くなく、アメリカでは珍しいのだそうだ。

 

実際の人事ははかばかしく進んでいないようだが、国防長官やCIAその他安全保障関連では従軍経験があって「狂犬」などと呼ばれている強硬派・タカ派を、好んであてているように報じられている。

 

つまり、最も戦争をよく知っている専門家をそろえようということだ。そういったスタッフが大統領に代わって判断を任されるということになれば、軽はずみな結論は出せない。むしろ知っているだけに、慎重さが先に来るのではないか。好戦的なブッシュ政権のもとでも、ベトナムなどでの実戦経験のあるパウエル国務長官は、ハト派的な役割を担っていたといわれる。

 

日本には実戦経験のある自衛隊員はいない。かといって、売名のため政治を利用するような元隊員には利用価値がない。安倍首相も稲田防衛相も、軍事はど素人だ。逆シビアンコントロールも利かせてみようがない。

 

安倍首相は最近、絶対多数の下で自ら万能であるかのような夢を見ているきらいがある。真のシビリアンコントロール実現のため、よほど腰を入れて監視しようではないか。

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2017年1月15日 (日)

《危》、天皇はずし

 大統領大荒れの韓国とアメリカ、日本の首相は兆単位のおみやげをぶら下げて外遊三昧。そんな中で気が付かないような危険極まりない「天皇はずし」が進んでいる。天皇の退位に関する「有識者会議」なるものがあって近く結論を出すという。

 安倍首相は「有識者会議」を多用する。「安倍首相の独断ではないよ」という煙幕を張る道具で結論は最初から決まっている。想像通り、現・天皇一代に限った特別立法で対処し、皇室典範は附則でそれを認める、というようなことだ。

 それも、平成30年を区切りとし、2019年元旦から新元号にする。それが、天皇や皇太子の意向であるのかどうかもわからない。皇室に関する重要事項は皇族代表2名を含む「皇室会議」の議を経ることが法律で決まっており、有識者会議などとは権威が違う。

 ここでは、皇室会議を開催せず、退位問題に皇族を参画させないという意見が出ているとされる。天皇は内閣の助言に基づき、自分自身に関する法案を、何の相談もないままサインだけさせられる。その理由が、憲法に「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とあるから、国権の最高機関である国会が決めることで、それ以外の意見は不要、というものだ。

 皇族の意見、天皇の意向は斟酌されない。かつて前例を見ない不遜・不敬な扱いで、人権無視の極みである。国賊と言っていいほどのレベルである。さきの戦争でも、開戦・終戦の際、それぞれ複数回の御前会議が開かれた。

 旧憲法下では国の意志を決める最高機関である。しかし憲法の趣旨に従い、天皇の積極的発言を控えていた。開戦前は「戦争やむなし」の機運が支配していたが、昭和天皇の意向は「反対」だった。その気持ちは明治天皇の御製で示された。

 よもの海
 みなはらからと思ふ世に
 など波風のたちさわぐらむ

 終戦の時の御前会議は、敗戦を意味するポツダム宣言受諾派と徹底抗戦派が同数となり、天皇の裁定を求められる中で、終戦を決めたのは昭和天皇の決断だった。

 新憲法第一章は「天皇」である。それにかかわる重要事項の変更について、国会だけで決めるという。それも紛糾回避のため、特別立法とし、皇室典範は附則改訂で済ますという姑息な手段を考えている。

 そうまでして安倍首相の思うままに政治を操ろうとする。また、過半数を握っているから当然だと思っている。首相は、自らを「立法府の長」と言い間違えた。

 自民党総裁だからという錯覚からか、あるいは本気でそう思っているのかも知れない。憲法改正に向けたトレーニングだとすればあまりにも危険だ。これに対して民進党も不感症的対応しかできない。議論を避ける情けない日本になったものだ。

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2017年1月 9日 (月)

新時代、国連は不要?

 一昨年が戦後70年だった。去年は日米開戦75年。安倍首相がハワイに出向いた。それで、時代の区切りをつけたつもりになっている。マスコミもそういう観点で大きく報道していた。

 折から、アメリカのトランプ大統領の出現やヨーロッパ政界の地殻変動気運もあって、時代の劇的変化の始まりとする論調が巾を利かす。これを、前回の「超楽観年頭所感」として取り上げ、果たしてそのような即断をしていいのかどうか、疑問を呈した。

 終戦の年は、8月15日をはさんで6月26日に「国連憲章」がサンフランシスコで調印され、10月24日に発効したが、「それから70年」という報道は大きく取り上げられなかった。同様に、国連憲章そのものもこれまで広く知られているとは言い難い。

 前回の記事の付録として、以下にその「前文」を記録する。

     ----------------------
われら連合国の人民は、
われらの一生のうち二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、
基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上を促進すること、
並びに、このために、
寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互いに平和に生活し、
国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、
共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、
すべての人民の経済的及び経済的発展を促進するために国際機関を用いることを決意して、
これらめ目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。
よって、われらの各自の政府は、サンフランシスコ市に会合し、全権委任状を示してそれが良好妥当であると認められた代表者を通じて、この国際連合憲章に同意したので、ここに国際連合という国際機関を設ける。
     ----------------------

 気が付かれた方も多いと思うが、「日本国憲法」の前文とどことなく似ているのである。最初に出てくる「戦争」という文字は、以後憲章全文を通じて一切出てこない。第一次大戦後に制定された不戦条約が生きているという前提に立つからである。

 その後の戦争は、もっぱら自衛という名目をつけて行われた。これは、機会を見て別にとり上げたいが、「日本国憲法」はアメリカから押し付けられたというより、このできたばかりの国連憲章を下敷きにしていると見る方が当を得ている。

 現在、加盟国は193か国に達する。安保理を中心とする国連改革などの要請は強い。しかし、常任理事国5か国の拒否権で機能不全と言われた時代も、変化のきざしがある。加盟国が地球規模に達したため、総会の3分の2以上という数の前には大国も抵抗しがたくなっているのだ。

 安保理以外の貢献も無視できないだろう。仮にトランプ新米大統領が「新時代になったから国連は不要」などとコモン・ディーセンシー(市民の良識)に逆らう発言をすれば、世界の笑いものになり、そこでアメリカも終わりであろう。

 アメリカが主導して作られた前文の否定は、即国連の否定につながるからだ。

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2016年12月19日 (月)

天皇と安倍が「決定的に対立する日」

Dscf2922 タイトルは週刊現代の広告にごく小さく載ったものである。塾頭は、前からその日は23日の天皇誕生日にやってくるのではないかと思っていた。

 恒例の誕生日のお言葉があるのかないのか。この前の退位希望をほのめかした「お言葉」があったばかりである。それに触れるのか触れないのか。

 政府が目論んでいる「一代限りの特別立法で検討いただいていることを感謝します」などのご発言が出てくることは、前回のお言葉全体から類推してまず考えにくい。

 全く言及されなければされないで、政府の対応に不信感を持っておられることになり、いずれにしても、「決定的」かどうかは別として政府の思惑との違いが白日の下にさらされるのではないか。

 政府が設けた有識者会議(12/1付投稿で新聞が「退位専門家」によると表現しているのをからかったが)は、わずか2回の会合で現在の陛下に限って特別立法による退位を容認する方針を決めた。

 そうそうたる「有識者」を揃えながら素人を納得させる説明はない。現陛下のみの退位容認は天皇の政治的権能を否定した憲法に抵触するとの指摘もある。つまり、法律で決められたこと以外の政治に口出ししたり決めたりする能力を持てないという、憲法4条の規定に反する結果を招くということだ。

 その一方で「退位を制度化するための普遍的な要件を定める法整備が困難だ」という意見に配慮したという。一代限りでも、退位後の地位、呼称、権能、退位の手続きその他、恒久的な場合と同様な検討が必要になってくる。同じことではないか。

 また、恣意(しい)的な退位をどう防ぐかという基準づくりは難しいとの意見があるが、一代限りでも前例ができれば同じことになり、かえって混乱する。要は政府が、一代限りに固執するのは、「女性天皇」を持ち出されたらかなわん、という一点だけではないか。

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2016年11月25日 (金)

答えが出ない天皇退位

 政府は24日、天皇譲位への対応などを検討する安倍首相の私的諮問機関「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の第4回会合=ヒヤリング(14日開催)の議事録を首相官邸のホームページで公表した。

 選定された「有識者」の先生は16人いるが、安倍首相好みの右翼雑誌常連執筆者もちゃんと顔をそろえている。今月6日の記事、「追悼・三笠宮殿下」の中で、「渡部昇一・八木秀次・桜井よしこなど」と指摘しておいたが、そのうち渡部・桜井の2人がこの第4回の会議で意見陳述をしている。

 その両氏の意見の核心部分を公表された議事録から抜粋しておこう。

■渡部 昇一 
「十分お休みになってもお祈りすれば十分です」とおっしゃる方がいればよかったわけです。おっしゃる方がいないから、今、天皇陛下は皇室典範の違反を犯そうとしていらっしゃいます。だから、それはそうさせてはいけません。皇室典範を変えてはいけないし、臨時措置法などというインチキなも
のを作ってはいけません。どうしてもこれはしかるべき人が説得すべきです。

■桜井よし子
戦後作られました現行憲法とその価値観の下で、祭祀は皇室の私的行為と位置づけられました。皇室本来の最も重要なお役割であり、日本文明の粋である祭祀をこのように過小評価し続けて今日に至ったことは、戦後日本の大いなる間違いであると私はここで強調したいと思います。

 いずれも祭祀(祈り)が天皇のつとめで、体力を消耗する視察や災害慰問などを割愛すればいいという意見だ。立場は全く違うが、塾頭の考えは渡部氏のほうがやや近い。政治のやまと言葉は「まつりごと」で、魏志倭人伝による卑弥呼の役割も霊験を示すことのできる巫女的な存在だ。

 何を祈るかといえば、国土安寧・五穀豊穣だろう。誰のためには、黎民(おおみたから)のため、誰に向けては、先祖や八百万(やおろず)の神ということになる。これは古記録を見ればわかる。ただ一部右翼が言う神だけに限らない。

 飛鳥時代に仏像を拝み奈良時代には国費で大仏を建立した。それを無理やり分けたのは明治維新である。

 ご両人に抜けているのは、今上天皇の被災者慰問や、戦没者慰霊は、祈りの一部分として密接不可分なものというお気持ちが斟酌できていないことである。

 桜井氏は、現憲法は押しつけだから認めないという発想だろう。しかし今上天皇は、敗戦を疎開先で迎え、天皇の地位が続くのか廃絶するのかの瀬戸際を知っている。それが、新憲法で「象徴」という地位を国民の総意のもとで継続できるようになったのだ。

 天皇は、憲法第99条で憲法尊重擁護が義務付けられているというより、新憲法の申し子といってもいい存在だ。始めて与えられた「象徴」をこのさきどう引き継いでいくか、それでいっぱいだろう。

 憲法20条では、国およびその機関に対し宗教的活動を禁止している。桜井氏が伝統的な神式にそった祭祀を憲法に明文化したいというのなら、それこそ「間違い」。私的だからこそ、時代の変化を取り込むことにより伝統が長く受けつがれていくのである。

 まだ先が長いが、安倍流の’私的諮問委員会’も今回は人選が粗雑で、答えが出たとしても失敗作になるだろう。

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2016年11月18日 (金)

似た者同士トランプと安倍

▼トランプ
 ・最初は――「メキシコ国境に塀を作る」
 ・後になると――「フェンスのところもあるのだ」

▼安倍
 ・最初は――「憲法は占領下の短い期間でGHQの25人の方々によって作られた。こういう過程でできたから変えていくという議論をするのは当然だ」(2015/3月の国会答弁)
 ・後になると――「GHQの関与の事実ばかりを強調すべきではないという意見を考慮する」(2016/11/17、中谷元衆院憲法審査会自民党委員)

▼こんなにあっさりと持論を変えていいのですか。というより国民をだますことになりませんか。

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