憲法

2018年5月 3日 (木)

憲法の日、雑感

自民党の改憲案は、安倍首相の思いつきに始まった、9条の2を新設して「必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として(中略)自衛隊を保持する」となった。これについてのアンケート調査を毎日新聞がしている。

それによると、賛成が27%、反対31%、その差4%で拮抗している。自民党支持者だけを見ると賛成49%、反対16%で賛成が多いものの半数を割っており、公明党は全体の数値に近い。

国民投票の3分の2にはほど遠いようだが、賛否半ばということは、安倍首相の改憲指向に水を掛けることにはならず、そこに向けた強引な世論誘導を図る手がかりを残す。そういった数字だ。

北朝鮮や中国の脅威が利かなくなるということになると、アメリカの押しつけ憲法、占領下で作られた異常な憲法、二度とアメリカに刃向かいできなくする憲法だといい、今こそ自主権法を、ということを強調することになるだろう。

戦中・戦後を生き抜いてきた塾頭は、「戦後レジュームの脱却」と言われただけで人生を無視された気がし、安倍首相とは不倶戴天の敵になる。

戦後国民の大多数は占領政策を歓迎した。言論の自由、人権尊重が手に入り、最低限の食料と共にアメリカ映画、ジャズ、アニメなどもどっと入ってきて平和の日本を謳歌したものだ。

占領政策を好まなかった人もいる。それは戦犯、戦争指導者などパージを受けた人、頑固な右翼など少数で「保守反動」と言われた。

再び戦争できないように、という占領政策ならば、靖国神社の宗教法人化阻止を考えるべきだったと思うがそんな話は聞いたことがない。信教の自由が優先したのだ。

9条の発想は、第一次大戦後の不戦条約締結から第2次大戦前前まで外務大臣として活躍し、戦後の国際連合発足までの経緯を知る幣原首相が、マッカーサーに提案した証拠の文書はすでに示した。

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2018年3月21日 (水)

9条発案とマッカーサー

新聞の切抜きというのは、十数年前からやっていない。見たい物があって箱の中にあるファイルを開いたら占領軍総司令官マッカーサーから日本の憲法調査会会長・高柳賢三にあてた手紙の全文(日本語訳)をコピーした物が出てきた。

その中味については当然承知していたが、全文があることまで気がつかなかった。そのままにしておくと、廃棄処分になるので、電子文書にしておこう――と思った次第。

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ニューヨーク州、ニューヨーク市7
 チヤーチ街90番地、1303室

          1958年12月15日

親愛なる高柳博士

 12月10日付貴信を受けとり、とりあえず次のご質問にお答えいたします。

「幣原首相は、新憲法を起草するときに戦争および武力の保持を禁止する条項をいれるように提案しましたか。それとも、首相は、このような考え方を単に日本の将来の政策の問題として提示し、貴下がこの考えを新憲法に入れるよう日本政府に勧告したのですか。」

戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行ったものです。首相は、わたくしの職業軍人としての経験を考えると、このような条項を憲法に入れることに対してわたくしかどんな態度をとるか不安であったので、憲法に関しておそるおそるわたくしに会見の申込みをしたと言っておられました。わたくしは、首相の提案に驚きましたが、首相にわたくしも心から賛成であると言うと、首相は、明らかに安どの表情を示され、わたくしを感動させました。

   クリスマスをお祝いしつつ

              敬具

      ダグラス・マッカーサー

ハワイ、ホノルル
ヌーアヌ通り1742番地
日本総領事館気付

憲 法 調 査 会
 会長 高 柳 賢 三 殿

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2018年2月 6日 (火)

改憲は「文民」規定で

安倍首相の憲法9条改正理由の説明は、子供だまし、いや子供さえだまされないほど幼稚なものである。

「命をかけて国民の安全、生命を命がけで守る自衛隊が憲法に書いてないのは気の毒である。また、憲法学者のほとんどが自衛隊を違憲というがそれでは自衛隊が違憲の存在ということになる」。

前半については、前にも書いたが命がけで仕事をしてくれるのは、警察・消防、海上保安庁も変わりない。自衛隊だけ特別扱いするならその説明がなくてはならない。

後半も学者の多くがそんなことを言っていない。首相が法制局長官の首をすげ替え、長年続いてきた「集団的自衛権」の解釈を変え、さらに安保法制を強行採決に持ち込んで、違憲の仕事をさせかねない状態にしてしまったから、そういうのだ。

首相の意見を汲むのなら、こうすればいい。

第六十六条
②内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。

昨日「ヘリという日本語」を題にしたが「文民」も「シビリアン」を日本語として造語したものだ。本来は軍人や聖職者以外の一般市民をいうらしいが、シビリアンコントロールを成文化するためにできた。

安倍首相が嫌う翻訳憲法で、軍人がいない日本では定義しようのないのが「文民」だ。ここはぜひ改憲する必要がある。同条に付け加えるなら

 文民とは、自衛隊、警察、消防、海上保安庁等、現役で職階を有する者以外をいう

とでもすれば……。

これで自衛隊が憲法に入る。(*^-^)

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2018年1月31日 (水)

押しつけ憲法再評価

明日から2月である。1946年2月1日は、「毎日新聞」が明治憲法改定のための憲法問題調査委員会が策定した改憲要項の内容をスクープした日として、年表に特記されている。現行憲法が、施行の日として祝祭日となったのは49年5月3日が最初で、それまでに3年以上かかっていた。

折りしも国会で改憲論議がさかん(本当は低調)に行われているが、安倍首相を中心とする改憲促進派は、現行憲法GHQ押しつけ論者で占められている。ところが終戦から始まった当時の世情や世論の動向、現憲法に至る過程を精査する作業は、あまり進んでいない。

冒頭の「改憲要項」が明治憲法をあまり変えたくない守旧派の手で行われ、天皇大権を温存する内容だったことにGHQは驚いた。3日に早くも戦争放棄などの3原則を示し、13日にはGHQ草案を示している。

なぜこのように急いだか、GHQは占領政策に異論を挟むアメリカの強硬派やソ連の介入を封じ込めるためではなかったかと塾頭は考えている。

英首相チャーチルが「鉄のカーテン」演説をしたのは同年3月5日である。日本国民もソ連の影響のらち外にいたあったわけではない。これを放置していては円滑な占領政策に大きな支障を生じる。そういった危機感から、世論の動きも勘案しながら混乱回避の行動に出たのではないか。

国会を始め、日本国民がその案を鵜呑みにしたわけではないことは、すでに種々証明されている。仮にGHQの介入がなかったらどういうことになっただろう。安倍首相たちが、最も恐れる事態になっていたかも知れない。

歴史に「仮に」はない。ただし終戦から、憲法記念日を祝うようになる数年は大事な期間である。2月が、押しつけという「単眼史観」から抜け出すためのきっかけになってほしいものである。

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2017年12月21日 (木)

幻影と化す安倍改憲論

  歴代の総理総裁で大物といわれる人ほど本音本心はあかさない。一見、慎重のように見えて本音があけすけに見えるのが安倍首相だ。マスコミには、それがはっきり見えていても、本人が発言しない限り記事にはできない。

憲法9条の問題である。9条1項・2項をそのままにしておいて、自衛隊を明記するという思いつきである。自民党に具体案作成を促したが、まとまらない。そうだろう、首相の本音は自衛隊の「軍隊化」だから、憲法の中でそれをごまかす術はない。

首相の言い分はこうだ。「憲法学者の7割が自衛隊は憲法違反といっている」。そんなことはない。安保法制など、集団的自衛権の使い方や、海外派遣の条件によっては、違反になるという言説を逆手に取っているだけだ。

また「自衛隊員は命がけで国民の安全を守る仕事をしているのに、憲法に触れられていないと言うのは気の毒だ」ともいう。警察や消防、海上保安庁の職員が国民の安全を守るのは、命がけでないというのだろうか。

自衛隊だけを特別扱いする理由を是非聞きたい。自衛隊を憲法で明文化しておけば、他の法律を作っていつの間にか実質「軍隊化」することができると踏んでいるのだろう。

早く言えば「軍隊」というのは人殺しが仕事である。一般国民と同じ法律の適用では仕事に支障をきたす。そのために、戦前はどれほどの特例・特別扱いされていたか、本塾で過去に取り上げたことがあるので、参考にしていただきたい。

『法的安定性、戦前は?』2015/9/9

  安倍首相には、その心構えや理念がなく、ただ「普通の国になりたい」という幼児性から一歩も抜け切れていないように見える。

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2017年11月14日 (火)

押しつけ憲法&押しつけ兵器

安倍流の改憲意欲は、現憲法がGHQから押しつけられたものという一点からきている。敗戦後憲法改正が急がれていた。GHQは起案を近衛文麿に一任する。しかしその後、近衛が戦犯指名され自殺したこともあって、あとを特務大臣の松本烝治が受けた。

その試案を、終戦の年明け早々毎日新聞がスクープした。天皇の大権が明治憲法そのもののような案だったため、占領政策に支障をきたし、国民も到底受け入れないだろう見たGHQが案を示してきたことは事実だ。

それを日本の法制に合うよう、法制局長官が手を入れて翻訳調から補正した。さらに日本の政治家・学者・民間有志の意見を採用し国会に提出されたものだ。当時、NHKラジオが塾頭の住む田舎の町までやってきて、天皇制の是非など街頭録音を収録していたことを思い出す。

占領下とはいえ、東京裁判を含めアメリカ流民主主義による手続きで行われたことを安倍さんたちは知らない。戦争指導者階層をのぞく一般国民は、戦時下の圧政よりどんなにいいかを体感していた。

その安倍さんが、北朝鮮の脅威を盛んにトランプ大統領に吹聴したため、それなら「アメリカ製兵器を買え」と押しつけられたことには抗議ができなかった。本来、武器は可能な限り輸入に頼ってはいけない。

新鋭兵器なら共同開発である。武器輸入は輸出国の都合でいつでもストップできるし、不具合な点が発見されても改良型供給をしないという意地悪もできる。つまり、国防の選択肢まで握られてしまうかも知れないのだ。

憲法と兵器のダブルスタンダード。安倍さんなら平気らしい。

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2017年10月17日 (火)

立憲民主と聖徳太子

毎日新聞の直近世論調査では、衆院選で最も重視する争点を10項目あげた中、「憲法改正」とした人は、「子育て支援」と同じ11%に過ぎなかった。安倍首相の野望はともかくとして、焦点がぼかされた中では、「保育園落ちた。日本死ね」と同列に置かれても仕方ない。

その中で立ち上げた新党「立憲民主党」は威勢がいい。「立憲」の意義がどれくらい国民に理解されているか疑問はあるが、「憲法」という言葉の中に公正・厳正・道義・民主というような心情的ひびきを感ずるからではないか。

言い換えると、同じ新党の「希望の党」の凋落が、「しがらみのない」という小池都知事とはうらはらに、安倍ご都合解散に便乗して、国政新党へ突然名乗りを上げた。そこに、どんな無理があろうと独善や矛盾があろうがあろうと、一切お構いなしだ。

人気さえあれば何でも意のまま、といった態度で民進党乗っ取りを考えた。民心が潮のように引いていったのは、憲法で保証されている良心の自由が、根付いていることを見誤ったからだ。

立憲主義でいう憲法ではないが、日本で最も古い「憲法」の言葉は、7世紀末に聖徳太子が発布した「17条憲法」である。学者の中には、この存在どころか、聖徳太子を架空の人物とする説さえある。

塾頭は、古墳の存在とその調査結果、遣隋使派遣とその成果を示す記録などをつなぎ合わせると、日本書紀の記載は、大筋間違いのないものとする。隋へは都合4回の遣使を出しているが、この間の隋の日本に対する評価の変化に、17条憲法の存在が大きく寄与したと思うからである。

隋は高麗、今で言えば国境を接した北朝鮮と似て深い接触を持ちながら手なづけるのに苦労していた。その背後には高麗と対立する百済・新羅があり、今の韓国と似ている。そしてそのバックに日本、すなわち倭の兵站が無視できないことも知っていた。

蛮夷ではあるが、中国の支配下にあったことは一度もない。4回の国交の中で、「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子にいたす。つつがなきや」といって煬帝を怒らせた。

その一方で、相通ずる文字を操り、官僚組織が整備され、仏教を尊崇、礼を尽くす国という評価が中国の文献からもうかがえる。憲法制定により一目置かれ、国際的位置づけを定着させたとすれば、まさに画期な憲法だったといえる。ここで、改めて17条全文をチェックしてみて驚いた。

現行憲法以上に和を強調し、隅々まで「こころ」に迫っているからだ。天皇条項のあと第9条でなく、冒頭に持ってきている。もちろんGHQの押しつけではない。(^^)

一に曰く、和を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。人皆党有り、また達(さと)れる者は少なし。或いは君父に順ず、乍(また)隣里に違う。然れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

次が仏教尊崇で、その次に「天皇制」が出てくる。
二に曰く、篤く三宝を敬へ。とは仏・法・僧なり。(以下略)
三に曰く、詔を承りては必ず謹め、君をば天とす、臣をば地とす。(以下略)

以下、要点を列記する。
四に曰く、群臣百寮、礼を以て本とせよ。其れ民を治むるが本、必ず礼にあり。上礼なきときは、下斉(ととのは)ず。下礼無きときは、必ず罪有り。(略)
五に曰く、饗を絶ち欲することを棄て、明に訴訟を弁(さだ)めよ。(略)
六に曰く、悪しきを懲らし善を勧むるは、古の良き典(のり)なり。(略)
七に曰く、人各(おのおの)任(よさ)有り。(略)
八に曰く、群卿百寮、早朝(朝早く)晏(おそく)退でよ。(略)

九に曰く、信は是義の本なり。(略)
十に曰く、忿(こころのいかり)を絶ちて、瞋(おもてのいかり)を棄(す)て、人の違うことを怒らざれ。人皆心あり。心おのおのの執れることあり。かれ是とすれば、われ非とす。われ是とすれば、かれ非とす。われ必ずしも聖にあらず。(略)
十一に曰く、功と過(あやまち)を明らかに察(み)て、賞罰を必ず当てよ。(略)
十二に曰く、(略)

十三に曰く、諸の官に任せる者は、同じく職掌を知れ。(略)
十四に曰く、群臣百寮、嫉み妬むこと有ること無かれ。(略)
十五に曰く、私を背きて公に向くは、是臣が道なり。(略)
十六に曰く、民を使うに時を以てするは、古の良き典なり。(略)

最後は、民主主義徹底で締めくくっている。

十七に曰く、夫れ事独り断むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし。

 立憲民主党は、日本のこころとして、ここまでさかのぼる宣言をしてもいい。安倍改憲のねらい目である明治憲法、教育勅語の復活、維新の党の維新は尊皇攘夷の明治維新……。日本2千年の歴史を端折った右傾化路線の党とは違う。堂々と立ち向かって政権交代をしよう。

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2017年7月 9日 (日)

憲法に自衛隊を書くなら

塾頭は若い頃、単純に自衛隊は憲法違反だと思っていた。それが、安倍首相の<おかげ?>で、逆に憲法に自衛隊を入れた方がいい、と思うようになった。9条1項と2項に反しないよう自衛隊の専守防衛任務を限定し、海外での武力行使を一切禁止するためである。

そうしないと、憲法と日米安保条約の精神に反する2国間協定や、集団的自衛権関連の安保法制が、憲法をなし崩しにするという自民党の思惑にはまってしまうからである。安倍自民党のもくろみは3分の2勢力があるうちに、憲法に自衛隊の存在を明記するだけで、あたかも集団的自衛権行使などが合憲であるかのような、錯覚効果をねらっているのである。

今、これから出てくるだろう自民党案に対抗する案を検討し、国民に示すための準備をしている野党は見あたらない。それを持たずに抵抗だけすることは、共謀法案と同じ結果を招くことになる。旧来の自民改憲案をそのまま出されるより、安倍私案に沿った加憲の方が、ごまかしがあるだけに、はるかに危険である。それを自覚している議員は、どれだけいるだろうか。

塾頭が自衛隊は必要、と思うようになったのは、国連憲章の条文に「自衛」とか「集団的自衛」という言葉が入っているからではない。国連のPKOやPKFに積極参加するためでもない。

災害復旧をするだけならば、今のような装備は必要ない。現9条でうたわれているように、戦争を否定し、戦力は持たないのだから、戦争をする「軍隊」ではない。その限りにおいて、集団的自衛権を振りかざし他国の軍隊と海外で共同作戦がとれるはずがない。9条1項、2項を残すというのはそういうことなのだ。

自衛隊を憲法に書く目的は、外国からの侵略、進攻を阻止するための実力組織を持つことである。現在、海上保安庁や警察だけでは対処できない「脅威」に対処するために、最小限度備えておく装備と隊員があればいいということである。

塾頭がそういった国防の準備が必要だと痛感したのは、日清・日露戦争の前、李朝のもとにあった朝鮮の実体を知ってからである。明治維新に日本は砲艦外交で開国を迫り、「自主独立の国」という両国関係を期待していた。

国王の後見役で前国王と王妃一族が激しく争う中で、軍隊はそれぞれの私兵のような能力しかなく、農民暴動には清国に派兵を依頼した。日清戦争の結果清に頼れなくなると、南進のねらいを持つロシアの公館に逃げ込んで政務をとり、また、くみしやすしと見た欧米各国の要求に応じ利権の切り売りをするなど、日本の安全にとっても不安なことが頻発した。

国の安全を守るためのしっかりした組織がなく、いざという場合は外国に依存するとう国の存在は、周辺隣国を不安にさせる。またその備えがなければ、利権などを虎視眈々とねらう国の餌食となり、権利保護を名目に外国の軍隊が入ってくる。

その後第一次大戦を経て帝国主義全盛の時代は去ったが、国民に「国を守る国民の強い意志と備えがある」ということは、攻め込んでも得るものより失うものが多いことということを相手国に認識させる。逆にそれがないと、利権の拡張の餌食にしようという誘惑を呼び込むことにもなりかねない。

無防備、非武装中立のままでいると、何か国際紛争が起きたとき、利害関係国が危険を感じて武力介入をしてくることさえ考えておかなければならない。平和を守るためには、自らのことは自らが守る。これが鉄則で、あとは集団的安全保障(国連)の機能を高めるため努力をすることではないか。

 

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2017年6月10日 (土)

反撃能力と憲法

安倍加憲発言を受けて自民党内から出てきた自衛隊の定義に、「反撃能力」を持つという意見が出てきた。

この言葉の意味を考えてみよう。外国へ出ていって、敵の攻撃があれば反撃する能力を持つというのなら、戦争をする「軍隊」そのもの、9条1項2項と矛盾してしまう。

そうすると、日本の領土・領海が攻撃されて、自衛権行使のための実力としての反撃能力と言うことになる。アメリカでは、先制攻撃も自衛の一環に位置づけている。国際法上疑問があり、日本国憲法では禁止されていると解釈すべきだろう。

具体的にいうとこういうことになる。北朝鮮が中距離弾道弾を日本に向けて発射する。基本的にはミサイル防衛システムで、領空飛行中か落下大気圏突入時に迎撃破壊することになる。ここまでは「自衛」でいいだろう。

発射直後のスピードが出ない段階で撃墜する方法もあるが、北朝鮮領内であることや、発射前にその軌道まで推定することは不可能であり、当然、発射基地の先制攻撃はできない。そうすると「反撃」の意味は、ミサイルが日本領内に落下、被害を受けてから反撃のため敵基地周辺を叩くという意味になる。

自衛隊の任務や役割を憲法に加えるといっても、上記の例で見るように「専守防衛はどこまでか」などを憲法に書き込むことは困難だ。第一項、二項を活かしたまま自衛隊を書くなら、「国外で軍事行動をすることはできない」と規定するしかない。そしてPKOなどの国連協力は警察を改組して応じたらよい。

前述の反撃ミサイル発射は、国内や領海からの発射なら可能という解釈もできるが、それなら無人機爆撃も理論的に可能ということになる。したがって、報復攻撃にならないか、憲法や日米安保条約の厳密な解釈を超えないか、国連決議による同志国参加が妥当か否かという見極めが必要になる。

核であろうとミサイルであろうと「能力を持つ」ということと「実際に配備する」ということは別である。憲法改正是か非かというような単純な問題ではない。9条改訂はこれからの世界平和に向けて何が一番有効か、日本が尊敬される選択は何かを落ち着いて議論すべきだ。

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2017年6月 7日 (水)

安倍改憲案に対抗する案を

安倍首相……ではない安倍総裁が読売新聞に発表した「加憲論」、自民党はこれまで自衛軍を創設するという桝添一次案、石破二次案など公式な政党案があったところ、藪から棒で安倍加憲論が出てきた。独裁者は何でもできる。

これから、九条一項、二項に手をつけず専守防衛の自衛隊を明記した三次案を作るというが、そんなことは国民はもとより、党内ですら一度も知らされていない。森友・加計問題同様、政治の私物化以外の何物でもない。

早速、憲法に載せる自衛隊をどう定義するかの意見も党内から出ているようだが、首相の意向を「忖度」した、ろくでもないものになるだろう。本塾は、警察や消防、海上保安隊なども憲法に明記されていないのに自衛隊だけ特別扱いするのは、やはり「軍」なみにしたいという下心からだと察していた。

しかし、最近意見を変えた。安保条約のガイドラインや集団的自衛権を盾にとった新安保法案など、無理に九条を変えずとも憲法違反の法律でやれる、という自信をつけさせてしまったからだ。

それならば、九条に書き加えて「海外での軍事行動はできない」というしばりをはっきり入れておく方がいい。野党は、そのための自民党対抗案を作らなければならないが、民進党内にはまとまった意見がなく、社・共は自衛隊の解消などガラパゴス状態から抜け出す気配はない。

ここは一つ、読売新聞が独自の案を持っているように、有志マスコミ試案を作って参考に供するのも手だ。憲法は変えても変えなくても、危険水域に置かれていることをはっきりさせるために必要なのだ。

 

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