憲法

2018年11月 8日 (木)

「国民投票」に騙されるな

共同通信社がこの夏行った世論調査によると、秋の臨時国会に自民党改憲案を提出したいとする安倍晋三首相の意向に「反対」との回答は49・0%で、「賛成」の36・7%を上回った。また、自民、公明両党の幹部が4日、東京都内で会談し、憲法改正手続きを定めた国民投票法改正案の今国会での成立を断念し、継続審議とする方針を決めた。

マスコミでは、憲法審を全会一致で運営するという“原則”に沿い法案審議を拒む立憲民主党などに配慮したためだが、野党が抵抗し続ける限り、秋の臨時国会以降も憲法改正議論は停滞を免れないと報じている。

こういったことから、来夏の参院選では改憲が公約として議論されることも遠のいた、と見るのは甘い。政府と違って候補者の発言は自由だ。

現在参院は、自公だけで改憲に必要な3分の2に達しない。「自分が当選しなれれば憲法改正ができなくなる」ぐらいのアピールをする候補者が続出するだろう。

それで改憲勢力が10人ほど増えて161人以上になれば安倍続投となり、安保法案同様に公明党がのめる改憲案づくりを進める。平和志向が強かった創価学会名誉会長の権限移行が進んだ現在、そんなにむつかしいことではない。

前述の楽観論の中に、安倍首相や政府がどう動こうが最後は国民投票だ、そこで投票総数の過半数が得られず安倍改憲案は否決、廃案となるという計算をしてはいけない。

国民には憲法改正条項をしっかりと身につけてもらう必要がある。

第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

国権の最高機関(第四十一条)である国会の議員はもちろん国民の選んだ人達だ。その3分の2以上、つまり大部分の議員が賛成している案に反対投票をするということは、よぼと確信を持った人ならともかく、素朴な有権者にとっては抵抗感が伴う。

それならばなぜ膨大な経費をかけて国民投票にかけるか。それは国民の直接投票で参加意識を持たせることと、国会議員に免罪符を与える役割しかなく、決めたことに国の運命を左右するような権威づけをするためではない。そのいい例がイギリスのEU脱退の国民投票である。

AFP=時事】英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット、Brexit)の是非をめぐり、過去最大規模とされる世論調査が実施され、2度目の国民投票が実施された場合には離脱派46%に対して残留派54%になるという結果が5日、発表された。

国民投票を「天の声」視してはいけない。改憲阻止は3分の1以上の議員を選び出すことに全精力をあげるべきだ。それが一番確実かつ容易な方法である。「国民投票」を道具に使おうとしている安倍改憲に騙されないようにしなければならない。

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2018年9月29日 (土)

高い買い物[改憲論④]

反戦塾を名乗っているから自衛隊の装備について無関心というわけにはいきません。護憲をいう人であれば、一応の勉強をしておく必要があります。

今日の新聞によると、来年度からの5か年計画でアメリカからイージス・アショアやステルス戦闘機F3を購入する予定のようです。いずれも新開発した高価格製品でアメリカの言い値をそのまま受け入れることになるでしょう。

イージス・アショアは国内2か所に設置する計画ですが、飛んでくるミサイルを早期に発見し、中間段階で撃ち落とすシステムを持っています。これで相手国本土を攻撃するわけでなく、あくまでも日本のミサイル防衛システムなのだから、自衛隊が持ってはならないということにはなりません。

ただし、中国とロシアは反対しています。日本を攻撃できなくなるからではなく、アメリカとのミサイル戦争を考えた場合、ICNMや核弾頭のバランスが崩れるということでしょう。

日本は、「国の交戦権は、これを認めない」国ですから、それとわかっていても撃ち落とすわけにはいきません。ただ、アメリカは同盟国なので、直ちに知らせることぐらいは可能かもしれませんが、言い値で買うのではなく、共同研究の方にもっと力を入れるべきです。

F35もそうですが、兵器は日進月歩で技術革新が進み、その後兵器も全面的に輸出国に異存らざるを得なくなります。首の根っこをおさえられ、抜け出せなくなれば「属国」です。

次にF35の方ですが、ステルス戦闘機で相手国のレーダー網を突破して爆撃する能力があります。短距離滑走で離陸でき、垂直着陸も可能、つまり航空母艦用じゃあないですか。航空母艦もなく専守防衛のため必要だという理由は全く見当たりません。戦闘機が必要なら国産で十分でしょう。

開発に相当無理をしたためでしょうか、今日の外電でははじめてのF35の墜落事故が報じられています(AFP)。

このような買い物をするのは、首相のいう「そのことが我が国の防衛力強化にとって必要だ」というのはウソで、トランプが26日の記者会見で日本との会談で言ったとされる「現状のような大赤字は望んでいない。もっと買わないとだめだ」と、防衛装備品購入増にいたったいきさつが真相でしょう。

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2018年9月28日 (金)

自衛隊の生い立ち[改憲論③]

自衛隊はいつどのようにして誕生したのでしょうか。GHQによる占領が5年目に入った1950年(昭和25)吉田茂首相のもと、日本の政治もようやく安定期を迎えようとしていました。

しかし、ソ連の赤化攻勢による緊張状態も高まり、日本もその埒外にあるとは言いきれない社会情勢があったのです。前年の夏には国鉄総裁が暗殺されるという下山事件、無人電車が暴走して6人が死亡する三鷹事件、東北本線で列車が転覆し3人の死者を出す松川事件など、意図的に社会を混乱させようとするテロという位置づけになりました。

そして50年6月25日、朝鮮戦争が始まったのです。アメリカ軍は日本駐留部隊を朝鮮半島に出動させることになり、第8軍の全体を朝鮮半島に振り向け、日本における防衛兵力・治安維持兵力が存在しないこととなりました。

アメリカは大勢の家族も残したまま、日本の治安を悪化させるわけにいきません。そこで7月8日、日本政府に対して7万5000人の警察予備隊創設と海上保安庁8000人の増員を指示しました。

内部の敵に備えるためです。大戦後は熱い戦争より、内部工作による政府転覆が主になりました。それは、現在でも続いておりそのほとんどが内戦の様相を呈しています。こうして発足した警察予備隊は、後に保安隊と名を変え、さらに自衛隊となって現在に至ります。

この経緯から考えると、装備が相当近代化したものの、海外侵略を目的にしたものでなければ直ちに憲法違反とは言えません。講和条約が結ばれて、占領軍が在日米軍になり旧安保条約、さらに岸信介元首相が現安保条約へと変えました。

そしてこの間、憲法は一言一句変わっておらず、安保条約もその線をくずしていません。こう見ると自衛隊が集団的自衛権を発動するのは、日本国内およびその周辺と考えるのが精いっぱいでしょう。

前段で「内部の敵」という表現を使いましたが、冷戦が終わった今、日本を外国の支配下に置こうとする勢力や、オーム真理教のような団体が国家を転覆させようとする心配は皆無と言っていいと思います。また、その範囲なら警察隊で対処すべきで、自衛隊のような重装備が必要だとは考えられません。

そのあたりを次回は考えてみたいと思います。

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2018年9月25日 (火)

軍と隊の違い[改憲論②]

「自衛隊は実質<>だ」「外国からもそう見られている」「英語では軍も隊も同じ」「軍と隊を区別するのは単なる言葉遊び」という批判をよく聞きます。しかし、その「言葉遊び」、今ほど重要な重要な時期はないでしょう。

古代日本語では、軍人と戦争はいずれも「いくさ」。「隊」は同じ目的を持った人の集まりで、軍隊以外に楽隊や警官隊・消防隊などいろいろあります。

英語では、国連のPKOPeaceKeeping Operationsで平和維持活動を言います。だから文民でもいいわけですが、PKFFは、Forceつまり軍でなければならないのです。

だから、自衛隊が海外されても陸海空軍はこれを持たないと憲法で規定されているので、PKFには入れません。

ところが、他国の軍隊同様、服装も車両も虎模様の迷彩仕立てで、現地人には区別がつきません。紛争地の国連活動が必ず現地の支持を受けているとは限らず、戦闘に巻き込まれても当然でしょう。PKOで派遣されるなら、むしろ災害復旧のように派手で目立つ服装にしなければなりません。

しかし、安倍首相の考える集団的自衛権行使には、軍隊である米軍と一体化した行動が多く含まれています。後方支援とか共同訓練など、憲法上の制約が働くような説明をしていますが、戦争は殺し合いですから「法の解釈」などは、緊迫した状況下では役に立ちません。

自衛隊が自国領土・領海内で活動し、公海を越えて他国を攻撃しない限り合憲だというのが本塾の見解です。ただし、軍隊であり、その制約のない米軍と集団的自衛権に基づく共同作戦を組むのは違憲になるでしょう。日米安保条約でも憲法の範囲内で行動すべきことが明記されています。

しかし、力の差でノーと言えない事態はたびたびありました。そういったことの起きないように条約改定をしてもいいはずですが、これまで一度も取り上げられたことはありません。

このようにどっちつかずの形にしておくことが日米関係にとって果たしていいのでしょうか。その一番の被害者は自衛隊員です。憲法に明記してないこと以上に深刻なジレンマに悩まされるでしょう。 

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2018年9月24日 (月)

現憲法は国連憲法[改憲論①]

 日本国憲法の第9条改定派は、これに反対する人達について、国連憲章にある「自衛権」が日本にはなくてもいいと考えていると主張します。

国連憲章の原案には、「自衛権」という言葉が最初はなかったのです。それは、個人が他人から暴力を受けようとしたら手をあげて防ごうとするのは当たり前で、国でも同様なことが言える。つまり「自然権」なのだから特段うたう必要はないということでした。

これは、第一次世界大戦が悲惨な結果を招いたことを反省して「不戦条約」が提起され、日本を含む多くの国々がこれを批准しました。しかし、現実は自衛のための戦争はこれに含まれないとか、日本のように「戦争」とは言わず、満州事変とか支那事変といいかえた条約無視が多発しました。

そのため、第一次大戦後の国際連盟に変えて第二次大戦戦勝国を中心に、新たな国際組織に作り直すことになりました。ここでは、ことさら自衛権をうたうことは、戦争防止上有害無益と考えたからです。

これに英国が反発しました。英国には多くの植民地や保護国がありそういったところのために自衛権をうたっておく必要があるというものです。アメリカは原案を通そうとしましたが、折から南北アメリカ各国を網羅した米州機構が成立したばかりで、加盟小国が期待していた「集団的自衛権」も併記するならば、という妥協案でまとまったといういきさつがあります。

したがって憲章は自衛を「まず権利ありき」という表現ではなく、「第7章 平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」の最後、第51条にようやく「自衛権」が現れます。

その内容は、自衛権行使に当たって加盟国がとった措置に関し、直ちに国連に報告するなどの、事務的な手続きを定めるにとどまり、持てる権利を堂々と行使すべきなどとは書いてありません。

今、安倍首相をはじめ改憲派勢力は「アメリカの押し付けた屈辱的な憲法」と言っていますが、GHQから原案を示されたのはその通りです。明治憲法焼き直しのような案を練っていた保守政治家・松本烝治担当大臣の案が外に漏れ、それにGHQが危機感を持ったからです。

国連憲章が成立して間もない頃です。GHQは確かにアメリカが主体ですが形の上では国連軍です。そして国連がアメリカ・ニューヨークに本部があるように、アメリカが国連成立に主導的な役割を果たしました。

そしてアメリカ全体が、世界のリーダーとしての夢を実現させよう意気込んでいた時代ともいえます。また、一方でソ連の勃興も勢いを増し、日本の民主化と安定が講和を前に急務だったともいえるでしょう。

その点、塾頭があえて言うなら日本国憲法は「国連憲法」で、の背景には国連をまとめたアメリカの理想主義があったと思います。それが、前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」に表れたのでしょう。

日本の戦争指導者だった人達には気に入らなかったでしょうが、大多数の国民大衆はこれを歓迎し、議会で多少の修正を加えて成立させたものです。

次回は「自衛隊合憲論」を取り上げたいと思います。

 

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2018年9月 4日 (火)

首相改憲論の自信なさ

 首相は昨3日、自衛隊高級幹部会同で訓示した。内容・要旨は昨日の夕刊に掲載されたが、正確を期すため首相官邸のホームページに掲載されたものを引用した。最初西日本豪雨災害への救援活動を称賛したあとに続ける。

(前略)ソマリア沖・アデン湾にあっても、世界の平和と安全のため、今日も隊員たちが汗を流しています。24時間、365日。国民の命と平和を守るため、極度の緊張感の中、最前線で警戒監視に当たる隊員たちが、この瞬間も日本の広大な海と空を守っています。東シナ海では、北朝鮮に対して国連安保理決議の完全な履行を求めるべく、自衛隊の総力を挙げて、瀬取り防止のための監視を行っています。(中略)

国民のために命をかける。これは全国25万人の自衛隊員一人一人が自分の家族に胸を張るべく気高き仕事であり、自分の子や孫たちにも誇るべき崇高な任務であります。

  幹部諸君。それにもかかわらず、長きにわたる諸君の自衛隊員としての歩みを振り返るとき、時には心無い批判にさらされたこともあったと思います。悔しい思いをしたこともあったかもしれない。自衛隊の最高指揮官、そして同じ時代を生きた政治家として、忸怩(じくじ)たる思いです。

  全ての自衛隊隊員が、強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える。これは、今を生きる政治家の責任であります。私はその責任をしっかり果たしていく決意です。

 後段の結論めいた部分は、首相持論の自衛隊憲法明記を「決意」として披歴したものだろう。

 首相も自衛隊員も現行憲法を尊重し擁護する義務がある。だからそこから逃げるため、「憲法」という言葉は使えない。首相の真意がアンダーラインの部分に隠されており、自衛隊員の「悔しい思い」に責任転嫁するかのような表現になている。

 また、首相の9条1項、2項をそのままにして3項に自衛隊を明記するという持論は、どうひねってみても論理矛盾を避けることができない。

 首相は、自衛隊を「軍隊」にしたい。だから憲法に入れたいのだ。軍隊を持って憲法に規定のない国はたしかにないだろう。しかし、2項には「軍隊」についてはっきり明記してある。「陸空海その他の戦力は、これを保持しない」とあるので、自衛隊が軍隊でないことを認めることになる。

 国民のために命をかける仕事は、警察でも海上保安庁でも消防でもある。瀬取り防止・監視は海上保安庁がやっている。それが憲法に載っていないから「家族に胸を張るべき気高き仕事」ではないとでもいうのだろうか。

 自衛隊員や家族に「心無い批判」などする国民の話など聞いたことがない。自衛隊を違憲的存在とする、共産党や社民党でも政策と個人は別だ。このなあいまいな表現をいくらつなぎあわせても到底論理にはならない。

 首相の自信のなさがここに表れている。

 

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2018年7月27日 (金)

一国平和主義と間接侵略

「一国平和主義」という文言を新聞で目にしたのは久しぶりである。1992年に始まった自衛隊の海外派遣(PKO=国連平和維持活動)に対する消極的な意見に向けて、たびたび使われていた。

その根拠とされるのは憲法前文である。

われわれは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

憲法起案当時は、国連創設の余韻さめやらぬ頃で、戦争放棄の条文との間に大きな矛盾は感じなかった。それが、東西対立の激化にともない「警察予備隊」創設をアメリカから要請され、それが講和条約締結後「保安隊→自衛隊」と名称を変え現在に至る。

当初の目的は、その名のとおり、国内の共産党勢力が目指す武装革命に対抗するのは占領軍ではなく、重装備した日本の警察の役目という考えだ。つまりソ連の「間接侵略」に備えようということだ。

「間接侵略」という言葉もあまり使われなくなったが、「代理戦争」ならいまだにあとを絶たない。つまり、背後にアメリカとかロシアがいてひそかにクーデターを画策したり、一方を軍事的・経済的に支援して、国内戦争が泥沼化するといった形を取る。

こんな場合、自衛隊がその一方に荷担することは、日米安保上の集団的自衛権行使の範囲外で一国平和主義でもない。

北朝鮮に対する安倍首相の姿勢は、トランプの姿勢を見てやや変わってきたが、対話より圧力を先にする考えは、明らかに憲法前文に反している。「日本さえよければそれでいい」という、むしろ一国平和主義に近い。

 

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2018年6月 7日 (木)

組合大量脱退の危険

 「東日本旅客鉄道労働組合」(JR東労組)、前身は「国労」(国有鉄道労働組合)と呼ばれ、日本の労働組合を代表する最大・最強の労働組合であった。毎日新聞夕刊(6/7)によると、4万6870人の組合員のうち、この3か月で約1万5140人が脱退し約3分の1に減ったという。

塾頭には想像できない大変化である。やめた人は、ベア春闘に関連して「ストライキで電車が止まればお客様に迷惑をかける。組合にはついていないけない」というような理由だという。

これが昨今の世情なのかと、愕然とする。国鉄時代は公務員並みにスト権がなかった。それでも、公務員並である前に現場で働く労働者で、憲法に保障された権利があるという意識が強った。そのため、実力行使にはいろんな手を使った。もちろんお客には迷惑がかかる。

しかし、客の方にも弾圧を受けて憲法で保障された労働者の権利が否定されるようなことになれば、もっと困るという考えがあった。

  憲法第28条[勤労者の団結権・団体交渉権その他団体行動権]

勤労者の団結する権利及び手団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

ここには、スト(争議)という文言は入っていない。しかし「その他の団体行動」に含まれるというのが多数意見となっていた。ストの日本語は「同盟罷業」である。つまり団結して仕事をしないということだ。

この権利は、西欧やアメリカの労働者が長年かけて雇用者から闘い取った権利で、民主主義の根幹をなすものである。近代化を取り入れた日本も、戦時体制の弾圧を受けない明治・大正の時代の方が権利意識として普及していた。

現在この権利を封じているのは、北朝鮮や中国などで、ストは西欧の方が活発である。労組を脱退するのは自由意志で勝手である。過重労働で自殺者まで出る日本の環境でその歯止めとなるのは労働組合しかない。わが身を守るのは基準監督署ではない。自分自身である。

それを下支えしているのが憲法28条である。9条同様、日本国憲法は有難さ満載なのである。JRの組合離れは、やがて改憲論者の手にかかり、災難がわが身に降りかかる危険に手を貸す愚行を犯すことになる。このことを知っておいてほしい。

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2018年5月30日 (水)

宮内庁に「忖度」の危険

参考にさせていただいたブログ「dendrodium」に、<秋篠宮ご一家に関する報道機関との申し合わせ>という宮内庁メモが、2008年2月12日付で策定されていたという内容がある。

その要旨は、宮内庁と報道機関相互の話し合いにより、殊に悠仁さまへの「秩序ある」報道体制を確立し、これに反する行為を行った報道機関に対しては、宮内庁は当分の間、便宜供与を行わないというものである。

天皇が退位のお気持ちを表されたのが2016年8月8日で、現皇太子に続いてその弟である秋篠宮、さらにその長男である悠仁さまへと受け継がれる筋道が法的に示されたのは、去年の「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」制定である。それらから見てもずいぶん早い段階から、宮内庁のマスコミ操作が進んでいたわけだ。

前掲ブログの趣旨は、憲法重視、戦争遺跡歴訪などで平和指向に強い影響力を持つ今上天皇の去ったあと、それを受け継ぐ皇太子一家に対する週刊誌などの遠慮無いバッシング報道などから、過去の戦争の時代に縁がない悠仁天皇を早く実現させるため、安倍政権が工作しているのではないかというものである。

憲法改正にのめり込み、朝鮮・中国への強硬威勢や集団的自衛権指向の安倍政権にとって、国民が今上天皇に深い敬意を抱いていることが、首相にとって気がかりになるということは、塾頭もかねがね想像していた。

週刊誌の皇室関連記事などは、広告の見出しを見るだけで深い関心を持たなかった塾頭だが、宮内庁長官が安倍首相の意向を忖度してマスコミ工作をするとなると、反戦塾も警戒しなくてはならない。

以下の宮内庁関係者による内情は、「NEWSポストセブン(2016/10/1)によるものである。

天皇の「お気持ち表明」のあったあと、10月に識/者会議の始まる前に風岡宮内庁長官がなぜか早めの勇退をしたこと、次長だった山本信一郎氏が昇格して、その次長の後任に西村靖彦氏が就いたことは、風岡氏にとつて不本意だったのではないか。

西村氏の前職は内閣危機管理監、つまり直前まで安部首相の手元にいた人物である。侍従次長・高橋美佐男も西村同様警察庁出身で、風岡氏という天皇側近の退任と、安部首相が送り込んだ“監視役”の存在は、陛下の悲願達成の大きな壁になるかも知れない。

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2018年5月 3日 (木)

憲法の日、雑感

自民党の改憲案は、安倍首相の思いつきに始まった、9条の2を新設して「必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として(中略)自衛隊を保持する」となった。これについてのアンケート調査を毎日新聞がしている。

それによると、賛成が27%、反対31%、その差4%で拮抗している。自民党支持者だけを見ると賛成49%、反対16%で賛成が多いものの半数を割っており、公明党は全体の数値に近い。

国民投票の3分の2にはほど遠いようだが、賛否半ばということは、安倍首相の改憲指向に水を掛けることにはならず、そこに向けた強引な世論誘導を図る手がかりを残す。そういった数字だ。

北朝鮮や中国の脅威が利かなくなるということになると、アメリカの押しつけ憲法、占領下で作られた異常な憲法、二度とアメリカに刃向かいできなくする憲法だといい、今こそ自主権法を、ということを強調することになるだろう。

戦中・戦後を生き抜いてきた塾頭は、「戦後レジュームの脱却」と言われただけで人生を無視された気がし、安倍首相とは不倶戴天の敵になる。

戦後国民の大多数は占領政策を歓迎した。言論の自由、人権尊重が手に入り、最低限の食料と共にアメリカ映画、ジャズ、アニメなどもどっと入ってきて平和の日本を謳歌したものだ。

占領政策を好まなかった人もいる。それは戦犯、戦争指導者などパージを受けた人、頑固な右翼など少数で「保守反動」と言われた。

再び戦争できないように、という占領政策ならば、靖国神社の宗教法人化阻止を考えるべきだったと思うがそんな話は聞いたことがない。信教の自由が優先したのだ。

9条の発想は、第一次大戦後の不戦条約締結から第2次大戦前前まで外務大臣として活躍し、戦後の国際連合発足までの経緯を知る幣原首相が、マッカーサーに提案した証拠の文書はすでに示した。

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