憲法

2017年6月10日 (土)

反撃能力と憲法

安倍加憲発言を受けて自民党内から出てきた自衛隊の定義に、「反撃能力」を持つという意見が出てきた。

この言葉の意味を考えてみよう。外国へ出ていって、敵の攻撃があれば反撃する能力を持つというのなら、戦争をする「軍隊」そのもの、9条1項2項と矛盾してしまう。

そうすると、日本の領土・領海が攻撃されて、自衛権行使のための実力としての反撃能力と言うことになる。アメリカでは、先制攻撃も自衛の一環に位置づけている。国際法上疑問があり、日本国憲法では禁止されていると解釈すべきだろう。

具体的にいうとこういうことになる。北朝鮮が中距離弾道弾を日本に向けて発射する。基本的にはミサイル防衛システムで、領空飛行中か落下大気圏突入時に迎撃破壊することになる。ここまでは「自衛」でいいだろう。

発射直後のスピードが出ない段階で撃墜する方法もあるが、北朝鮮領内であることや、発射前にその軌道まで推定することは不可能であり、当然、発射基地の先制攻撃はできない。そうすると「反撃」の意味は、ミサイルが日本領内に落下、被害を受けてから反撃のため敵基地周辺を叩くという意味になる。

自衛隊の任務や役割を憲法に加えるといっても、上記の例で見るように「専守防衛はどこまでか」などを憲法に書き込むことは困難だ。第一項、二項を活かしたまま自衛隊を書くなら、「国外で軍事行動をすることはできない」と規定するしかない。そしてPKOなどの国連協力は警察を改組して応じたらよい。

前述の反撃ミサイル発射は、国内や領海からの発射なら可能という解釈もできるが、それなら無人機爆撃も理論的に可能ということになる。したがって、報復攻撃にならないか、憲法や日米安保条約の厳密な解釈を超えないか、国連決議による同志国参加が妥当か否かという見極めが必要になる。

核であろうとミサイルであろうと「能力を持つ」ということと「実際に配備する」ということは別である。憲法改正是か非かというような単純な問題ではない。9条改訂はこれからの世界平和に向けて何が一番有効か、日本が尊敬される選択は何かを落ち着いて議論すべきだ。

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2017年6月 7日 (水)

安倍改憲案に対抗する案を

安倍首相……ではない安倍総裁が読売新聞に発表した「加憲論」、自民党はこれまで自衛軍を創設するという桝添一次案、石破二次案など公式な政党案があったところ、藪から棒で安倍加憲論が出てきた。独裁者は何でもできる。

これから、九条一項、二項に手をつけず専守防衛の自衛隊を明記した三次案を作るというが、そんなことは国民はもとより、党内ですら一度も知らされていない。森友・加計問題同様、政治の私物化以外の何物でもない。

早速、憲法に載せる自衛隊をどう定義するかの意見も党内から出ているようだが、首相の意向を「忖度」した、ろくでもないものになるだろう。本塾は、警察や消防、海上保安隊なども憲法に明記されていないのに自衛隊だけ特別扱いするのは、やはり「軍」なみにしたいという下心からだと察していた。

しかし、最近意見を変えた。安保条約のガイドラインや集団的自衛権を盾にとった新安保法案など、無理に九条を変えずとも憲法違反の法律でやれる、という自信をつけさせてしまったからだ。

それならば、九条に書き加えて「海外での軍事行動はできない」というしばりをはっきり入れておく方がいい。野党は、そのための自民党対抗案を作らなければならないが、民進党内にはまとまった意見がなく、社・共は自衛隊の解消などガラパゴス状態から抜け出す気配はない。

ここは一つ、読売新聞が独自の案を持っているように、有志マスコミ試案を作って参考に供するのも手だ。憲法は変えても変えなくても、危険水域に置かれていることをはっきりさせるために必要なのだ。

 

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2017年5月23日 (火)

野党は素晴らしい改憲案を

 それができる野党はいまのところゼロ。これでは与党に勝てるわけがない。社・共にはその気がないし、民進は分裂しない限り提案不可能。

 

  当塾は9条強化の改憲賛成である。前から、自衛隊の海外派遣に制限を付ける案を持っていたが、安保法制の強行採決で憲法を改正しなくても、自衛隊を軍隊化する方法を生み出した。

 

 従って当塾の改憲案、自衛隊の戦争参加をくい止めるために別途法律で規定するという方法では心許なく、インパクトにも欠ける。自衛隊の性格付けを憲法でしっかりしておかないと、かえって危険が増すので全面撤回する。

 

 しかとした改憲案が必要というのは、前述のように憲法を変えなくても、自衛隊を軍隊化する道を、与党は安保法制で造ってしまい、集団的自衛権で海外における戦争に巻き込まれるおそれがでてきたからだ。

 

  いざ戦争(戦闘)が起きてしまえば負けるわけにはいかない。負けるより勝った方が国民は喝采する。そこで、はっきり憲法9条を変えて自衛隊を軍隊とする、これが安倍流であることを十分警戒しておかなければならない。

 

 それを防ぐためには、安倍提案に乗って自衛隊のあるべき姿、装備、活動範囲などを第3項に盛り込み、明確化するしかない。別の法律(自衛隊法など)の新設改廃が必要なら、それも同時に出す。

 

 軍隊でなく、専守防衛のための組織なら、まず他国軍に共通するような迷彩服を廃止する。これまで同様、航空母艦、長距離爆撃機、核・化学兵器など、敵攻撃用兵器は製造せず持たない。

 

 必要な範囲で、ミサイル防衛システムを強化し、先制攻撃は禁止するが発射基地反撃能力を最低限持つ。もちろん領海・領土を護る制空権、制海権の充実・強化は図らなくてははならない。

 

  日米安保は維持することが好ましいが、協定とか、ガイドラインなどで違憲のおそれが生じる部分は、世界にもわかるような形で改訂しなければならない。また、米軍向け「思いやり予算」の見直しなどもあり、防衛費がふくらむおそれがあるが、それは甘んじて受ける覚悟が必要だ。

 

 この方法ならトランプにもわかりやすいだろう。いずれにしても、安倍自民流改憲や共謀罪法案は戦前再現の何物でもなく、平和日本にとってもアジアにとっても危険きわまりないものだ、と言っておこう。

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2017年5月12日 (金)

たしかな自衛力とはなにか

MAX さま。

長文のコメントありがとうございました。本塾は異論、反論をおおいに歓迎します。

 今の憲法ができた背景にご理解がないのは、70年もたっていて時代が変わり環境も変化しているので、ある程度やむを得ないのかとも思います。

 悲惨な戦争を起こさないため、また、各国の利害を勘案しながら知恵をしぼる。そのため難解な部分が出てくることはやむを得ません。それを乗り越えても平和を追求する努力が必要なのです。

 9条1項は、1928年のパリ不戦条約に基づいており当時日本を含む米英仏など15カ国で締結、その精神は今の国連に引き継がれています。日本国憲法はそれを採用しただけで、自民党案も1項を削除しろとはいっていません。もちろん憲法に入れてない国も多くあります。

 ところが、第2次大戦が起きてしまいました。戦争参加国は「自衛のためなら条約違反にならない」ということを口実にしました。その反省もあって、第1次大戦後にできた国際連盟を解体し戦勝国を中心に国際連合に改組しました。当初の国連憲章案は「自衛の権利」という言葉を、濫用をふせぐためにわざと抜いてありました。

 自衛権は人が襲われようとしてそれを防ぐ行為は、ごく自然な「自然権」であり、国もそれと同じことでわざわざ憲章に入れる必要がないという理由からです。

ところがイギリスなど、植民地を持つ国から「どうしても入れてほしい」という強い要望がありました。

 アメリカは、交換条件として、当時できたばかりの米州機構条約加盟国の要望であった、大国の拒否権行使で小国の自衛が不安ならないようにするため、集団的自衛権も併記することで妥協しました。

 その後、アメリカはずいぶん多くの戦争に加わっていますが、すべて「自衛権」か「集団的自衛権」を理由として戦争を合理化しています。ブッシュは9.11で「テロリストとそれを支援するならず者国家からの自衛の戦争」を口実にしました。トランプのシリア爆撃でさえ、見るに耐えない残虐行為放置から米国民を護るための自衛権行使という、ややへりくつっぽい理由をつけなければならなかったのです。

 自然権である「正当防衛そのものを最初から絶対に認めない」などとは、日本国憲法のどこにも書いてありません。当然自分の身は自分で守る必要があります。従ってそれに見合う自衛隊があるのは当然で、非武装中立も非現実的夢想論であり、かえって国際環境を不安定にする原因を作るため、本塾としては反対です。

 ところが2項は軍隊を持たないことを規定しています。したがって、自衛隊は戦争を目的とした軍隊ではありません。防衛だけが任務なので、他国を攻撃する目的の装備は持っていません。

 ただ、国連憲章の精神をいつも逸脱するアメリカとの集団的自衛権は、国外に出て軍隊である米軍と共同作戦をする可能性を否定しておらず大変危険です。だから、自衛隊は憲法違反ということになるのです。

 大いに警戒しなければならないのは、安保法制にいくら縛りがあっても、命がかかっている戦場に入れば現場判断が優先します。縛りは役に立たないということです。それが「戦争」であり「軍隊」が持つ宿命なのです。

 日米同盟があれば、しっかり護ってもらえる、これも夢想です。いざとなれば反撃で損害を受けることを避け、自国最優先となるのは当たり前です。やはり「自分の身は自分で守る」という強固な精神しかありません。

 では、核武装やミサイルなどの軍備に中国に負けない備えをする。それも現実的ではありません。近代戦でとことん戦えば国土の広い国が最終的に勝つ道理となります。

 結局、日本を攻撃すると強い抵抗を受け思わぬ損害を被る、平和憲法を持ち、軍隊組織を持たない国に攻め入れば国連加盟国から総すかんを食って袋だたきになる、という抑止力の方がもっとも確実な安全体制ではありませんか。

 自民党は、自衛隊を軍隊にしたがっています。そうすると他国並みになったつもりでしょうが、自己満足です。暴漢も凶器を持った相手にはより凶暴になるものです。自衛力が高まったわけではありません。かえって現行憲法より危険がますのです。

 現行憲法は多くの平和国家から評価されています。子供さんはそれに誇りを持つことになるでしょう。

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2017年5月11日 (木)

「おばけ」改憲

安倍首相のこのところの政治行動は、支離滅裂、常識や秩序の無視、独断専行が目に余るようになった。改憲問題の国会答弁で、総理の立場、総裁の立場と使い分けてこれまで公表も検討もされてこなかった「9条おばけ改憲」論を展開、党内からも批判がまきおこっている。

これまでなら、「国民を愚弄するもの」として、国会が空転し辞任に追い込まれてもしかたない暴挙だが、野党もマスコミもいやにおとなしい。本塾でさえ4年も前に、(首相の案と形は似ているが趣旨は多分ま反対の)案を提示している。

どこからも、議論をいただいていない(笑)が、首相よりは真剣に考えていることだけはたしかだ。過去何回か出しているがもう一度出しておこう。

【本塾改憲案】現行9条の2項を改め、3項を追加する。

②前項の目的を達するため、外国の領土・領域における武力行使を目的とする軍隊は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

③自衛隊・海上保安隊・警察隊・消防隊その他名称の如何を問わず、公務員が外国の領土・領域内で平和維持その他の国際協力を行う場合の手続きならびに装備等は、法律によりこれを定める。

付言しておくと、2項を改めたのは、現行の「陸海空軍その他の戦力」という部分に問題がある。

日本は、かつて軍隊は陸軍・海軍の二つに分かれ、空軍はそれに属していた、したがって「陸海軍」とはいうが「陸空海軍」という言い方はなかった。この表現は明らかにGHQの起案したもの、または国連憲章を直訳したのだろう。押しつけ憲法と主張する人が見過ごしているのはおかしい。

陸海空軍と並列に置かれた「その他の戦力」の意味がはっきりしない。条文作成当時はなかったミサイル防衛システムを含むものとすれば、ここは変えなくてはならない。

つまり、専守防衛に徹し、人員を派遣して他国の領域を占拠したり、内戦に荷担するようなことはしない、ということだ。③は国連決議にもとづくPKO活動については、別の法律にゆだねることになる。

ただし、この案は、安倍内閣が強行採決に持ち込んだ安保法制以前のもので、それを廃棄して全く別の法律にしなければならない。安保法制は多くの憲法学者が「憲法違反」と断じたことを首相も承知している。国民は「おばけ」に惑わされないよう、細心の注意と警戒が必要だ。

また、軍隊ではない「自衛隊」を警察や海上保安庁などと区別して特記する理由が成り立たないのでこのようにしたが、法律表現しては、やや自信がない。その点はどうかご勘弁のほど。

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2017年5月 5日 (金)

自衛隊を憲法に?じゃ我々も

 安倍首相曰く。

今日、災害救助を含め、命がけで24時間、365日、領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く、その任務を果たしている自衛隊の姿に対して、国民の信頼は9割を超えています。しかし、多くの憲法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が、今なお存在しています。「自衛隊は違憲かもしれないけれども、何かあれば、命を張って守ってくれ」というのは、あまりにも無責任です。

 私は少なくとも、私たちの世代のうちに、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、「自衛隊が違憲かもしれない」などの議論が生まれる余地をなくすべきである、と考えます。

 もちろん、9条の平和主義の理念については、未来に向けて、しっかりと堅持していかなければなりません。そこで「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という考え方、これは国民的な議論に値するのだろうと思います。

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「命懸けで日本人の命を守り抜く、海外まで行って人殺しはしない。我々だって同じじゃないか。書いてないのは無責任?、それじゃあこの際書いてもらおうよ!!」 警察・消防・海上保安庁隊員一同。

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憲法第十四条 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的、又は社会的関係において、差別されない。

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2017年4月 4日 (火)

教育勅語の勉強不足

 森友学園問題で「教育勅語」が今なおマスコミで取り上げられている。「いいことがたくさん書いてある」という議論は、安倍自民党を中心とする賛成派だけに限らず、反対派の識者、言論人も「人間として当然のこと」とし、「一旦緩󠄁󠄁アレハ」以下だけを問題視する単純な考えが横行している。原文を読み返し幼稚園生に負けないようにもっと勉強してほしい。

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󠄁惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇󠄁ムルコト宏遠󠄁ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦󠄁相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博󠄁愛衆ニ及󠄁ホシ學ヲ修メ業ヲ習󠄁ヒ以テ智能ヲ啓󠄁發シ德器ヲ成就シ進󠄁テ公󠄁益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵󠄁ヒ一旦緩󠄁󠄁アレハ義勇󠄁󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ是ノ如キハ獨リ朕󠄁カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺󠄁風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道󠄁ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺󠄁訓ニシテ子孫臣民ノ俱ニ遵󠄁守スヘキ所󠄁之ヲ古今ニ通󠄁シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕󠄁爾臣民ト俱ニ拳󠄁々服󠄁膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶󠄂󠄁

明治二十三年十月三十日
御名御璽

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【読み方】

 朕(皇帝だけが使える第一人称)が思うには、我が祖先や始祖が国をはじめたのははるか昔で徳政を敷いてきた。我が臣民(官僚と庶民)はよく忠義と孝行にはげんで全員心を一にし、代々その美風を維持したことは日本の国体そのもので、教育の基礎はそこある。

 

 おまえら臣民は、父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、友達は信じ合い、つつしみを持ちながら博愛精神で大衆に接し、学と業に習熟、知能を高めて徳を成し遂げ、公益を広げるようにつとめ、憲法や法律に従え

 

 「一旦緩󠄁󠄁アレハ」以下の読み方は省略。下記解説を参考。

 

 【解説】①「朕」とか「臣民」という身分制が前提である。

開闢以来の美風を「忠」と「孝」で集約し、それが「国体」で「敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス」を主目的にしている。なお、「美風」は、日本書紀をはじめ、各代の国書・史書を見てもそれが終始続いているとは言いにくく、「国体」の言葉もこの頃から強調され始めた。

 

③「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ」以下の徳目はあくまでも付け足し。

④「國憲ヲ重シ國法ニ遵󠄁ヒ」の「國憲」は、主権者国民が決めるものではなく、「欽定憲法」で天皇から下賜されたという建前をとっている。その上諭(前文)には、「現在及将来ノ臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フヘシ」とある。また、司法権も「天皇ノ名ニ於テ」執行されることになっており、現行の主権在民や民主主義とは全く違う。

 

「一旦緩󠄁󠄁アレハ義勇󠄁󠄁ニ奉シ」以下は、緊急時には天皇と国のために義勇をもって奉公せよで、いわば結論部分に当たる。これは、後の「軍人勅諭」につながり、学校教育でも、当然この部分が教導の中心だった。

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2017年3月 8日 (水)

軍事研究とミサイル防衛

タイトルの二つはこれまでも当塾で何度か取り上げているが、本日付け毎日新聞は、軍事研究に対する学術会議の姿勢の推移をトップに掲げ、昨7日の北朝鮮間ミサイル4発発射に関連した対応などを、各面に展開している。

 

トップ記事は、学術会議が1950年と67年の2回、「絶対」という文言で軍事研究に「従わない」「行わない」という声明を出しいること。それを、今回もそれを継承するとともに、民生技術へのメリットなどを含め、各大学が判断すべきことだとし、そのためのガイドラインづくりが必要、という案を総会に提示する見込みだと報じた。

 

この結論と、北朝鮮などからの日本国向けの弾道ミサイル防衛は当然なされてしかるべきだというのは、塾頭の考えと一致する。ただし、集団的自衛権優先、9条改正を至上命令とする安倍首相下では危なくてしょうがない。

 

発射が見込まれる敵基地への攻撃もそうだ。これが可能かどうかについて、「自衛の範囲」などとの見解が自民党筋に出回っているようだが、そんなことを触れて回るのは愚の骨頂。

 

「その能力がある」ということを、敵方に知られているだけで十分なのだ。日本自ら国土防衛に強い決意があることを知ってもらえば、それが最大の抑止力になる。核でも日米同盟でもない。憲法9条である。

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2017年2月15日 (水)

電通のお粗末な売り物

報道によると、広告最大手の電通は14日、新入社員の過労自殺問題を受け、3人で構成する「労働環境改革に関する独立監督委員会」を28日付で設置すると発表、外部有識者に検証してもらうという。

  うん、なるほどなるほど。この手は舛添前都知事が使ったし安倍首相がよく使う有識者会議とも似ている。電通は、企業の不祥事やコンプライアンスによるイメージダウンをどう回復するか、などの危機管理も営業目的にしている。

 記者会見の仕方とか、委嘱する外部メンバーは誰がいいかなどについて、官公庁や企業などが多く電通を利用し、アドバイスを受けているはずだ。つまり、売り物にする手を自分に使っただけの話。

労働問題については、連合ができる前の労働組合には事前にチェック機能があった。政府は新たな超過勤務時間の法制化を検討しているという。これまでも基準法には例外規定が多く、追加するにしてもその実効性は疑わしい。

 やはり「資本の恣意を監視するという労働組合本来の主旨、憲法上の団結権」などが活かされなければ、同じことを繰り返すだけだ。

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2017年2月 4日 (土)

安倍内閣の天皇政治利用

以下は、13/4/29付の本塾記事(写真)で、その前日開催された政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」について論じたものである。

 

昨日は「主権回復の日」と「屈辱の日」。

 安倍政権主催の式典で天皇退出の際に予定にない「バンザイ」。その天皇の表情の硬いこと。大相撲見物退場の際のにこやかに手を振る姿を見慣れているので、異様にうつった。(TBS・TVより)

 NHKのTVニュースはもっとひどい。首相が式辞を読み上げている間だろうが、口を「へ」の字に曲げたお姿だ。これでは、編集の仕方が悪いと言ってNHK幹部が呼びつけられ、圧力がかかるかもしれない

 

その理由が、毎日新聞の「考 皇室」という連載の昨年1224日「憲法と歩む」の記事でわかった。この日はサンフランシスコ講和条約が発効した日に当たるが、陛下に式典への出席を求める政府側の事前説明に対し、「その当時、沖縄の主権はまだ回復されていません」と指摘されていたのである。

 

この式典に対し、沖縄だけが占領から取り残された「屈辱の日」として記憶されていることをご存知だった。それもあって、陛下は何度も沖縄を訪問され歴史に正面から向き合い「象徴」としての務めを果たされたのである。

 

天皇の口が「への字」になるのはもっともだ。安倍首相は、天皇のお気持ちに反して行動を強制、あきらかに「天皇の政治利用」を図った「歴史上まれな不忠の徒」である。それは現在も進行している。

 

天皇退位の一代限定特別立法なるも、もその一環になりそうだ。

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