憲法

2018年9月24日 (月)

現憲法は国連憲法[改憲論①]

 日本国憲法の第9条改定派は、これに反対する人達について、国連憲章にある「自衛権」が日本にはなくてもいいと考えていると主張します。

国連憲章の原案には、「自衛権」という言葉が最初はなかったのです。それは、個人が他人から暴力を受けようとしたら手をあげて防ごうとするのは当たり前で、国でも同様なことが言える。つまり「自然権」なのだから特段うたう必要はないということでした。

これは、第一次世界大戦が悲惨な結果を招いたことを反省して「不戦条約」が提起され、日本を含む多くの国々がこれを批准しました。しかし、現実は自衛のための戦争はこれに含まれないとか、日本のように「戦争」とは言わず、満州事変とか支那事変といいかえた条約無視が多発しました。

そのため、第一次大戦後の国際連盟に変えて第二次大戦戦勝国を中心に、新たな国際組織に作り直すことになりました。ここでは、ことさら自衛権をうたうことは、戦争防止上有害無益と考えたからです。

これに英国が反発しました。英国には多くの植民地や保護国がありそういったところのために自衛権をうたっておく必要があるというものです。アメリカは原案を通そうとしましたが、折から南北アメリカ各国を網羅した米州機構が成立したばかりで、加盟小国が期待していた「集団的自衛権」も併記するならば、という妥協案でまとまったといういきさつがあります。

したがって憲章は自衛を「まず権利ありき」という表現ではなく、「第7章 平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」の最後、第51条にようやく「自衛権」が現れます。

その内容は、自衛権行使に当たって加盟国がとった措置に関し、直ちに国連に報告するなどの、事務的な手続きを定めるにとどまり、持てる権利を堂々と行使すべきなどとは書いてありません。

今、安倍首相をはじめ改憲派勢力は「アメリカの押し付けた屈辱的な憲法」と言っていますが、GHQから原案を示されたのはその通りです。明治憲法焼き直しのような案を練っていた保守政治家・松本烝治担当大臣の案が外に漏れ、それにGHQが危機感を持ったからです。

国連憲章が成立して間もない頃です。GHQは確かにアメリカが主体ですが形の上では国連軍です。そして国連がアメリカ・ニューヨークに本部があるように、アメリカが国連成立に主導的な役割を果たしました。

そしてアメリカ全体が、世界のリーダーとしての夢を実現させよう意気込んでいた時代ともいえます。また、一方でソ連の勃興も勢いを増し、日本の民主化と安定が講和を前に急務だったともいえるでしょう。

その点、塾頭があえて言うなら日本国憲法は「国連憲法」で、の背景には国連をまとめたアメリカの理想主義があったと思います。それが、前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」に表れたのでしょう。

日本の戦争指導者だった人達には気に入らなかったでしょうが、大多数の国民大衆はこれを歓迎し、議会で多少の修正を加えて成立させたものです。

次回は「自衛隊合憲論」を取り上げたいと思います。

 

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2018年9月 4日 (火)

首相改憲論の自信なさ

 首相は昨3日、自衛隊高級幹部会同で訓示した。内容・要旨は昨日の夕刊に掲載されたが、正確を期すため首相官邸のホームページに掲載されたものを引用した。最初西日本豪雨災害への救援活動を称賛したあとに続ける。

(前略)ソマリア沖・アデン湾にあっても、世界の平和と安全のため、今日も隊員たちが汗を流しています。24時間、365日。国民の命と平和を守るため、極度の緊張感の中、最前線で警戒監視に当たる隊員たちが、この瞬間も日本の広大な海と空を守っています。東シナ海では、北朝鮮に対して国連安保理決議の完全な履行を求めるべく、自衛隊の総力を挙げて、瀬取り防止のための監視を行っています。(中略)

国民のために命をかける。これは全国25万人の自衛隊員一人一人が自分の家族に胸を張るべく気高き仕事であり、自分の子や孫たちにも誇るべき崇高な任務であります。

  幹部諸君。それにもかかわらず、長きにわたる諸君の自衛隊員としての歩みを振り返るとき、時には心無い批判にさらされたこともあったと思います。悔しい思いをしたこともあったかもしれない。自衛隊の最高指揮官、そして同じ時代を生きた政治家として、忸怩(じくじ)たる思いです。

  全ての自衛隊隊員が、強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える。これは、今を生きる政治家の責任であります。私はその責任をしっかり果たしていく決意です。

 後段の結論めいた部分は、首相持論の自衛隊憲法明記を「決意」として披歴したものだろう。

 首相も自衛隊員も現行憲法を尊重し擁護する義務がある。だからそこから逃げるため、「憲法」という言葉は使えない。首相の真意がアンダーラインの部分に隠されており、自衛隊員の「悔しい思い」に責任転嫁するかのような表現になている。

 また、首相の9条1項、2項をそのままにして3項に自衛隊を明記するという持論は、どうひねってみても論理矛盾を避けることができない。

 首相は、自衛隊を「軍隊」にしたい。だから憲法に入れたいのだ。軍隊を持って憲法に規定のない国はたしかにないだろう。しかし、2項には「軍隊」についてはっきり明記してある。「陸空海その他の戦力は、これを保持しない」とあるので、自衛隊が軍隊でないことを認めることになる。

 国民のために命をかける仕事は、警察でも海上保安庁でも消防でもある。瀬取り防止・監視は海上保安庁がやっている。それが憲法に載っていないから「家族に胸を張るべき気高き仕事」ではないとでもいうのだろうか。

 自衛隊員や家族に「心無い批判」などする国民の話など聞いたことがない。自衛隊を違憲的存在とする、共産党や社民党でも政策と個人は別だ。このなあいまいな表現をいくらつなぎあわせても到底論理にはならない。

 首相の自信のなさがここに表れている。

 

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2018年7月27日 (金)

一国平和主義と間接侵略

「一国平和主義」という文言を新聞で目にしたのは久しぶりである。1992年に始まった自衛隊の海外派遣(PKO=国連平和維持活動)に対する消極的な意見に向けて、たびたび使われていた。

その根拠とされるのは憲法前文である。

われわれは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

憲法起案当時は、国連創設の余韻さめやらぬ頃で、戦争放棄の条文との間に大きな矛盾は感じなかった。それが、東西対立の激化にともない「警察予備隊」創設をアメリカから要請され、それが講和条約締結後「保安隊→自衛隊」と名称を変え現在に至る。

当初の目的は、その名のとおり、国内の共産党勢力が目指す武装革命に対抗するのは占領軍ではなく、重装備した日本の警察の役目という考えだ。つまりソ連の「間接侵略」に備えようということだ。

「間接侵略」という言葉もあまり使われなくなったが、「代理戦争」ならいまだにあとを絶たない。つまり、背後にアメリカとかロシアがいてひそかにクーデターを画策したり、一方を軍事的・経済的に支援して、国内戦争が泥沼化するといった形を取る。

こんな場合、自衛隊がその一方に荷担することは、日米安保上の集団的自衛権行使の範囲外で一国平和主義でもない。

北朝鮮に対する安倍首相の姿勢は、トランプの姿勢を見てやや変わってきたが、対話より圧力を先にする考えは、明らかに憲法前文に反している。「日本さえよければそれでいい」という、むしろ一国平和主義に近い。

 

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2018年6月 7日 (木)

組合大量脱退の危険

 「東日本旅客鉄道労働組合」(JR東労組)、前身は「国労」(国有鉄道労働組合)と呼ばれ、日本の労働組合を代表する最大・最強の労働組合であった。毎日新聞夕刊(6/7)によると、4万6870人の組合員のうち、この3か月で約1万5140人が脱退し約3分の1に減ったという。

塾頭には想像できない大変化である。やめた人は、ベア春闘に関連して「ストライキで電車が止まればお客様に迷惑をかける。組合にはついていないけない」というような理由だという。

これが昨今の世情なのかと、愕然とする。国鉄時代は公務員並みにスト権がなかった。それでも、公務員並である前に現場で働く労働者で、憲法に保障された権利があるという意識が強った。そのため、実力行使にはいろんな手を使った。もちろんお客には迷惑がかかる。

しかし、客の方にも弾圧を受けて憲法で保障された労働者の権利が否定されるようなことになれば、もっと困るという考えがあった。

  憲法第28条[勤労者の団結権・団体交渉権その他団体行動権]

勤労者の団結する権利及び手団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

ここには、スト(争議)という文言は入っていない。しかし「その他の団体行動」に含まれるというのが多数意見となっていた。ストの日本語は「同盟罷業」である。つまり団結して仕事をしないということだ。

この権利は、西欧やアメリカの労働者が長年かけて雇用者から闘い取った権利で、民主主義の根幹をなすものである。近代化を取り入れた日本も、戦時体制の弾圧を受けない明治・大正の時代の方が権利意識として普及していた。

現在この権利を封じているのは、北朝鮮や中国などで、ストは西欧の方が活発である。労組を脱退するのは自由意志で勝手である。過重労働で自殺者まで出る日本の環境でその歯止めとなるのは労働組合しかない。わが身を守るのは基準監督署ではない。自分自身である。

それを下支えしているのが憲法28条である。9条同様、日本国憲法は有難さ満載なのである。JRの組合離れは、やがて改憲論者の手にかかり、災難がわが身に降りかかる危険に手を貸す愚行を犯すことになる。このことを知っておいてほしい。

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2018年5月30日 (水)

宮内庁に「忖度」の危険

参考にさせていただいたブログ「dendrodium」に、<秋篠宮ご一家に関する報道機関との申し合わせ>という宮内庁メモが、2008年2月12日付で策定されていたという内容がある。

その要旨は、宮内庁と報道機関相互の話し合いにより、殊に悠仁さまへの「秩序ある」報道体制を確立し、これに反する行為を行った報道機関に対しては、宮内庁は当分の間、便宜供与を行わないというものである。

天皇が退位のお気持ちを表されたのが2016年8月8日で、現皇太子に続いてその弟である秋篠宮、さらにその長男である悠仁さまへと受け継がれる筋道が法的に示されたのは、去年の「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」制定である。それらから見てもずいぶん早い段階から、宮内庁のマスコミ操作が進んでいたわけだ。

前掲ブログの趣旨は、憲法重視、戦争遺跡歴訪などで平和指向に強い影響力を持つ今上天皇の去ったあと、それを受け継ぐ皇太子一家に対する週刊誌などの遠慮無いバッシング報道などから、過去の戦争の時代に縁がない悠仁天皇を早く実現させるため、安倍政権が工作しているのではないかというものである。

憲法改正にのめり込み、朝鮮・中国への強硬威勢や集団的自衛権指向の安倍政権にとって、国民が今上天皇に深い敬意を抱いていることが、首相にとって気がかりになるということは、塾頭もかねがね想像していた。

週刊誌の皇室関連記事などは、広告の見出しを見るだけで深い関心を持たなかった塾頭だが、宮内庁長官が安倍首相の意向を忖度してマスコミ工作をするとなると、反戦塾も警戒しなくてはならない。

以下の宮内庁関係者による内情は、「NEWSポストセブン(2016/10/1)によるものである。

天皇の「お気持ち表明」のあったあと、10月に識/者会議の始まる前に風岡宮内庁長官がなぜか早めの勇退をしたこと、次長だった山本信一郎氏が昇格して、その次長の後任に西村靖彦氏が就いたことは、風岡氏にとつて不本意だったのではないか。

西村氏の前職は内閣危機管理監、つまり直前まで安部首相の手元にいた人物である。侍従次長・高橋美佐男も西村同様警察庁出身で、風岡氏という天皇側近の退任と、安部首相が送り込んだ“監視役”の存在は、陛下の悲願達成の大きな壁になるかも知れない。

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2018年5月 3日 (木)

憲法の日、雑感

自民党の改憲案は、安倍首相の思いつきに始まった、9条の2を新設して「必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として(中略)自衛隊を保持する」となった。これについてのアンケート調査を毎日新聞がしている。

それによると、賛成が27%、反対31%、その差4%で拮抗している。自民党支持者だけを見ると賛成49%、反対16%で賛成が多いものの半数を割っており、公明党は全体の数値に近い。

国民投票の3分の2にはほど遠いようだが、賛否半ばということは、安倍首相の改憲指向に水を掛けることにはならず、そこに向けた強引な世論誘導を図る手がかりを残す。そういった数字だ。

北朝鮮や中国の脅威が利かなくなるということになると、アメリカの押しつけ憲法、占領下で作られた異常な憲法、二度とアメリカに刃向かいできなくする憲法だといい、今こそ自主権法を、ということを強調することになるだろう。

戦中・戦後を生き抜いてきた塾頭は、「戦後レジュームの脱却」と言われただけで人生を無視された気がし、安倍首相とは不倶戴天の敵になる。

戦後国民の大多数は占領政策を歓迎した。言論の自由、人権尊重が手に入り、最低限の食料と共にアメリカ映画、ジャズ、アニメなどもどっと入ってきて平和の日本を謳歌したものだ。

占領政策を好まなかった人もいる。それは戦犯、戦争指導者などパージを受けた人、頑固な右翼など少数で「保守反動」と言われた。

再び戦争できないように、という占領政策ならば、靖国神社の宗教法人化阻止を考えるべきだったと思うがそんな話は聞いたことがない。信教の自由が優先したのだ。

9条の発想は、第一次大戦後の不戦条約締結から第2次大戦前前まで外務大臣として活躍し、戦後の国際連合発足までの経緯を知る幣原首相が、マッカーサーに提案した証拠の文書はすでに示した。

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2018年3月21日 (水)

9条発案とマッカーサー

新聞の切抜きというのは、十数年前からやっていない。見たい物があって箱の中にあるファイルを開いたら占領軍総司令官マッカーサーから日本の憲法調査会会長・高柳賢三にあてた手紙の全文(日本語訳)をコピーした物が出てきた。

その中味については当然承知していたが、全文があることまで気がつかなかった。そのままにしておくと、廃棄処分になるので、電子文書にしておこう――と思った次第。

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ニューヨーク州、ニューヨーク市7
 チヤーチ街90番地、1303室

          1958年12月15日

親愛なる高柳博士

 12月10日付貴信を受けとり、とりあえず次のご質問にお答えいたします。

「幣原首相は、新憲法を起草するときに戦争および武力の保持を禁止する条項をいれるように提案しましたか。それとも、首相は、このような考え方を単に日本の将来の政策の問題として提示し、貴下がこの考えを新憲法に入れるよう日本政府に勧告したのですか。」

戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行ったものです。首相は、わたくしの職業軍人としての経験を考えると、このような条項を憲法に入れることに対してわたくしかどんな態度をとるか不安であったので、憲法に関しておそるおそるわたくしに会見の申込みをしたと言っておられました。わたくしは、首相の提案に驚きましたが、首相にわたくしも心から賛成であると言うと、首相は、明らかに安どの表情を示され、わたくしを感動させました。

   クリスマスをお祝いしつつ

              敬具

      ダグラス・マッカーサー

ハワイ、ホノルル
ヌーアヌ通り1742番地
日本総領事館気付

憲 法 調 査 会
 会長 高 柳 賢 三 殿

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2018年2月 6日 (火)

改憲は「文民」規定で

安倍首相の憲法9条改正理由の説明は、子供だまし、いや子供さえだまされないほど幼稚なものである。

「命をかけて国民の安全、生命を命がけで守る自衛隊が憲法に書いてないのは気の毒である。また、憲法学者のほとんどが自衛隊を違憲というがそれでは自衛隊が違憲の存在ということになる」。

前半については、前にも書いたが命がけで仕事をしてくれるのは、警察・消防、海上保安庁も変わりない。自衛隊だけ特別扱いするならその説明がなくてはならない。

後半も学者の多くがそんなことを言っていない。首相が法制局長官の首をすげ替え、長年続いてきた「集団的自衛権」の解釈を変え、さらに安保法制を強行採決に持ち込んで、違憲の仕事をさせかねない状態にしてしまったから、そういうのだ。

首相の意見を汲むのなら、こうすればいい。

第六十六条
②内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。

昨日「ヘリという日本語」を題にしたが「文民」も「シビリアン」を日本語として造語したものだ。本来は軍人や聖職者以外の一般市民をいうらしいが、シビリアンコントロールを成文化するためにできた。

安倍首相が嫌う翻訳憲法で、軍人がいない日本では定義しようのないのが「文民」だ。ここはぜひ改憲する必要がある。同条に付け加えるなら

 文民とは、自衛隊、警察、消防、海上保安庁等、現役で職階を有する者以外をいう

とでもすれば……。

これで自衛隊が憲法に入る。(*^-^)

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2018年1月31日 (水)

押しつけ憲法再評価

明日から2月である。1946年2月1日は、「毎日新聞」が明治憲法改定のための憲法問題調査委員会が策定した改憲要項の内容をスクープした日として、年表に特記されている。現行憲法が、施行の日として祝祭日となったのは49年5月3日が最初で、それまでに3年以上かかっていた。

折りしも国会で改憲論議がさかん(本当は低調)に行われているが、安倍首相を中心とする改憲促進派は、現行憲法GHQ押しつけ論者で占められている。ところが終戦から始まった当時の世情や世論の動向、現憲法に至る過程を精査する作業は、あまり進んでいない。

冒頭の「改憲要項」が明治憲法をあまり変えたくない守旧派の手で行われ、天皇大権を温存する内容だったことにGHQは驚いた。3日に早くも戦争放棄などの3原則を示し、13日にはGHQ草案を示している。

なぜこのように急いだか、GHQは占領政策に異論を挟むアメリカの強硬派やソ連の介入を封じ込めるためではなかったかと塾頭は考えている。

英首相チャーチルが「鉄のカーテン」演説をしたのは同年3月5日である。日本国民もソ連の影響のらち外にいたあったわけではない。これを放置していては円滑な占領政策に大きな支障を生じる。そういった危機感から、世論の動きも勘案しながら混乱回避の行動に出たのではないか。

国会を始め、日本国民がその案を鵜呑みにしたわけではないことは、すでに種々証明されている。仮にGHQの介入がなかったらどういうことになっただろう。安倍首相たちが、最も恐れる事態になっていたかも知れない。

歴史に「仮に」はない。ただし終戦から、憲法記念日を祝うようになる数年は大事な期間である。2月が、押しつけという「単眼史観」から抜け出すためのきっかけになってほしいものである。

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2017年12月21日 (木)

幻影と化す安倍改憲論

  歴代の総理総裁で大物といわれる人ほど本音本心はあかさない。一見、慎重のように見えて本音があけすけに見えるのが安倍首相だ。マスコミには、それがはっきり見えていても、本人が発言しない限り記事にはできない。

憲法9条の問題である。9条1項・2項をそのままにしておいて、自衛隊を明記するという思いつきである。自民党に具体案作成を促したが、まとまらない。そうだろう、首相の本音は自衛隊の「軍隊化」だから、憲法の中でそれをごまかす術はない。

首相の言い分はこうだ。「憲法学者の7割が自衛隊は憲法違反といっている」。そんなことはない。安保法制など、集団的自衛権の使い方や、海外派遣の条件によっては、違反になるという言説を逆手に取っているだけだ。

また「自衛隊員は命がけで国民の安全を守る仕事をしているのに、憲法に触れられていないと言うのは気の毒だ」ともいう。警察や消防、海上保安庁の職員が国民の安全を守るのは、命がけでないというのだろうか。

自衛隊だけを特別扱いする理由を是非聞きたい。自衛隊を憲法で明文化しておけば、他の法律を作っていつの間にか実質「軍隊化」することができると踏んでいるのだろう。

早く言えば「軍隊」というのは人殺しが仕事である。一般国民と同じ法律の適用では仕事に支障をきたす。そのために、戦前はどれほどの特例・特別扱いされていたか、本塾で過去に取り上げたことがあるので、参考にしていただきたい。

『法的安定性、戦前は?』2015/9/9

  安倍首相には、その心構えや理念がなく、ただ「普通の国になりたい」という幼児性から一歩も抜け切れていないように見える。

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