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2018年9月30日 (日)

玉城デニー氏当選

  メディアの速報によると沖縄県知事選は、玉城デニー氏(58)が当選した。安倍政権にどれほどの打撃を与えるか、確報を見てから分析したい。結果判明は11時ころとされていたのが1時間半も早い。

公明党支持者の離反と支持政党なしの辺野古移転反対が大きかったのではないか。安倍首相がこれをどうかわすのか見守らなければならない。

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2018年9月26日 (水)

貴乃花・新潮45、議論なし

今日話題のニュース、貴乃花と新潮45。メディアを注目していたのだが、双方とも「放り投げたな」という感じ。議論の糸口を提供することなく感情を先に立ててしまったからだ。

貴乃花は、内閣府に提出した相撲協会に対する告発が「根拠なし」とされたことが真実ではなく、それを認めろとする協会と意見が合わないなどを引退の根拠にしているが、真実とする内容や理由については触れていない。

新潮45の方は、杉田水脈議員の性的少数者に生産性がないといった発言を擁護する特集を出したところ、これが猛反発を受けたので反省のため休刊にするというものである。いずれも突発的かつ納得のいく説明がない点で共通している。

杉田発言は本塾20日付で、差別ではなく問題提起の範囲以内なら賛成という記事を書いた。言論機関として休刊にするというのは明らかな任務放棄である。裏に赤字が続いていたという理由があるようだが、自爆行為を美化して見せ、世間を欺こうとするきたないやりかただ。

引き際を大切にするという日本の伝統にも合わない。記者発表という公的な場を利用するなら真相発表が第一で、言い訳がましい感情論はみっともない。マスコミもその点をついてほしい

 

 

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2018年9月16日 (日)

医は仁術

終末期医療 延命中止、意思確認に力点 自民、新法検討
毎日新聞2018916 0630(最終更新 916 0630)

 自民党は、終末期医療のあり方を規定した新法作成の検討に入った。終末期医療を巡っては2012年に超党派の議員連盟が尊厳死法案をまとめているが、本人の意思に反して延命措置が中止されることへの懸念が根強い。同党は、法案を抜本的に見直し、継続的に本人の意思を確認するなど手続きに力点を置いた新たな法案への練り直しに着手。与野党各党の賛同も得て早ければ来年の通常国会への提出を目指す。【酒井雅浩】

古い自著だが『浪士石油を掘る』が来月再刊されることになった。主人公は幕末に、田舎の茶坊主が出奔、江戸で医師・石坂宗哲の弟子となり、自から医師を名乗るとともに尊王攘夷の旗頭として幕府の側から暴れまくる。

勝海舟や山岡鉄舟の知遇を得て、維新の混乱回避に貢献、後に殖産興業の一環石油産業勃興に身をささげる無名浪士の一代記である。

その中に、医師の名がたくさん出てくる。ローマ字を考案し名医の誉れ高いヘボン。大阪で「適塾」を開設、福沢諭吉など多くの人材を育てまた種痘を初めて導入、それらの実績を認められて幕府の奥医師となった緒方洪庵などである。

江戸時代の医師に免許制度があったわけではない。海外文獻に精通し、患者から信頼される人格者であることがなによりの条件だった。

患者も先生と呼び、見立てを疑うようなことはなかった。患者にとっても医師を信頼することが、特効薬的な効果を生み回復すればそれがまた評判となる。

さて、引用の記事だが、医師と患者の関係をことさら法律で決めるのが正しいかどうか。

石坂の評判がよかったのは、貧しい人からは金をとらないなどのほか、患者の気持ちを汲み取るのが早く、その線に沿った措置をとったことだろう。

延命治療で、継続的に本人確認をするなど、確認される方は「早く死ね」と言われているように聞こえないか。

「医は仁術」は、もはや古い格言になりつつあるのだろうか。

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2018年9月 7日 (金)

災害頻発は世界の話題

矢継ぎ早に起きる自然災害、まさに(←安倍首相の口ぐせ)日本の特異現象である。前回は表現のしようがなく『古事記』にある死神対策・桃の話でお茶をにごしたが海外メディアがきっと取り上げるだろうと思っていた。

果たせるかなそれが今日の毎日新聞(東京・朝刊)に載っている。

(前略)

米AP通信は「強い地震が北海道を揺り動かし、土砂崩れも引き起こした」とし、発電所の停止に伴う道内の停電状況も配信。米CNNテレビは「豪雨や台風などで混乱の夏が続く日本をまた自然災害が襲った」と報じた。

訪日観光客が多い中国では、台風21号の被害が連日伝えられていたが、北海道の地震も大きな扱いに。中国国営中央テレビは交通網への影響や大規模停電を繰り返し報道。余震への注意を呼び掛ける専門家の声も伝えた。

韓国紙、東亜日報は日本にいる韓国人旅行客が会員制交流サイト(SNS)に投稿した内容をまとめ「先日は台風、きょうは地震。災害を知らせるメールの内容が(日本語で)読めず泣きそうだった」といった声を取り上げた。

フィリピンで北海道は観光地として人気が高まり、フィリピン航空は10日に新千歳-マニラ間の定期便を就航予定だったが、地震を受けて10月8日に延期した。昨年9月に札幌市を観光で訪れたフィリピン人男性(38)は「美しい自然が印象的だった。一日も早く元の生活に戻ることを祈っている」と話した。

6日付のフランス紙ルモンドは日本の気象庁は気候変動との関連を指摘していると説明。一方で、この問題に対する安倍政権の反応は鈍いとも付け加えた。

 映像はどんなものが使われたが不明だが、厚真町上空の山岳部を広く写した空撮。所かまわず爪でひっかきまわしたような土砂崩れ多発写真は、世界でもこれまで例を見ない光景だろう。

 引用最後のルモンド紙の「安倍政権の反応は鈍い」について、日本政府は自衛隊の急派や大規模停電対策検討指示などをあげて反論するかもしれない。

温暖化対策の世界協調をまとめたパリ協定から脱退したアメリカに対する弱腰を言っているようだが、根はもっと広く、日本人自身も感じていることだろう。

つまり、唯一の原爆被害国が原発ゼロに消極的で、大戦の反省から生まれた平和憲法を復元させようとする健忘症的な鈍さを言っているに違いないと思うのである。

 

 

 

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2018年9月 2日 (日)

国は親分・県は子分

毎日新聞千葉県版に、知事発言録がベタ記事として載る。以下は2日付朝刊から。

◆私たち地方自治体は国が示したガイドラインにのっとってやらなければいけない。国は親分なのでしっかり範を示していただきたい。(同、中央省庁の障害者雇用水増しの調査結果に対する受け止めについて問われて)

知事は元・テレビタレントの森田健作で、すでに3期務めている。国が親分、県は子分、市町村はそのまた子分というような発想のようだ。暴力団組織と混同している。日本国憲法には、「主権の存する日本国民」と書いてあり、知事の表現を借りるならば、大親分は「国民」にほかならない。

大親分にもっとも近くにいるのが市町村会議員。自治体の長の中で中央政界の子分だと思っている人がほかにいるだろうか。

なんともお粗末な知事だが、言動のお粗末さは親分を見ならっているとしか思えないのだが。

月末には、沖縄県知事選がある。こんな親分・子分を作りだした大親分もそろそろ気が付いてほしい。

 

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2018年8月25日 (土)

首都圏大学東京?

 うかつといえばうかつ。都立大学を首都圏大学東京に石原慎太郎元知事が改名したことを知らなかった。知名度が低く学生の要望もあってもとに戻すそうだ。東急東横線の駅名は「都立大学」のまま。変えないでよかった。

 もともとは旧制の「都立高校」で出発、隣の駅が学芸大学でその先に自由が丘、田園調布とアカデミックな駅名が続く。

 塾頭は長い間この線を使って通勤し、都立大学が都内唯一の夜間部がある公立大学なので受験しようかと思ったこともあったし、後に最寄りの目黒区清水町に住んだこともある。

 線は違うが、東京工業大学も同区にあった。同じ仕事に携わった仲間に同大・助教授がいる。助教授という名称がいつのまにか准教授に変わっていた。どうやら文部省の仕業らしい。

 両方の言葉を比べると、慣れもあるが助教授の方が語感がいい。若いから教授を助けやがて教授になるという感じになる。准教授では教授に準ずるがそれより低い地位で発展性に欠ける。

 准看護婦という地位があるが、患者から見ればどちらも「看護婦さん」だ。なれた言葉をことさらいじくりまわすのが役人の仕事ではない。文書改ざんなどにかまけずにもっとまっとうな仕事をしてほしい。

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2018年8月24日 (金)

スマホで死亡事故

スマホを見ながらの自転車運転で、ついに死亡者が出た(読売新聞)。当地は道が狭いうえに坂が多い。坂道でとっさの場合片手で急ブレーキかけると、とんでもない事故を引き起こすことを知っている。

近くの高校は自転車通学が多く、おそらく70%が「ながら運転だ」。最初のころは「危ないよ」と注意していた。たいていは「はい」とすなおな返事をしてくれたが、最近はあまり数が多く当たり前のようになってしまったので、馬鹿らしくなりやめてしまった。

マナーの徹底、条例の制定なと、予算がなくてもすぐにできる役所仕事があるはずだ。

【8月27日追記】スマホ見ながらの自転車運転で死亡事故が初めて出たような書き方をしてしまったが、すでに判決まで出た事件がある。

08月27日 15時27分 読売新聞                         

 川崎市麻生区で昨年12月スマートフォンなどを持ちながら電動アシスト自転車を運転し、歩いていた女性(当時77歳)をはねて死亡させたとして、重過失致死罪に問われた同区の当時大学生の女(20)に対し、横浜地裁川崎支部は27日、禁錮2年、執行猶予4年(求刑・禁錮2年)の判決を言い渡した。江見健一裁判長は判決理由で、「自転車の運転が人を死傷させうるものだという自覚を欠き、過失は重大」と述べた。

人目はばからず堂々と交通違反が横行するのが、社会問題化しないのは何故だろう。高校生の先生や親たちも同じようなことをしているからに違いない。 

 

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2018年8月23日 (木)

科学的社会主義

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 普段使っている言葉に「科学」がある。その意味は小学生でも知っていると思われがちだがそうはいかない。念のため『広辞苑』をひいてみた。「①
世界と現象の一部を対象領域とする、経験的に論証できる系統的な合理的認識……」などと延々と続くのだ。

この方がよほど難解で一筋縄というわけにいかない。なぜこんな題を持ってきたかというと、学生のころ「科学的社会主義」というのが、マルクス・レーニン主義、共産主義とはやや異なるレベルで論じられたのを思い出したからただ。

「科学」というと、何となく「理科系」と思われがちだがこれは錯覚で、歴史科学や社会科学などがあり、観念論を排除した論理形態で成り立つ「文科系」の学問だ。

写真は今日の毎日新聞1面のもので、集会は「社会主義2018」という勉強会に全米から約1700人が参加したとある。冒頭に「資本主義の盟主である米国で、社会主義者を自任する若者が増えている。右傾化するトランプ政権。それを止めることができない野党・民主党。怒れる若者らが事態解決の『答え』を社会主義に求めようとしているのだ」とレポート。

これはかつての国際共産主義運動家たちとは違うようだ。新しい「科学的社会主義」の萌芽なら大いに歓迎したい。

日本の政治に、まったく欠けているのが「科学」だからだ。

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2018年8月16日 (木)

反戦塾乗18/08/16

終戦記念日が静かに終わった。「静かに」ということは、戦没者慰霊式典で天皇や首相の式辞にハプニングとなるような変化があれば本塾も取り上げるところだが、それもない。ただ、いつも天皇に寄り添うだけで、肉声を聞く機会の少ない皇后の「お言葉」を、これが最後とすればお聞きしたいような気がした。

全国民の耳目を集めたのは、山口県周防大島町で行方不明になっていた藤本理稀(よしき)ちゃん(2)が無事発見されたことだ。あわせて続報された発見者・大分県出身の尾畠春夫さん(78)がクローズアップされている。

大勢の警察隊。消防隊、地元の関係者、警察犬・ドーロンまで動員し、3日間も探したが見つからない。母親ではないが「見つかったときは死体」という悪い予感すらした。

尾畠さんは鮮魚店の主人だったが65歳の時廃業、「多くの人にお世話になってここまでやってこれた。これからの人生は恩返しのためにつくしたい」として徒歩で全国行脚をしたり、東日本大震災や西日本大水害でもポランティアで救援に参加したそうだ。

これまでの経験から、動植物の習性や地形の観察による勘に鋭く、幼児の探索をしたこともある。幼児は知らない道をより高い方に行きがちという勘も働いた。発見できた理稀ちゃんは、しっかりタオルにくるんで直接祖父に手渡した。

毎日のように書き綴っている日本の政治・社会に明るさがなく、公徳心や情が軽視される中で、一条の光の差し込むのを見た思いだ。

こういった人こそ「国民栄誉賞」ものだと思う。反対給付を一切受け付けないこの人は多分受けないだろう。だとしても、マスコミからそういった声がでてこないことはなぜだろう。

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2018年8月11日 (土)

「差別」

本塾は「差別」を戦争の起因のひとつにあげているのでいうまでもなく「差別反対」である。しかし、最近はいろいろな差別が取り上げられるので整理しかねているのが本音である。

今日の新聞に出ていたのは、名古屋の河村市長と小池東京都知事にまつわる話である。名古屋は、名古屋城に身障者などが車椅子で天守閣などへ行けるようエレベーターを設置するかどうかの問題。

河村市長は歴史的建造物の現状変更がその価値を減ずるということで絶対反対。一方促進派は障害者への差別があってはいけないとする。河村市長はリフト、スロープなどの妥協案も排するという考えだ。

都知事の場合は、9月1日の震災記念日に朝鮮人虐殺犠牲者の慰霊に関し、一昨年まで恒例となっていたメッセージを発していたのに去年からそれを廃止したというもので、主催者側は復活の署名運動をしているという。

都側は、震災の犠牲者には一括したメッセージを発しているので、特定の個々のケースとしては取り上げない、という。本音はそうではないだろう。朝鮮人差別から起きた事件をそういつまでも蒸し返すのは反対というのに違いない。

以上の2件、性格は違うが、両知事の考えも理解できないわけではない。差別はすべて「悪」とする風潮は考え物だ。最近は医大の入試採点操作や同姓結婚など、性に関する差別問題があふれている。

この問題もわからない事が多いが、日本国憲法に反するような差別は許されない。だが、性の区別そのものを否定するようなことをすべて「差別」とするのは、明らかに行き過ぎだろう。

欧米のレディーファースト、イスラムの風習いずれも差別になる。これは文化であって差別ではない。どこかに折り合いをつけるべきで、文化や価値観を無視して「差別」にのみに焦点を合わせることの愚を知るべきだ。

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