ウェブログ・ココログ関連

2017年1月11日 (水)

パソコン乗り換え

 本日、使用中のパソコンを別メーカーのウインドウズ10搭載の新機に乗り換えます。引っ越しなどの理由で更新が遅れるかも知れません。

 あらかじめご了承ください。m(_ _)m

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年4月12日 (日)

ブログ開設10年目

 今日12日で、ブログを始めてから10年目になる。去年の暮頃、「来年は戦後70年、このブログも10年」で、その日が来たら10年を振り返って何を書こうかなどと思っていた。

 ――どうも気が進まない。10年「反戦」の旗を掲げながら、事態は改善どころか、猛スピードで悪化している。祝ったり記念したりすることなどあろうはずがない。しかし、塾頭は楽観主義者である。塾頭が生まれた頃よりはましではないかと。

 なぜならば、主権在民の平和憲法がまだ生きている。右翼が自衛隊にクーデターを起こさせるような機運も力もない。天皇・皇后は、周りも驚くほど「反戦」行脚に精をだす。国民も過半数は9条改憲に反対だ。

 このところ書き続けているように、世界は何十年に一度あるかないかの大転換を遂げる足音がする。「年寄りに先のこと何がわかるか――」。70年、80年。激動する世界や社会をこの目で見てきたからわかるのだ。

 あと10年のうちに「反戦塾」を改題しなければならない日が来る。それを信じて小鳥のようにこれからもさえずり続けよう。――これだけしかない。

 あっそうだ!。地方選の投票日だった。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2014年2月 6日 (木)

アブハジア

 このブログ・ココログでは、これまでのアクセス解析を大幅に改訂するので、必要なデータは今のうちとっておくように、という予告があった。そこで「訪問者が利用しているプラウザの言語設定」という項目がなくなりそうなので、プリントしておくことにした。

 それによると、日本語が当然トップで83.3%、次いで英語の15.5%だが、この中にはグーグルやmsのロボット・ツールが大量に含まれているので割り引かなくてはならない。

 次にコンマ以下で、中国語、朝鮮語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語が続き、最後に17347件中1件のインドネシア語とカタロニア語がある。その上に[ab]Abkhazian 2件というのがあり「なんだろう、これは」と思った。

 ありました。新聞に(02/06毎日・東京)。

Dscf4099_2  なんと、国境までソチからわずか5㌔。元小結の黒海、現在大活躍中の栃ノ心、臥牙丸の出身国グルジアから独立してわずか10年そこそこ。承認した国はロシアほか数か国にとどまるという。

 激しい内戦もあったので関心はあったが、国名は全くなじみがなかった。人口は20万ほどというが、冬季オリンピックをソチに決めたプーチンの意図が見えるような気もする。今後何かあったらものすごく関心を持つ地域になるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2013年3月 6日 (水)

旧ブログの復刻(お知らせ)

 塾頭がブログを始めたのは2005年4月で、名称は「反戦老年委員会」でした。その後、2007年9月にプロバイダーを変更し、「反戦塾」として再出発の上、現在に至っております。

 前ブログは、最初取り上げたテーマが「反日デモ」で、小泉首相の靖国参拝に議論が高まり、郵政民営化抜き打ち解散などが話題になった年から始まっています。

 小泉チルドレンが大勢当選し、現首相・安倍晋三が官房長官になりました。自民党第一次改憲案が発表され、現在はあたかもその時代にひきもどされたような感じです。

 現在、そのブログをネットで見ることはできませんので、当塾に古い日付を入れた「復刻版」として掲載することにしました。ただ、リンクの無効やカテゴリの不適合等、そのままというわけにいきません。

 したがって、コメント、トラックバック、画像などをカット、少しずつ再編集しながら掲載しております。現在2005年10月まで進みました。右サイドバーの「バックナンバー」という字をクリックし、現れた最初の月別ファイルで見ていただくことができます。

 利用方法や、記事ご案内等は、復刻が完了した後、改めて掲載したいと思っています。以上、併せてご閲読願えれば幸甚に存じます。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2010年4月11日 (日)

5周年

 ブログを始めてから明日で満5年になる。よく続いたといえば続いたものである。もっとも最初のタイトルは「反戦老年委員会」で、途中「反戦塾」と名を変え、プロバイダーもOCNからNiftyに移した。このため最初のものは、一部転載したもの以外ブログとして残っていない。

 この間、約1560編のエントリーを掲げた。始めてからしばらくの間は書いたものを覚えていたが、こう多いと覚えきれない。同じ主旨のことを反復して載せることもあるだろう。普通、文章を綴る際には重複を避けるものだが、読む立場からみてその方が印象に残り、必ずしも悪いとはいいきれない。

 そう割り切って、日々題材を求め、だらだらとこれからも続けていこうと思う。それがブログだといえばそれまでだが、「反戦」と名を冠したからには、目的意識がないというとうそになる。そうなると、目的を果たしたところで「終わり」にしなければならない。

 上記の題名変更にはその意味合いもあった。2001年1月、アメリカはブッシュ・J大統領が発足し4月には小泉純一郎首相という組み合わせになる。そして9.11同時多発テロ、21世紀は不毛の戦争で明けた。2003年にはイラク戦争、そして自衛隊派兵が続き、首相による戦争顕彰の靖国神社参拝、アメリカ要人からの改憲圧力、そういった中で戦争不感症化が進められた。

 「これは危ない」と発言の場を求めた05年4月12日、ブログ誕生の日である。小泉首相の強引な手法、選挙戦術には、ヒトラーの『我が闘争』を例にあげて攻撃し、その後を受けた改憲指向の安倍内閣の一刻も早い退陣を望む記事を書き続けた。まさに「反戦老年委員会」の気概である。なお余談ながら、ベトナム戦争当時の「反戦青年委員会」から借りてきた命名ではあるが、本人はその組織に関係したことが一度もない。

 07年9月、7月の参院選で自民党は大敗し、自公は議員の過半数を維持できなくなった。閣僚などの不祥事が相次いだ安倍首相は、自信の健康維持もおぼつかなく、突如内閣を投げだした。あとを受けた福田康夫首相は、目立たないようにだが、小泉・安倍路線の修正をはかるはずだと見た。

 改憲ムードの潮は明らかに遠のいた。中国・アジアとの関係改善も進むだろう。ここで「委員会」は目的を見失ったような気がしたので解散宣言をし、「塾」に衣替えをした。委員会や塾といっても自分一人である。「委員会」の臨戦態勢を解き、「塾」という日常の中で、ある時は「塾頭」あるときは手習いにはげむ「塾生」に立ち位置を変えてみた。

 ただ「反戦」は、本人が満州事変、上海事件勃発の時期に生を受け、成人するまで戦争・占領下ですごした原体験を背負っている。これはすでに名字のようなものだ。さて「塾」にしてから2年半が過ぎた。その間に麻生内閣は舵取りに失敗し、惨めな崩壊を余儀なくされた。

 そして民主党への「政権交替」。当ブログは、鳩山首相の「友愛」が欧州共同体の生みの親ともされるカレルギー伯の著書に基ずくことを知り、その発想を高く評価した。というのは、EUは知っていてもその動機が反戦・平和にあったことを知る人がすくなく、以前からカテゴリを設け、紹介に努めてきたからである。

 ところが、直近のエントリーで見るようにその期待をどこまで引っぱられるか、はなはだ疑問が大きくなってきた。オバマへの歓迎ムードも今や昔である。こうして見ると、5年間の変転はめまぐるしく、かつ非常に大きい。この先どのような展開が見られるのか、「塾」に勉強の種はつきそうにない。

  2010_04100001_2 この5年間の中で1度遭遇した特異現象に「炎上」がある。それを写真データとして残しておく。これは、チベットの反乱事件に反応しなかった平和勢力ということで、2チャンネルなどがリストアップしたことによる。

 同時に膨大なネットウヨによる非難中傷の書き込みがあったが、ウソを書いた1件をカットしたほかは反応せずにそのまま残しておいた。書き込みは、当ブログの過去記事を読んだことがなく、団体と勘違いしているものがほとんどで、それらの生態を知る上で大いに参考になった。それ以来、アクセス常連になった右派系の方が増えたのは確かなようである。当ブログにとって決してマイナスではない。

 さて6年目、諸兄姉の変わらぬご支援におすがりし、スタートを切りたい。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2007年11月26日 (月)

お詫び

 トラックバックをメールで知らせるシステムが働かず、32本ものTBの認証が遅れました。公開の遅滞をおわびします。 ましま

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月27日 (木)

反戦老年委員会解散宣言

 やや過激なタイトルですが、本月末をもって「反戦老年委員会」のエントリーをやめ、10月1日からは新たなプロバイダーサービスで「反戦塾」と名付けたブログを開始したいと思っています。理由は、

 2005年4月10日に、中国の反日デモを題材にした記事がわが委員会による最初の記事で、以来、中国・朝鮮と日本がかかわる原始・古代から満州事変に至るまでの歴史の概観、戦中・戦後の体験記、現在の国内外の政治情勢などを中心に、これまで782本のエントリーを上げてきました。

 この間、小泉首相の靖国参拝強行、郵政解散による自民党圧勝、東京都知事選で石原慎太郎氏の当選など右傾化、ファッショ化の傾向が進行し、安倍氏に引き継がれてからも、教育基本法をはじめ戦前回帰を目指すような法案が続出して、ついには参院選の争点として軍隊を認める憲法改正まで持ち出すようになりました。

 しかし、参院選で安倍自民党が惨敗し、参院で与野党が逆転してから様子が変わってきました。政権にしがみついていた安倍首相は、想像されるどんなケースよりひどいみじめな形で政権を投げだしました。集団的自衛権に息を吹き込もうとした私的懇談会をはじめ、安倍カラーを支えるとりまき組織は空中分解、福田内閣成立によりもはや再起不能でしょう。

 「反戦老年委員会」という名は、やはり攻撃対象のある、キャンペーンであってしかるべきです。いつの時点かで終了しなければなりません。親中勢力が多くハト派といわれる福田氏の内閣が成立し、施政方針演説(中身は期待してませんが)が行われる日を機会に切り替え(バックナンバーのため10月中は利用可能)たいと思います。

 「反戦塾」は、新たなトレンドに沿ってより自由でひろがりのあるものにするつもりです。しかし、やってみなければわかりません。単に題名を変えただけになるかも知れません。いずれにしても、これまで続けてこられたのは、コメントやトラックバックを頂いた多くの方々のご支持のたまものです。ここに深くお礼申し上げます。

 というのは、安倍辞任と同じく表向きの理由で、最近TBがかけにくくなった(特にこのブログを育てていただいた有力ブログが多い「FC2」は完全不通)、スパムの急増で処理に手間取る、サービスが有料で、わずかな金額でも惜しい、など裏の真相もあるようです。(旧ブログより転載

| | コメント (2) | トラックバック (10)