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2020年5月 5日 (火)

林羅山の三男

 祝日が憲法記念日、みどりの日、こどもの日、と続いた。例年と違って手足をしばられ、何もできない記念日だ。

 立憲民主党の安住淳国対委員長は4日、安倍晋三首相が新型コロナウイルス感染拡大を受け、憲法への緊急事態条項創設を国会で議論するよう求めたことに対し、「コロナ問題と闘っている最中に制度論や憲法改正にすり替えるのはおかしい。そうした議論にはくみしない」と反発した。

 これに共産党も同調する。気持ちはわかるが、安倍首相の狙いをあぶりだすため、憲法記念日の存在を高度に活用するのが政治家のつとめである。そこから逃げようとしているかぎり、立民党の支持率低下に歯止めがかからないだろう。

 江戸徳川幕府の時代には憲法はない。それにかわるべきバックボーンをなしたのが、儒教を柱とする林羅山で有名な昌平黌の存在だった。

 林羅山は幕府の御用学者との批判もあるが、戦国時代を脱し250年にわたる独特の文化を保ち続けたのは、三男である林鵞峰の功績である。

 彼が亡くなったのは、綱吉に代替わりした年、1680年の5月5日、今日がその命日である。彼の博識ぶりは父におとるものでなく、弘文院学士号を与えられ、訴訟関係・幕府外交の機密にもあずかった。

 日本史に通じ、父羅山とともに『日本王代一覧』、『本朝通鑑』(『本朝編年録』)、『寛永諸家系図伝』など、幕府の初期における編纂事業を主導し、近世の歴史学に大きな影響を与えた。

 多方面な関心をいだいて博学広才ぶりを発揮した父羅山にくらべ、鵞峯は、『本朝通鑑』や『日本王代一覧』などにおいて「日本」の国柄がどのようなものであったかを追究し、幕府政治の正統性や妥当性がどうあればいいかについて、その支配イデオロギー形成の端緒を開いたとも評される。

 寛永20年(1643年)の著書『日本国事跡考』のなかで松島、天橋立、嚴島をあげ、これを日本の「三處奇觀」と称して、日本文明の中に位置付けた。2006年(平成16年)、林鵞峰の誕生日にちなみ、721日を「日本三景の日」に制定している。

 徳川時代を概観するうえで、鵞峰は羅山をこえるものがあるようだが、塾頭には、これからの宿題にしておく。

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