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2020年3月31日 (火)

明治維新と植民地化決議

 「尊王攘夷イコール明治維新」という狭い視野しか持たない風潮がはびこる中で、勝海舟の語りを『新訂・海舟座談』から取り出して批判を試みたのが、前回の記事である。その引用文に続く1か所をつけたしておく。ペルー来航から話は始まる。

 初めて軍官が来たのを見にいったよ。十八[三十一歳?]の時でネ。今の壮士サ。六,七人連れていったよ。その時は、大変な騒ぎサ。ポータハン、ミスシッピーの二艦と、そのほかは帆前船サ。あれは、米国へ行った時によく調べたが、第一世ナポレオンがヘレナ嶋に流されてから一七年目に、欧米各国の公使が寄って、相談をしたのサ。段々食えなくなるので、東洋の方に貿易を開こうということに決議になって、英仏が先ずやって来た。この頃は、シナ、インドが目あてサ。すると林則徐という攘夷家がおって、亜片の騒ぎから戦争が起って、かれこれしているうちに、アメリカは、後尾であったが、あちらからずッと日本へ来たので、先が後になり、後尾が先になったのサ。

 欧米による東洋侵略決議という話は、初めて知った。第一次大戦をチャンス到来と見て、その一回り遅れで実行に移したのが日本である。

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