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2020年1月 5日 (日)

手先、小手先

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 泥棒の手先、小手先の芸、いずれもあまりいい意味で使われない。本来は手の先のことで悪いイメージとは無関係だ。

手先が器用と言えばいい言葉なのに、器用貧乏というマイナス熟語にも結びつきやすい。

 上の図は、千葉県に古くからある伝統技能「上総掘り」の仕掛けである。竹の弾力性を生かした竹ひごつくりは、特に丹念な手先作業が必要である。

 上総掘りによる掘削作業は、昭和20年代まで目にすることができた。新潟県などで、機械掘りが普及する前まで石油鉱脈探索にもっぱらこれが使われ、また、全国的に自噴井戸の水脈をあてることにも使われた。

 弾力のある竹材を細かく裂いて棒状にし、先端に銛をつける。さらにロープで地上に設置した櫓まで上げその先に、はね木と称するポンプの腕に当たる竹材や竹ひご等を巻き取る滑車などがあり、傘状に分けた紐を、数人が引っ張っては落とすという仕掛けだ。

 私が目にしたのは、紐を引っ張る作業は、ちょうど茶摘みをするような紺色のかすりに赤いたすきの女性がしていた。掛け声に代えて歌をうたっていたように記憶している。

 さて、説明が長くなったが、この竹材を製作する作業は、日本人の手先の器用さによって編み出された。

 2006年、国の重要無形民俗文化財に指定された千葉県上総地域発祥の深井戸掘り工法「上総掘りの技術」である。

 この技術は、戦後、水不足になやむ東南アジアの山間部などに輸出され、地元から大きな感謝で迎えられた。

 今ではアジア各地のほか、アフリカなどでも資金不足から水を得られない所で活用されている。

 日本人の手先の器用さ、これは日本料理も外国人から評価を得ている特技に入る。

 無資源国・日本は、手先の器用さにもっと注目すべきだ、という意味である。

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