« イランの二転三転 | トップページ | 小正月&小春日和 »

2020年1月13日 (月)

決戦戦争と持久戦争

 石原莞爾の『最終戦争論』という本がある。その冒頭に「決戦戦争と持久戦争」という対比を掲げている。この最初の論文は19409月に発表されており、ちょうど近衛文麿による新体制運動が推進され、日独伊三国同盟へと進んだ時期に当たる。

 この右翼論客は、この時点で日米決戦を必至のものとして予言していた。決戦戦争と持久戦争の違いは日本の古代史のうえでも歴然としており、戦士の構成、戦法・戦略など根本的な違いがあることを指摘している。

 決戦戦争の前提には、国民皆兵、徴兵制度、国家総動員といった体制が必要で、持久戦争が多くは雇い兵による守備が主となり、集団的総攻撃には機関銃が有力な武器であるとする。

 石原は続けて「(前略)戦争がなくなり人類の前史が終えるまで、即ち最終戦争の時代は二十年見当(1960年とすれば岸信介による新安保条約可決の年)であろう」とする。

 石原の預言は、原爆投下や、冷戦まで見越すことができなかった。その後もいくつか戦争があったが、決戦戦争と持久戦争に区別すると、ほとんどは持久戦争に当たるのではないか。

 今にも戦争になるのではないか、とされている国は、イランとアメリカ、北朝鮮とアメリカである。

 それぞれの国のトップは、「戦争を望まない」と繰り返している。アメリカの徴兵制度は撤廃されており、中東へ派兵し続ける論拠も弱くなっている。

 イランの反政府デモを見ると、戦争を控えている国には見えず、どこに対立軸があるのかあいまいになってきた。

 持久戦争が続くとしても、決戦戦争、つまり第2次大戦後75年、決戦戦争が消滅したとしてもいいような気がする。

 持久戦争だからいいとは言えない。特にアメリカは、紛争介入を口実に、どれだけの人命を損ない、国を分裂させ、避難民や生活困窮者を生んできたかを、深刻に反省すべき時だ。

|

« イランの二転三転 | トップページ | 小正月&小春日和 »

戦争とは」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« イランの二転三転 | トップページ | 小正月&小春日和 »