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2019年11月21日 (木)

奈良県最古の水田跡

 奈良県立橿原考古学研究所(橿考研)は20日、弥生時代前期(2500~2400年前)の水田跡が見つかっていた奈良県御所(ごせ)市の中西遺跡と周辺で、確認された水田跡が約4・3ヘクタールに上ったと発表した。同時期の水田の広さとしては全国最大規模で、10ヘクタールを超えた可能性も考えられるという。稲作が日本に伝わって間もない頃に既に大規模水田があったことが示された。(毎日新聞・11/21、後略)

 この記事を見て、「日本神話は史実だった。神武天皇の橿原即位を祝った大戦前年の国家行事、皇紀2600年の証拠になる」などという人が出てくるのではないかと思った。

 考古学と歴史はそんなに簡単に結びつかないが、こんな昔に大規模の水耕稲作が奈良県の山間部にあったとすれば、やはり驚きである。

 これまで水田跡といえば、静岡県の登呂遺跡、奈良県の唐子鍵遺跡、佐賀県の菜畑遺跡などが有名だが古さでは、2950年ほど前とされる菜畠が、今回発見の遺跡より数百年ほどさかのぼる。

 水田は、畑作と違って場所を選ばず栽培することはできない。安定的な水源を確保し、そこから区切られた多くの田へ安定的に水を供給するという大工事が必要で、それを集約する「権威」を持つ、「くに」が構成されていなければならない。

 それを、現・皇族の先祖とするのは、ほかに科学的根拠がなく、飛躍しすぎているので採用されることはないだろう。

 考古学と歴史が比較検討できるのは、傍証豊富になる古墳時代以降である。

 今回発見された場所は、飛鳥時代まで権勢を誇った蘇我氏の本拠・葛城に近く、渡来系氏族に関係があるかも知れない。

 これを見て反日種族主義者が喜んではいけない。渡来者は倭人か漢民族か扶余族か定かではない。水耕田を作る技術と組織力が備わった人が縄文末期にここにいた、ということだけである。

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