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2019年10月 4日 (金)

労組不在

 前々回、コンプライアンスという、昔はやった言葉がテレビでいきなり飛び出してきたのに驚き、新聞にはあまり出てこないと書いたのが、今日の新聞では各面いたるところに出てくるようになった。

 最近は、半世紀前から見ると明らかに退歩ではないかと思うことが多々ある。

 関電の例から見て、企業内部が「糜爛」といっていいほど不正が蔓延していても、幹部はそう感じていないということがある。

 コンプライアンス委員会出現の前、企業経営の監視役を果たしていたのが、総会屋と労働組合だった。総会屋は、暴力団と同列に見なされて駆逐されてしまった。

 労働組合は、企業収益第一とする企業に協力する文字通りの御用組合が幅を利かすようになった。

 労働三法は、憲法を除くと民法・商法と同列に置かれ、大学でも必修科目として講義されたものだ。労働組合の団体交渉は賃金交渉のほかに、名称はさまざまだが、厚生関連案件を取り上げる「労働委員会」と「生産委員会」が定期的に開かれるようになった。生産委員会は、コンプライアンス委員会と似た機能もあり、それなりの緊張感があった。

 今の電力・原発関連の労働組合は、原発再開についても野党の反対意見をけん制する立場で陰に陽に圧力をかける存在になっている。

 経営側が戦々恐々とする相手ではなくなったのだ。自由・民主社会にとって、明らかな退歩と言わなくてはならない。

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