« 市長お気に入りの電気自動車 | トップページ | 台風15号 »

2019年9月 7日 (土)

ご飯の炊き方

 家電の宣伝で季節に関係なく多いのが電気釜である。機能はますます高度化しているらしい。そこで恒例の昔語り。

「隣組」という戦時歌謡があった。その二番

♪とん とん とんからりと 隣組

あれこれ面倒 味噌・醤油

ご飯の炊(た)き方 垣根越し

教えられたり教えたり

 どこの家にもふちのついた鉄製のお釜があり、重たい木のふたが乗っていた。

 昭和19年には、中学の正規授業がなくなり勤労動員と体操か教練。教室は陸軍の軍用物資保管倉庫になった。戦後、持ち主がなくなった物資の中から飯盒を持ち出し先生の主導で自炊遠足。ご飯の炊き方を体験する。

 帰校すると先生が飯盒の回収を命じたが、生徒は猛烈に抗議、ついに家へのおみやげにした。先生や職員が衣料や靴などを少しづつ横領していたことを知っており、これも民主主義的行動初体験だ。以上は、余談。

最初チョロチョロ 中ぱっぱ
子供泣くとも ふた取るな

 この火加減がご飯の炊き方に必須のコツである。

|

« 市長お気に入りの電気自動車 | トップページ | 台風15号 »

戦中・戦後」カテゴリの記事

コメント

もみ殻で炊くご飯、聞いただけでおいしそうですね、それに自家製の樽づけの漬物。
「さんまは目黒に限る」といった殿様の気持ち、わかりますね。家に持って帰った飯盒、母はおかゆ製造に使っていました

投稿: ましま | 2019年9月 8日 (日) 20時59分

ちなみに、我が家は私が小学生のころまでもみ殻でご飯を炊いていましたので「羽釜」は常識でした。

投稿: 玉井人ひろた | 2019年9月 8日 (日) 18時30分

幼いころ、飯盒というのはちょっとした憧れでした。
キャンプやハイキングというのは都会のイメージがあったからです。

そしてその歌、「格子を開ければ顔なじみ・・」というところも、隣が遠いというか前には人家が無かった私には都会的に感じました。

投稿: 玉井人ひろた | 2019年9月 8日 (日) 18時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 市長お気に入りの電気自動車 | トップページ | 台風15号 »