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2019年8月 3日 (土)

昭和と平成、そして天皇制

 左翼陣営の一部から、令和改元に前後して、リベラルが天皇制批判に背を向けている、という怨嗟の声が挙がっている。本塾もそのうちに入るのだろう。

 そこで、その3代を生きてきた塾頭はこう解説する。

 まず昭和天皇。彼の戦争責任はどう見ても覆いようがない。ただ、ポツダム宣言受諾は、御前会議で彼の決断が決め手になったこと、そして自らそれを告げる玉音放送のマイクの前に立ったこと。

 これがなければ、国民は日本が滅亡するまで戦った可能性を否定できない。さらに、天皇の退位など我が身を捨てる覚悟もあった。しかしGHQは、日本軍がものの見事に銃を捨て、無傷で占領に成功した功績を高く買い、占領政策を成功させる上での利用価値を認めた。

 新憲法かを旧憲法の改定という形で起草され、象徴天皇という位置づけが決まったのである。あとは、その地位をどう根付かせるかに腐心していたと見られる。

 崩御のあとを嗣いだ現上皇は、塾頭とほぼ同年代である。終戦時はいずれも疎開先にあって10代前半の年頃である。機銃掃射や爆撃を直接受けなくてもΒ29の姿は、目にしていてもおかしくない。

 米軍の上陸点は九十九里になるのか鹿島灘になるのかなど噂されていた頃だ。ここまで攻めてきたら戦って死ぬのか、皇太子は別の疎開先に移るのか、皇嗣維持のために、親との再会断念を迫られていたはずだ。

 しかし昭和天皇は、象徴天皇制の元で日本の伝統の優れた点を維持発展させる任務を負ったのだ。その意を受け、どうそれにどう専念するかが現上皇の人生となった。

 天皇制廃止もいいが、それに代わるべきアイデンティティーをどこに求めるか。万世一系や神国日本などの妄想を捨て、キリスト教でもイスラムでもない姿を象徴に求めていくしかないのではないか。

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コメント

徴用工問題は最高裁判決で三権分立のもと動かせないという文大統領発言は矛盾ですね。そういったことが平気で通ってしまう便利な憲法なのです。

投稿: ましま | 2019年8月 6日 (火) 08時10分

変換ミスしました

濃く身に>ではなく「国民に」でした。訂正を願います
<(_ _)>

投稿: 玉井人ひろた | 2019年8月 4日 (日) 08時00分

日本の三権の長は天皇が任命する形をとっていますし、アメリカ大統領は就任すると聖書に手を置き宣誓をしますので、宣誓相手は国民と聖書(神)なのでしょうかね。

韓国大統領は濃く身に対し宣誓することが義務となっているようですね

ちょっと調べたら、韓国大統領は立法と司法にも影響を与える権利が憲法(第53条、第104条)で保障されているために、韓国大統領にとって議長や裁判所長官は憲法上でも下位になるようです。

つまり、韓国には三権分立が憲法下でも無い国家になっているようです。
それでは、国際常識が当てはまらないわけで、北朝鮮に近い体制見えてしまいますし、韓国国民はかわいそうです。

投稿: 玉井人ひろた | 2019年8月 4日 (日) 07時58分

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