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2019年8月 8日 (木)

ポピュリズムと白人至上主義

 ポピュリズムは、衆愚政治などと訳されいい意味で使われない。アメリカの銃乱射事件頻発が世界の右傾化傾向と同列に置かれれる面もあった。

 とはいうものの、衆愚政治には独裁政治よりましのこともある。ただし、それがトランプ発言に根差しているとすれば、「ヘイト政治」であり衆愚政治にもならない。

 白人とは何ぞや、「碧眼紅毛」で「有色人種」でないことか。しかし、ヨーロッパ中西部で主力的なコーカサイドをいうなら、肌の色、目の色、毛の色などは多様であり、言語が違うだけでヒスパニックもそれに入るといえる。現に、すでに多くの人がアメリカ人として暮らしている。

 白人という言葉の定義はないに等しく、無差別殺人の口実としているが全く無意味である。同様に、メキシコ国境の壁は、入国管理と労働力管理の問題を、白人労働者保護にすり替えただけ、ということになる。

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コメント

暮らしが安定していても資質が一番問われているのが政治家です。困ったものです

投稿: ましま | 2019年8月 9日 (金) 16時07分

欧米からは「極東アジア人」と呼称される日本人が、ほぼ同じ位置に住む南方のアジア人を少し見下す感情が入る「東南アジア人」という言い方で呼ぶのと同じような考えがそれぞれの国家にあるのは間違いないことで、国家面積が大きくなれば大きくなるほどそれは強くはっきりするのも当然なのかもしれません。

それをどこまで許容できるかは、結局個人差があるということでしょうね。

その個人差を埋めるのが、理性と教養でしょうが、「衣食足りて礼節を知る」ということわざがあるように、暮らしの安定が無い場合その理性も崩壊するものです。

それをさせないのが政治家の手腕でしょうか。

投稿: 玉井人ひろた | 2019年8月 9日 (金) 10時36分

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