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2019年6月22日 (土)

戦争と武力行使の差

 今朝のNHKニュースが報ずる。

(前略)トランプ大統領は21日、ツイッターで、イランがアメリカの大型の無人偵察機を撃墜したことの報復として、20日夜に3か所への攻撃を実際に予定していたと明らかにしました。

そして「何人が死ぬかと聞いたら、軍の高官からは150人との回答があったので空爆が始まる10分前にやめさせた。無人偵察機の撃墜とは釣り合いがとれないからだ」と投稿し、150人が死亡する可能性があると聞いて、攻撃のわずか10分前に中止を指示したと明らかにしました。(後略)

 トランプは「戦争をする気はない」とその前に言ったばかりだ。われわれの目から見ると、世界最大の指導力を持つ国の大統領が、どうしてそうころころ変わるのか不思議に見える。

 戦死者の数でやるかやらないかの判断をする。まるで不動産屋のマンション建設の判断入居希望者の予測次第で決めるのと同じじゃないか、と思うのだ。

 しかし、日本の戦前を見るとよくわかる。満州事変も支那事変もそれぞれ鉄道爆破とか末端による偶発的な発砲事件などに対する日本人保護や駐留軍自衛を掲げ、反抗組織の掃討を口実に戦火を拡大させて、建前上は「戦争」でなかったのだ。

 トランプの戦争には反対するが、現地の派遣米軍の軍事行動・武力行使を、必要に応じ立案、実行したり撤回するというのは、日常の作戦計画のひとつで、軍隊の最高指揮官として当然のこと、と言えばその通りだ。宣戦布告と違って議会の承認はいらない。

 つまり、イランの革命防衛隊をテロリスト集団として戦争を仕掛ける準備はできたが、国際的に認められるに至らず、「戦争」と「武力行使」を分けて考えているのだろう。トランプにとっては、イランが挑発に乗って戦争になった方がいいのかも知れないが、イランはその手に乗ってこない。

 そんな使い分けができるのか。わが憲法の9条、章の見出しには「戦争放棄」としか書いてないが、大丈夫。「武力による威嚇又は武力行使」も戦争と同列に置いている。これがあれば、首相案のように自衛隊の存在を9条2項に入れてみたりしても、第一項がある限り海外における米軍との共同作戦が不可能であることがよりはっきりする。

第九条 [戦争の放棄、戦力の不保持・交戦権の否認]日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 自衛隊を憲法に明記し、先島諸島に駐留する自衛隊を増強しても、尖閣列島に上陸を試みようとする中国軍を実力で排除できない。憲法を厳格に解釈すると「国際紛争を解決する手段」とし武力行使はできないことになっている。竹島も北方領土も同様である。漁業権の調整や鉱物資源共同開発などで妥結点を探す交渉に入れるような雰囲気作りをする。それを日本国憲法は求めているのだ。

 ただし、ミサイル防衛システムの充実や領空・領海への侵入監視活動は、自衛のための重要な任務であるというのが、塾頭の考えである。

 

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コメント

イランは領空侵犯を何度も無線で警告したといっていますが、ドーロンにそれを受信し判断する能力があるのでしょうかね。

投稿: ましま | 2019年6月24日 (月) 09時12分

「アメリカの大型無人偵察機」、つまり日本以外の国では「ドローン」と言っているしろものですよね。

あのドローンはたしか、爆撃も可能なはずでアメリカでは最近は兵士の死傷がないドローンによる攻撃が増えていると聞きました。

あるいみでミサイルより恐ろしい兵器です

投稿: 玉井人ひろた | 2019年6月23日 (日) 08時50分

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