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2019年2月21日 (木)

渋谷区広尾

大東建託が首都圏(東京・千葉・埼玉・神奈川)の一都三県1224駅周辺で、「住みここちアンケート」を実施したところ、1位が東京の広尾になったと発表した。

これには驚いた。塾頭が田舎から出てきて最初に下宿した街だからだ。地下鉄日比谷線広尾駅ということだが、当時日比谷線が開通しておらず、最寄りの駅は地下鉄が銀座線青山一丁目、JRは恵比寿だった。都電が通っており「天現寺橋」といった方が通りがよかった。

渋谷区内といっても、テレビによく出るスクランブル交差点や若者の街ではなく、都心により近い古びた閑静な街並みで、渋谷駅周辺は郊外への出口という位置づけだった。下宿先はそば屋の2階で、湿気には悩んだ。

毎食そばにするわけにもゆかず、思い出したのは、戦中の名残の飯米通帳、これは身分証明書にもなる。そして外食券食堂、交差点で交通整理をするMP(ミリタリーポリス)などである。

街をわがもの顔で走っていたのは小型国産車ではなく、フォード、シボレー、ポンティアックなど米軍所有車だった。

広尾の最近の姿は知らない。昭和は遠くなりにけり。

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