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2019年2月 9日 (土)

「韓国」と「朝鮮」の違い

韓国独立運動311事件100周年が近づいた。戦後最悪といっていい日韓の緊張が続いている。そのほとんどは最近韓国側から持ち込まれたものだが、韓国側に言わせれば日本の不法支配がもたらしたもので、何度謝っても謝り足りない、歴史認識がないという理屈になっている。

双方の言い分は、韓国側に無理があるという意見が、ごく稀だが最近韓国紙にもみられるようになった。韓国憲法の前文には、311事件を契機に生まれた上海の亡命政権の法統を継ぐという宣言がある。仮にトランプ・金正恩のハノイ会談の進展があって南北統合の機運が高まるようなことがあれば、両国による反日キャンペーン競争になるのではないか、と書いたこともある。

311について南はともかく北朝鮮の評価がどうなのか。北は、金日成が同志を糾合して対日パルチザン戦争を起こし、ソ連軍と共に国境を突破して平壌に入城独立を果たした、という自負があるのに対し、韓国は日本の大戦敗北で連合国から突如与えられたものという迷いがあった。

したがって、併合前の「大韓帝国」から「大韓民国亡命臨時政府」をなかだちとして今日につながるという、北朝鮮とは違う建国の正統性が必要になってくる。

となれば、311を反日の材料として使う範囲を越え、その先一歩を誤ると北と半島における正統性で軋轢を生む理由にもなりかねない。日韓とは違う南北の血を血で洗う近親憎悪の歴史を繰り返してはならない。するとアンタッチャブルでいる方が無難かも知れない。

311に対する北のかかわり方を知りたいので本棚から朝鮮・韓国関連の本で材料を探してみた。残念ながらほとんどないのだ。その中で見つけだ記述の中で気がついたことを――。

アメリカのウィルソン大統領が提唱した「民族自決主義」が起爆剤となった。(中略)上海では呂運亭や金奎植らが、アメリカでは安昌浩や李承晩らが、韓国の独立を訴え、そして中国東北地方では金日成たちの抗日運動が展開していた。(金両基『物語韓国史』)

 1919年の事件当時、1912415日生まれの金日成は、まだ7歳に達していない。明らかに間違いだ。その後段に「東京の韓国人留学生の全員をソウルでの三・一独立運動に参加させるきっかけになった」とある。これを金達寿『朝鮮』では「彼ら(東京の留学生)は早くも二月八日に東京で朝鮮独立大会を開き、その多くのものは三・一の蜂起を準備するため急きょ帰国した」とあり、「全員」は誇張であろう。

 この両著で「韓国」と「朝鮮」の表現の違いをどう受けとるかを比べるとこういうことになる。

『物語韓国史』

一九一〇年八月二十二日、日本の統監寺内正毅と大韓帝国総理大臣李完用の二人は、韓日併合条約に調印する。(中略)奸計を見抜けず、李完用は売国奴としてその名を永久に記録されることになった。

また同時に、日本側では、朝鮮李王朝がそれまで500年も使っていた国名「朝鮮」を併合直前に「韓国」と改称したのをもとの朝鮮にもどす勅令を出した。これに対しては、次のように記す。

韓国(正式呼称は大韓帝国)または韓国人、韓国語という単語は、その日から天皇の名において朝鮮[人・語]に変えられ、それは劣等民族の呼称におきかえられていった。

『朝鮮』

(前略)朝鮮政府はいまはもうまったくその自主性を失い、これら日露のなすがままになっていたが、そんなふうでありながら、彼らはまた何のつもりであったのか、一八九七年国号を「大韓」と改め、国王を大韓光武皇帝と称した。何が大韓だといいたくなるが、それがいまや滅亡を前にして、こういう偏狭なセクト性と大看板とをもちだすということは一考に値する。

以上両著者とも在日朝鮮(韓国)人で、日本の大学を出ている。著述全体を読むと両基氏は韓国、達寿氏は北朝鮮にシンパシーを持つのかなと読める。同じ半島にあってこれだけの違いがあるのだ。歴史と共に、南北についても「認識」すべきことがたくさんある。

 

 

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