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2019年2月 8日 (金)

区別・差別・軽蔑

日々のニュースで親縁者殺人というのが目立つが、国際問題を含めて差別問題が定番になっている。人種差別、性に関する差別などだ。今日も、グッチのセーターに黒人差別とSNS上で批判 グッチは「深く謝罪」し製品を撤去、というアメリカ発のニュースをNHKで流していた。

これで思い出したのが、1960年(昭和35年)頃流行した「だっこちゃん」である。ビニール製の空気で膨らませる黒人幼児の人形で、女性がファッションのように腕につけて銀座を闊歩したりした。

これは、日本メーカーの発案・発売で海外にも伝播した。この時も人種差別という声は出たが、謝罪とか発売停止に発展したという記憶はない。

塾頭は、むしろ人種差別の隔壁をなくするほほえましい光景に見えた。人種差別として騒ぎ立てる方が差別を増長しているという気がする。

そこで題にあげたのが、3つの日本語である。差別・区別は語尾が「べつ」でも「蔑」つまりヘイトではない。人種でも性別でも、「差」や「区分け」があるのは当然である。最近は「それがいけない」といっているように聞こえることがある。

「別」は、人類の芸術、文化、道徳、習慣など色々な発展の原動力になってきた。「蔑」との「区別」がしっかりとれるようになるというのは、それほど凄いことなのだろうか。

 

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コメント

マーケティングから黒人排除。明らかな「人種差蔑」です

投稿: ましま | 2019年2月10日 (日) 11時25分

騒がれて、カルピスの絵柄も変えられてしまいましたね。
あのラベル良かったです

投稿: 玉井人ひろた | 2019年2月10日 (日) 11時08分

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