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2018年11月10日 (土)

日韓大論争のすすめ

最初に記事の引用を。(毎日新聞11/10、東京・朝刊)

河野太郎外相は9日の記者会見で、韓国最高裁が確定判決で新日鉄住金に賠償を命じた元徴用工訴訟の原告について、「募集に応じた方で、徴用された方ではない」と述べた。政府は判決後、原告らを「旧朝鮮半島出身労働者」と表現しており、その理由を説明した形だ。

政府は、戦時中の朝鮮半島での動員には、募集▽官によるあっせん▽徴用--の3段階があったと説明。従来は一括して「旧民間人徴用工」などと表現していたが、判決後は区別している。自民党からは「原告らは『募集工』と呼ぶべきだ」との声が上がっていた。

河野氏は「国民交流に影響が出るべきではない。自治体やスポーツ、文化の交流はしっかり続けていただきたい」と述べた。(以下略)

徴用工に限らず従軍慰安婦などについても本塾が日ごろ言っていることだ。日韓の間で問題の整理が進んでおらず、お互いに嫌韓・反日の掛け合い漫才に終始している。引用最後のくだりは、スポーツ・文化交流で意見の相違から逃げるのではなく、対立点を掘り下げ共通の歴史認識を持つようにすることだ。

河野発言は史実である。時期によって一様ではないが、政府は有利な収入を求める移住者をどうコントロールするかに苦慮していたこともある。

大原則は、同じ大日本帝国臣民である。法的な差別はない建前だ。朝鮮人は工員募集からはずすとか、従軍慰安婦への道を閉ざすとなれば、それこそ差別になり問題視されただろう。戦争末期には徴兵・徴用も日本人と同様に義務とされた。

太古は、まったく国境を意識せず往来が盛んで混血が進んだこともある。しかし言語・風習の違いと政治権力などで国が形成されるに従い違いを強調するナショナリズムが発生する。伊藤博文はそれを知っていたので日韓併合には消極的であった。

しかし、朝鮮人・安重根に暗殺されたため、日本は「併合」という失敗をおかす。今月1日付の「朝鮮半島を覆う苦悩」に書いたように、世界が「帝国主義」の反省期に入る前だったので、国際法上の手続きはふんでおり、「併合」は「属国化」「保護国化」「植民地化」より相手を優遇した措置だ、と信ずる向きが国内にあったことは疑いないだろう。

だからそれに抵抗する者は、恩知らずという意味を込めて「不逞鮮人」と呼び弾圧した。

いくら法的に正しくても間違いが二つある。それは「蔑視」という差別と「戦争」への参加である。さらに戦争は南北分断の原因を作り、その反省のないまま今に至っていることである。

日本は、その反省を歴史認識の上で、法的手続きとは別にしつかり認めなければならない。蔑視の反省というのは立証困難だが、問題の根底をなしており、韓国がわにも日本蔑視がないとは言えない。それだけに、お互いに認め合えばいいだけの話である。

以上のようなことを恒常的に研究し、討議しあう機関を設けるのが河野氏のいう「国民交流」でなくてはならない。逃げてはいけないのである。

 

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