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2018年11月 3日 (土)

「入管難民法」

(共同通信)

政府は2日、新たな在留資格を創設し、外国人労働者の受け入れを拡大する入管難民法などの改正案を閣議決定し、衆院に提出した。野党だけでなく与党にも異論が根強い中、焦点となっている受け入れ対象の業種や規模は、臨時国会で審議が始まるとみられる来週にも公表する予定だ。

政府は会期末までに成立させ、年内に制度の意義を盛り込んだ基本方針を閣議決定し、外国人の生活環境整備を急ぐ。制度の詳細が固まっていないなど課題は多く、施行日とする来年41日までに準備が間に合うのか未知数だ。

新設の在留資格は一定技能が必要な業務に就く特定技能1号と、熟練技能が必要な業務に就く同2号。

身の回り、散歩をしていてもはっきり外国人が多くなったなということを感じる。「在留資格」のある人か帰化人かそこまではわからない。

上の法律に、右翼っぽい人は反対のようだ。万世一系の皇統のもと、純粋な「日本人」を信じて疑わない連中である。先祖は天から下ってきたと思っている。

そんな証拠はないので、歴史や考古学を信じるしかない。大陸からいろいろな時期にいろいろな方法で人々が渡ってきた。

そして確認できる最初の文化が縄文文化だ。次の弥生文化は多分朝鮮半島経由で多数の移住者によりもたらされた。その混血が進みさらに歴史時代に入っても流入は続く。

平安時代のはじめ、弘仁年間(814年)朝廷で編纂された「新撰姓氏録」に掲載された一定の資格をもった家柄1059氏のうち大漢・三韓之族「諸蕃」に分類された渡来人系は324氏で、ほぼ30%に当たる。

その多くは、朝鮮半島に遠征したとされる神功皇后の次の代、応神・仁徳の頃にはじまる。難波の開拓に当たった土木工事の技術者・労働者のほか「今来の才伎(いまきのてひと)」と称される史(ふびと=漢字に堪能で記録をつかさどる)や、今でも姓として残る錦織・秦(織物技術)そして陶芸・工芸・芸能の専門家が多かった。

一時、入国管理が厳しくなったのは聖徳太子が隋との国交を開いた推古朝の時代である。難民を阻止したり病気を疑って入国拒否にあう者もでた。

その後再び渡来人が増加するのは、663年天智天皇の時代である。百済救援を名目に出兵して白村江で唐・新羅軍に大敗したあと唐軍の捕虜や百済難民の殺到などがあった。

壬申の乱を経て天武時代に日本書紀の編纂が開始される。その編集スタッフに音声博士と称される専門家が複数加わるが、新たに渡来した唐人ではないかという研究もされている。

いずれにしても、こういった人々を外国人扱いしたり区別する伝統は日本になかった。

冒頭の記事を見るにつれ、「複合民族・日本」の過去をあらためて思い起こすことになるのである。

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コメント

歴史的な意味とは別に、
政府は定年を70歳にするとか、単純労働は外国の人を許可するとかの政策を進めますが、それによって減少しつつある日本人の若い労働者たちの働き場がドンドン減っていく気がしてなりません。

投稿: 玉井人ひろた | 2018年11月 4日 (日) 18時10分

全くそのとおり。大学生が学費をかせげなくなるようなことを心配します。

投稿: ましま | 2018年11月 4日 (日) 20時12分

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