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2018年10月 5日 (金)

教育勅語の幼稚園児並解釈

今日は、朝日・毎日の2紙が教育勅語を題材にしている。

森友学園の幼稚園で、教育勅語を園児に唱和させているのを聞いて感動した首相夫人が、首相の意をたいするような形で学園の名誉職についたことから同勅語の知名度は上がった。

そこへ教育勅語には、「現代風にアレンジすれば道徳の授業などに使える分野が十分にある。普遍性をもつ部分が見て取れる――」などと柴山昌彦・新文部科学相が就任会見で所論をのべたため、安倍新内閣の体質に危惧感を抱いたのが両紙社説の趣旨である。

これまでも、下村博文元文部大臣・稲田朋美元防衛相が持論としており、首相側近であった柴山氏なら言いそうなことだ。そこに日本会議が「明治の精神」の中核に据えようとしている謀略が見て取れる。

「教育勅語」のフレーズ検索で当塾へのアクセスも増えている。そこで勅語の文体そのものと読み方を掲載しているので参考にしていただきたい。

いつも私ごとで気が引けるが、8年間教育勅語づめの学習経験があり、その後は「戦後レジーム」をそのまま体験している世代だ。安倍首相などとは年季が違う。新聞などの指摘、教育勅語の「一旦緩急あれは義勇公に奉し」の部分だけでなく全体に目を向けてほしい。

教育勅語復活派は、出だしが「朕思うに」ではじまるので明治天皇直接のお言葉のように扱いたいのだろうが、内実は大分違う。明治時代は、中世の南北朝いずれが正しい皇統かが議論となり、天皇の意見を聞いたところ、明治天皇の先祖ではない南朝という答えがあったとされる。

したがって「皇祖皇宗国を肇ること宏遠に徳を樹つること深厚なり」という万世一系論を天皇が信じていたはずがない。「徳」は、後で出てくる「忠・孝」同様、中国・儒教ことに徳川幕府が教養の中心に置いた朱子学のものである。日本古来のものとする証拠が全くない。

当時自由民権思潮が盛んになり、福沢諭吉のような穏便な言論にさえ危機感を抱いた有司は、上からの国論操作を定着させる切り札がほしかった。

そこで当時「勅語メーカー」とか「影の総舵手」いわれた、井上毅らの手により、急ごしらえの案文を練り上げたものである。発布は、第1回帝国議会開会の一か月前、明治23年10月30日であった。

 

 

 

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