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2018年10月

2018年10月30日 (火)

ファシズム生育の条件

米・トランプ大統領そっくりの超右翼言動を頻発していたブラジルのボルソナロ候補が、選挙で労働党候補を破り大統領となる。このニュースを毎日新聞と日経新聞が社説に取り上げている。南米では大国だが、社説にまでなることは珍しい。

「毎日」は、昨年以来、欧州で反移民を掲げる極右政党がオーストリアとイタリアで連立政権入りしたり、ドイツでも極右政党がじわじわと支持を広げていることに連動させ、世界がファシズム化することを憂慮しいる。「日経」も同様ながら、汚職追放・経済優先の公約に支障とならなしよう配慮を求めている。

よそのことはともかく、本塾が懸念し続けてきたのは安倍一強が続く我が国の政界で、変わり目が来るのかどうかを最大関心事にしてきた。

2015年2月に発行された『超国家主義の論理と心理』(岩波文庫)は、丸山眞男の論文・講演など8篇を古矢旬が編集したものである。その巻末に編者の解説がありその中で、こういった事態を予言するような記事があったので紹介しておく。

(前略)丸山は、この講演末尾において、ほかならぬ先進資本主義国の内に、ある種の新しいファシズムの生育にとって好適な一条件を見出している。すなわち大衆消費社会とマス・コミュニケーションの帰結としての、「知性の断片化・細分化」である。そこに登場してくる操作可能性の高い大衆こそは、強制的同質化、あるいは自然的画一化を自身では意図せぬままに推し進めてしまう存在とならないかという疑念が、おそらく今日のネット社会まで届く丸山のメッセージである。

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2018年10月29日 (月)

気になる塩害

今年は相次いで自然災害が起きた。熊本の地震、岡山・倉敷の水害、大阪の高潮、北海道の地震……。各地で起きた土砂くずれ、離島などのインフラ破壊など数えきれない。そしそそのほとんどが後遺症を残している。

2018_10290005その圏外にあるはずだった千葉県北西部に写真で見るような後遺症がある。今月第1週の週末に近くを通った台風24号。雨風はほんの一時で被害ゼロと思っていた。沿岸部では「電柱から火花が出ている」という目撃情報が相次ぎ、停電被害は回復するのに手間がかかった。

ここは海岸から10キロも離れていて停電もなく、草花に被害がでたと聞いても疑ってかかった。その後、樹木の南側・海の方向だけ葉が褐色になっているのがところどころにあったので、これかな、と思っていた。

しかし、まもなく落葉し、春には新芽に代わると勝手に決めていた。ところが右の写真、常緑樹のカヤである。季節の変化で落葉しない。そうすると、いつ旧に復するのか、あるいはこのままなのか気になったので、一応写真に。

 

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2018年10月28日 (日)

スマホのない散歩

風が心地よい晴天の日曜日。散歩をかねて久しく行っていない徒歩20分ほどの博物館に行ってみようと思った。すぐ近くまできたと思ったら、見慣れた光景が最近完成した外環道路で一変。

不自然な迂回道路や行く手が見えない歩道橋などで人気のない住宅街を右往左往。ここぞ、と思った道を行くとさっき通ったところに戻ってしまったりする始末。

ようやく、犬を連れて散歩するおじさんに出会ったので尋ねるこにした。博物館への道を聞くと複雑になりそうなので、

「ちょっとお尋ねします。最寄りの私鉄の駅へはどう行ったらいいのでしょうか」

「この方向へまっすぐ行くとバス通りに出ます。そこを左に行けばいいんですが遠いですよ。そこから15分はかかります」

「どーもありがとうございました」(ペコリ)

みんながスマホを持ち、位置情報がわかると、こういう人との接触はなくなるのだろうか。20分の散歩予定は、帰宅してみると3時間半かかっていた。おかげで運動不足は完全解消。損をしたような気はしなかった。

 

 

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2018年10月27日 (土)

安倍首相と国学

日本の古代史を丹念に追っている本を読んでいたら、魏志倭人伝などは、距離、方向感覚がでたらめでB級史料に過ぎず、A級史料の『日本書紀』を信用すべきだとする学者・研究者の意見を紹介していた。

そして現在の歴史教科書は、魏志倭人伝を重視しすぎており、前漢書、後漢書などに倭国の朝貢記事を書いているのに、日本書紀には相応する記録がないことから中国文献は疑わしいとか、天照大神をはじめ日本神話の記載がないのは、日本史として異様という批判に続く。

塾頭は、神話や忠君愛国物語を修身や国史の時間に習った。考古学、縄文・弥生などの知識は戦後になってからだ。占領下も概して歴史教育は冷淡に扱われたように思う。

それがかえって「自分で勉強しよう」となったのかもしれない。中でも、日本書紀は、原文、読み下し文、解説が書かれた岩波文庫・全巻を持ち、繰り返し目を通している。魏志倭人伝などに関連する九州・奈良県などには複数回足を運んだ。

歴史史料を見る時は、史料ができた時、作った目的や背景そして誰によって作業が進んだかなどに留意しなければならない。違う時代の資料を突き合わせて優劣を論ずるようでは、論考自体の権威が疑われる。卑弥呼より前には日本に文献資料などなかったのだ。

どうして、こういう発想に至ったかを考えているうちに浮かんだのが「国学」という言葉である。徳川幕府ご推奨の学問は儒教である。それに飽き足らない本居宣長らが江戸中期に国学を起こし水戸光圀の水戸学がそれを継ぐ。やや遅れて幕府の妨害にもかかわらず蘭学が隆盛期を迎えるようになる。

尊王攘夷、大政奉還は本来国学の目指すところであった。しかし、開国、文明開化は国学の精神と相容れない。それが再び顔を出すようになったのは、時期として教育勅語発布の明治23年(1890)以後であろう。

國學院ができたのは、この年である。同校には神社本庁の神職の資格が取れる神職課程がある。大学でこの資格を取得できるのは國學院大學と皇學館大学のみで、国学には神道の宗教色を強めるねらいがある。

有力私大の慶応・早稲田・明治・法政などができたのはそれ以前で、いずれも独立自治、権利自由、文明開化などを建学の精神としている。

拓殖大学は明治33年で、日清戦争の結果日本に編入された台湾の同化、つまり植民地経営に資する目的があり、国学にもアジア進出という違った解釈が必要になった時期に符合する。

実は、この項を書こうと思った動機は、安倍首相が訪中して中国と国際関係で共同歩調をとるという変貌ぶりをどう見るかというところから出てきたもので、大学の名称は余談になってしまった。

安倍首相の思想の根底にあるのは、改憲であろうと靖国神社奉幣であろうと「国学」が基礎になっているのではないかと思っていた。それは、「脱中国」である。ところが日本書紀は漢文で書かれており、教育勅語の忠孝や徳の価値観は、朱子学の説くところと共通する。

いずれにしても、純粋な国学復活には無理があるという結論で、首相のいう「美しい日本」の中味が何であるかを確かめておく必要がある。

現在と未来にたいしてはもちろん、過去に生きたひとたちに対しても責任をもつ。いいかえれば、百年、千年という、日本の長い歴史のなかで育まれ、紡がれてきた伝統がなぜ守られてきたのかについて、プルーデントな認識をつねにもち続けること、それこそが保守の精神ではないか、と思っている。(安倍晋三『美しい国へ』27P)

なんだか、よくわからない。

 

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2018年10月26日 (金)

誘拐保険

このところのニュースで大きな比重を占めているのが、シリアで武装勢力に拘束されていた安田純平さんの解放とサウジアラビアのジャーナリストカショギ氏の殺害疑惑である。

いずれも、報道の自由の裏側には絶えず生命の危機が潜んでいることを痛感させる出来事だ。安田さんの行動については、自己責任をいうネット論調が多く、そういった感情が働くのは無理ない。

「地球上どこへ行ってもお花畑で人は信頼しあえる」だけでは戦争は防げない。そうなる前に、対立の根源を見極め広く報道することができれば、話し合いや戦争予防に役立つことも多いはずだ。

そういった使命感で行動するジャーナリストのために「誘拐被害保険」などはないのかな――と思っていたが、交通事故じゃああるまいし成り立たないものと思っていた。

ところが同じ考えの人はいるものだ……。

(毎日新聞10/26、東京・朝刊)

(前略)国際テロ情勢に詳しい公共政策調査会の板橋功・研究センター長は「政府には邦人保護の義務があり、拘束されれば必ず救出に向けて動く」と指摘した上で、「取材者は紛争地入りを『自己責任』だと考えていても、拘束されれば政府が対応することになる。紛争地取材の重要性は否定しないが、信頼できる現地コーディネーターの選定やセキュリティー、誘拐保険などの安全対策をきちんと取るのが取材者の最低限の責任だろう」と話した。【金子淳】

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2018年10月25日 (木)

自動ならすべていいか

台湾で日本の技術輸出で建設された新幹線がカーブを猛スピードで走り、折り重なるように脱線転覆するという大事故があった。原因の調査はまだ続いているが運転士がATS(自動運転制御装置)のスイッチを切ったままにして入れ忘れていたことが分かっている。

どうして切ったかについては、スピードをあげたくても装置のブレーキが働いてしまうので邪魔になったということらしい。

AIの発展は目覚ましい。パソコンを操作していてもソフトが勝手に更新されたり、関係のない動作を強制されたり、使い慣れた方法が通用しなくなったりする。これを発展と称してもいいのかどうか、疑問を感ずる日々だ。

中でも話題になっているのが自動車の自動運転技術だ。昔、「自働車」と書いた時代があったが、その通り全て自分で働いてしまうのだ。これを当局が認めるようになると、今より交通事故は減るかもしれない。

しかし、それには自動のスイッチを切れないようにしたり、ハンドルもアクセルも人が操作できないようなものにしなければならないだろう。現在最も人気のある車種はスポーツタイプの車だそうだ。自動化はドライブの楽しみを人間から奪ってしまう。

塾頭には、制限速度以内でのろのろ走っては用心深く止まり、場合によっては人をいらいらさせたるような車ばかりの時代、教習所がいらなくなるような時代がやがて来るとは到底思えないのだが。

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2018年10月24日 (水)

身代金、建前と本音

シリア入国後に行方不明になり、解放情報が伝えられたフリージャーナリストの安田純平さんについて、時事通信は、在英のシリア人権監視団が23日、解放に際し「多額の身代金が支払われた」と主張していると伝えた。

信ぴょう性は不明としながらも、人権監視団のアブドルラフマン代表が「身代金は日本ではなく、カタールが支払った。記者の生存や解放に尽力したという姿勢を国際的にアピールするためだ」との見方を付け足している。

さらに、実際の引き渡しは4日ほど前にシリア領内でトルコの仲介により、トルコと関係の深い非シリア人武装組織に引き渡されたという。

日本政府は、テロリストに身代金を払わないというのが公式の立場で、菅官房長官がTV画面でこのコメントを何度も繰り返している。

時事通信の報道が真実であるとすれば、日本外交もなかなかやるなといった感じになる。北朝鮮関連の対応とは雲泥の差だ。つまり本音と建て前を使い分ける老練さを手にしており、先週書いた「幼稚はやめました」に近づいたと考えていいのだろう。

前述の報道に出てくる国名で注目しなければならないのが、カタールとトルコだ。

カタールはペルシャ湾岸の小国だが独立国としての気位が高く、アラブ情報の発信元として権威のある通信社・アルジャジーラが本拠を置く。日本は、石油の輸入・真珠の栽培などを通じて友好関係が続いている国だ。

また、トルコの日本に対する印象は、1890年(明治23年)のトルコ軍艦の遭難を和歌山・串本の住民が身を挺して救援した縁がいまだに忘れられていないという親密さに支えられている。

その両国は、シリア情勢がイスラエルとのからみでイランを支持しているとアメリカ(トランプ)側から見られ、敵対関係にある。シーア派と戦争も辞さないサウジは、カタールと断交状態だ。日本もそれに同調するよう持ち掛けられているが、安易にそれに乗るようなことはしていない。

多分、異なる名目で日本から両国に資金提供を約束し、またはその増額を持ち掛けていたしとても不思議はない。「テロリストに身代金を支払うことはない」――これも見識でり、そこは、あ・うんの呼吸である。

2014年起きた後藤健二氏人質事件と大きく違うのは、政府がトルコに仲介を依存すると条件交渉になるとして、もっぱらヨルダンに救出の本拠を置いたことだ。この時は「建前」が優先して、救出に全力を尽くしたとはいい難い結果を生んだ。

国民の生命を守るのが国の役割という安倍首相の口ぐせにいつわりがないとすれば、無事救出が「本音」の部分になる。

内政ではあまり使ってほしくないが、外交では本音と建て前の微妙なバランスの中で使い分ける、つまり忖度が必要である。優秀といわれる外務官僚には無理な注文かもしれないが、本音の文書は破棄し、建前の文書だけに改ざんすることではないことだけはお断りしておく。

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2018年10月23日 (火)

「浪士」石油を掘る

 塾頭には『「浪士」石油を掘る』という既著がありますが、この度新刊として再び世に問うことになりました。そこで、「新刊発行にあたって」というあとがきの中から、その要旨を拾っておくことにします。
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今日は慶応から明治に改元して150年目に当たるそうです。政府は記念式典を行うようですが大手紙で社説に取り上げたのは読売だけ。来年は平成からの改元がありすが、日本会議が期待するような盛り上がりはなさそうです。

1868年9月に改元した明治が「そのまま続けば今年が150年目」ということだけでは、歴史を検証するうえであまり意味がありません。その年に改元してなにか画期的なことが起きた、または改元したから起きたという史実がないからです。「明治」という元号も天皇がくじ引きで決めたそうです。

尊王攘夷に始まり海外に目を開こうとした維新の志士というと、吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬などがあがります。ところが刑死・病死・暗殺などで命を落としたのは慶応時代で明治の元勲にはなりませんでした。西郷隆盛も西南の役で道半ばにして朝敵に名指しされ、結果を見ずして戦場で命を落とします。

明治維新はいつからいつまでか、定説はないようですが、執筆のため改元前後を中心にいろいろな文献にあたりました。

その結果、「維新」という表現はほとんどなく、一番多いのが「ご一新」次いで「世直し」、幕府サイドの文献にも「回天(天業回古)」「ご一洗」などが使われています。意外に多いのが、かくれた民衆の力を思わせる「革命」です。しかしこれは天皇の権威を高めるためか、やがて中国文献からとった「維新」にとってかわったようです。

明治の歴史書を追っていくと、「王政復古」「文明開化」「自由民権」「有司専制」「殖産興業」「富国強兵」「藩閥政治」など4文字熟語が続きます。40数年の間にそのような変化があったということで、明治時代を「教育勅語」でくくる感覚は、偏見というべきでしょう。

その中で幕府側の尊王攘夷行動過激派・石坂周造は、維新後になって文明の象徴ランプの燃料石油が外国人に支配されないようにと、国産石油の開発に乗り出しました。ところが失敗続きで莫大な借金を負うことになり破産、それを勝海舟・山岡鉄舟の後援と岩倉具視の世話で天皇からの資金融通を得て事業を続けます。

そして、遂に越後の鎌田で大油層を掘り当てました。ここで権利を地元業界に分譲、殖産興業の実をあげることに成功しました。

歴史の流れを止め、一時期を限って観察することが危険であることは常識です。石坂周造は歴史書の上でほとんど無名です。幕末から明治を生き抜いた個人の一代記をたどることで、明治に新たな見地が開かれることができればいいな、と思っています。

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2018年10月22日 (月)

サウジの説明でウソ拡大

毎日新聞(10/22)は共同電でこう伝える。

(前略)高官の説明によると、サウジ当局はカショギ氏にサウジ帰国を説得するため治安・情報当局者15人をトルコのイスタンブールに派遣。ムハンマド皇太子の側近で情報当局高官のアハメド・アシリ氏がチームを編成した。

郊外の隠れ家にカショギ氏を拘束して説得し、応じなければ解放する計画だったという。だが総領事館を訪れたカショギ氏が説得に応じず大声を上げたため、パニックに陥った当局者らが黙らせようと絞め技のように首を抱え、口を覆ったところ、死亡してしまったという。

当局者らは隠蔽を図るため、遺体をじゅうたんで包んで車で運び出し、地元協力者に渡して遺棄させた。また当局者の一人がカショギ氏の服や時計を身に着けて総領事館を出て偽装工作。上層部には、虚偽の報告をしていたとしている。トルコ治安当局がメディアにリークした事件当時の現場の音声記録では、サウジ側がカショギ氏を拷問し、遺体もばらばらにしたとされる。(共同)

昨日までは「殴り合い」ではなかったのか。説得して応じなければ解放する計画になぜ15人も工作員を派遣したのか。死体を地元協力者に渡して処理させたのであれば、トルコ官憲は当然地元協力者の氏名を明らかにするよう要求する。日本でいえば死体遺棄罪容疑だ。

ウソを重ねれば深みにはまちどり。わかりきっていることなのに、相手がかつてイスラム教最大の帝国を築き、サウジもその支配下に置いたオスマントルコであれば、そう簡単に許してもらえないよ。

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2018年10月21日 (日)

日本武尊

やまとは 国のまほろば 
  たたなづく 青垣
  山ごもれる やまとし 麗し

 倭建命/日本武尊(やまとたけるのみこと)の歌として古事記に載る。低い山に囲まれた大和盆地の讃歌だ。日本書紀では似た歌を景行天皇の御製とする。

 小碓命(おうすのみこと)といわれた若い時、景行天皇から兄が大御食(おおみけ)に出てこない理由を聞かれ、「朝早く厠に入るところを待ち捕えてつかみひしぎ、手足をもぎとって、こもに包んで投げ捨てた」と、まるでサウジの皇太子の話を思わせる乱暴ぶりだ。

 九州に遠征したときは、女装して熊襲建をだまし討ちにし、以来日本建(たける)を名乗る。その帰路でも出雲を平らげた。

 天皇はそばに置くのを危険と見たか、こんどは東方12道の征定を命じた。関東から甲斐、信濃を経て尾張まで危難を潜り抜けてきたものの、大和帰還を前に命を失い、白鳥となって天にのぼる。

 前掲の歌は、大和の景観を懐かしんで歌ったものいうが、若き日の傍若無人ぶりとはどうしても結びつかず、体験した広い日本との対比にしては狭すぎる。

 この話は、すべてが英雄伝説で実在の人物ではないとされる。その、史実でない人をいわれとする小詞が当地にも存在する。

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2018年10月20日 (土)

殺人ロボット兵器

朝日新聞と毎日新聞からの引用。やや長くなるが読み比べてほしい。

(朝日新聞・東京10/20・社説)殺人ロボット 出現を許していいか

(前略)自律型致死兵器といい、殺人ロボットとも称される。AIを載せた自動運転車に兵器を積んだものや、昆虫のような超小型無人機が構想されている。

人類の歴史の中で、火薬や核兵器の発明は戦争のあり方を根底から変えた。殺人ロボットはそれと同じような変容をもたらすかもしれない。

すでに米国は無人機のドローンを米本土から遠隔操縦し、外国の敵を攻撃している。自らは安全な場所に身を置いて一方的に攻撃する行為には、かねて批判がある。ましてロボットがその判断で殺傷するとは、戦争もまた人間の所業であるという枠さえも逸脱する。

米国、ロシア、イスラエル、韓国などが研究・開発している兵器は、遠からず殺人ロボットの域に達する可能性がある。自軍の兵士を傷つけずにすむことが、推進する側の最大の理由だろう。さらに、機械のほうが判断や動作が人間よりも迅速かつ正確だとして、誤爆や民間人の巻き添えを減らす効果があるという主張も聞かれる。

しかし、判断を機械に任せることには大きな疑問がある。

攻撃の成否にかかわらず、責任は人間が取らなければならないが、その覚悟やおそれが薄れはしないか。誤作動や、サイバー攻撃によってその兵器が乗っ取られる心配もある。殺人ロボットがテロリストの手に渡ったら、いったいどうなるか。

交戦の規則などを定めた戦時国際法は、対等な条件下での敵対行為を前提としている。一方が機械になれば、土台そのものが崩れてしまう。

こうした兵器の規制を検討する国際会議が昨年からスイス・ジュネーブで開かれ、ことし8月末に3回目の会合があった。全面禁止を主張する国から、ゆるやかな人間の関与で足りるとする国まであって、議論はまだ煮詰まっていない。

国際社会は、化学兵器や対人地雷などの非人道的な兵器を禁じてきた。殺人ロボットについても同様に対処するべきだ。

日本は民生用ロボット分野で高い技術を持つ。会議では「完全な自律型致死兵器は開発しない」「冷静でバランスの取れた議論を」と述べたが、腰が引けた感は否めない。ロボットの平和利用を進める立場から、もっと議論を主導してはどうか。

(毎日新聞・東京朝刊10/20

また触れず 日本、「廃絶」決議案

日本政府は18日、国連総会第1委員会(軍縮)に核兵器廃絶を目指す決議案を提出した。米国の核抑止力に依存する日本は核保有国に配慮し、国連が2017年に採択した「核兵器禁止条約」(核禁条約)には昨年に続いて言及せず、国内の被爆者団体などから批判の声が上がった。

提出は25年連続。今回も、核拡散防止条約(NPT)体制の維持・強化を通じた核軍縮を訴えた。6月の米朝首脳会談を踏まえ、北朝鮮に「(非核化で合意した)首脳会談での約束の履行を要求する」と明記した。

核禁条約の文言は盛り込まず、昨年と同じく「核兵器のない世界の実現に向けたさまざまなアプローチに留意する」との表現にとどめた。日本は条約に署名しておらず、核保有国から決議案への賛同を取り付ける狙いもある。菅義偉官房長官は記者会見で「現実的なアプローチだ」と理解を求め、外務省幹部は「核保有国と非保有国の橋渡し役として対話を促す」と語った。(後略)

  ロボット先進国で唯一の被爆国・日本。今ロボット兵器が出現したら最大の被害を受けるのは紛争の火種を抱える中小国である。中東、アフリカ、アジア、ヨーロッパその他どこにもある。

 紛争が起きると大国は支持する勢力に介入・加担あるいは武器支援に精出す。 ロボット兵器はテロ実行犯よりよほど悪質といわなければならない。戦争放棄の憲法を持つ日本は真っ先に立って禁止条約成立に立ち上がる必要がある。

次に「毎日」の記事である。アメリカの顔色を伺うしか能のない日本政府が、ロボット兵器にどう対処するのか見ものだ。アメリカとか安保理常任理事国が反対しても、日本国憲法を手本にするというマレーシアをはじめ新アジェンダ―諸国や紛争を抱える諸国も禁止条約にこぞって賛成するだろう。

安倍政権にその気がないなら、立憲民主党が真っ先に政策として立案、自民との違いと、公明への揺さぶりに使うべきだ。

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2018年10月19日 (金)

第3次オイルショック必至

トルコ領事館でのサウジ・ジャーナリスト暗殺事件に関し、「中東の混とん状態」を書いたのが16日である。それから3日、昨日、今日と株価が日米ともに暴落している。それでなくともリーマンショック以来かとうわさされていた矢先で、中東だけでなく世界が大混乱に陥ることが確実になった。

続々と飛び込む続報は、整理しきれていないが、事件にかかわったとされるメンバーの一人が航空機事故でなくなっているなどのほか、トランプ大統領就任前のサウジからの献金や不動産取引を口実とする巨額の金の動きなども報じられるようなった。

トランプの及び腰の対応は当初から伝えられていたが、サウジ皇太子は、アメリカ(トランプ)を金で縛ってあるから、手荒なことをしても大丈夫との過信があったのだろうか。

もはやフエイクニュースなどという域を越えてしまった。株価の世界同時安は直ちに庶民の懐を直撃する。トランプが無難に中間選挙を乗り切るどころか、弾劾だって視野に入ってくるかも知れない。

日本も石油輸入をこのまま続けられるかどうかだ。安倍政権がアメリカ追随でサウジの行為を不問にするなど、大甘なことをしつづければ、アウトは目の前になる。

 

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2018年10月18日 (木)

「幼稚」はやめました

毎回々々バックナンバーから題材を拾ってくるので気が引ける。今回またしかり。

前回の題が「トップの幼児度競争」である。題だけ見ても今月に入ってから「幼児度」「稚気」「幼児性」「幼稚園並」などが続いている。

こうなると「ヘイトスピーチ化」したといわれても仕方がない。猛省 think。幼児さんにも失礼なことをした。

そこですこし掘り下げを。

この世界的現象を端的に表現すると「右傾化」であり、共産主義などの指標を失った左翼思想の空白を埋める現象だ。その担い手はいわゆる「大衆」である。大衆の望むところは個人の利益・権利で義務は敬遠する。

そして理念より感情が優先し、複雑さより単純さを好み、わかりやすく目に見えることを選ぶ。いわゆるポピュリズムで、これを利用するのは右翼だけでなく左翼も同じだ。

ただ左翼の基本は、感情でなく理念が優先されるので、発言に組織としての責任を伴う。右翼にとっての制約は選挙結果だけだ。

右翼指導者が論理より感情を優先し、複雑さでなく単純化した言葉で選挙民の心をつかめばそれが正義となる。そしてさらに言えば、左翼は歴史の教訓を論理の柱とするが右翼は、都合の悪い部分とか反省などに触れることをタブーとする。

以上、右傾化が右派政治家にとって有利という現象が目立つが、大衆は右左を選ばない。もちろん大衆による左傾化もある。

明治維新・王政復古では、開国や四民平等という保守とは無縁の改革が実現した。もちろん大衆の目にはつかない怒涛のような支持が背景にあったことを忘れてはならない。

 

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2018年10月17日 (水)

トップの幼児度競争

昨日、トルコのサウジ総領事館で、訪れた同国のジャーナリストを暗殺したかもしれにいというニュースを書いた。続報はまだ続いている。サウジ政府の正式発表はまただが、本塾が指摘した皇太子の関与疑惑や、アメリカ政府が穏便にとりはかる道をさぐるため国務大臣をサウジに派遣していることなどである。

そこに今日は全く別のニュースも。
次期米大統領選に出馬がうわさされているウォーレン民主党上院議員(女性)が、先住民の血を引いているという自身の主張にトランプ大統領が疑問を呈していることを受け、DNA鑑定により6~10代さかのぼればその通りということが証明された。

トランプは以前から、「もしそれが本当なら100万ドルあげよう」などと挑発していた。ウォーレン氏は「これで決着。100万ドルは慈善団体に振り込むよう」求めた。

これに対して、トランプは記者団に「もし私が直接鑑定できるなら支払う」と述べたという。(毎日・時事)

あとさきも考えずに軽率な言動に走ってしまう独裁者は、サウジもアメリカも同様だ。国際世論も国内世論も時がたてば忘れる、とタカをくくっているのだろうか。アメリカの心理学者は、トランプのレベルは小学生5・6年程度と評しているが、前項の発言などは就学前の幼児が言いそうなことだ。

もりかけ論争を聞いていると、「日本は大人の国」と胸を張るわけにはいかない。

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2018年10月16日 (火)

中東の混とん状態

日本経済新聞10/16

【ドバイ=岐部秀光】サウジアラビアの記者がトルコのサウジ総領事館で行方不明になっていた事件で、複数の米メディアは15日(日本時間16日未明)、サウジ政府が従来の立場を覆し、館内での殺人があったことを認める検討をしていると報じた。

(中略)CNNテレビによると、サウジは政府批判を繰り返していたジャマル・カショギ記者を本国に連れ戻す目的でおこなわれた尋問中に、同氏が死亡したことを認める準備をしている。作戦は許可なく不透明な形で実行され、作戦にかかわった者に責任があると結論づける可能性があるという。一方、状況は流動的で、変化する可能性があるとも指摘した。

米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)も同日、サウジが政府の直接の責任を否定する形で、総領事館内の殺害を認める声明を出すことを検討していると報じた。発表時期は未定で、声明を出すかどうかの決断も下していないという。(後略)

この話、一度記事にしようと思ったがあまり非常識すぎる話なので続報を待った。どうやら本当らしい。サウジ政府の責任にしない意向というが、こんな無茶なことを指示できるのは実権を握ってやりたい放題のことをしているムハンマド皇太子しかない。

世界の石油を支配したアメリカとサウジの蜜月時代も、トランプ大統領でさえついていけない皇太子の傍若無人ぶりで断ち切れることになるだろう。

サウジは国内にメッカ・メジナのイスラム教聖地があるため、国や宗派の別なくイスラム教徒の任務とされる聖地巡礼に便宜をはかり、9割を占めるスンニ派の盟主の地位も維持してきた。

様相が変わってきたのは、やはり大国であるシーア派のイランと激しく対立するようになったことである。イエメンの内戦に空爆で介入したり、同盟関係にあったシーア派の多いカタールと国交断絶するなど、イラン敵視を鮮明にした。

これは、シリアでIS掃討に加わって勢力を増してきたイランがイスラエルを脅かすことを心配しているイスラエルべったりのトランプにとっても朗報である。新鋭戦闘機などの大量武器輸出も視野に入れてきた。

ところが事件が起きたのが、やはりイスラム大国のトルコである。トルコはNATO加盟国でありヨーロッパに近い。サウジの挙動を容認できるはずがない。もう一つの大国、エジプトもシナイ半島の国内問題で手いっぱいだろう。

こうなると国連に頼るしかないが、今の安保理にその能力があるとは思えない。泥沼は果てしなく続くのか。

 

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2018年10月15日 (月)

尖閣を考える

尖閣諸島問題で日中間の対立が最も先鋭化したのは、なぜか鳩山内閣から野田内閣の民主党政権下である。2010年の体当たり漁船逮捕、身柄拘束に始まり、最後は、石原都知事が民間から買い上げようとしていた魚釣島などを政府が国有化したことに中国が反発した。

その後も、挑発行動などは続いているが、このところ、かつてのような先鋭化を避けているように見える。

その背景にあるのは、米中の対立(覇権争い)で、互いに関係各国の支持を取り付けようという水面下の競争が働いているのだろう。15日付けの毎日新聞(東京・3面)では、中国が日本との第三国協力に転じた背景には、習金平国家主席が提唱する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」に吹き付ける逆風があるとしている。

つまり、中国の鉄道計画や港湾開発などインフラ整備のため沿線各国への多額な融資をすることにより、債務超過が憂慮されたり、沿線の不動産開発先行で中国支配の懸念が警戒されるため、日本との連携により計画を再構築する必要があるという。

急がば回れということである。東シナ海や南シナ海が緊張するようでは計画がとん挫しかねない。もう一つ、習金平は毛沢東以来という独裁体制を得て軍部への支配力を不動のものにしたた。もはや無人島の実効支配などにこだわる必要を感じなくなったのだろう。

中国の最大の眼目は、アメリカとの経済戦争に打ち勝つこにある。安倍外交はそれをうまく利用しているという面では効果をあげている。

さらに言えば、こういった機会に尖閣問題を交渉で解決の道を探るような機転が働かないものか。

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2018年10月13日 (土)

韓国の稚気

今月6日付けで「慰安婦・旭日旗」という記事を書いた。それから1週間の今日、昨日開かれた韓国の国際観艦式で「自国旗と韓国旗以外は掲揚しない」という原則を各国に通知していたにもかかわらず、国旗と軍艦旗が同じ米国などを除く7カ国が軍艦旗を掲げた。韓国の旗艦は16世紀末に豊臣秀吉の朝鮮出兵軍を破った李舜臣(イ・スンシン)将軍の旗も掲揚したことが報じられている。

前回の記事は、反日の稚気を国際問題とする韓国の恥ずかしさを問題にしたものだが、以上の措置をとったことに文大統領も説明のつけようがないだろう。日本政府は早速抗議を申し入れたが、各国もあきれているのではないか。

北朝鮮との融和が最大関心事の文大統領の心の底には、南北2国が融和・共存する時代になると両国のバランスを、「反日」で競う時代が来ると内心踏んでいるのかもしれない。

両国と、米中ロの5か国が戦争終結に向けて連絡・調整をとりあう中、安倍首相の反対発言もあって旧・6か国協議からはずされている。「おいてけぼり」がはっきりしてきたことは、マスコミの論調でも指摘している。文大統領もそんなところを見こしての行動だろう。

 

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2018年10月12日 (金)

昭和の人

(『新訂・海舟座談』岩波文庫)抜粋

ワシはもと西洋人の言うた七年一変の説ネ。アレを信じているのだ。どうも七、八年ないし十年にして人心が一変するよ。水野から阿部、それから井伊ネ、その跡を推して見せると直にわかるテ。しかし、水野、阿部と人をさして言うから、間違うのだ。勢いの移り変わりだから。水野の時は、外国のために準備すると言って、八釜しいことであった。阿部の時には、水戸が勤王攘夷とか言うて、騒々しかった。西郷らが王政復古をしたそのつど、あとから見ると、先の事が馬鹿らしく見える程に、勢いが変わってしまう。

来年は平成最後の年になる。それでは昭和最後の年、平成最初の年には何が起こったか。

国民に初めて消費税が課せられ、ベルリンの壁が崩壊して冷戦が遠のく。さらに昭和天皇と同じ年に亡くなられた方をあげてみよう。10人以上業績や顔浮かべばあなたは昭和の人だ。

1/7昭和天皇(87)、2/9手塚治虫(60
3/20五島昇(72)、 4/10色川武大(60
4/11島岡吉郎(77)、4/14西堀栄三郎(86
4/27松下幸之助(94)、5/2春日一幸(79
6/24美空ひばり(52 6/25尾上松緑(76
7/29辰巳柳太郎(84)、8/18古関裕而(80
9/27
谷川徹三(94)、12/9開高健(58
12/12田河水泡(90

20世紀年表』小学館、より

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2018年10月11日 (木)

厄介な日本語「首長」

新聞を読んでいたら「福島県の高校生が首長」ここで行が変わった。一瞬、「町長か市長になったのか?」と思ったら、続けて、竜「フタバスズキリュウ」の化石を発見して50年……となっている。

せめて「くびながりゅう」とルビがあればまちがえない。テレビで市町村長を言うときは「首長」を「しゅちょう」とは言わず、主張や市長と聞き間違えないよう「くびちょう」と重箱読みにする。

本来、「首」は胴体と頭をつなぐ「くび」れた部分を言う言葉だ。

首相や首脳陣の「首」は胴体の上全部を頭部として言う。くびを切るという表現は頭だけでなく、そこから身体全体をなくしてしまうことを意味する。首には3種類の解釈があるのだ。

話が横道にそれたが、件の高校生は、学術上画期的な功績を世界に残したということの記事で、どこかの首長や首相では遠く及ばないということを改めて感じてしまった。

 

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2018年10月10日 (水)

公明党の寿命

『週刊ダイヤモンド』10月13日号は、特集を「新宗教の寿命」とし、創価学会をトップに11の教団をあげて分析している。関心は政権与党・公明党のバック創価学会だ。

その中に一般紙や聖教新聞などでは触れることのない内幕が記されており、安倍政権の9条改憲について、公明党が歯止めの役割を果たすか――という期待が幻影と化す可能性が見えてきた。

このままでは、安倍首相の思惑になにがしかの手を加えることがあっても、結局は首相に手を貸すことしかできないという結論になってしまう。

その理由は創価学会を平和追及の新興宗教として戦後爆発的に育て上げた3代目会長・池田大作氏が1981年に会長職を譲り、任期の定めのない名誉会長となった。以後会長は北条・秋谷氏と受け継がれ2006年に現職の原田稔氏が就く。

しかし、池田氏のカリスマ性は消えないものと見なされていた。それが前掲誌によると創価学会は、原田会長・谷川佳樹副会長ら「4人組」と呼ばれる執行部に実権を握られるようになり、例年執行部が慣例としていた池田名誉会長の誕生日1月2日に行われる池田詣でが、今年は家族から拒否されるという異様な事態となった。

池田氏は90歳という高齢で目下療養中ではあるが、これまでになかったことだ。どんな変化があったのか、以下同誌を引用する。

執行部は近年、創価大学派閥など池田家に近いと目されていた側近などを次々と粛清する一方、学会の憲法に相当する「創価学会会憲」を昨年制定し、組織運営から教義に至るまで全権を原田会長に集中させるなど池田外しともいえる動きを加速させている。それを不快に感じている当の池田氏側が面会を拒否したというのである。

同時に古参有力信者が公明党の集団的自衛権容認などを批判すると、執行部批判など会憲で定めた「ふさわしくない行為」に当たるとし、除名処分や役員解職などが次々と行われている実態をレポートしている。

それでなくても会員数は減少の一途をたどっており、それが最近の選挙結果にも表れている。つまりなにかのきっかけで、いつ自民党の補完勢力としての寿命がつきるかもしれないといっているのだ。

喜んでいいのか悪いのかは別として、世相や政治に動乱の季節が目前に来ているような気がしてきた。

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2018年10月 9日 (火)

首都圏・沖縄の共通点

新聞休刊日の今日、TVのニュースショーは、築地市場の豊洲移転で市場お休みとか貴乃花問題蒸し返しなど気の抜けてようなテーマの繰り返し。

その中で圧巻だったのがテレビ朝日の羽鳥モーニングショーだった。番組紹介のかわりに昨日の新聞ラ・テ欄をたしかめるとこうある。

羽田空港新ルートピンチ! アメリカとの合意まだ……。これだけ見ると空港の東京市街上空を通過する新ルートが騒音問題などで未定になっているという、これまでの報道を取り上げただけかと思うが、中身は違った。

横田基地の存在を理由に、東京都の大部分と埼玉、神奈川、群馬上空の航空管制権が日本になく、日本の飛行機はそこを避けて迂回を余儀なくされているという、占領以来続いている治外法権の詳しい内容だ。

事故が起きても日本の法律は適用されず、その判断はアメリカに有利なものになるという、まさに沖縄住民が抱えている不安と同じ状況が首都圏にもあることに国民が気づいていないという点を改めて指摘した。

このような不合理は、同じ敗戦国であるドイツ・イタリアにも存在せず、国際的に見ても異様な関係になっている。問題は日米安保条約である。条約本文にはそんな表現はない。問題は「地位協定」である。

歴代政権は民主党なども含め、この改定に取り組んでこなかった。むしろ外交上はノータッチでいることが友好維持のかなめと考えていた。唯一大きな声をあげていたのは、石原慎太郎だけである。

現・河野外相もそのことはよく承知しているが、担当大臣となったことで口封じ同様の立場になってしまった。そこへ起きたのが、翁長氏に代わる玉城沖縄県知事の出現である。

今こそアメリカに相談を持ち掛ける絶好のチャンスである。米軍の存在によって、空路の遠回りを70年以上も続けざるを得なかった日本の損害や負担金の額は、計算できないものの関税不均衡などに劣らないのではないか。

そういったことを感じさせる番組だった。

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2018年10月 8日 (月)

スラウェシ?

 「スラウェシ島」で津波の被害?……あッ、セレベスのことか。ボルネオの東、F字型の大きな島だ。「ボルネオ」ではない、カリマンタン?。東南アジアはタイなどの王国を除いて、戦前まで英・仏・蘭などが植民地とし区域も一定しなかったので呼称もまちまちになる。

 戦時中、仏印と蘭印という言葉はあったが、島はボルネオ・セレベス・スマトラ・ジャワなどと呼びならわすのが常だった。シンガポールは日本の占領で「昭南島」に変え、地図を赤色にする。

 旧称ビルマのミャンマーは今、イスラム教徒との住み分けで内戦状態となっているが他の諸国でも同じような悩みを抱える。この先、第2の中東にならないよう日本は何ができるのか。

 災害救援もいいが、価値ある外交とはそういったことも考えておくことだ。

 

 

 

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2018年10月 6日 (土)

慰安婦・旭日旗

 お気づきのように、本塾には韓国・北朝鮮関連の記事が多い。中国を含め、東アジア共同体というカテゴリーに入れている。自著に『周辺国に向き合う日本人の歴史』があるので、自然、そうなる。

 だから、好意的に見ているという評価もあるだろう。しかし、どうしても解せないのが慰安婦問題と旭日旗問題だ。慰安婦問題は、強制連行があったかどうか、性奴隷的な扱いがあったかどうかが問題で、特定個人の事案であり当時の慣習や制度をあげつらうのは的外れというしかない。

最近クローズアップされているのが旭日旗問題。日本の軍国主義を象徴しているというなら、旧陸軍の連隊旗が同じ旭日旗でその方を言うべきだ。連隊旗はたしかに日露戦争や日清戦争で使われた。

特に日露戦争では、激戦の先頭に掲げて突撃するので、旗の生地は抜け落ち、周りの縁取りの房だけになったものを連隊の名誉の象徴として大事にされた。連隊旗は天皇陛下から下賜される貴重な旗で再発行はされない。

朝鮮人に向けて使用されたことはないものの、戦後の陸上自衛隊はそのデザインを採用しなかった。軍艦旗も旭日デザインで似ているが、天皇からの下賜ではなく、海軍所属艦船の標識として、連隊旗同様、明治のはじめから伝統的に使われている。海上自衛隊はそれを継承した。

韓国紙も過剰反応に気が付いているせいか、アメリカなど他国にそういう例がなく、デザインが似ている朝日新聞の社旗にも触れている。

朝日新聞主催の野球とかマラソンには応援用に一般に配られているが、軍国主義とは無縁だ。日本にもヘイトスピーチという無分別行為はあるが、国を挙げてということはない。

ふたつの問題は、朝鮮民族の名誉のため、早く収束させてほしい。

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2018年10月 5日 (金)

教育勅語の幼稚園児並解釈

今日は、朝日・毎日の2紙が教育勅語を題材にしている。

森友学園の幼稚園で、教育勅語を園児に唱和させているのを聞いて感動した首相夫人が、首相の意をたいするような形で学園の名誉職についたことから同勅語の知名度は上がった。

そこへ教育勅語には、「現代風にアレンジすれば道徳の授業などに使える分野が十分にある。普遍性をもつ部分が見て取れる――」などと柴山昌彦・新文部科学相が就任会見で所論をのべたため、安倍新内閣の体質に危惧感を抱いたのが両紙社説の趣旨である。

これまでも、下村博文元文部大臣・稲田朋美元防衛相が持論としており、首相側近であった柴山氏なら言いそうなことだ。そこに日本会議が「明治の精神」の中核に据えようとしている謀略が見て取れる。

「教育勅語」のフレーズ検索で当塾へのアクセスも増えている。そこで勅語の文体そのものと読み方を掲載しているので参考にしていただきたい。

いつも私ごとで気が引けるが、8年間教育勅語づめの学習経験があり、その後は「戦後レジーム」をそのまま体験している世代だ。安倍首相などとは年季が違う。新聞などの指摘、教育勅語の「一旦緩急あれは義勇公に奉し」の部分だけでなく全体に目を向けてほしい。

教育勅語復活派は、出だしが「朕思うに」ではじまるので明治天皇直接のお言葉のように扱いたいのだろうが、内実は大分違う。明治時代は、中世の南北朝いずれが正しい皇統かが議論となり、天皇の意見を聞いたところ、明治天皇の先祖ではない南朝という答えがあったとされる。

したがって「皇祖皇宗国を肇ること宏遠に徳を樹つること深厚なり」という万世一系論を天皇が信じていたはずがない。「徳」は、後で出てくる「忠・孝」同様、中国・儒教ことに徳川幕府が教養の中心に置いた朱子学のものである。日本古来のものとする証拠が全くない。

当時自由民権思潮が盛んになり、福沢諭吉のような穏便な言論にさえ危機感を抱いた有司は、上からの国論操作を定着させる切り札がほしかった。

そこで当時「勅語メーカー」とか「影の総舵手」いわれた、井上毅らの手により、急ごしらえの案文を練り上げたものである。発布は、第1回帝国議会開会の一か月前、明治23年10月30日であった。

 

 

 

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2018年10月 4日 (木)

安倍首相の幼児性

 安倍晋三首相は、訪朝直前に来日するポンペオ米国務長官と6日に会談し、北朝鮮の非核化に向けた日米の方針を改めてすり合わせる考えだ。菅義偉官房長官は3日の記者会見で「北朝鮮問題で緊密に連携し、拉致問題を含めて対応できる体制を整えたい」と語った。首相はポンペオ氏に、北朝鮮が求める朝鮮戦争の終戦宣言などの条件を安易に受け入れないよう念押しするとみられる。【光田宗義】(毎日新聞・10/04、東京)

何度も読み返した。「エッ?本当」という内容。最後が「とみられる」で終わっているから観測記事といえばそれまでだが、ことは重大だ。南北朝鮮政府もウオッチしている。もし、官邸が記事を否定をしなければ本当ということになるので全文を引用した。

世界中に終戦宣言を歓迎しない国や人々がいるだろうか。「おいてけぼり」は意に介さないという暴言に聞こえるだろう。

終戦宣言は、「両国間の戦争は終わった」と確認しあうことだ。塾頭は、北朝鮮のねらうところをこう見る。

金正恩が第一に掲げる国是は、南北朝鮮の統一を目標に掲げることである。これは、体制は併存させたままで、できるところから融和を図るということになるだろう。

アメリカとの戦争状態がなくなれば、アメリカに向けた核兵器もミサイルも不要になる。同時に韓国に米軍が駐留している理由も失う、という趣旨だ。

日本の敗戦と同時に朝鮮人が考えたことは統一国家の独立であり、南北の別など考えなかった。それが米ソで分割占領するという話になるのだが、そんなことは朝鮮人の意識の中にない。だが占領軍の意向を受けて北には金日成政権、南には李承晩政権ができる。

北は、計画経済が順調に推移し安定していたのに対し、南は李承晩の強権や腐敗が目立ち貧困から抜け出せなかった。金日成が軍を南に向け釜山まで進撃する。

南の人民を救うためという名目である。日本はまだ占領下にあり、在日米軍が反撃して激戦となるが、結果的には38度線で停戦協定を結ぶ。しかし、戦争状態は68年間もそのまま続いていることになっている。

北にとって韓国人が敵という意識はなく、あくまでもアメリカとの戦いだった。日本は、占領軍が海上保安庁に出動を命じ戦死者も出しているので敵国と見なした可能性はある。日本に工作員を潜入させたり拉致という行為に出たのは、その下地があったからかも知れない。

そこへもってきて冒頭の安倍首相のぶちこわし発言があったとすれば、トランプにあやかった安倍、金首脳会談など実現するはずがない。金正恩主席が1兆円とされる日本の援助が欲しくて終戦宣言を妨害する安倍首相と会談すると本当に思っているのだろうか。

その幼児性は思っただけでもぞッとする。

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2018年10月 3日 (水)

辺野古とアメリカ世論

【ワシントン=座波幸代本紙特派員】米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は1日、米軍普天間飛行場移設に伴う沖縄県名護市辺野古の新基地建設計画に反対する玉城デニー氏の県知事選当選を受け「沖縄の米軍駐留を減らすために」と題した社説を掲載し「日米両政府は妥協案を見いだすべきだ」と新基地計画の再考を促した。(琉球新報10/3

塾頭は以前から「普天間基地の辺野古移転は、政府自民党が意地を張っているだけ」と考えていた。アメリカにとって、米海兵隊を沖縄に張り付けておくメリットがベトナム戦争当時と違ってきたからだ。

米軍基地を置けば、日本の思いやり予算もついて、米本土より安くつくということは、これまでも指摘してきたが、それが沖縄の辺野古に普天間から海兵隊を移すということと関係がない。

ベトナムに近く、海兵隊の訓練には辺野古より北の演習地がベトナムのジャングルと似ていて好都合、などともいわれたことがある。

中国をにらんで?。自衛隊をさし置いて、アメリカが無人の尖閣諸島を守りに行くわけはない。台湾有事で派遣すれば空前の人的被害覚悟、ということにもなる。

戦争の姿がすっかり変わった。陸戦隊で敵国を占拠、首都制圧という古典的戦法が通用するのは内戦だけで、大国は武器援助、軍事指導、無人機攻撃、サイバー攻撃など人的損害なしの方向に進む。

その上で、沖縄の基地問題でアメリカの世論が変化するだろうことは予測していたが、前述の記事でそれが見えてきた。玉城新知事が政府に対しアメリカとの協議で政策変更を促す考えは、それを踏んでのことだ。

日米安保堅持は、政府・自民党にとっての金科玉条であって、一度決めたことは野党に指一本触れさせない、という伝統的な向米一辺倒主義が支配している。また、アメリカにとっても居心地のいい関係で日本を引き付けておくため、政府の足元をすくうような言動はできなかった。

いずれにしても、法廷闘争などは、姑息な手段に見えてくる。玉城氏には、よりアメリカ世論に訴える力があると思うので、その方向の活躍も期待する。

 

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