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2018年9月22日 (土)

身についた歴史を

テリトリーに「歴史」などの項目を立て「なにか偉そうな」持論を書いている。それでいいのか、最近の時代の激変にやや自信喪失気味になりかけている。IT技術の方はとっくにバンザイしてしまった。

若かりし頃は、唯物史観、発展段階史観、労働価値学説などの全盛時代であった。その物差しを今でも使ってしないかということが心配になってくる。使っても別に悪くはないが、「帝国主義」「植民地支配」「金融資本主義」などという用語で物を考えがちであることは否めない。

民主主義も、日本の政党のほとんどが「民主」を党名に入れており、かつてのようにキラキラ名ではなくなった。

それならばどの角度から歴史を見るか。近現代の「史観」が現れる前から、日本では、中国古典にはじまり、『日本書紀』『万葉集』『平家物語』その他多くの文献・史料に接することができたしこれからも続く。

その流れの中で史観にとらわれず近世を考えていくのが正道で、祖父母の代、父母の代そして自身の体験や見聞は、そのままが歴史であり、後付けの「史観」で潤色すべきではなかろう。それにも文献・史料が大きな役割を果たす。

公文書の改ざん、秘匿、廃棄が歴史に対する大きな犯罪であることを知らなければならない。それができないようでは、世界に貢献したり国益を守ったりすることが不可能である。

史観は、ひとりひとりの中にあるということを痛感するのである。

 

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コメント

徳川光圀が手掛け、200年以上経った明治に完成した「大日本史」は幕末から明治以降の日本にいろいろな影響を及ぼしたとされますが、あまり知られていない歴史書だと思いますが、あまりにも莫大な量らしく、凡人の私には読もうという勇気さえありません

投稿: 玉井人ひろた | 2018年9月22日 (土) 19時04分

助さん格さんはそのスタッフで、諸国漫遊はその史料集めのためという説がありますが、それではドラマになりませんね。

投稿: ましま | 2018年9月22日 (土) 19時46分

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