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2018年8月 6日 (月)

日中朝韓関係のトゲ

  安倍首相は北朝鮮の金正恩、中国の習金平両首脳との接触・会談を盛んに模索している。しかし、トランプのようにうまくは進まないだろう。理由は、首相が相手を信頼していない以上に、相手からも信用されていないことによる。

のどに刺さった骨は「靖国問題」である。今年の終戦記念日の首相参拝は断念したとのことである。例により「私的に玉串料を奉納」とすることになるのだろう。

余計に悪い。自民党や「ゆ」党の一部議員たちのように、信念に基づくものなら理由を明らかにして堂々と参拝するべきだ。信念の内容正否は別として、中国・北朝鮮は安倍首相不信の理由を正面に掲げ、反論することになるだろう。

その上で、金・トランプ会談のように主張の違いを乗り越えて会談が実現するかも知れない。このままでは、いつまで経っても煮えきれない相互不信の関係が続く。

過去、ご存知のように友好関係を発展させる機会は、安倍首相以外の自民党内閣でもしばしばあった。小泉元首相も、靖国参拝を断念したり断行したりだったが、個人の信念というより、自民党に強い影響力を持っていた遺族会や、党内右派への配慮があった。また、当時A級戦犯合祀について国内で盛んに議論が行われていた。

国内議論に決着をつけ、平穏な慰霊環境をつくるための打開策もいくつか提案されていた。こういった環境の下で、小泉首相は訪朝し拉致被害者の何人かを連れ帰ることができた。北朝鮮も日本の国内議論を承知していたのだ。

その際の、日朝合意が破られたとする不信感が増幅し、現在に至っている。これを解消させるには安倍首相では無理だ。基本的に靖国問題は国内問題であり、日本で決着をつけなくてはならない。マスコミも靖国問題を再燃させる時期に来ている。

小泉時代までは、そういった議論が盛んに行われたが、戦争議論の風化が進み、今や嫌中・嫌朝、反日といった次元でしかものを見ない風潮になってしまった。

以下、関連する事項を列記しておく。

【安倍首相の歴史認識】

2015520日に行われた党首討論で、共産党の志位和夫委員長は安倍晋三首相に、ポツダム宣言に関する認識を質問した。

志位氏は「過去に日本が行った戦争は、間違ったものという認識はあるか。70年前に日本はポツダム宣言を受け入れた。ポツダム宣言では、日本が行ったのは間違った戦争だったと明確に記している。総理はこの認識を認めないのか」と聞いた。これに対し、安倍首相は「ポツダム宣言は、つまびらかに読んではいないが、日本はポツダム宣言を受け入れ、戦争が終結した」と述べた。

ポツダム宣言は、1945726日、ドイツのポツダムにおいて、アメリカ・イギリス・中国(のちにソ連も参加)が発した対日共同宣言。日本に降伏を勧告し、戦後の対日処理方針を表明したものだ。

【ポツダム宣言】

 吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ國民トシテ滅亡セシメントスルノ意圖ヲ有スルモノニ非ザルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戰爭犯罪人ニ對シテハ嚴重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ日本國政府ハ日本國國民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ對スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ言論、宗教及思想ノ自由竝ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ

【終戦の詔勅】

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

 朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

【東京裁判】

この裁判は連合国によって東京に設置された極東国際軍事法廷により、東条英機元首相を始めとする、日本の指導者28名を、「平和愛好諸国民の利益並びに日本国民自身の利益を毀損」した「侵略戦争」を起こす「共同謀議」を「1928年(昭和3年)11日から1945年(昭和20年)92日」にかけて行ったとして、平和に対する罪(A級犯罪)、人道に対する罪(C級犯罪)および通常の戦争犯罪(B級犯罪)の容疑で裁いたものである。「平和に対する罪」で有罪になった被告人は23名、通常の戦争犯罪行為で有罪になった被告人は7名、人道に対する罪で起訴された被告人はいない。裁判中に病死した2名と病気によって免訴された1名を除く25名が有罪判決を受け、うち7名が死刑となった。日本政府及び国会は1952年(昭和27年)に発効した日本国との平和条約第11条によりこの(the judgments)を受諾し、異議を申し立てる立場にないという見解を示している。

【昭和天皇の参拝中止】

昭和天皇は、戦後は数年置きに計8度、靖国神社に親拝したが、19751121日を最後に親拝が行われなくなり、今上天皇も親拝を行っていない。この理由については、昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感をもっていたことを理由とする主張と、1975年当時の三木武夫首相が同年の終戦の日の参拝の後、「総理としてではなく、個人として参拝した」と発言した事を理由とする主張とがあった。昭和天皇が合祀に不快感をもっていたことを記録した「富田メモ」や、内容を裏付ける『卜部亮吾侍従日記』に基づき、松岡洋右と白鳥敏夫の合祀が天皇の親拝を妨げていたと考える説もある。

【最高裁判決】

大阪地裁は、合祀に国が協力した行為は政教分離原則違反で違憲であると判決した。201111月、最高裁により確定した。

色々あった議論

A級戦犯だけを別の場所へ分祀する。
・一宗教法人として残し、国家の関与をなくする。
・靖国神社とは別に宗教を離れた戦没者慰霊施設を設ける。
など

 

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