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2018年7月10日 (火)

無為無策水害

戦中・昭和17~8年の頃の話。10~20軒程度の単位で隣組が組織された。銃後の住民組織として、政府はあらゆる手だてを使って普及につとめた。相互扶助を目的としたが、これに頼らないと衣料、食料などの配給にも支障を生じた。

 中でも、戦災を防ぐ防空訓練は徹底していた。各戸ではコンクリート製の防火用水が各戸の門前に備えられており、火叩き(2mほどの竹棒の先に450Cmの縄を束ねて結わえたもの)をお手製で作った。

 これを水に浸して、焼夷弾などを叩こうというわけだ。火災が生じたらバケツリレーで対処し火元にかける。爆弾の破片を受けないように、布団を入れる押入の下段を空け、そこにうずくまる。学校へは綿入れの防空頭巾持参で通った。

 米軍と戦う竹槍訓練もあった。これは愛国婦人会が在郷軍人会などの指導で行う。

 こんな非科学的で阿呆なまねは2度としたくないが、今回の西日本水害を見ると、政府は比較にならないほど無為無策だったというしかない。異常気象戦争はすでに始まっている。

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