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2018年7月29日 (日)

「公僕」

このところの官僚による不祥事は際限がない。そこで「公僕」という言葉を思い出したのだが、あまり使われていないようだ。試みに検索をしてみたら「差別語だ」という書き込みがあった。

これは驚いた。昭和3、40年頃までは他の権力に対する公務員の自尊の精神として公務員自身が盛んに使っていたはずだ。それが卑屈に聞こえるとすれば、言葉も世につれ人につれ変化していくものだと感じた。

僕、君の一人称・二人称は差別語だ、などといわれるようになるのだろうか。だからIとYouにしろ、なんていう時代はまっぴらだ。

「忖度」も本来の使われ方とは全く逆の意味づけがされてしまった。共通して言えることはぎすぎすした感じになったことだ。

ことばの美しさをたしなむ時代は、遠くへ行ってしまった。美しい日本語を守る最低限の基本は「ウソ」をつかないことにつきる。

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コメント

まさにその通り。週刊誌の見大競争からきているのかも知れません

投稿: ましま | 2018年7月30日 (月) 12時58分

マスコミはちょっとでも涙すると「号泣」というように、政治家は「万全の対策」を何度もくりかえすように、重みのある言葉や最大級の言葉が軽い言葉に使われ過ぎです。

投稿: 玉井人ひろた | 2018年7月30日 (月) 11時50分

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