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2018年7月 5日 (木)

スマホ文化

世はあげてスマホ時代だが、塾頭は持っていない。理由はあとで述べるが、10代の頃、普通の家庭には電話がなかった。近所の商店や持っているお宅にお願いして「呼び出し電話」という名称で、緊急時の連絡を受ける仕組みがあった。

学校へ欠席の連絡をするような場合は、公衆電話を使う。30台、家を持つ頃には電話を引くのが当たり前になってきた。

40台、ボケベルという、外出時に無線で呼び出し音だけ発する機械が出始めた。セールスマンなどは仕事にどうしても必要、ということで持たされることになった。塾頭も申請すれば持てたが、外の空気を味わっているときぐらい仕事から解放されていたい、という理由から敬遠した。

それがガラ携に発展したわけだが、便利さはわかる。しかし積極的にそれを持つ必要性を感じたことがない。家庭や職場、それに公衆電話があれば事足りる、という神経だ。

ブログを始めて13年余、PCでネットが使えれば事足りる。そんな訳で、スマホ文化からは完全に取り残された。

この先、お世話になることがあるかも知れないが、正直、しんどい。

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コメント

私は戦後生まれですが、田舎育ちなので、10歳くらいまでは電話は無く、近所のタバコ屋に唯一の呼び出し電話がありました。
そのうち「農衆電話」という、ダイヤルではなく電話交換士とで会話でつなぐ電話が戸別に設置されたときは嬉しかったです。

今のような普通電話になったのは20代でした。
社会に出て20代でポケベルも経験しましたが、そのころはまだ公衆電話が無くベルが鳴っても電話探しで遅くなり、会社の方からは「連絡が遅い」とよく苦情を言われたものでした。

投稿: 玉井人ひろた | 2018年7月 6日 (金) 21時57分

ちなみに、わたしもスマホもアイフォンも持っていません。
あの大きさが、畑や山を歩くときが邪魔だし、基本料金が高すぎです

投稿: 玉井人ひろた | 2018年7月 6日 (金) 21時58分

スマホ文化はすさましいばかり。猫も杓子もといいますが、猫が使っていても不思議ないくらい。
スマホを持たないお仲間があるとは、心強い限りですcat

投稿: ましま | 2018年7月 7日 (土) 18時19分

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