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2018年6月21日 (木)

「ウソ」の心理学

 このブログでは、「ウソ」という言葉を、去年は稲田・元防衛相などに「おそるおそる」使っていたが、今年にはいって文書ねつ造などをめぐり安倍首相、政府自民党、官僚などに蔓延するウソを指摘している。

 それが、この夏に入り、日大アメフトのことや、加計事務局長など民間にまで当然視する由々しい社会現象のようになってしまった。一流紙の社説にまで「ウソ」と表現される。「ウソツキ」は昔からいるが、こんなに堂々と世にはだかるようになったことは、古今東西あっただろうか。

 心理学者ではないが、なぜこんなにウソが公然とまかり通るようになったか考えてみた。

① 目的が正しければ(お国のためなら・学校のためなら)ウソは許される。
 岩盤規制を突破するため、内閣で決めた事を実現するに必要なウソ(加計問題)
 教育勅語を教える小学校建設は正義(森友学園・首相夫人名誉校長)

   ――戦前・戦中を思わせる(勅語朗読・満鉄爆破、大本営発表など)

 直接法にふれなければ(森友学園、首相・関係あれば辞職発言、文書偽造・隠匿の忖度)

   ――たいしたことではない(軽い)

 人事権・独裁権力など、偉い人によるウソ強要または示唆

   ――保身と栄転最優先、報復警戒(前川文科省前次官の講演会妨害があり=カケ。大阪には命を絶って抗議した人もいた=モリ)

④ 国民の幼児っぽさねらい

 お上のいうことはいつも正しい(記録がない。厳正な調査をする)。時間が経てば忘れる。

   ――「へそを出して寝ると雷さまに取られる」「ウソをつくと閻魔さまに舌を抜かれる」の類。したがってそれを言う方も幼児レベル

 以上を考えてみると、野党の追及も「半端」であるとつくずく感じてしまう。

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