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2018年1月31日 (水)

押しつけ憲法再評価

明日から2月である。1946年2月1日は、「毎日新聞」が明治憲法改定のための憲法問題調査委員会が策定した改憲要項の内容をスクープした日として、年表に特記されている。現行憲法が、施行の日として祝祭日となったのは49年5月3日が最初で、それまでに3年以上かかっていた。

折りしも国会で改憲論議がさかん(本当は低調)に行われているが、安倍首相を中心とする改憲促進派は、現行憲法GHQ押しつけ論者で占められている。ところが終戦から始まった当時の世情や世論の動向、現憲法に至る過程を精査する作業は、あまり進んでいない。

冒頭の「改憲要項」が明治憲法をあまり変えたくない守旧派の手で行われ、天皇大権を温存する内容だったことにGHQは驚いた。3日に早くも戦争放棄などの3原則を示し、13日にはGHQ草案を示している。

なぜこのように急いだか、GHQは占領政策に異論を挟むアメリカの強硬派やソ連の介入を封じ込めるためではなかったかと塾頭は考えている。

英首相チャーチルが「鉄のカーテン」演説をしたのは同年3月5日である。日本国民もソ連の影響のらち外にいたあったわけではない。これを放置していては円滑な占領政策に大きな支障を生じる。そういった危機感から、世論の動きも勘案しながら混乱回避の行動に出たのではないか。

国会を始め、日本国民がその案を鵜呑みにしたわけではないことは、すでに種々証明されている。仮にGHQの介入がなかったらどういうことになっただろう。安倍首相たちが、最も恐れる事態になっていたかも知れない。

歴史に「仮に」はない。ただし終戦から、憲法記念日を祝うようになる数年は大事な期間である。2月が、押しつけという「単眼史観」から抜け出すためのきっかけになってほしいものである。

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