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2017年11月 1日 (水)

慰安婦問題、黙殺が一番

「黙殺」に「殺」が入るので穏やかでない感じだが、世宗大・朴裕河教授の書「帝国の慰安婦」を巡り、名誉毀損罪に問われた裁判で、ソウル高裁は同氏を無罪とした1審判決を破棄して、罰金刑を言い渡した。これについて、読売・朝日の両紙が今日付の社説に取り上げている。

塾頭は、これまで韓国での取り上げ方が不当で「間違っている」と固く信じていた。それは戦時中に接していた韓国人の友達や、差別を禁じた先生、また戦後は韓国から引き揚げてきた官吏の息子の話、それから慰安所や慰安婦に関連した小説・劇、などから受けた印象をもとにしている。

したがって、元・慰安婦の物理的強制連行は、法規制上もあり得ないと思うが、本人がだまされたかどうか、そこまではわからない。また、性奴隷云々も、最前線の無秩序の中では「ない」とは断言できない。

両紙の論調は、高裁判決を批判する点では一致するが微妙に対立する点もある。その中で読売の肩をもちたい部分もある。朝日新聞の「日本政府はつらい体験をした女性たちの存在情報を不断に公開」、というのは何を明らかにせよ、というのだろうか。

具体的に何を指し、どの女性をいうのかわからないが、そんな情報はマスコミが扱う分野である。韓国も実体が徐々にあきらかになる過程で、騒げば騒ぐほど「恥」を上塗りすることになる。政府は基本的姿勢を示しておけば、少女像などにいちいち反応する必要はなく、「黙殺」するのが一番だ。

一部引用

朝日新聞

社会に浸透した「記憶」であっても、学問上の「正しさ」とは必ずしも一致しない。あえて事実の多様さに光を当てることで、植民地支配のゆがみを追及しようとしたのである。

朝鮮半島では暴力的な連行は一般的ではなかったという見方は、最近の韓国側の研究成果にも出ている。そうした事実にも考慮を加えず、虚偽と断じた司法判断は理解に苦しむ。

(中略)

日韓の近年の歩みを振り返れば、歴史問題の政治利用は厳禁だ。和解のための交流と理解の深化をすすめ、自由な研究や調査活動による史実の探求を促すことが大切である。

その意味で日本政府は、旧軍の関与の下で、つらい体験を強いられた女性たちの存在を隠してはならず、情報を不断に公開していく必要がある。

読売新聞

検察側の主張に沿って、元慰安婦が「性奴隷として動員された」とも認定した。1996年に国連人権委員会で採択され、「性奴隷」の表現を使ったクマラスワミ報告が根拠とされた。

報告には、客観性に乏しい記述が多く、吉田清治氏のでっち上げの証言も引用されている。問題のある資料に基づいて、裁判所が判断を出すのは不適切だろう。

93年の河野官房長官談話が判決の論拠に使われていることも看過できない。

 河野談話は、慰安婦の募集や移送などが「総じて本人たちの意思に反して行われた」としたが、安倍政権による検証で、日韓両政府の政治的妥協の産物だったことが明らかにされている。

 

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