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2017年11月 3日 (金)

明治節&文化の日

文化の日に当たり、毎日新聞は「文化の日の改称運動 復古主義と重なる危うさ」と題した社説を掲げている。

昔の国民の休日は、四方拝、紀元節、天長節、明治節の四大節だけであった。休日といっても、学校では、四方拝の元日以外は朝に式典だけあって、それに出なくてはならなかった。だけど、日曜以外の休みはうれしかった。かつては紅白のまんじゅうが配られたというが、それは知らない。

今日が明治天皇誕生日に当たる明治節で、今上(昭和)天皇誕生日は4月29日の天長節だった。式典は、その意義をたたえる唱歌を歌って終わるので、子供の頃から「今日は何の日?」という“ふざけた”ことにはならなかった。

今、国民の休日は16ある。それぞれもっともらしい理屈はついているが、特別その日でなくてはならないということはない。連休を多くしたいから土日の前後に決めたというのもいくつかある。

それ以外に決まっている日が土日に当たれば、振替休日があり、今年は12もあることを知らなかった。これでは「今日は何の日?」になるのが当たり前。そこで毎日新聞の主張を見てみよう。

(前略)数年前から11月3日を「明治の日」に改称させるための政治活動が目立ち始めた。2011年に結成された明治の日推進協議会には、右派団体「日本会議」系の人びとが数多く名を連ねている。 

 見過ごせないのは、安倍晋三首相と思想・信条が近い政治家が積極的に運動を後押ししていることだ。 

 稲田朋美元防衛相は先週末に開かれた関連のシンポジウムに対し「私も明治の日創設の法律化に向け、同志の皆様と手を携えて全力を尽くします」とのメッセージを寄せた。 

 古屋圭司衆院議運委員長(自民)も主要な応援メンバーだ。昨年は代表して明治の日実現を求める60万筆余りの署名簿を受け取っている。 

 なぜ彼らはこれほどまで明治の日の制定にこだわるのか。 

 推進協議会は、祝日法が文化の日の意義として示している「自由・平和・文化」について「特定の一日とあえて結びつける必要があるのか」と疑問を投げかけている。 

 ただ、それ以上に活動を支えるのは現行憲法に対する拒絶感だ。すなわち憲法は占領軍による「押しつけ」だから、憲法と密接な文化の日も葬り去りたいのではないか。 

 憲法改正による戦後レジームからの脱却を訴えてきた安倍首相らの考え方と根っこは同じであろう。明治時代への漠としたノスタルジーや戦前回帰の感覚がそこに連なる。 

 衆院選で勝利した首相の最終目標が改憲であることは間違いない。しかも、来年は明治維新から150年の節目であるため、首相は「明治の精神」に学ぶ機運と改憲を絡めて盛り上げようとする可能性がある。(後略) 

言わんとしていることは、安倍嫌いの塾頭と同じだが、結論は違う。まず、名称は昔の明治節、紀元節、天長節(=昭和節)のままでいい。それぞれの時代について、「まっとうな」歴史認識を新たする日にすればいい。むしろ、そうすべきだ。

まず、紀元節だ。国家のない時代、国境もない時代について「建国記念の日」はナンセンス。日本語の「くに」の概念であれば、ローカルな話で、まだ「紀元節」の方があたっている。

そんな議論をこの日に大いに戦わすべきだ。それが、偏執右翼のまちがいを正すことになり、歴史研究を正道に乗せることになる。明治節も同じだ。江戸末期、尊王攘夷論が起きてから維新への過程、幕府賊軍説や薩長土肥の志士伝説、さらに四期ほどに分けられる明治時代の分析、それが大正・昭和にどう転化してきたかを、賛成・反対両派が大いに議論すればいい。

明治天皇への研究もタブー視や神格視せず、こういった機会に議論することが大切ではないか。「昭和節」についても同様だ。今の祝祭日制度は、全くその意義・根拠を失った。本旨から乖離した虚偽の制度といってもいい。

そういった「戦後レジュームの脱却」なら、昭和節を含め歴史認識を深化させることになるので賛成だ。

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コメント

今の祝祭日制度は全くその意義・根拠を失ったという塾頭に完全に同意します。
成人の日とか敬老の日とか形骸化したのばっか。体育の日をスポーツの日に変更するなんてのは下らないもいいとこ。
安倍政権には憲法改正を機に祝祭日に大鉈をふるって欲しいです。
昔の明治節、紀元節、天長節のままでいいという塾頭の論にはわが意を得たりとの思いです。
思うに紀元節・天長節・明治節・昭和節を四大節とし、勤労感謝の日を新嘗祭に戻し、春分の日・秋分の日も春季皇霊祭・秋季皇霊祭に戻し、神嘗祭を復活させるのが妥当かと存じます。
あとの下らない祝日(一番下らないのは憲法記念日)は全部廃止し、こどもの日だけ端午の節句に改称し、見合いで3月3日を桃の節句として新設してもよい。
これで年間10日くらいに縮小できると思います。

投稿: ミスター珍 | 2017年11月 4日 (土) 23時13分

明治節についてはかなり以前から復活論が出ていたと記憶しますが、与党自身がそれを抑えていた気がします。

あまりにも巨大化した党は内部から分裂してきた経緯が存在します。

自民が多用する「謙虚」はそれの予防線の言葉にも感じます。

投稿: 玉井人ひろた | 2017年11月 5日 (日) 08時29分

ミスター珍 さま
……らしいコメントありがとうございました。休日を増やすと正規社員には休日出勤手当を払わなくてはならない。それが契約社員の増えた理由の一つだと思います。労働時間短縮にもっとまじめに取り組むべきです。
休日増はちっとも「善政」になっていません。塾頭のように毎日が日曜日人にとっても同じです。夕刊休みの分だけ損をしています。
それから、天皇の神事、秋季皇霊祭などを休日にするのは反対。天皇が熱心に仕事をしているのに国民が休んでいいなど、不敬罪ものです。

投稿: ましま | 2017年11月 5日 (日) 11時24分

玉井人 ひろた さま
与党には公明党がいます。
支持団体の創価学会の本尊的存在・日蓮が生きていれば、明治になって最初のころ採用された政策が「廃仏毀釈」。日本会議主導のそれを顕彰するような復活であれば、断固反対するはずです。

投稿: ましま | 2017年11月 5日 (日) 11時39分

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