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2017年10月 2日 (月)

立憲民主党

枝野新党を「立憲民主党」と決めた。前回、「民主党」が候補ということを聞いて、先祖帰りのような命名では、パアッとしないなあという感想を書いた。立憲○○党と聞いて、さらにはるか古く、明治時代にはやった党名だがなぜ?と思った。

西欧の憲法を参考に伊藤博文らが苦労して作った明治憲法だが、政党政治家がとかく軽視されがちになるのに抵抗する意味があったのだろう。枝野新党が安倍一強に抵抗する意味ならむべなるかなである。

ついでに、どれほどあるのか調べてみた。
・立憲改進党/1882(明治15)~96年/大隈重信
・立憲革新党/96年解消
・立憲国民党/1910(明治43)~22年/犬養毅
・立憲自由党/1887(明治20)~1900/後藤象二郎
・立憲政友会/1900(明治33)~40年解党/伊藤博文
・立憲帝政党/1882(明治15)~83解党/福地源一郎
・立憲同志会/1913(大正3)/桂太郎
・立憲民政党/1927(昭和3)~40 解消/浜口雄幸

あるはあるは。憲政会など同趣旨のものを含め、まだほかにもありそうだ。昔は至って陳腐な命名だったのだ。名前はいいから、中味だけは陳腐でないものにしてもらいたい。

 

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