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2017年9月 4日 (月)

出始めた「6者協議」

これまで言われてきた、レッドラインを越えていると思える北朝鮮の水爆実験らしいものが起きた。日本越えのミサイル実験で、先月30日に各紙社説のうち毎日だけが「北朝鮮抜き6カ国協議」をという、かねての本塾の主張と似通った対策を示した。

今朝の朝日でも社説で触れるようになり、テレビで解説するコメンテーター数人も、それを言い始めた。いずれも、どうしてそれがいいのか、中味はどうするかに触れていない題目に過ぎないが、今日付けの毎日は、「北朝鮮リスクを管理するという一点で協力する余地はあるはずだ」と一歩踏み込んだ。

塾頭が去年以来その必要性を感じているのは、北朝鮮の軍事的な優位を示そうとする根にあるものは、南北統一の民族的悲願である、と見たからである。だから分断の責任がある6カ国が、時間をかけてもその方策について相談するという的を定めれば北も参加しやすいと言うことである。

もちろん非核化や凍結なども議題になるが、北がそれを理由に参加しなければ5カ国協議で進めればいい。北とロシア・中国は共産主義体制、日米韓は自由主義体制と区別して考えたがるのが、安倍自民や右派特有の発想だ。

かつての深刻な中ソ対立や、朝鮮の攻勢で中国王朝が転覆した故事がある。今でも少数民族として北方に多くの朝鮮族をかかえている中国。その中国に、北のミサイルや原爆が向けられないと保証できるほど仲はよくないのだ。

「分断に日本の責任」と塾頭が最初に聞いたとき、「エエッ、それはないでしょ。分断は、米ソが分割占領し、それが朝鮮戦争以来固定化したためでしょ」と塾頭は思った。

しかし、「もし日本が朝鮮を併合せず」、「もし日本が大戦に参戦して負けなければ占領もないでしょ」という「もしも論」である。8月25日、歴史に「もしも」はない、を書いた。歴史構成上はたしかにそうだ。

それで、謝罪するとか引け目を感ずる必要は毛頭ない。時々の政治がそれを解決してきたわけだが、民族の深層意識を理解することも政治だ。経済制裁・軍事圧力にしか目が向かない安倍政権には、話し合い開始に目を向ける度量が感じられない。

 

 

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