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2017年8月25日 (金)

歴史に「もしも」はない

これはよく聞く禁句というか警句である。ただ本来の意味はよくわからない。

東南アジアにおいて、日本はそこの人々に対して”侵略”したわけではなく、白人に支配されている状況から解放しようとした。その意味では、白人支配からの解放戦争でもあった。

これは右翼論陣が信奉する渡部昇一上智大名誉教授が、自著『かくて昭和史は甦る』に書いており、未だにそれを権威ある史実と信じている政治家が自民党のなかにも多い。戦中を知る塾頭は、軍部・権力機構の建前はそうであっても、「どこか違うのではないかな」という感触は持っていた。

その感触は、政府が公言する「大東亜共栄圏」を疑う「もしも」である。そして渡部氏は、もし日本が戦争をしなければ、そのまま植民地が継続したという「もしも」である。歴史研究や記述には「もしも」という仮説を立て、それが正しいかどうか証拠づける作業はどうしても必要になる。

最初に気がついたのが、1943年(昭和18年)5月31日の御前会議である。マレー、スマトラ、ジャワ、ボルネオ、セレベスを帝国領土と決定した。今のマレーシア、インドネシアにあたる。

帝国領土とされる地域は、当時からほとんどが産油地であり、アルミの原料となるボーキサイト、ゴムなど戦争継続に欠かせない資源が確保できると聞かされていた。シンガポールは「昭南島」と改名し、地図には日本と同じ赤色が塗ってあったのを覚えている。

植民地解放ではないが、今中国の海洋支配で問題なっている南シナ海の諸島。これらを日本海軍が軍事支配したのは1939年、太平洋戦争開始の前年である。そして当時日本領であった台湾高雄州に所属させた。援蒋ルート遮断のほか、南方の油田確保とその輸送路を支配する目的があったことは明らかである。

日本敗戦後、各地で激しい独立戦争があったことは知られている。渡部教授の「もしも」は史実の下で完全に崩壊しているのだ。右翼は東京裁判を不公正・不当のものという。これも「もし日本が戦争負けていなければ」のお話だ。

もうひとつ、日韓併合がなければ、ロシアが半島を併呑しただろうという「もしも」もある。ロシアの南下政策は維新前から顕著に見られ、朝鮮を日本と折半支配する提案をしたり、朝鮮王宮を抱き込んで露公使館執務させたことがあるなど、そう勘ぐられても仕方がない面がある。

しかし、それは「もしも」であって歴史ではない。歴史は、あくまでも日本の中国・満州侵攻に展開していったことだけが真実である。「もしも」を歴史に取り込むようなことがあれば、その瞬間、学問の地位を失って俗説か論評になる。

歴史認識には、厳密さが要求される。決して「もしも」を野放しにしてはならない。その点中国・韓国の歴史認識にも「もしも」が氾濫しており、史実がゆがめられている。関係改善はここから始めなくてはならない。

 

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