« 愛国者の行く手 | トップページ | 東京都のこれから »

2017年8月 8日 (火)

安倍流「専守防衛」

政府は陸海空3自衛隊の一体的運用を進めるため、中期的な目標を定めた「統合運用計画」を来年にも新たに策定する。背景には、中国の海洋進出や北朝鮮の弾道ミサイル開発、同盟国への軍事的負担増を求める米トランプ政権の誕生など安全保障環境の大きな変化がある。

具体的には、島しょ防衛で「日本版海兵隊」として陸自に「水陸機動団」が創設されることなどが念頭にある。ミサイル防衛でも、海自が運用しているイージス艦の迎撃ミサイルシステムを地上に配置する「イージス・アショア」が検討されている。いずれも従来の陸海空の枠組みを超えた運用が要求される。

これまで、こういった計画は単年度ごとに策定されていたようだが、中期的な方針がなかったことの方が不思議だ。かつては、共産国の侵入に備える米軍の枠組みの補完的役割を担っていればいいという判断で、その延長線上にあったのか。

安倍晋三首相は6日、広島市内で記者会見し、2020年代半ばまでの10年程度の防衛力のあり方を定めた「防衛計画の大綱」(防衛大綱)を見直す考えを表明した。

首相は会見で「中期防は来年度で期限を迎える。今から次の計画について検討を進めることが必要だ」としている。大綱見直しに伴う検討課題として、ミサイル防衛や南西地域の防衛に加え、サイバー攻撃への防衛についても触れた。

一方で敵基地攻撃能力については「常に現実を踏まえながらさまざまな検討を行っていくべきだ」と前置きしたうえで、「現時点において、保有に向けた具体的な検討を行う予定はない。専守防衛の考え方についてはいささかも変更はない」と述べた。

以上は、7日付毎日新聞朝刊(東京)で報道されているが、「敵基地攻撃能力」を「専守防衛」の文脈の中で語るという、彼独特のレトリックがここにもある。専守防衛は敵の基地を攻撃しない前提で、自衛隊の存在を合憲とする考え方だが、概念としての矛盾は一向に気にしない。

「日本版海兵隊」も使われる場所によって立派な「敵基地攻撃能力」になるのだが、集団的自衛権行使や新安保法制の存在が煙幕の役割を果たし、専守防衛が有名無実化してしまうことが首相のねらいなのだろうか。

自衛隊現地の日報に「戦闘」と書かれていたことを、最初はないとか破棄されたといい、存在が証明されると、あたかも用語の間違いであるかのような説明で押し通そうとする。現場の自衛隊員は見聞したり体験したことを生で報告する義務がある。

「日報」はあくまでも正しいのである。これを政治が忖度したり改変するとなにが起きるか、過去の日本の戦争史を列挙するまでもあるまい。破滅に向かう道程以外のなにものでもない。

加計にしろ森友にしろ首相が「一点の曇りもない」などと、りっぱな言辞を使って弁明すればするほど、白々しく感じるようになった。首相の信頼がすでに地に落ちていることが、世論調査にも現れている。

首相は3日、小野寺五典防衛相に大綱の見直し検討を指示していたが、この3月、敵基地攻撃能力の保有検討を政府に求める提言を策定した自民党安全保障調査会は、当時、党政調会長代理だった小野寺氏が中心的に関わった経緯を忘れてはならない。

新方針策定そのものは当然で、塾頭も賛成である。ただし首相のレトリックの裏に何があるのか、しっかり見極める必要がある。

 

|

« 愛国者の行く手 | トップページ | 東京都のこれから »

安保」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/71363508

この記事へのトラックバック一覧です: 安倍流「専守防衛」:

« 愛国者の行く手 | トップページ | 東京都のこれから »