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2017年2月11日 (土)

荷風と梅・寺

永井荷風は散歩が好きで、「日和下駄」や「葛飾土産」など散歩を題材にした随筆が多くある。目にした地形や町並みなどの観察が多いが、草木など日本の自然にも目を向ける。

 

 農家の庭先にただ一本だけ咲く梅の風情や、空き地に咲く草花を愛でる記述が多いことも目に付く。その中で見慣れているせいか気づきにくいのがお寺の屋根の勾配だ。

 

 やや長くて、著作権侵害だが、没後50年以上たっているということで乞うご勘弁。写真(下総国分寺・2/11)の下が『荷風随筆集(上)』岩波文庫からの抜粋である。

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私は寺の屋根を眺めるほど愉快なことはない。怪異なる鬼瓦を起点として奔流の如く傾斜する寺院の瓦屋根はこれを下から打仰ぐ時も、あるいはこれを上から見下す時も共に言うべからざる爽快の感を催させる。近来日本人は土木の工を起こすごとに力(つと)めて欧米核国の建築を模倣せんとしているが、私の目にはいまだ一ツとして寺観の屋根を仰ぐが如き雄大なる美感を起こさせたものはない。新時代の建築に対するわれわれの失望は啻(ただ)に建築の様式のみに留まらず、建築と周囲の風景樹木等の不調和なる事である。現代人の好んで用ゆる煉瓦の赤色と松杉の如き植物の濃く強き緑色と、光線の烈しき日本固有の藍色の空とは何たる永遠の不調和であろう。日本の自然は尽(ことごと)く強い色彩を持っている。これにペンキあるいは煉瓦の色彩を対峙せしめるのは、余りに無謀といわねばならぬ。

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コメント

唐突ですが、今から約370年ほど前の慶安元年(1648)の事です。
会津藩の藩祖でもある「保科正之公」が藩主の時に現在もある会津若松城、通称「鶴ヶ城」の屋根瓦が一新されました。

その瓦は会津の極寒にも耐久性を持たせるため釉薬を用いて焼いた「赤瓦」だったのです。
現在、その赤瓦が戊辰戦争以来初めて再現され、白い壁に赤瓦のお城が青い空に映えて見事です。

そのせいでしょうか?昔から福島県内では赤瓦が好まれています。

震災ではかなり壊れて、未だに治って稲屋根も存在します。

投稿: 玉井人ひろた | 2017年2月11日 (土) 19時23分

写真の屋根は散歩のときだけでなく、通勤の途次にも通っていた道から見上げ屋根で、それとはなく見事だなと感じていました。

名前は忘れたけど、早稲田大学の有名な博士の設計だそうです。荷風の文章は、最近になって気づき、「はた」とばかり取り上げてみました。

投稿: ましま | 2017年2月11日 (土) 20時24分

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