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2016年12月28日 (水)

安倍の珍妙なハワイ詣

 何のためにハワイへ行くのだろう。なにか子供じみていてほとんど底が割れているのに、マスコミをはじめ、大人げない論評は避けられている現実が解せない。

 「慰霊」?、本来慰霊とはあくまでも個人の心の中にあるものを発露する自然の行為である。あらかじめ米大統領に予告したり、外相・防衛相などにぎにぎしくお供に連れ、「首相として」などとおおげさにひけらかすものではない。

 日本の総理は、過去吉田、岸、野田などがこの国立墓地を訪れているが、こんな鳴物入りの慰霊は聞いたことがない。天皇・皇后の慰霊の旅とはあまりにも違う。

 「開戦75年にあたり改めて不戦の誓いを新たにする」?、ということは、これまでしてこなかった、つまり新憲法は頭から無視していたということになる。「任期中に改憲」したいという人が言っても、白々しいばかりだ。

 しかもその「不戦」は、日米間限定で他の国は含まれない。中国が「こっちへ来るのが先じゃないの?」というのはもっともだ。70年敵対したことのなく、アメリカのポチと言われる国が、もったいつけて「不戦」を誓い、「歴史的」などと言えば、世界中の人は最初は首をかしげ、そして笑っちゃうだろう。

 「和解」?、誰と誰が和解するのだろう。個人対個人なら和解するしないは個人の自由だ。国と国なら講和条約締結でとっくに済んでいる。済んでいないというのは、「あの戦争は正しかった」とか、「東京裁判は勝者の裁判であり戦犯処刑は不当」と考えるのならわかる。

 両国間の長年のトゲ、わだかまりを――、などという表現もある。そんなものは一向に感じないが何を言うのだろう。朝鮮・中国ならわかる気もするが、そうなったのは戦後相当たってからである。奇襲攻撃を受けたアメリカ人がそう思っているかは知らない。

 また、原爆犠牲者などの日本の遺族がその「トゲ」を抱いているだろうか。塾頭の親族に悲惨な死を遂げた戦死者もいるがトゲなど持っていない。前にも書いているが 原爆は日本が先に発明していたら早速使っただろう。

 広島の慰霊碑に「過ちは繰り返しませぬ」とあって、主語がないとよく言われるが、日本人でもアメリカ人でもなく「人類として」し解釈している。無差別の大量破壊兵器、宣戦布告なしの奇襲攻撃、いずれも国際法違反だ。

 戦争は、武士や騎士がたたかうものでなくなったのが近現代戦だ。総力戦という概念は第一次大戦から始まった。生産力を破壊し兵力の供給を閉ざし、そして恐怖心をあおって戦意喪失させるためには、非戦闘員の大量殺戮がどうしても必要だ。

 日本も国家総動員法や国民皆兵で、女性や子供まで竹槍で戦うよう訓練を受けた。「非戦闘員」という意識はない。従って敵に殺されたからといって、それを根に持つようなことはない。それが戦争である、こういった常識がこのところ薄れているように思う。

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コメント

>日本も国家総動員法や国民皆兵で、女性や子供まで竹槍で戦うよう訓練を受けた。「非戦闘員」という意識はない

塾頭のこの文章、私に歴史に新たな角度をいただいた気がしました。

投稿: 玉井人ひろた | 2016年12月30日 (金) 20時05分

今、「テロの年」と題して書いている最中ですが、ブッシュが始めた「テロとの戦い」がまさにそういう様相を呈し始めました。トランプが来年それを増長させないようしてほしいものです。

投稿: ましま | 2016年12月30日 (金) 21時04分

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