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2016年11月29日 (火)

撃ちてし止まむ

 このところ、天皇退位問題などに関連して、天皇が平和を祈る伝統的な役割をになっているような書き方をしてきたが、戦中は天皇の違った面が強調された。

 「撃ちてし止まむ」が標語として日本中を覆っていた。神武東征・大和侵略戦争の歌からきている。

大和国磯城郡忍坂(おさか)の土雲(今でいえば土人)を撃ち殺す歌。

忍坂の 大室屋に 人多(さわ)に 来入り居り 
人多(さわ)に 来入り居りとも みつみつし 
久米の子が 頭椎(くぶつつい) 石椎(いしつしい)もち
撃ちてし止(や)まむ みつみつし 久米の子等が 
頭椎 石椎もち 今撃たらば良らし

登美毘古を撃たむとしたまひし時、歌ひけらく、

みつみつし 久米の子等が 粟生(あわふ)には
韮(かみ)一茎(もと)そねが茎 そね芽繋ぎて
撃ちてし止まむ

とうたひき。また歌ひけらく、

みつみつし 久米の子等が  垣下に 植ゑし
椒(はじかみ) 口ひひく 吾は忘れじ 撃ちてし止まむ

とうたひき。また歌ひけらく、

神風の 伊勢ノ海の 大石に 這ひ廻(もとろほ)ふ
細螺(しただみ)の い這ひ廻り 撃ちてし止まむ

 以上『古事記』岩波文庫参照。「久米」は軍事を専管する一族。「頭椎」「石椎」は大刀と石の武器。「粟生」粟畑。戦いの厳しさをニラや山椒そして貝に例えるなど牧歌的ではあるが……。

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