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2016年10月 8日 (土)

廃仏毀釈の危険性

 仏教では、倫理的なふるまいとは十の不徳の行為(十悪)を避けることとされています。この不徳の行為には三種類があります。身体によって行われる行為、言葉によって表現される行為、および意識の中で起こる不道徳な考えです。

 身体が行う悪行は、殺生、盗み、性的過ちの三つです。言葉による悪行は、嘘、口論、攻撃、分別のない物言いの四つです。意識による悪行は、強欲、悪意、間違ったものの見方の三つです。

 これは、ダライ・ラマ14世がアメリカで講演した中の一節です(『世界平和のために』ハルキ文庫)。

 キリスト教徒の多いアメリカ人にどれほど理解されたのでしょうか。自由競争を至徳と考え、悪魔とはたたかう義務があると信ずる人にとって、「精神修養」と言われても、ちょっととっつきにくかったのではないでしょうか。

 今、大乗仏教が生き続けている国は日本ぐらいになりました。熱心な信者でなくても、「精神修養」は仏教伝来以来、日本人の心の隅に多かれ少なかれ根付いている「心」だと思います。世界がキリスト・イスラム二大宗教が実りのない対立を続けるような世界になることを避けるため、この「心」の出番はないのでしょうか。

 日本を「天皇中心の神の国」にしたがっている森・元首相のような人もいますが、「戦勝祈願」にはよくても「精神修養」にはなりません。自民党を中心に、明治150年の記念日を作ってかつての教育勅語的日本の復活を再興しようとしている動きがあります。これが第二の廃仏毀釈にならないよう、くれぐれも注意しなければなりません。

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コメント

必ず学校で習う廃仏毀釈ですが、これはかなりの難物というか危険物らしくて、教科書でもほぼ1行程度しか記載がないし、教師も何故か触れたがらないが、実は中国の文化大革命のような一大政治闘争というか大変革であったらしいのですよ。
日本国の仏教ですが、これは本場ものとは大違いで儒教や神道と一体不可分に結びついていたが、
政治とも飛鳥時代以来密接に結び付いていた一体不可分の存在で、江戸時代は戸籍制度と一体化。
幕府を倒した薩長の新政府は徴兵制をすぐさまひくが、この前提となるのが戸籍制度の国家管理であり、神仏分離の廃仏毀釈は避けて通れない道だったらしいのですが、
梅原 猛が言うように、打撃を受けたのは仏教だけでは無くて、仏教と一体不可分に結びついていた古代からの神道であり、『神殺し』が行われ、無道徳の今の日本が出来上がった。
長い間日本人と共存共栄していた日本オオカミが絶滅したのも、アホウドリが絶滅しかけたのは同じ時期ですね。

投稿: 宗純 | 2016年10月 9日 (日) 12時01分

神社本庁というのがあり、現在は日本会議の有力な後ろ盾です。

子供の頃は家に神棚があり神様に参拝することは多かった。
二礼二拍手など昨今のルールは知らず、拍手はするがあとは仏を拝むように合唱して終わり。

祖父の代から続いている神仏混淆です。日本人の心は、国家神道ではなく神田明神や、七福神・浅草寺のような神も仏もあるスタイルでしょう。
 

投稿: ましま | 2016年10月 9日 (日) 12時38分

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