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2016年9月12日 (月)

新聞休刊日に思う

 今日は新聞休刊日である。昔は新聞も休みというのは、正月元日(2日付)など、年に1、2度だった。それが4~50年前頃から急増し、毎月になっていった。主要紙は全く横並びの日取りである。

 おまけに、祝日の夕刊は休みということで、祝祭日の激増にともない夕刊の来ない日も多くなった。増えたのは折り込み広告の量ぐらい。相当経費が節減されていると思うが、新聞の値下げは一度もなく、逆に各社そろって談合値上げをしている。

 今や、30数年前の倍額以上だ。まさに犯罪的というか、これではネットに勝てるわけがない。

 休刊日増加の理由について、当時、配達に当たる「新聞少年」に休息をあたえるため、というキャンペーンが多く見られた。昨今、少年の姿など見たことがない。

 子どもを使ったマスコミの情報操作?――。この連想を誘ったのが、湾岸戦争の引き金ともなったクウェートの少女ナイラちゃんの議会証言である。

 「イラク兵が病院に侵入し、保育器から赤ちゃんを取り出して床に……」という涙ながら訴えをアメリカの有力紙が一斉にとりあげた。これが世界に伝播し、3カ月後にアメリカの軍事介入(1991/3、湾岸戦争)が始まる。

 しかし、この証言はナイラちゃんがクウェート大使の娘であり、クウェートには行ったことがなく、1200万ドルの報酬を受けた広告代理店の仕掛けであることがわかった(「ワシントンポスト1992/7/8」、池上彰)。

 それに比べれば新聞休刊日など、まだ罪が軽いというべきか。

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コメント

新聞休刊日よりも、押し紙制度なるものが、一体どのような目的と根拠があるのか、ということを問い質す必要もあるのかも知れませんが、敢えて目を瞑るにしても、まんまと騙されたふりをすれば、読み終わった新聞については、まとめて廃品回収に出せば、トイレットペーパーと交換することは、日常生活の中での習慣として、誰もがやっていることですよね。

この生活習慣そのものを活かせば、押し紙制度なるものにより、新聞販売店にしてみれば、売れ残った新聞については、廃品回収業者に売り飛ばすことで、廃品回収業者にしてみれば、古新聞と一緒に、まとめて中国にでも売り飛ばし、中国にしてみれば、これを逆手に取って、トイレットペーパーにリサイクルして、日本に輸入することにするならば、こうした古新聞を輸出することによる消費税払戻金と、トイレットペーパーを輸入することに伴う消費税を同額として相殺することにすれば、財務省にとっても何のデメリットもなければ、面倒なことにもならず、むしろ、これが日本全体にとってのメリットにもなり、中国にとってのメリットにもなるのならば、これを「公共の利益」としてわかちあいながら、共に幸せに暮らすことが出来る様になるのならば、中国にしてみれば、これをアメリカに対してもロールモデルとして、どんどん示していくことにすれば、結果的にアメリカにとってのメリットにもなり、中国にとってのメリットにもなり、日本にとっての、メリットにもなるのならば、韓国も、北朝鮮と共に、これと同じことをするならば、ロシアやフランスにしてみれば、韓国をロールモデルとするならば、戦前の日本をナチスドイツに置き換えれば、ドイツにしてみれば、フランスとロシアを相手に、ビスマルク外交を教訓に活かすことにすれば良いのだし、イギリスが日本国をロールモデルとするならば、まんまと騙されたふりをして、名誉ある孤立化をして、そっと静かに東アジアの片隅で取り残されることになろうとも、ただひっそりと自立・自律していく道を自ら選択することで、対米従属からはそっと静かに離れつつも、憲法9条を亡き者にしてでも原発にしがみつこうとすること自体が、これをごまかそうとするだけの「公共の迷惑」極まりないことは当たり前のことですが、これを勘違いして、天皇制そのものにしがみつこうとすること自体も、根本的な誤りであり、これもまた「公共の迷惑」極まりないものであることは、こうした全体主義そのものこそが、公共の迷惑極まりないものだということにこそ、逆手に取れば、天皇制とは、どんどん切り離してしまうことで、全体主義そのものにしがみつこうとするならば、どんどん涙を流しながら、どんどん敗北し、どんどん勝手に孤立化して、どんどん全てを喪失したところで、どうぞ誇りを持って、歴史の闇の中で、ひっそりと泣き寝入りをしながらも、そのまま幸せに暮らして頂ければ、もうこれだけで十分ですから、天皇陛下と共に、そっと静かに暖かく見守っていくことにより、公共の利益としてわかちあいながら、このまま幸せに暮らして参りましょう。ということで構わないのではないでしょうか?

投稿: asa | 2016年9月12日 (月) 12時34分

本文の倍もあって回りくどいけど趣旨はわかりました。(笑)

投稿: ましま | 2016年9月12日 (月) 13時03分

休刊日は物足りないですね。
ちょっと確かめたら、3月と8月というのは休刊日が無いところがほとんどのようですね
なぜなんでしょうかね?

投稿: 玉井人ひろた | 2016年9月12日 (月) 17時15分

玉井人ひろた さま

そこまで調べませんでした。春休みと夏休みで少年が暇だから?――そんなこともないでしょうけど……

投稿: ましま | 2016年9月12日 (月) 17時29分

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