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2016年8月 5日 (金)

大きなことは言えない

 明日は広島原爆の日、例年のようにメディアがにぎわうのは結構なことだ。これまでと違うのは、やはりオバマ大統領の広島訪問と、そのメッセージの影響だろう。今日の新聞で、「胎内被爆者」という立場の方が、被爆地ガイドとして活躍されているという記事を見た。

 大統領から「謝罪」の言葉がなかったことが残念だとされているようだ。塾頭は被爆者ではないが、当時の子どもとして戦争がどういうものかは知っている。「マッチ箱一つで都市が全滅する新兵器」つまり原爆が研究途上にあることも知っていた。

 本土決戦が迫った頃、日本が先にそれを発明し、アメリカ本土を攻撃すれば戦況が逆転するのにな、と子供心ながら願っていたことは以前にも書いた。大量虐殺は無惨・違法だからやらない、けれど戦争には負けた――などの選択をする国や民族などあり得ない。

 昔の戦争は、武士や騎士の仕事だった。それぞれには守るべき道徳があった。しかし第一次大戦以後は、総力戦になり国民に多くの犠牲者を出した方が負けになる。塾頭は声を大きくして言いたい。「それが現代の戦争なのだ!」。

 オバマ大統領が謝罪の意を表するのは正しい。しかし、それをした、しない――そんな言論の高まりは、次の戦争の種になっても、世界の恒久平和に何の役にも立たない。広島の慰霊碑「過ちは 繰返しませぬから」に主語がないといわれるが、このことを言っているのだ。

 これも以前書いたことなので繰り返しになるが、テーマが「大きなことは言えない」なので、別件についてもう一度触れたい。日本の海洋進出はアホウドリの羽毛採取などで民間主導だったが、第一次大戦後は次第に政府や軍部が活発に動くようになった。

 今、中国の進出・制覇で問題になっている南シナ海であるが、西沙諸島・南沙諸島などへの進出も同じ経過をたどっている。これらの諸島は、中華民国、ベトナムを植民地としていたフランスなどがそれぞれ領有権を主張しあっていた。

 日本海軍が、南シナ海諸島を全域を軍事支配したのは1939年、太平洋戦争の前年である。そして当時日本領であった台湾高雄州に所属させた。南方の油田確保とその輸送のため必要があると見たのであろう。

 滑走路やビルまで作らなかったけれど、中国の9段線に対して「大きなことは言えない」のである。これからも日本の経験をもとに、静かな説得を続けるしかない。

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コメント

反論する形になりますが、戊辰戦争の戦場になったわが地域は、町人たちが住む家は全て焼かれ、女子供関係なく殺されました。

さらに、若い女性たちは官軍の軍資金にするため、片っ端から江戸の人買いに売り飛ばされました。

戦争は武士の時代も今も大差ないと思います。

投稿: 玉井人ひろた | 2016年8月 5日 (金) 19時46分

そんなことがあったんですか。
会津戦争や大鳥圭介の福島逃亡、榎本合流など調べたことはあるのですが、そこまでは知らなかったwobbly

投稿: ましま | 2016年8月 5日 (金) 20時48分

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