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2016年7月24日 (日)

ヨーロッパの移民・難民

 フランスで14日、観光地ニースの遊歩道で花火見物をしていた人々の列にトラックが突っ込んだ。これは当塾16日付記事で「本当にテロか?」という内容でエントリーしたが、22日には、ドイツ南部ミュンヘンで、銃乱射事件が起き、9人の死者がでた。

 ドイツのケースは18歳のイラン系男性が犯人で、当局は間をおかず、犯人はイスラム教徒であるが「テロではない」と断定した。フランスの、さまざまな追跡捜査を行う中で、なんとかイスラム国などと関係する、または「感化を受けた」テロにしたいというような姿勢とは違う。

 ここに、隣り合っていても両国に微妙な差があるようだ。国内に反対はあるものの、ドイツのメルケル首相は押し寄せる難民を無制限に受け入れようとし、他の欧州諸国との違いを見せた。イラク戦争やIS空爆に参加せず、ウクライナ問題でもアメリカ一極主義を離れて妥協の道を模索しつづけた姿とダブる。

 テロの多発に関連して、ムスリムを警戒したり差別の対象とすることを厳にいましめる態度が見える。アメリカでは、トランプ共和党大統領候補の発言に支持者が喝采し、移民・難民に縁の薄い日本も、どちらかというと排他意識の方が強いだろう。

 ヨーロッパは、上の2国にかぎらず、イギリス、オランダ、ベルギー、イタリアなど難民問題に苦慮し、またテロも発生している。昔からある移民も含め、アフリカ、アラブ、南アジアなと旧植民地から流入する移民はどうしてもイスラム教徒が多くなる。

 しかし、それら各国における対応・対策は決して一様ではない。試みにドイツとフランスの例を見てみよう。ドイツは第一次世界大戦でオスマン帝国が同盟関係にあったせいか、トルコ人の移民が多い。彼らは、第2次大戦後の東西分裂などもあって、ドイツの人手不足を補う有力な働き手になった。

 彼らは家族を呼び寄せ、景気変動の波の中で、労働力の調整弁的役割を果たした。そういった移民は、特定の街区にまとまって住んでいる。ドイツの外国人問題を語る時に、必ず登場するキーワードは統合(Integration)という言葉で、人種差別禁止も意味する。

 ただし、宗教上、民族習慣上の「同化」は決して求めない。ドイツ民族はドイツ民族であり、歴史の変遷を経て独自の芸術・文化を築いてきたという自負のもとで、同化は、その独自性を損ねると考える。また、ナチスが犯した生々しい反省も生きており、はっきりした位置づけがある。

 しかし、フランスの場合はやや異な.る。フランスのアイデンティティーはフランス革命の”自由・平等・博愛”である。その価値観を共有できなければフランス人でなく、個人の前にアッラーを優先させたり、女性の自由を制限することを捨てる、つまり同化しない限り異邦人として区別するのは当然である、という考えになる。

 そして、フランス人(国籍を持つ)ならそのようなテロを起こすはずがない、という思い入れも作用するのだろう。そういった歴史的背景を持たないアメリカは、パレスチナ問題をきっかけに中東のムスリムの複雑な権利闘争に足を取られ、安直なポピュリズムが巾を利かせ始めた。

 日本は大勢につくだけではだめだ。歴史的なしがらみがないだけに、安易な考えで難民受け入れの枠さえ広げればいいという考えだけでは成功しない。長い歴史の中でイスラムに接してきたヨーロッパから、多くのものを学ぶ必要がある。

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